機動戦士ガンダム 試験運用Zタイプザクー 選ばれなかった者たち ー」 作:tell M.G.
「でも……!」
ディーン・グレイが、食い下がる。
「オレ……いや、私は――教官にも勝ちました!」
言葉を選び直しながらも、声は震えていた。
「シミュレーションだって、私の方が戦績は上です!」
一歩、踏み出す。
「先を読む力だって、回避能力だって……負けてません!」
静まり返った室内に、その声だけが響く。
だが――
「そういうことではない」
淡々とした声。
シャア・アズナブルは、わずかに首を振った。
「私の言っていることが……わからないようだな」
それ以上の説明は、ない。
理解する価値すらないと言わんばかりに。
シャアはそのまま背を向けた。
そして、ギュネイ・ガスとライン・ジェノーヴァの前で足を止める。
「明日からは頼むぞ」
短く言い、二人の肩を軽く叩く。
それだけだった。
それだけで――
すべてが決まった。
シャアはそのまま歩き去る。
振り返ることもなく。
残された空間に、重い沈黙が落ちた。
⸻
ディーンは、動けなかった。
何も言えない。
何も、出てこない。
ただ立ち尽くす。
やがて――
膝が、崩れた。
力が抜けるように、その場にひざまずく。
視界が、歪む。
(なんでだ……)
心の奥底から、何かが込み上げてくる。
嫉妬。
妬み。
悔しさ。
苛立ち。
そして――
言葉にできない、圧倒的な“否定”。
胸の奥を、掻きむしるような感情。
息が、うまくできない。
誰も、声をかけられなかった。
かけてはいけないと、本能で理解していた。
ただ、沈黙だけが広がる。
凍りついたような時間。
その次の瞬間――
「――あああああああああ!!」
絶叫。
ディーンは叫びながら立ち上がる。
何かを振り払うように、乱暴にドアへ向かう。
そして
部屋を飛び出していった。
残された者たちは、ただ見ていることしかできなかった。
誰一人として、動けなかった。
あの日から、ディーン・グレイは姿を見せなくなった。
訓練場にも来ない。食堂にも現れない。
まるで――最初から存在しなかったかのように。
「……まだ、部屋にいるのかな」
リュウ・バーンは、廊下の奥を見つめながら呟いた。
隣を歩くケイトが、少しだけ眉をひそめる。
「教官も何も言わないし……いいのかな、あのままで」
返事は、すぐには出なかった。
「……よくないよ」
小さく、でもはっきりとリュウは言う。
「ディーンはああ見えて、ずっと張り詰めてたから」
ケイトが驚いたように振り向く。
「え、そうなの?」
リュウは少し苦笑する。
「うん。強いし、自信もあるけど……」
言葉を探すように、視線を落とした。
「負けることとか、認められないタイプだからさ」
それは、あの時の光景が頭から離れないからだった。
シャア・アズナブルに否定された、あの瞬間。
何も言い返せなくなったディーンの顔。
膝をついた姿。
そして――
あの叫び。
⸻
「……行ってみる」
リュウは、顔を上げた。
「ディーンのところ」
「えっ、今から?」
ケイトが少し不安そうに言う。
「放っておく方が、よくない気がするんだ」
リュウはそう言って、歩き出した。
迷いはなかった。
⸻
廊下の奥。
訓練生用の居住区。
ディーンの部屋の前に立つ。
扉は、閉ざされたまま。
リュウは、軽くノックした。
コン、コン。
返事はない。
「ディーン、俺だ。リュウ」
沈黙。
「……入るぞ」
ゆっくりとドアに手をかける。
鍵は、かかっていなかった。
部屋の中は、暗かった。
カーテンは閉められ、光はほとんど入っていない。
機材のモニターだけが、淡く光っている。
その前に――
ディーンがいた。
椅子に座り、微動だにせず、画面を見つめている。
表示されているのは、戦闘シミュレーションのログ。
何度も、何度も、同じ場面を再生していた。
「……ディーン」
リュウが声をかける。
反応は、ない。
ただ、再生。
巻き戻し。
再生。
それを繰り返している。
「なあ……そんなに見続けても――」
「違う」
低い声。
初めて、ディーンが口を開いた。
「違うんだよ……」
ゆっくりと、リュウの方を見ずに言う。
「俺は、間違ってない」
その声には、妙な落ち着きがあった。
「全部、計算通りだ」
モニターを指差す。
「ここも、ここも……最適解だ」
「なら、なんで――」
リュウが言いかけた瞬間。
「アイツは、“違う”って言った」
空気が、変わる。
「何が違う?」
「何が足りない?」
「説明できるのか?」
淡々とした口調。
でも、その奥にあるものは――
明らかに、普通じゃなかった。
「……証明してやる」
小さく、しかしはっきりと。
ディーンが呟く。
「全部、間違ってるのは――あっちだってな」
リュウは、何も言えなかった。
ただ一つだけ、確信する。
(このままじゃ、まずい)
胸の奥に、重い不安が沈んでいく。