TS暗黒騎士は凌辱はお断りです!   作:八島港

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第二話

 旧礼拝堂へ行く。

 目的は単純だ。

 

 夜間限定レアモンスター《月喰い鼠》を狩り、ドロップ品《月蝕の牙》を祭壇に捧げ、魔剣の反動を抑えるアクセサリ《静謐の黒環》を回収する。

 《静謐の黒環》は正確には攻撃の反動のダメージを半減させることができる。

 ゲーム的に言えば、隠し強装備イベントである。

 

 ただし出現率が低い。

 逃げ足が速く、暗闇でしか出ない。

 初見だと普通に見落とす。

 そのくせ倒すと経験値がうまい。

 

 つまり、俺みたいな攻略勢のために存在するモンスターだ。

 

 俺はリリスの私室を出て、帝国軍の城塞を歩いた。

 

 黒い石壁、赤い軍旗、廊下を行き交う兵士たち。

 全員が俺を見るたびに姿勢を正し、道を空ける。

 

 怖い。

 やめろ。

 

 こっちは前世、家族会議でさえ部屋から出られなかった男だぞ。

 そんな奴に軍人の敬礼を浴びせるな。

 社会性が爆散する。

 

「リリス卿、おはようございます!」

「本日も鍛錬ですか!」

「さすがです、黒翼の剣姫……!」

 

 黒翼の剣姫。

 リリスの二つ名である。

 

 中二病丸出しで少し羨ましい。

 いや、俺が名乗ったら即ブロックされるやつだが、美少女騎士が名乗ると許される。

 ほらね、世の中、顔である。

 

 俺は返事の代わりに、軽く顎を引いた。

 すると兵士たちは感動したように息を呑む。

 

「見ろ……あの静けさ」

「余計な言葉を必要としない強者の風格……」

「帝国の刃とは、まさにあの方のことだ」

 

 喋るとボロが出るから黙っているだけです。

 あと今、道順がわからなくて内心めちゃくちゃ焦ってます。

 誰か案内してくれねえかな。

 

 ゲームだと城塞内はメニュー移動だった。

 「訓練場」「会議室」「城門前」みたいな選択肢を押せば勝手に移動できた。

 現実の城塞、広すぎる。

 

 マップを開かせろ、ミニマップはどこだ。

 不親切にも程があるだろ。

 

 そんな俺の半歩後ろを、ミアがついてくる。

 

「リリス様、本日はどちらへ?」

 

 来た。

 自然な質問。

 

 だが、ここで「旧礼拝堂にレアモン狩りに行く」とは言えない。

 暗黒騎士リリスがいきなり辺境の廃墟へ単独行動とか怪しすぎる。

 

 俺は数秒考えた。

 

 そして、低く言った。

 

「……祈りを」

 

 我ながら意味がわからない。

 

 暗黒騎士が祈りに行くな。

 しかも帝国軍所属だぞ。

 どこの神に祈るんだ。

 女神様か? 俺をこの身体にぶち込んだ雑采配の女神様か?

 

 だがミアは、はっと息を呑んだ。

 

「祈り……ですか」

 

「……ああ」

 

「戦いの前に、己を見つめ直すため……?」

 

 勝手に解釈してくれる。

 ありがたいが、怖い。

 

「……そうだ」

 

 俺は便乗した。

 

 ミアは胸の前で両手を握った。

 

「リリス様……。帝国の剣でありながら、力に溺れることなく、心の在り方まで律しておられるのですね」

 

 違います。

 レアモン狩りです。

 経験値とアイテムが欲しいだけです。

 

 だが、ここで否定すると話がややこしくなる。

 俺は無言で歩き出した。

 

 ミアはますます尊敬の眼差しを向けてくる。

 やめろ。

 その視線は俺に効く。

 前世で浴びたことのない種類の好意なので、防御力がゼロである。

 

 城門を抜けると、冷たい朝風が頬を撫でた。

 

 帝都ヴァルガルドの外縁部は、石畳と煤けた家並みが続いている。

 空は曇天。

 街には兵士が多く、住民たちは視線を伏せて歩いていた。

 

 悪の帝国。

 ゲームで見た時は「わかりやすい敵国だな」くらいにしか思っていなかった。

 だが実際にその中を歩くと、空気が重い。

 

 誰も大声で笑わない。

 子どもが兵士を見ると、母親の後ろに隠れる。

 商人は税吏の姿を見るたびに肩を縮める。

 

 俺は内心で舌打ちした。

 

 帝国、治安悪すぎ。

 

 これでは主人公に倒されても仕方がない。

 いや、倒されてもらわないと俺が困るのだが。

 

「リリス様」

 

 ミアが小声で言った。

 彼女は何も言っていないが、何故かついてきている。

 何なのこの子。怖すぎか?

 

「あの者たちを、哀れんでおられるのですか?」

 

 ぎくりとした。

 俺はただ「この国ブラック企業みたいだな」と思っていただけである。

 だが、リリスの無表情はまたしても深読みされた。

 

「……弱者を踏みにじる国は、長くは続かない」

 

 口から出た瞬間、俺は後悔した。

 

 しまった。

 それっぽいことを言いすぎた。

 帝国軍の中でそんな発言、普通に危険思想である。

 

 しかしミアは、なぜか瞳を潤ませた。

 

「リリス様……」

 

 何。

 なんで感動してるの。

 

「やはり貴女は、帝国の誰よりも民のことを考えておられるのですね」

 

 違う。

 俺は自分のことしか考えてない。

 

 だが言い訳できない。

 コミュ障なので。

 もうそれでいいよ。

 

 俺は無言で歩き続けた。

 旧礼拝堂は、帝都から少し離れた森の中にある。

 

 かつて月神を祀っていた場所らしいが、帝国が信仰を統制した際に廃棄された。

 ゲームでは「古びた礼拝堂」としか表示されなかったが、実際に見るとけっこう怖い。

 

 蔦に覆われた石壁、割れたステンドグラス、崩れかけた鐘楼。

 黒い森の中で、そこだけ時間が止まっているようだった。

 

 俺は唾を呑んだ。

 やだなあ。

 

 ゲームなら平気だった廃墟も、現実だと普通に怖い。

 しかも今の俺は女の身体で、隣には俺に心酔している女騎士一名。

 何かあった時に「キャー」とか言ったら終わる。

 暗黒騎士としての威厳が死ぬ。

 

「ミア」

 

「はい」

 

「……ここから先は、私一人で行く」

 

 当然である。

 隠しイベントを見られると面倒だ。

 あと、月喰い鼠はドロップ条件に「発見から三十秒以内に撃破」がある。

 NPCが余計な行動をすると逃げられる可能性がある。

 

 ミアは驚いたように目を見開いた。

 

「ですが、危険です」

 

「……危険だからだ」

 

 俺は適当に返した。

 

 ミアは硬直した。

 やばい。

 また何か変な意味になったか。

 

「危険だからこそ、私を巻き込まない……ということですか」

 

 はい、来ました。

 勘違い解釈、入りました。

 

 違います。

 君がいると俺の緊張と、言い訳しないといけないことが増えるんです。

 あと効率の問題です。

 

「……命令だ」

 

 俺は逃げた。

 ミアは悔しそうに唇を噛み、それでも深く頭を下げる。

 

「承知しました。どうか、ご無事で」

 

 うん。

 俺もそう思う。

 

 俺は礼拝堂の扉を押し開けた。

 ぎぎ、と嫌な音がした。

 

 中は薄暗い。

 壊れた長椅子、砕けた石像、床に積もった埃。

 そして、祭壇の奥に、月の紋章。

 

 間違いない。

 ここだ。

 俺は魔剣を抜いた。

 

 黒い刀身が、淡く魔力を帯びる。

 その瞬間、ぞくりとした痛みが腕を走った。

 

「っ……!」

 

 反動だ。

 

 HPが削られるというゲーム表現が、現実ではこうなるらしい。

 焼けるような痛みが血管を伝い、心臓の奥に冷たいものが落ちる。

 

 無理。

 

 これを通常武器にしていた原作リリス、根性がありすぎる。

 俺なら二回振ったらお母さん呼ぶ。

 

 だが、今はやるしかない。

 

 月喰い鼠は夜に出る。

 まだ時間がある。

 

 俺は礼拝堂の隅に座り、ステータスの感覚を探った。

 

 メニューは開けない。

 当然だ。

 現実だから。

 

 しかし、魔力の流れはわかる。

 リリスの身体に刻まれた剣術も、なんとなく掴める。

 

 俺は呼吸を整え、素振りを始めた。

 

 一回。

 

 二回。

 

 三回。

 

 重い。

 痛い。

 腕が震える。

 

 だが、身体は動く。

 

 前世の俺なら、十回スクワットしただけで翌日死亡していた。

 それに比べれば、リリスの身体は化け物じみている。

 

 細いのに強い。

 軽いのに速い。

 

 これならいける。

 そう思った矢先、胸当ての内側が擦れて、妙な違和感が走った。

 

「ひっ」

 

 変な声が出た。

 誰もいないよな。

 

 俺は慌てて周囲を見た。

 いない。

 よし。

 いや、よくない。

 

 鎧のフィット感が最悪だ。

 いや、サイズは合っているのだろう。

 問題は俺の脳が合っていないことだ。

 

 胸が邪魔、髪が邪魔。

 腰まわりの感覚が知らない。

 身体をひねるたびに、前世にはなかった重心のズレが来る。

 

 TSものの主人公たち、よく初日から普通に動けるな。

 あいつら適応力高すぎだろ。

 俺なんか歩くだけで自分の身体にビビってるぞ。

 

 その後、数時間。

 

 俺は礼拝堂でひたすら身体を慣らした。

 

 剣を振る。

 魔力を流す。

 痛みで泣きそうになる。

 休む。

 また振る。

 

 夕方になる頃には、汗で下着が肌に張りついていた。

 不快。

 ものすごく不快。

 

 だが、同時に妙な実感があった。

 生きている。

 動ける。

 強くなれる。

 

 前世の俺は、何かを努力する前に「どうせ無理」と言って逃げていた。

 努力して失敗するのが怖かったからだ。

 

 だが今は、逃げた先に死ぬほど嫌な未来がある。

 

 マッドに捕まる。

 洗脳されて犯され、改造され、徹底的に尊厳が破壊される。

 絶対に無理。

 だからやるしかない。

 

 なんて立派な決意のように聞こえるが、要するに「痛い目に遭いたくないから頑張る」である。

 動機が小学生の歯医者回避レベル。

 だが、人間そんなものでいいのかもしれない。

 

 夜が来た。

 礼拝堂の割れた窓から、青白い月明かりが差し込む。

 俺は祭壇の影に身を潜めた。

 

 月喰い鼠は、月光が床の紋章に重なる瞬間に出る。

 ゲームでは演出が一瞬なので見逃しがちだった。

 だが、俺は覚えている。

 

 床の紋章に、月明かりが触れた。

 ちりん、と鈴のような音がした。

 

 祭壇の奥。

 影が揺れる。

 

 現れたのは、白銀の毛並みを持つ小さな鼠だった。

 ただし、目が三つある。

 口元から、黒い霧のような魔力を吐いている。

 

 いた。

 《月喰い鼠》。

 俺は一気に踏み込んだ。

 

 反動を覚悟して魔剣を振る。

 黒い斬撃が床を走った。

 月喰い鼠が跳ねる。

 

 速い。

 ゲーム画面で見ていた時より、ずっと速い。

 というか怖い。

 三つ目の鼠がこっちに向かって跳ねてくるの、普通に嫌すぎる。

 

「くっ……!」

 

 俺は歯を食いしばり、身体をひねった。

 

 リリスの剣術が、勝手に最適な軌道を選ぶ。

 魔剣の切っ先が、月喰い鼠の逃げ道を塞いだ。

 

 鼠が空中で方向を変える。

 そこへ、俺は左手を突き出した。

 

「《影縫い》」

 

 リリスの初期闇魔法。

 影を縛る拘束技。

 ゲームでは命中率が微妙で使いにくい技だったが、月明かりの下なら補正がかかる。

 

 黒い糸が床を走り、月喰い鼠の影に絡みついた。

 

 鼠が動きを止める。

 いまだ。

 俺は魔剣を振り下ろした。

 

 鈍い感触。

 白銀の小さな身体が、黒い霧となって消える。

 残ったのは、小さな牙。

 

 《月蝕の牙》。

 

「……取った」

 

 声が震えた。

 勝った。

 初めて、自分の力でこの世界の敵を倒した。

 

 いや、鼠だが。

 しかも攻略知識込みだが。

 それでも勝ちは勝ちである。

 

 俺は牙を拾い、祭壇へ捧げた。

 月の紋章が淡く光る。

 石の祭壇が音もなく開き、中から黒い指輪が現れた。

 

 《静謐の黒環》。

 

 俺はそれを手に取り、指にはめた。

 

 腕を流れていた魔剣の痛みが、すっと軽くなる。

 

 完全に消えたわけではない。

 だが、耐えられる。

 これなら戦える。

 

 俺は深く息を吐いた。

 

 その時。

 背後で、小さな物音がした。

 

 俺は反射的に剣を構え、振り返る。

 そこには、ミアが立っていた。

 

 顔を青ざめさせ、目に涙を浮かべている。

 見られた。

 終わった。

 

 勝手に隠しアイテムを回収しているところを見られた。

 どう説明する。

 旧礼拝堂で鼠を殺して指輪ゲットしてました?

 怪しすぎる。

 帝国軍に報告されたら面倒なことになる。

 

 俺が固まっていると、ミアが震える声で言った。

 

「リリス様……古い礼拝堂が魔物に巣食われていたことに、心を痛めていらしたのですね」

 

 違う。

 

「厳しい訓練の合間に、一人で礼拝堂の魔物退治を行い、祈りを捧げていたなんて」

 

 違う。

 

「私、リリス様を誤解していました。ただ強く、美しいだけの方だと。でも違った。訓練の合間にわざわざ遠出して何をするのかと思えば、民の在り方に心を傷め、廃礼拝堂で祈りを捧げ……貴女は……誰よりも孤独に、誰よりも優しい方なんですね」

 

 やめろ。

 俺に優しさ成分を見出すな。

 中身はゴミニートだ。

 さっきまで「経験値うめえ」と思ってたぞ。

 

 ミアは涙をこぼしながら、俺の手を取った。

 近い近い、顔近づけないで!

 

 手が柔らかい。

 女の子の手である。

 前世の俺ならこの接触だけで三日寝込む。

 だが今は、俺も女の手なので、脳が「これは百合イベントですか? それとも友情ですか?」と処理落ちしている。

 

「私も、背負わせてください」

 

「……離せ」

 

 俺は短く言った。

 冷たい声になった。

 本音は「手汗やばいから離して」だった。

 

 ミアはびくりとしたが、すぐに頬を染めて手を離した。

 

「す、すみません……。私、出過ぎた真似を」

 

 何その反応。

 もしかして今の、クールに突き放した感じになった?

 違います、ただのコミュ障です。

 

 俺は指輪を隠すように手を握った。

 

「……今夜のことは、誰にも言うな」

 

 ミアは真剣な顔で頷いた。

 

「はい。リリス様が帝国の闇の中で密かに何かを成そうとしていること、決して口外いたしません」

 

 そこまで言ってない。

 密かに何かを成そうとしているのは事実だが、内容は保身だ。

 

 俺は疲れ切って礼拝堂を出た。

 

 外の空気は冷たかった。

 森の向こうに、帝都の灯りが見える。

 その灯りの中に、俺の最悪の未来へ繋がる道がある。

 

 マッド……四翼将、帝王、そして主人公ノアル。

 

 俺はまだ、物語の端にいる。

 だが今日、最初の一歩は踏み出した。

 

 魔剣の反動を抑えた。

 経験値も少し入った感覚がある。

 何より、リリスの身体を少しだけ扱えるようになった。

 

 いいぞ。

 この調子だ。

 コソコソ鍛えて、原作を利用して、悲惨ルートを回避する。

 誰にも気づかれず、誰にも期待されず、俺は俺のためだけに生き延びる。

 

 そう決意した瞬間、ミアが背後で呟いた。

 

「リリス様……私は必ず、貴女の理想をお支えします」

 

 だから理想とかないんだって。

 そういうの重いからやめてね。

 

 俺は振り返らず、無言で歩き続けた。

 

 黒衣の暗黒騎士が、月明かりの下で孤高の決意を秘めて進む。

 

 たぶんミアには、そう見えていた。

 

 実際の俺はこうだ。

 

 疲れた。

 風呂入りたい。

 でも女の身体で風呂ってどうするの。

 脱ぐの?

 自分で?

 いや自分の身体なんだから当たり前だろ。

 でも当たり前じゃないんだよこっちは。

 

 そして、城塞に戻ってから気づいた。

 

 リリスの部屋には、当然のように侍女が待機していた。

 

「お召し物をお脱がせいたします」

 

 俺は人生で初めて、暗黒騎士の威厳をかなぐり捨てて叫びそうになった。

 

 転生二日目。

 

 敵より先に、生活習慣が俺を殺しに来ていた。

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