TS暗黒騎士は凌辱はお断りです!   作:八島港

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第四話

 グランベルク徴税任務。

 それは『レガリア・オブ・ヴァルハイト』序盤における、わかりやすい胸糞イベントである。

 辺境都市グランベルクは、帝国に征服されたばかりの旧王国領だ。

 

 帝国軍はそこに重税を課し、払えない者からは家財を奪い、逆らう者は見せしめにする。

 そして横暴を働く上級騎士グレイルの前に、旅の青年ノアルが現れる。

 

『力を持つ者が、弱い者を踏みにじっていいはずがない!』

 

 はい出ました。

 王道主人公台詞。

 前世の俺なら、ポテチを食いながら「くぅ~! こういうのでいいんだよ!」と拍手していた場面である。

 

 しかし今は違う。

 俺は帝国軍側であり、しかもリリスだ。

 

 原作では、この後ノアルと剣を交える立場だ。

 ふざけるな。

 俺は主人公に倒される側になるために転生したわけではない。

 

 いや、そもそも転生自体がだいぶ迷惑なのだが。

 書状を受け取った俺は、しばらく部屋で固まっていた。

 ミアが心配そうにこちらを見る。

 

「リリス様……?」

 

「……問題ない」

 

 問題しかない。

 だが、無口クール美少女は便利である。

 問題ないと言えば、周囲は「この方には深い考えがあるのだ」と勝手に思ってくれる。

 

 実際には策などない。

 あるのは原作知識と、終わっている胃だけだ。

 グランベルクへ向かう馬車の中で、俺はひたすら考えていた。

 

 どうする。

 原作通りなら、グレイルが街で暴れてノアルが止める。

 

 そしてリリスが出てくる。

 戦闘になり、ノアルの光属性覚醒だ。

 

 リリス撤退の流れは避けたい。

 なぜなら、ノアルに敵認定されると後々面倒だからだ。

 

 俺の目的はノアルに帝国を倒してもらうことであって、ノアルと仲良く殴り合うことではない。

 できれば「帝国にいるけど、なんか事情ありそうな人」くらいのポジションに収まりたい。

 そうすれば将来的に助けてもらえる可能性がある。

 

 助けてもらう。

 実に情けない響きだが、俺は前世から自力で人生をどうにかできた試しがない。

 使える主人公は使うべきである。

 

 問題は、グレイルだ。

 あいつは原作通りに動けば、確実に街で暴れる。

 昨日の訓練場で恥をかかされたせいで、俺への敵意も増しているはずだ。

 

 つまり、俺が何もしなければイベントは悪化する。

 だが俺が止めれば、原作がズレる。

 ズレるのは怖い。

 

 攻略知識が通用しなくなるからだ。

 けれど、ズレなければ俺がノアルと敵対する。

 詰んでない?

 

 人生二周目、いきなり詰将棋みたいな状況にしないでほしい。

 俺は将棋も弱い。

 ネット将棋で十級にボコられてアンインストールした男だぞ。

 

 馬車の窓から、グランベルクの街が見えてきた。

 城壁に囲まれた、灰色の街。

 だが帝都とは違い、人の生活の匂いがあった。

 

 市場。

 水路。

 古い教会。

 

 小さな広場。

 ゲームでは序盤の拠点としてお世話になる街だ。

 薬草屋の裏に隠し壺。

 

 宿屋二階の本棚に世界観資料。

 東門近くの少年に三回話しかけると小銭がもらえる。

 どうでもいい知識だけは無限に出てくる。

 

 現実で役に立つかは別である。

 街に入ると、住民たちの空気が固くなった。

 帝国軍の徴税隊。

 

 歓迎されるはずもない。

 グレイルは馬上で薄く笑っていた。

 

「いやあ、実に貧相な街だ。ですが、絞ればまだ出るでしょう」

 

 出た。

 典型的な悪役発言。

 こいつ、悪役辞典を読んでから喋っているのか?

 

 俺は無言で馬を進める。

 リリスの身体は乗馬もできるらしい。

 ありがたい。

 

 前世の俺は自転車すらパンクしたまま放置していた。

 街の広場に着くと、徴税官が住民を集め始めた。

 

 老人、商人、母親に手を引かれた子ども。

 皆、怯えた顔をしている。

 

 俺は内心で胃を押さえた。

 やめてくれ。

 こういう生々しい空気は無理だ。

 

 ゲームなら「帝国兵は横暴だな」で済むが、目の前で怯えられると普通にしんどい。

 俺は自分が善人だとは思っていない。

 だが、胸糞イベントを至近距離で見る趣味もない。

 

 徴税官が声を張る。

 

「今月分の税を納めよ。遅れた者は、帝国法により財産を没収する」

 

 ざわめきが広がる。

 住民の一人、痩せた中年男が震える声で言った。

 

「お待ちください。先月も臨時徴税がありました。これ以上は、冬を越せません」

 

 グレイルが笑った。

 

「冬を越せない? それは努力が足りないのでは?」

 

 うわ。

 言い方が最悪すぎる。

 前世のネット炎上で見たことあるタイプの理屈だ。

 

 何でも自己責任にするやつ。

 こいつ、匿名掲示板にいたら強そう。

 グレイルは馬から降り、中年男に近づいた。

 

「払えぬなら、娘を奉公に出すなり、家を売るなり、いくらでも方法はあるでしょう」

 

 周囲が凍りつく。

 中年男の背後に、十代半ばほどの少女がいた。

 怯えた顔で父親の服を握っている。

 

 グレイルの視線が、その少女へ向いた。

 ぞわりとした。

 俺は昨日、あの視線を向けられた。

 

 身体を値踏みするような、不快な目。

 少女が小さく震える。

 その瞬間、俺の中で何かが切れた。

 

 いや、正義感ではない。

 たぶん違う。

 俺はそんな立派な人間ではない。

 

 ただ、見ていられなかった。

 自分に向けられた時の恐怖が、まだ身体に残っていたからだ。

 

「グレイル」

 

 俺は低く呼んだ。

 広場の空気が止まる。

 グレイルが振り返った。

 

「何でしょう、リリス卿」

 

「……徴税官の職務を妨げるな」

 

 俺は言った。

 これが精一杯だった。

 民を守るとか、下品な真似をするなとか、そんな真正面の善人発言はできない。

 

 だから職務の話にした。

 頼む。

 これで引いてくれ。

 

 グレイルの眉がぴくりと動く。

 

「妨げる? 私は徴税の助言をしているだけですが」

 

「……お前の役目は護衛だ」

 

 俺は馬上から見下ろした。

 中身は半泣きコミュ障だが、外見は冷たい美少女暗黒騎士である。

 たぶん迫力はある。

 

「余計な口を挟むな」

 

 言ってしまった。

 やばい。

 上級騎士相手に喧嘩を売った。

 

 前世の俺なら、町内会の回覧板を隣に渡すだけで心拍数が上がっていたのに。

 グレイルの顔が歪む。

 

「……昨日から、随分と私に厳しいですね」

 

「…………」

 

 怖い。

 でも黙る。

 ここで喋ると負ける。

 

 グレイルは笑みを消した。

 

「まさか、辺境の民などに情でも移りましたか?」

 

 まずい。

 ここで「そうだ」と言えば危険思想。

 「違う」と言えば少女を見捨てる感じになる。

 

 やめろ。

 会話で二択を迫るな。

 コミュ障は選択肢が出るだけで頭が真っ白になる。

 

 俺は数秒沈黙した。

 そして、最も無難そうな言葉を選ぶ。

 

「……帝国の威信を、私情で汚すな」

 

 おお。

 それっぽい。

 俺の中のネット弁慶が、ギリギリ使える建前をひねり出した。

 

 帝国のためっぽく聞こえるし、グレイル批判にもなる。

 完璧では?

 ミアが後ろで息を呑んだ。

 

 住民たちも、徴税官も、帝国兵たちも静まり返る。

 グレイルだけが、怒りで頬を引きつらせていた。

 

「なるほど。では、リリス卿はこの私が帝国の威信を汚していると?」

 

 しまった。

 完璧ではなかった。

 めちゃくちゃ喧嘩になっている。

 

 俺は内心で頭を抱えた。

 何でこうなる。

 俺は穏便に生きたいだけなのに。

 

 その時だった。

 広場の端から、青年の声が響いた。

 

「その通りだろ」

 

 俺の心臓が跳ねた。

 声のした方を見る。

 

 古びた旅装に腰に下げた剣。

 茶色の髪と、まっすぐすぎる目。

 

 ノアル……原作主人公様のお出ましだ。

 ついに来た。

 

 俺の人生を救う予定の男であり、原作では俺を何度もぶん殴る男であり、リリスが惚れる男。

 画面越しに見ていた時は「主人公らしい爽やかイケメンだな」くらいに思っていた。

 だが、現実で見ると違った。

 

 目が強い。

 怖いくらい真っ直ぐで、けれど不思議と嫌な感じがしない。

 さっきまで広場を支配していた重苦しい空気が、少し揺らいだ気がした。

 

 俺は一瞬、見入ってしまった。

 いや違う。

 これは主人公補正を観察しているだけだ。

 

 男にドキッとしたわけではない。

 断じてない。

 俺は元男だぞ。

 

 そういうのではない。

 でも、こいつの声、思ったより低くて通るな。

 いやだから違う。

 

 グレイルがノアルを睨む。

 

「何だ、貴様は」

 

「通りすがりだ。けど、見過ごせない」

 

 出た。

 通りすがりで首を突っ込むタイプ。

 前世の俺なら絶対にできない。

 

 コンビニで前の客が店員に絡んでいても、イヤホンの音量を上げる男だった。

 ノアルは一歩前に出る。

 

「払えない人から奪って、それでも足りなければ娘を差し出せ? そんなもの、税じゃなくて脅しだ」

 

 住民たちが息を呑む。

 グレイルの手が剣にかかった。

 原作通りだ。

 

 ここでグレイルとノアルが戦う。

 ノアルが勝つ。

 そしてリリスが出る。

 

 だが、今の流れは少し違う。

 グレイルの怒りはノアルだけでなく、俺にも向いている。

 もしここでノアルがグレイルを倒せば、グレイルは「リリスが民と旅人を煽った」と上に報告するかもしれない。

 

 非常に面倒。

 だから俺は、最悪の選択をした。

 

「グレイル。下がれ」

 

 広場が凍った。

 俺は馬から降りる。

 内心では「やめろ俺、何してんの」と叫んでいる。

 

 だが足は止まらない。

 ここでグレイルに任せると、もっと悪化する。

 なら俺が処理するしかない。

 

「この場は、私が預かる」

 

 グレイルが目を見開く。

 

「リリス卿?」

 

「……二度は言わない」

 

 俺は魔剣に手をかけた。

 もちろん抜かない。

 抜いたら反動が来るし、普通に怖い。

 

 だが威嚇にはなる。

 グレイルは歯ぎしりしながらも、一歩下がった。

 よし。

 

 まず一つ。

 次に問題はノアルである。

 俺は彼に向き直った。

 

 ノアルもこちらを見る。

 近すぎる。ゲーム画面より近い。

 

 当たり前だ。

 現実だから。

 そして、何だこの目。

 

 まっすぐ見てくるな。

 俺は目を合わせるのが苦手なんだ。

 美少女の顔面が無表情で耐えているだけで、中の俺は視線を泳がせたい衝動と戦っている。

 

「あなたが、この部隊の責任者か」

 

 ノアルが言った。

 

「……そうだ」

 

 嘘ではない。

 たぶん今回の武力面では俺が上位だ。

 

「なら、今すぐこの徴税をやめさせてくれ」

 

 無理。

 即答したかった。

 俺にそんな権限はない。

 

 いや、多少はあるかもしれないが、全面的にやめさせたら帝国への反逆である。

 死ぬ。

 もしくはめでたくマッド送りか。

 

 俺は数秒考えた。

 そして、徴税官へ視線を向ける。

 

「……記録を確認しろ」

 

「は?」

 

 徴税官が間抜けな声を出した。

 

「先月、臨時徴税があったと言ったな」

 

 中年男が怯えながら頷く。

 

「は、はい」

 

「なら、二重徴税の可能性がある。帳簿を照合し、過徴収分は延期扱いにしろ」

 

 自分で言っていて驚いた。

 俺、今、かなりまともなことを言ってないか?

 前世では役所の書類を読むだけで気絶しかけていたのに。

 

 もちろん、これも原作知識のおかげだ。

 グランベルク徴税イベントには、実は裏設定がある。

 グレイルが勝手に臨時徴税を水増しし、差額を懐に入れていたのだ。

 

 ゲームでは後のサブクエストで判明する情報である。

 つまり帳簿を掘れば、グレイルの不正が出る。

 ここで全額免除はできない。

 

 だが、徴税の延期や減額なら建前が立つ。

 俺、天才では?

 いや、攻略情報をカンニングしているだけだが。

 

 徴税官は慌てて帳簿を開いた。

 グレイルの顔色が変わる。

 

「お、お待ちくださいリリス卿。そのような些事、今この場で――」

 

「些事か?」

 

 俺はグレイルを見る。

 

「帝国の税務を乱すことが?」

 

 グレイルが黙った。

 効いてる。

 権力者同士の会話、怖いけど意外となんとかなる。

 

 なぜなら正義ではなく建前で殴ればいいからだ。

 前世のレスバ経験が、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 徴税官が帳簿をめくる手を止めた。

 

「……リリス卿。確かに、先月分の臨時徴税記録と、今回の請求額に不整合があります」

 

 広場がざわめいた。

 グレイルが青ざめる。

 ノアルがこちらを見る。

 

 やめろ。

 そんな目で見るな。

 俺はただ自分の立場を守るために、グレイルの不正を使っただけだ。

 

 民を救おうとしたわけではない。

 いや、結果的に救った形にはなったかもしれないが、主目的は保身である。

 俺は低く告げた。

 

「本日の徴税は延期する。再調査の上、正規額のみを通達しろ」

 

 徴税官が深く頭を下げる。

 

「はっ」

 

 住民たちの間に、安堵が広がった。

 中年男と少女が、震えながら頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 やめて。

 感謝しないで。

 罪悪感が出る。

 

 俺はそんな清い存在ではない。

 ミアが後ろで小さく呟いた。

 

「リリス様……最初からグレイル卿の不正を見抜いて……」

 

 違う。

 ゲームで知ってただけだし、別に告発する気もありませんでした。

 面倒なんでね。

 ノアルが近づいてきた。

 

「ありがとう。あなたのおかげで、みんな助かった」

 

 主人公、距離が近い。

 あと笑うな。

 爽やかに笑うな。

 その顔はリリスの情緒に悪い。

 いや俺の情緒に悪い。

 

「……礼を言われる筋合いはない」

 

 俺は目を逸らして言った。

 本音は「これ以上関わると原作が壊れるので帰りたい」である。

 だがノアルは、何かを感じ取ったように表情を引き締めた。

 

「そうか。あなたにも、立場があるんだな」

 

 何をわかった感じになっている。

 立場はある。

 めちゃくちゃある。

 保身という名の立場が。

 

「俺はノアル。旅をしている」

 

 知ってます。

 ゲームを八周しました。

 

「あなたの名前は?」

 

 言いたくない。

 しかし周囲は全員知っている。

 隠す意味がない。

 

「……リリス」

 

「リリス、か」

 

 ノアルはその名を、まっすぐ口にした。

 なぜか胸が変な感じになった。

 違う。

 

 これは原作キャラに名前を呼ばれたオタク的感動である。

 推しに認知された時のそれに近い。

 恋愛ではない。

 

 断じてない。

 俺は無表情を保った。

 

「……去れ。次は庇えない」

 

 それっぽく言った。

 実際、次はどうなるかわからない。

 ノアルは少し目を細めた。

 

「わかった。でも、覚えておく。帝国にも、あなたみたいな人がいるって」

 

 違う。

 覚えなくていい。

 俺は帝国の良心枠ではない。

 

 ただの原作知識持ち保身モンスターだ。

 ノアルは背を向け、広場を去っていく。

 住民たちも頭を下げながら散っていった。

 

 グレイルは最後まで俺を睨んでいたが、何も言えなかった。

 俺は勝った。

 たぶん。

 

 ノアルとの戦闘を回避し、グレイルの不正を表に出し、徴税イベントを穏便に処理した。

 上出来である。

 そう思っていた。

 

 その日の夜、宿舎でミアが報告書を持ってきた。

 

「リリス様。本日の件ですが、グレイル卿の不正疑惑として正式に処理されるそうです」

 

「……そうか」

 

「それと、街の者たちの間で噂になっております」

 

 嫌な予感がした。

 

「何が」

 

「黒翼の剣姫リリス様は、帝国の腐敗を正すため、あえて冷酷な仮面を被っている……と」

 

 やめろ。

 変な二次設定を生やすな。

 

「あの御方……ノアル殿も、リリス様を深く信頼している様子でした」

 

 やめろ。

 主人公陣営への好感度を勝手に上げるな。

 俺は頭を抱えたくなった。

 

 だがリリスの顔は、ただ静かに窓の外を見つめている。

 ミアには、俺が遠大な理想を胸に秘めているように見えたらしい。

 

「私、どこまでもお供します。リリス様が帝国を変えようとしているのなら」

 

 違う。

 俺は帝国を変えたいんじゃない。

 帝国に潰れてほしいんだ。

 しかも自分が逃げるために。

 

 俺は窓の外を見た。

 グランベルクの夜。

 遠くの通りに、ノアルの背中が一瞬見えた気がした。

 原作はズレた。

 ノアルは俺を敵としてではなく、複雑な立場の協力者として認識したかもしれない。

 

 これは良いズレなのか。

 それとも、取り返しのつかないズレなのか。

 わからない。

 

 ただ一つ、確かなことがある。

 グレイルは俺を恨んだ。

 そして原作では、グレイルはこの後、主人公に倒されて退場するだけの雑魚だった。

 

 だが今、俺が先に彼の破滅を早めた。

 雑魚ほど、追い詰められると何をするかわからない。

 

 その夜。

 宿舎の廊下の向こうで、グレイルが低く笑っていたことを、俺はまだ知らなかった。

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