機動戦士ガンダムUC ― ヤクト・ドーガの残影 ― 作:tell M.G.
リュウ・バーンは、ギラ・ドーガのコックピットで深く息を吐いた。
視界に広がるのは、見慣れた計器類。
ヤクト・ドーガとは違う、簡素で無駄のない構成。
「……やっぱり、こっちの方が落ち着くな」
小さく呟く。
かつて搭乗していた機体。
個体差こそあれ、その挙動は体に染み付いている。
スロットルを開く。
機体は素直に応答した。
余計な“圧”がない。
ヤクト・ドーガに乗っていた時に感じていた、あの得体の知れない干渉。
思考を覗かれるような、押し返されるような感覚は――ここにはない。
純粋に「操縦」に集中できる。
「……動ける」
機体を旋回させながら、リュウは確信する。
今の自分なら、この機体で戦える。
テスト飛行を終え、帰投。
ハッチが開いた瞬間、現実に引き戻される。
「リュウ・バーン」
低い声。
振り向くと、クバル・ジャンブが立っていた。
「来い」
短く、それだけ告げる。
⸻
格納庫の一角。人気のない場所。
クバルは振り返らずに言った。
「どうだ。ギラ・ドーガは」
リュウは一瞬だけ考え、口を開く。
「慣れ親しんだ機体です。久しぶりではありますが……ヤクト・ドーガと違い、操作に集中できます。
その分、より動けるかと」
わずかな沈黙。
クバルは静かに呟いた。
「……そうか」
その声音に感情はない。
だが次の言葉は、はっきりと重かった。
「貴様を呼び出したのは、それを聞くためではない」
リュウの背筋がわずかに張る。
クバルはゆっくりと振り返った。
「今後、貴様は“袖付き”親衛隊と行動を共にする」
「……っ」
予想外の言葉に、息が詰まる。
「すでに最終局面は近い。
もはや試験でも訓練でもない」
一歩、クバルが踏み出す。
「これは命令だ」
逃げ場はない。
リュウは歯を食いしばり――
「……了解しました」
絞り出すように答えた。
その目は、まだ揺れている。
ヤクト・ドーガを奪われた現実。
そして、その機体に乗る男――ゼクスト・アーデ。
自分は“選ばれなかった”。
だが――
(それでも……)
リュウは拳を握る。
(終わってない)
数日後――
宙域に展開した部隊は、簡易編隊を維持したまま静止していた。
リュウ・バーンはギラ・ドーガのコックピットで周囲を見渡す。
「……これが、親衛隊か」
通信回線の向こう。
整然と並ぶ機体群は無駄がない。
間隔、姿勢、すべてが揃っている。
それに対し、自分たちの隊列は――わずかに“ズレている”。
「訓練を開始する」
無機質な指示が飛ぶ。
次の瞬間、隊列が動いた。
前衛が展開し、後衛がカバーに回る。
一切の無駄がない。
「速い……!」
リュウはスロットルを開き、追従する。
だが――
「左、遅れてるぞ!」
味方機の声。
「くっ……!」
合わせようとするほど、ズレる。
親衛隊の動きは“前提”が違う。
個の反応ではなく、全体で噛み合う動き。
その中に、無理やり入ろうとしている感覚。
「……邪魔だな」
低い声が通信に混じる。
ゼクスト・アーデ。
そのヤクト・ドーガは、群れの中で一切の迷いなく機動していた。
リュウの動きを避けるでもなく、ただ“無視して”最適解を選び続ける。
「っ……!」
食らいつこうとするが、距離は縮まらない。
「後方に下がれ」
別の声が飛ぶ。
「そのままでは編隊を乱す」
命令は淡々としていた。
だが、拒否する余地はない。
「……了解」
リュウは歯を食いしばり、スロットルを絞る。
機体が後方へと下がる。
視界の中で、親衛隊の動きはさらに洗練されていく。
自分だけが、そこから切り離されていく感覚。
訓練はそのまま続行された。
だが――
リュウがその輪の中に戻ることは、最後までなかった。
⸻
訓練終了後。
帰投の途上。
コックピットの中で、リュウはヘルメットに手を当てる。
「……くそ」
分かっていたはずだった。
実力差。経験差。
それでも――
(あいつらは、別だ)
ゼクストの機動が脳裏に焼き付いて離れない。
技量だけじゃない。
“あの動き”は――
「……まだ、足りないってか」
小さく呟く。
その声は、悔しさよりもどこか冷静だった。
ギラ・ドーガのスロットルに手をかける。
(だったら――)
「合わせるしかないだろ」
誰に聞かせるでもなく、言い切る。
機体が静かに推力を上げる。
その瞳には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。