あなたは、えりーと。   作:えりーと

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 わたしは、極悪非道な友人との賭けに負け、この作品を書くにあたり、いくつかのペナルティを課されたことをここに告白します。

メガネがデバフなのは確定的に明らか。この子(今話未登場)のメガネは外さなきゃ

 ↑は? は? は?(世界の敵)
 政府は即刻コイツを収監せよ。


いのりのめーるは?

 あなたは、晴れて研究員となった。

 

 非才の身ながらこのようなポストに就けたことは、あなたの人生において、まさに最大の幸運だったと言えるだろう。

 

 ラッキーパンチ。ビギナーズラック。あるいは、何かの手違い。

 少なくとも、周囲はだいたいそういった評価を下した。

 

 あなた自身、それを完全に否定できるほど傲慢ではなかった。

 

 地方の大学は出たものの、特別な推薦もなく、輝かしい大会実績もなく、名家の出でもない。

 

 カードの腕前も、まあ、そこそこ。

 そこそこ止まりである。

 大事なところで読み違えたり、ここぞという場面で引けなかったりする。

 時には近所の小学生にさえ負けることもあった。

 

 自分は凡人寄りの人間なのだろう。

 あなたは、わりと長いことそう思って生きてきた。

 

 しかし、採用通知は届いた。

 

 東央(とうおう)応用認知技術研究機構。通称、東応研。

 国内でも指折りのエリート研究機関。

 採用倍率は高く、進路情報誌ではやたら格好いい肩書きで紹介されている場所。紹介されている所属研究者の経歴も眩しいものばかりである。

 

 そこに、あなたは所属することになったのだ。

 

 ならば。

 やはり、()()()()()()なのではないか。

 

 今まで周囲が気づいていなかっただけで。

 あなた自身も気づいていなかっただけで。

 

 眠れる才能。

 遅咲きの逸材。

 隠れた原石。

 知る人ぞ知る何か。

 

 つまり……自分はとってもエリート!

 その可能性が、ここへ来てついに浮上したのだ……!

 

 ──と、稀代の能天気さを誇るあなたの頭脳は、そう結論付けた。

 

 あなたは通知書を見下ろした。

 何度見ても、名前はあなたのものだった。

 

 これは即ち、とてもすごいエリートということの証左に他ならない。

 なにせ、エリートな研究機関に採用されるとするなら、それは誰が何と言おうとエリートな人物であるからだ。とてもかんぺきな論理。

 

 人間、採用通知一枚で人生の解釈が変わることもある。

 

 そんなあなたが、ウキウキで採用通知を見せたときの同期たちの反応は、心外なものだった。

 

 通知書を見せたとき、『冗談だろう』と、彼らはまず笑った。

 次に、差出人を確認して黙った。

 最後に、あなたの顔を見て、どう反応すればいいのか分からない顔をした。

 

 おまえがぁ?

 目は口ほどに物を言う。

 

 恩師の教授ですら、メガネを外して通知書を二度見した。

 裏返し、透かしを確認し、最後に研究所の公式窓口へ電話すらかけた。

 

 失礼なものである。

 人は本当にありえないものを見ると、とことん本物らしさを疑うのだと、そのときよく理解した。

 しかし、どれだけ疑われようとも、書類には間違いなく、あなたのことが書かれていた。所属予定部署も、待遇も、初出勤日も、やけに現実的な文字が主張していた。

 

 結局、ダメ押しの確認に対する、研究所からの返答は簡潔だった。

 

『採用は正式なものです』

 

 そのときに向けられた視線は、祝福というより、怪異の目撃のそれに近かった。

 

 無理もない。東応研は国際的にも名前のよく知られた施設だ。

 難関で、権威があって、選ばれた人間だけが入れる場所。

 そういう印象は、世間に広く浸透していた。

 

 ただ、そうした知名度の一方で、その実態を具体的に、正確に、詳しく説明できる者は不思議と少なかった。

 

 頭のいい人が行ってそう。

 国からいっぱいお金が出ているらしい。

 就職できたら親戚に自慢できそう。

 

 世間の理解は、おおむねその程度だった。

 エリートっぽいからとかいう、あっっさい理由で応募したあなたも、例に漏れない。

 人はよく分からなくとも権威のあるものに弱いのだ。

 

 しかし、その程度の理解でも、あなたがそこに採られたことは充分に不可解な事実だった。

 

 なにが決め手で採られたのだろうか。

 少なくとも、カードの腕前ではない。

 それは流石の自惚れ&能天気なあなた自身でも分かっていた。

 

 思い当たるものがあるとすれば、面接くらいだった。

 ただし、面接の出来が良かったかと問われれば、正直かなり怪しい。

 そもそも、あなたは前日まで面接の存在をほとんど忘れて、卒論作成で徹夜していたのである。

 

 人間は、眠らないと判断力が落ちる。それはよく知られた事実である。

 だからあなたは、疲労した脳を少しでも回復させようとした。

 

 仮眠を取る。

 あるいは、目を閉じて休む。

 せめて、カフェインを入れて黙って座る。

 

 まともな選択肢はいろいろあっただろう。

 だが、眠気に支配されたあなたにそんな理性的な判断は残されていなかった。

 

 少しだけ気分転換をしようと動画サイトを開き、作業用BGMを探し、おすすめ欄に表示された子犬特集の動画を見た。

 

 動画が終わる。

 次の犬特集が出た。

 それも見た。

 

 柴犬。ゴールデンレトリバー。コーギー。サモエド。

 

 次の動画。

 その次の動画。

 さらにその次の動画。

 

 クリックを重ねるたび、あなたの判断力は少しずつ摩耗していった。

 そして、意識が半分ほど飛びかけた頃。気づけば画面にはこう表示されていた。

 

『疲れたあなたを全肯定してくれる

 どちゃ甘ケモ耳センパイASMR

 ~今日もえらいね。よしよし、休憩しよ?~』

 

 もう素直に寝たほうがいいと思われるが……。

 

 そうしていつの間にか視聴サイクルがASMRに乗っ取られてしまったあなたの疲労した脳は、一時的に救われた気になったまま朝を迎えた。

 もちろん救われた気になっただけで、実際には一睡もしていない。

 

 あなたは、脳の奥に甘い声の残響を抱えたまま、面接へ向かったのであった。バカなん?

 


 

 面接室に入ったあなたは椅子に座り、志望動機や卒業研究について問われた。

 

 準備してきた内容はあった。

 卒業研究の概要。

 東応研で扱う技術分野への関心。

 

 徹夜明けにしては、そこそこ答えられていたと思う。

 少なくとも、最初の数分間は。

 

 問題は──面接官の足元に犬がいたことである。

 

 白い犬だった。

 中型犬くらいの大きさで、とてもふさふさしていた。見たことない犬種だった。

 

 吠えもしない。動きもしない。

 ただ、こちらを見ている。

 

 ここでまともな人間なら、少しは疑うだろう。

 徹夜明けの脳が見せている幻覚ではないか。

 直前まで見続けていた犬動画の幻影ではないか。

 そもそも、そんな場所に犬がいること自体、おかしくないか。

 

 そういう疑問が浮かんでもよかった。

 

 浮かばなかった。

 

 あなたは感心した。

 東応研、なんてペットに寛容な職場なのだろう。エリート研究機関とは、福利厚生まで進んでいるらしい。

 

 そんなことを考えているうちに、徹夜明けの脳と、直前に見た大量の犬動画と、そばにいる白い犬の存在が、あなたの中で妙な化学反応を起こしていた。

 

 一体どこへ行ったのだろう。あなたの脳内にあったプレゼンテーションは、白い犬を視界に入れた瞬間、急速に輪郭を失っていった。

 

 気づいたときには、あなたの話の主題は、いつの間にかワンコへと移り変わっていた。

 

 犬はよい。

 犬は人間の感情変化に敏感である。

 場の空気を読む。

 緊張した人間のそばに静かにいるだけで、空間の圧を和らげる。

 面接室という高ストレス環境において、犬を配置する判断は、認知負荷の軽減という意味でも非常に合理的ではないか。

 

 ……?

 

 面接官たちは顔を見合わせた。

 

 こいつは何を言ってるんだ?

 

 困惑の空気を捉えて、そこでようやくあなたは我に返った。

 

 まずい。

 自身の経歴や成果について話すつもりが、ついうっかり、犬の癒やし効果について熱く語ってしまったではないか。

 

 だが、仕方ない。犬がいたのだから。

 だいたい、面接室に犬がいる以上、触れない方がむしろ不自然ではないか。

 あなたは他責的にそう考えた。

 

 そのとき。

 

『たいへんだね』

 

 声がした。

 あなたは、そっと足元を見た。

 白い犬が、こちらを見ていた。

 

『ねむい?』

 

 また聞こえた。

 なるほど。エリート施設では犬すらも喋るらしい。そんなわけあるか。

 

 脳が犬の形をした癒やしを求めた結果、とうとう犬が喋り出したのだろうか。

 あるいは『脳が溶けたあなたに囁く年上ケモ耳秘書ASMR ~本日もお疲れさまでした、ご主人さま~』を聞きすぎた結果かもしれない。

 

 空気は重い。

 ここは何か言うべきだろう。

 何か、場を和ませるようなことを。

 あるいは、今の発言を面接向けの話題に戻すようなことを。

 

 あなたは必死に考えた。

 考えた結果、とても雑な結論に辿り着いた。

 

 犬を褒めよう。

 少なくとも、犬に罪はない。

 あなたは足元の白い犬を見ながら言った。

 

 おとなしくて、いい子ですね。

 ペット同伴可の職場なんですか?

 

 その瞬間、面接官のひとりが眉をひそめた。

 

「は……? ペット……?」

 

 まずい。

 

 あなたは血の気が引いた。

 もしかするとこの面接官は、犬をペット扱いすることが地雷なお方だったのかもしれない。

 そういう人もいる。

 あなたは、そのことに至れなかった自分を恥じた。

 

 違うのだ。

 軽んじる意図はなかった。

 家族だよね。友達だよね。相棒だよね。

 うんうん、分かる。BIG LOVE。

 

 面接官たちは、何も言わなかった。

 

 白い犬は、面接官たちの反応など気にした様子もなく、じっとあなたを見ていた。

 そして、一度だけ尻尾を振った。

 

 その後、面接は打ち切られるように短く終わった。

 あなたは、落ちたと思った。

 

 だが後日、結果として、採用通知は届いた。

 

 犬の話が評価されたとは思えない。

 思えないが、あなたの貧弱な頭脳力では、これくらいしか心当たりをひねり出せなかった。

 

 あの徹夜明けの言動が、奇跡的に面接官の何かに刺さった可能性が、ワンチャン存在するかもしれない。犬だけに。

 

 まあなんにせよ。

 落ちる人もいれば、受かる人もいる。

 誰かしらは採用される。

 

 結果だけを語れば、あなたは、その「誰か」になった。

 

 こうして、あなたは研究員になったのであった。




あなた
徹夜明けで面接に挑んだあほ。能天気である。

白い犬(?)
なんか面接室にいた。

面接官
採用面接中に突然、脈絡ない話を始めたあなたに困惑した人たち。
おまえ 変なクスリでも やっているのか
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