ほかの団員とも組手を行い、そしてわかったことがある。
私はどうも相手の魔法からその人格と過去をおおよそ察せられる。
なぜその魔法を習得することを選んだのか。
今現在の魔法の癖を形作ってきたものは何か。
そういう所から逆算して考えれば、おおよそその人物がどういう道をたどってきたか解るというものだ。
アリアからは『えっ、なにそれ怖っ……』と言われたし、フィンブルは『ああ、わかるか。お前の見立てはおおよそ正しい。俺もできる』としれっと言っていた。
……どうも私の才能と興味は魔法に特化しているのかもしれないな。
そして、私はロゴスとあの子の盛ってきた魔導書で膨大な量の魔法を知った。
その結果、私は世の中というか人間というものがどんなものか、なんとなく察した。
……ゴブリンに最も近い生物は、おそらく人間だ。
そしてそれはそういうもので、そこに善悪はない。
嫌になる推察だが、受け入れたほうが精神には良いのだろうな。
その上で私の決めた方針は……
「法を作るぞ。後回しにしていたが、『人間』と我々の性質を考えると絶対に必要だ」
「おおっ!それはよかったです。いや~王国の法を騙し騙し使うのは面倒だったんですよ」
リンは乗り気のようだ。相変わらず気楽な我が娘よ……
「とりあえず、アリアの『契約』で縛るべき絶対の法と、行政的に処理される法に分ける」
「えっ、全部お母さまの契約で縛ってしまったほうがいいのでは?」
「……残念だが、社会というものは常に変わる。おそらくは我々もな……何が最適かそのつど改定するための余裕が必要だ。そしてそれでも変えてはならないのはある、……『己の欲せざる所、人に施すこと勿れ』……人の嫌がることはするな、という最低限のルールだ……白銀律、というのだったな」
ここは私の私室。
だだっ広い石造りの部屋に本の山とベッド、そして小さ目の机と椅子。
……あとは揺り椅子でもあればな。
私はロゴスの持ってきた帝王学の本を開いてリンに見せる。
「まあ、それはそうですね」
「だがこれも状況次第だ。国を滅ぼそうとする破滅願望の持ち主は必ず出てくる。そんなやつは殴られねばわからん。故に『人の嫌がる事をするな』でさえ限定的にする必要がある。我が国の法は白銀律の精神を根幹にするが、実際に禁ずるのは行動でなければならない」
「母様、失礼ですが……頭がよくなられました?」
リンのこの図太さというか、図々しさは美点だな……側に置く必要がある。
「おかげさまでな。学がついたのもあるが、実際に人間と魔法というものに触れあったのも大きい」
「あの人たちを人類の基準にするのはどうかと思いますが……でも、現在の政情を聞けたのは大きいですね」
「……人類とエルフのたどってきた愚かな歴史もふくめてな……大いに参考になったよ」
歴史というやつは何度愚行を繰り返せば気が澄むのだろうな……
いや、それは正確な言い方ではないな。
実際はこうだ。『人類は種の目的を存続にしてしまっているが故に、混沌を内包せざるを得ない』だ。
だから飽きもせず繁栄と衰退を繰り返す必要があったのだ。
よどんだ水を入れ替えるようにな……私もそこのところを意識して法を作る必要がある。
「とりあえず契約によって縛る絶対法はこれだ。『殺すな、奪うな、騙すな』だ。これにさえ注釈が要る」
「状況を限定する必要がありますね。少なくとも軍事行動中は殺さねばなりません」
「……そうだ。『騙すな』にしてもそれは法廷に限定したほうがいい。誣告罪だな」
「いいですね!少しづつ形になってきましたよ!」
娘の前で格好つけられる分は勉強した甲斐があったな……
「ところで『犯すな』は付け加えないのですか?」
「それは暴行罪のほうで対処する。要は殴るからいかんのだ。線はそこで引くしかない……なあ娘よ。正直に聞くが我々の種としての本能を鑑みて『そういった行為』を一切廃止した退屈な平穏を我慢できるか?」
「……無理ですね!たまにはめちゃくちゃにされたいですもん!」
「……それが答えだよ我が娘よ。現実的ではないんだ。法は現実的であることが何より優先される」
「う~ん、まあそれは、そうですね……」
私だってこんな法を好き好んで作りたくはない。
出来上がった法はかなり野蛮なものになった。
アリアの契約が適用される『絶対法』はもうかなりゆるい。
それ以外の法は民が罪を犯すだろうことを前提にしたシンプルすぎる法だ。
こう……軽犯罪はわりと野放しで、重罪になったら一気に重い実刑が直に執行される。
……野蛮だ。しかし現実的でなければならぬ。
「死刑執行人は母様となっていますが、いいんですかこれ」
「……子の始末をつけるのは親である私であるべきだ」
「執行書にサインするだけでも十分きついと思いますけど……」
「……私だって気が重い。だが、私がせねばならんことなのだ。私が罰し、私が謝るべきことだ」
「それはそう……なんですけどねぇ……現実的に考えて大丈夫そうですか?」
「わからん。それでもやらねばならぬ」
リンはため息をついて条文を書いていった。
「まあ……まあなんとかそのへんは私が調整しますよ……」
「苦労を掛けるな」
「それでもやるしかないでしょう。私はお姉ちゃんですから」
「……そうだな」
私が母であることを持ち出すなら、姉であることを持ち出す、か……
成長したなあ、こんなちんちくりんだった子が。
なお、アリアにやってもらう『絶対法』だけでも注釈をつけるとおよそ5ページにわたり、アリアは絶句した。
「お姉さま、これマジで全部読まなきゃいけないの?」
「逆に聞くが、契約内容をよくわからないまま契約は発動するのか?」
「え、するわよ。私も相手もよくわかんないまま契約自体は守られるわ」
「お前マジか」
おい魔法理論はどうなっている。誰がその判断をしているんだ。
契約魔法の性能おかしすぎだろう。
だがこれは好都合だ……
それから数日でごく簡単に略した『絶対法』の条文に国民全員がサインすることになった。
これからはおそらく出生届と共にサインすることになるだろう。
もちろん、瓦版や高札には全文が乗っけてあるが……まあ読まないだろうな。
まあ要は『人が嫌がる事をするな、虫の居所が悪いからって殴るな、人のものを盗むな、同胞同士で殺し合うな』くらいなものだが……
だがこの当たり前の決め事ですら、おそらく種としての方向を大きく変える一打だろう。
私がそれをやってしまったのだ。実の娘たちにな……