その後の宴は豪勢な物だった。
アラクネ貴族の領内から持ち込まれた『目玉エスカルゴとトマトの煮崩し』だの、龍人貴族が持ち込んだ『食べられる宝石』だの……訳の分からない目の回るほど豪華な料理たちで、しかも味もうまかった。
……世の中にはこんな豪勢な料理が存在するのか。
ラウレミルからもワインや穀物を『土地代』代わりに納入されていて、今夜のパンにも使われているが。 それでも領内のパンとは雲泥の違いだ。
……力を見せつけられたな。
「どう、楽しんでる?ラウレミル女男爵」
女男爵はバロネス、と読む。男爵に女が任命されるとそうなるのだ。
そう、ヴィクトル辺境伯は領主として私を女男爵に任命した。
法律的にアリなのか?と思ったが、藪蛇になりそうなので素直に受け取っておくことにした。
「ええ、素晴らしい美食に驚いている所です、ヴェスパシア伯」
「ネブラ伯爵と呼んで。その呼ばれ方の方が好きなの」
「はい、ではネブラ伯爵と」
人混みをかき分けてアラクネの女貴族が話しかけてきた。
正直、新興勢力すぎて遠巻きに観察されてるだけだったから、話しかけてくれるのは助かる。
明らかに浮いていたからな……アリアとムジカの面の皮の厚い勢は平気な顔で飯を食っていたが。
「へえ、その様子だと食文化の重要性には気づいているようね」
「はい。食は国力を表します。我が領が今のままでは貧相なもてなしと言われ、侮られることでしょう」
「ふうん……地頭はいいみたいね。魔法の練度もよさそう。どうかしら、魔法談義はお好き?」
このねっとりした早口でわかった。 この伯爵、かなりの魔法好きだ。私もそうだからわかる。
「ええ、魔法は私の生きがいの一つです。ぜひ勉強させていただければ幸いです」
「殊勝ね。さっきの演奏で見たけど、あなたの魔法は学院流と古いラウレミルのやり方……ええ、エリシアの面影があるわ」
エリシア。母の本名だ。ラウレミルを名乗るからにはやはり母や家の事は受け継がなくてはならん。
「母をご存じなのですか」
「あの子にはあまり好かれていなかったけど。でも私は魔法使いとして期待していたわ。ククク……運命とは不思議な物ね。あなたこそエリシアの最後の魔法。最後の作品そのもの……意外性があっていいじゃない」
これは皮肉と本心からの褒めが同居しているな。
デリカシーはないが、興味は本物だ。素直に受け取っておくべきだな。
「光栄です。そう言われれば母も浮かばれることでしょう」
ネブラ伯爵は意外そうに、そしてより親しみを込めた笑いを深めた。
要するに『意外に話が分かる』という表情だ。
「まあ、世間話はいいとして。そうね、学院流を中心に魔法を解釈するなら……あなたはなかなかの練度が期待できるわ。魔力量、コントロール……及第点の域にある。でも殺し合いの経験は少なそうね。あと他に魔法は習っているの?おそらく学院の書庫の本しか見ていない独学に見えたけど」
これは愛好家特有の早口、というやつだな。
こちらの知識を測っている……
よく言えばこちらのレベルに合わそうとしてくれている。
だがマウントも多分にあるだろう。
「さすがの御慧眼です。お恥ずかしい限りですが『戦い』の経験が少なく……より広い魔法の知識に興味はありますが、学院にしか伝手がありませんもので、あとは市井の魔導書を買うしかないのが現状です」
まあ、ここで見栄を張っても仕方ない。
我が領は辺境なのだと素直に明かしたほうが好感が持たれるだろう。
「へえ、いいわね。現状に甘んじずより広い知識を求める……向学心のある子は好きよ」
よし、ここでより親しくなれるようにこちらからも切り込むべきだな。
「恐縮です。ネブラ伯爵は見た所、少数の技を極めるよりも数多の技をとりあえず使ってみたい、そうお考えになり幅広い術をすでに習得なさっておられ、さらにそれによって得られた知識を本命の技の研鑽に費やしておられるようにお見受けします。糸や毒に秀でておられますね?おそらくは無数の技を布石として使いつつ、本命の大技や使い慣れた技を通す戦い方をされる……違いますか?」
会話の傾向と、漂ってくる魔力の感触、そして体の姿勢などから分析するとそうだ。
しかもそうとうな『戦闘経験』がある。おそらくは、フィンブルよりも。
そして伯爵は蜘蛛の身体の上に載っている人の胴体、その上の顔でひどくうれしそうに笑った。
「へえ、わかるのね。その年でなかなかの洞察力……気に入ったわ。あなた個人の研鑽をね。どうかしら、あなたうちの領地に遊びに来ない?」「それは……」
興味もあるし断りにくいが、この方の領地に行ったらそのまま魔法修行づけにされて年単位で帰ってこれない予感がひしひしとする……!
私と似たタイプで、しかも道楽に時間も金も惜しまない方だろうこの人は。
興味はあるが、遊んでいる場合ではないんだよな~!
「やあやあ!盛り上がっているね!新しい友達が僕の仲間になじんでいるようで何よりだ」
「あら、ヴィクトル様。ええ、私もこの子を気に入ったわ……うちの領地に欲しいくらい」
「う~ん、それは困るかなあ。個人としての研鑽も否定はしないよ?でも今はラウレミル領全体が成長して欲しくてさ。そのためにこの子にぬけられると困るんだよね~」
なんか……勝手に私の育成が話合われている……これが上下関係というものか……
だが、ヴィクトル辺境伯の助け舟はありがたい!
「ありがとうございますヴィクトル辺境伯。私もネブラ伯爵のヴェスパシア領に興味はありますが、まだ我が領の手が離せる状態ではなく……ありがたいお誘いではあるのですが、申し訳ありません」
我が意を得たり、とばかりにヴィクトル辺境伯はなれなれしく私の頭を撫でる。
「だよね~!ゼグラスがラウレミルの労働力に興味があるって言うしさ!ここはまず俺の領民の皆さんに感謝されるような『身ぎれい』な仕事から発注しようか!公共工事とかさ!やっぱり新しいお隣さんが受け入れられるには人から感謝されるような『お手伝い』からだよね」
ゼグラスとはあの方言の強い竜人貴族の事だ。
たしか、ゼグラス・ヴィルガ・ドラン侯爵。そんな名前だった。
「へえ、ヴィクトル様あなた……ずいぶん『ラウレミル』を買っているのね。この子の、というよりはゴブリンエルフという種族のポテンシャルをかしら?よかったわね、グレイス女男爵。ヴィクトル様は優しくあなたたちを育ててくれるそうよ?」
恩着せがましいが、確かに事実だ。
最初から使いつぶすのではなく、小さな仕事から回して着実に成長させようという意思を感じる……
そう言われれば到底断れないな~!やり方が上手い!さすが貴族だ!
だが、これは渡りに船ではある。このまま土地代を払い続けるより成長路線に打って出たほうが良い。
「はっ、ありがたく……ぜひともその事業をお任せください」
「ははっ、大丈夫!もちろんお金は出すしちゃんと利益は出るようにするさ!それにイメージ戦略って大事だよね?」
せ、正論~!たしかに本当にいい話ではある。
戦争で名が売れるよりも公共工事から社会になじんでいく方がずっと後になって効く。
良くしてもらってはいるのだ本当に。そのぶん私が労働することになるが。
「感謝にたえません。まさしくその通りです。新参者の我々が受け入れられるには最適かと……お気遣いありがとうございます」
「ははは!良いんだよ!新人には優しく、小さく始めて大きく育てる。それが『辺境派』のモットーさ。ね?ネブラさん」
「まあそれももっともね……面白くなって来たわ。この国にも新しい風が吹くかもしれないわね……ククク」
そういうわけでしれっと私の労働が決定した。
納得済みではある。できる事でもある。
だがこの後に降りかかる労働を思うと気が重いよ。