僕のヒーローアカデミア A Little Extra 作:ジョン堂
午後から23時45分──
俺は家を抜け出し、死柄木がオールマイトに指定した市営多古場海浜公園、その入り口にやって来た。
家からは少し遠かったが、闇夜に紛れて【擬似・舞空術】で飛んできた。
これからここで、死柄木とオールマイトが対面する──。
無理を言って立ち会わせてもらう事にしたが、流石に緊張する……。
これはきっと、俺が在る事で発生した原作『僕のヒーローアカデミア』には無い事件のはずだ。
何故なら、木椰区ショッピングモールからこれまでの全てに、俺という原作に存在しないイレギュラーが関わっている……。
俺の存在が及ぼしてきた影響が、今日の事件を引き起こしたとすれば……勝手ながら、俺には2人の対面に立ち会う責任があると思う。
そして、もし、万が一……戦いが起こってしまったのなら、俺も戦う覚悟を決めてきた。
俺の所為で、この世界の未来が悪い方向に狂ってしまうのは……辛い。
そうならない様に祈るし、そうならない様に力を尽くしたい──。
「──私が、静かに来た……!」
緊張しながら待っていると、マッスルフォームのオールマイトが音もなく来た。
ジャケットを着ているが、隙間からゴールデンエイジのコスチュームが見えている。
オールマイトも万が一を覚悟して備えてきたようだ。
「待たせたかい?」
「いえ、俺も来たばかりです」
やり取りは待ち合わせのソレだが、緊張感が違う。
「それで……死柄木弔は、もう居るかな……?」
「……はい、向こうの方に……多分、海岸の手前の林の中かと」
尋ねられて、俺は気で捉えていた死柄木の位置を伝える。
「他に、誰かいるかい?」
「いえ、俺が感知できる範囲内、少なくとも公園内には、俺達以外に人の反応はありません」
死柄木は本当に1人で来た……。
やはり違和感だ、これまでの死柄木弔と何かが違っている……。
「そうか……では、行こうか」
「はい……!」
俺とオールマイトは、海岸に向かって歩き出した。
人気のない公園の道はシンと静まり返り、緊張感を煽るように感じられる……。
早足でもなかったが、数分歩くと、林を抜けて開けた海岸に出た。
「…………」
海岸を見たオールマイトは、いつもの笑顔ではあるものの、どこか陰を感じさせる。
恐らく、緑谷とのトレーニングを思い出しているんだろう。
そんな場所で、緑谷や自分達の宿敵と対面する……さぞ、心境は複雑だろう。
「──よお、早かったな……オールマイト」
「「!」」
俺達を見つけたか、死柄木弔が姿を現した。
顔に人の手を張り付けた、敵としてのスタイルで……。
「……やあ、こんばんわ。死柄木弔」
オールマイトが一歩進み出る。
恐らく、俺を庇っているんだろう。
既にその全身から、No.1ヒーローの威圧感が滲み出ている。
「それで?私に話とは何かな?」
オールマイトが本題を促す。
すると、死柄木は張り付けた手の隙間から、ジッとオールマイトを見据える。
「……『志村菜奈』を、知ってるよな……?」
「ッ!!」
死柄木から出た名前に、オールマイトから笑顔が消え、圧が増した。
「ッ……ヤツから、聞いたのか……!?」
オールマイトの声が震えている。
志村菜奈、俺は知らない名前だ……オールマイトと関係のある人物らしいが……?
「……はは、その反応で大体分かった」
死柄木が薄く笑う。
しかし、それは嘲笑というより……何だろう、乾いた笑いというか……諦め?
「……死柄木、誰、なんだ?志村菜奈って……?」
俺は気になって、思わず尋ねた。
すると──
「……“おばあちゃん”」
「「は?」」
「志村菜奈は、俺のおばあちゃんだよ……」
おばあちゃん……?
死柄木の……?
その人がオールマイトと関係が──
「……………………は?」
思考が止まった。
オールマイトの表情──笑顔どころか、No.1の威圧感も、血の気すらも消えた、その顔を見た瞬間に。
「なるほど……先生はアンタのその顔が見たくて、俺を育てた訳だ……」
「ッ……!?ぁ……!」
「ちなみに、おばあちゃんのことは先生から聞いたんじゃない。俺が自分で思い出して、自分で調べた」
「っ、な……に……!?」
「俺の本当の名前は『志村転弧』……お父さんが『志村弧太郎』っていって、おばあちゃんの、志村菜奈の息子らしいぞ」
「……ッ〜〜!!??」
言葉が出ないオールマイトを見据えながら、死柄木は自身の生い立ちを語る──。
死柄木弔──志村転弧は、裕福な家庭に生まれた。
暮らしには何不自由はなかった。
しかし、家長である父・弧太郎は築いた家庭にあるルールを定めた。
『家の中で、ヒーローの話をしない事』
このルールを破れば、例え外で幼い転弧が友達とヒーローごっこをした程度の事でも、そうと知れば家の外に放り出して謝罪と反省を強要した。
このルールは、ほぼ転弧に対する禁則に等しかった。
当時、転弧は『無個性』であると思われていて、それ故にヒーローになることは出来ない──だから父・弧太郎は転弧を早々にヒーローから引き離し、その道を諦めさせようとしていたらしい。
他の家族達は、そんな父・弧太郎を多少説得しようとするも結局止めようとせず、泣く転弧を後で慰めはしても庇おうとはしなかった。
そんな日々が続いたある日、姉の“華ちゃん”がこっそり父・弧太郎の書斎に転弧を誘った。
父・弧太郎には『決して入るな』と言われていた書斎に──そこで見せられたのが、机の引き出しに仕舞われた祖母・志村菜奈の写真だった。
その時、姉から教えられたという──祖母・志村菜奈がヒーローだったと。
その時、転弧は家族にヒーローがいた事が嬉しかったそうだ。
その時、転弧は今ならどんな困難にも立ち向かえる気がしたそうだ。
しかし、それも父・弧太郎の怒声と怒りの形相を見るまで……。
華ちゃんは父の怒りを恐れ、書斎に入った罪を転弧に擦りつけた。
そして、ついに弧太郎は、転弧に手を上げた。
『あれはおばあちゃんじゃない』
『子どもを捨てた鬼畜だ』
『いいか、ヒーローというのはな……』
『他人をたすける為に、家族を傷つけるんだ』
そう言って、振り上げられた父の手を……家族は誰も止めなかった。
そして、事件は起きてしまう──。
夜になっても、転弧は外に出されたままだった……。
辛くて、悲しくて、泣き続けていた転弧……。
唯一、味方だと思えるのは、もはや愛犬のモンちゃんだけ……。
慰めるように寄り添ってくれるモンちゃんを、転弧はその手で抱きしめた。
縋り付くように、その柔らかい体をぎゅっと掴んだ。
次の瞬間──モンちゃんは崩れた。
今だから分かること──転弧はこの時、【個性:崩壊】が発現してしまったのだ。
しかし、当時の転弧には何が起きたのか分からなかった。
今さっきまで、自分に寄り添ってくれていたモンちゃん──それが自分の手の中で、バラバラに崩れ、その肉片と共に血の池を作っていた。
その余りのショックに、転弧は呼吸も出来ず、叫ぶことも声を出すことも出来なくなった。
そんな転弧のところに、華ちゃんがやって来てしまう。
初めは何かを言っていた華ちゃんも、転弧と崩れたモンちゃんの姿に、恐怖でパニックを起こしたか逃げ出してしまう。
転弧は助けを求め追いかけ、縋りつく様に華の手と服を掴んだ。
すると、華ちゃんもモンちゃん同様、崩れ落ちた。
ただ、助けて欲しかっただけなのに──華ちゃんも物言わぬ血と肉片と化した。
転弧の絶望が加速し、それに呼応するように【個性:崩壊】は暴走し、周囲に伝播し文字通り崩壊させていく。
庭も、家も、やがて異変を察知し外に出てきた祖父母も、自身が崩れるのも顧みず駆け寄り手を伸ばした母も……。
何も分からない転弧には止めようがなかった。
しかし、最後に駆けつけた父・弧太郎は──助けを求めようとした転弧に、その手ではなく、手近にあった高枝切り鋏を叩きつけた。
その瞬間──痛みと共に転弧の中でナニカが弾けた。
『死ね』
実際は絶叫だったそうだが、この言葉と噴き上がる殺意と共に、転弧は自分の意志で、父・弧太郎に【崩壊】を向け──
そうして、家族も家も崩壊させた転弧は、茫然自失のまま街を彷徨い歩いた。
誰もが転弧の只ならぬ様子に恐れ、顔を逸らし、逃げ、誰一人手を差し伸べはしなかった……。
そして、路地裏で座り込んでいた転弧に声をかけたのが『AFO』だった。
『AFO』は転弧を保護し、住む場所と生きる糧を与え、そして
「「………………」」
俺も、オールマイトも、声が出なかった……。
悲惨……。
凄惨……。
表す言葉はあれど、どれもが陳腐に思える……。
死柄木の過去は、それほどに……あんまりにもあんまりなものだった……。
聞いた俺達の方が、絶望してしまうほど……。
酷過ぎる……。
当時の死柄木──幼い転弧が一体何をしたというんだ……?!
「……と、まあ、ここまでは前置きみたいなもんさ。本題はここからだ……」
本題……?
今までのが、前置き……?!
何でもない事のように言う死柄木だが、俺は恐怖を感じていた……。
これ以上、まだ何があるっていうんだ……!?
「なあ、オールマイト。お前さ……先生の、『AFO』の事は多分、俺より詳しいよな?」
「ぁ、ああ……」
「じゃあ聞くが──
「ッ……!!」
瞬間、オールマイトの顔が強張った。
そんなオールマイトの答えを待たず、死柄木は質問を続ける──。
「その餓鬼が、
「ッッ!!??」
死柄木の言葉を聞く度、オールマイトの顔から血の気が引いていく……。
「そもそも、
「ぁ……ぁ、ぁ……!」
「知ってて、
「ぁ……ッッ~~~~……!!??」
「お前と
言葉を続けていた死柄木は、徐に掌をこちらに向けてくる。
「この【崩壊】の【個性】……本当に、俺が生まれ持った【個性】だと思うか?」
「――ッ!!??」
「覚えてる限り、
……でだ、
「〜〜〜ぁぁぁあああああ──……!!!!」
ドッ
オールマイトが……膝を、ついた……。
いつも、どんな凶悪敵を相手にしても、膝を折ることのなかった……不撓不屈のNo.1ヒーローが……。
耳を塞ぎたくなるような、悲痛な叫びを上げて……。
俺は、それを、黙って見ている事しか出来なかった……。
頭の奥がチリチリと焼けるようで、腹の中を握りつぶされているようで……動く事も、出来ない……。
死柄木弔を、志村転弧を取り巻く全ての事が……志村転弧を、死柄木弔に仕立て上げるために『AFO』が仕組んだことだった……!?
なん、なんだ……!?
なんなんだ、『AFO』って……!!??
イカれてる……!!
狂ってる……!!
いいや、そんな生優しいもんじゃない……!!
鬼……悪魔……魔王……いいや、そんな言葉じゃ足りない。
もっと邪悪で、もっと凶悪で……もっと、もっと……気持ちの悪い、言い表しようのない、ナニカ……!
とにかく、人間じゃない……!!
この世に在っては駄目な……この世に生まれては駄目な存在だ……!!
そんな悍ましいものが、この世界の、この日本の何処かに潜んでいる……!
考えただけで背筋が寒くなる……!
「ぅ、ぐ……!」
俺は今、これまでの人生で感じたことのない恐怖と嫌悪、そして怒りを感じている……!
頭の中がぐちゃぐちゃだ……!
許せん……!
こんなことが……あんな奴が……許されていいはずがない!!
例え神が許しても……俺は、俺が、絶対に、絶対に許さん……!!!!
『AFO』──俺の手で、この世から消し去ってやる!!!!
ボオォ
「ッ!?き、気賀、少年……!?」
オールマイトの声は聞こえたが、それに応える余裕はなかった。
「……死柄木、『AFO』は、どこにいる……?」
「……さあな。餓鬼の頃は時々会ったが、近頃はモニターの向こうから声だけで、もう何年も会ってねえから、知らねえ」
「……そうか」
死柄木にすら姿も見せないか……。
なら仕方ない、自力で探し出してやる……。
何処に隠れようと、必ずな──。
だが、その前に……。
「……お前さん、これから、どうするんだ?」
壮絶を極めた過去を思い出し、『AFO』の企みに気付いた今……死柄木弔がどうするのかが気にかかる。
「……どうもしねえよ」
「?」
どうも、しない……?
「全てを思い出して、全てを理解した……。俺の中にある全てが、『
そう言うと死柄木は、オールマイトに顔を向ける。
「『オールマイト、お前が嫌いだ』」
「ッ!」
「そう思ってた……この感情も、俺のじゃない、『
ふいと顔を逸らすと、死柄木は顔につけていた手を外す。
「
外した手をポケットにしまった死柄木は、徐に上を向く。
しかし、その目は何かを見ているようには思えない……。
「だから、もう何もしない。けど、何かに振り回されるのは、もう御免だ……だから、俺はもう消える」
「し、ッ──転弧少年……!」
「──俺を転弧って呼ぶな」
「っ!?」
強い拒絶の言葉──声を掛けたオールマイトの体が揺れる。
「転弧はもう過去の名前だ。呼ばれたくねえ……過去なんか、もう要らないんだ」
「死柄木……」
俺が思わず呼ぶと、死柄木は俺の方を向く。
「……あー、けど死柄木も嫌だな。それも『AFO』に付けられた、
「そうか……。じゃあ、何で呼べばいい?」
俺がそう聞くと、死柄木は軽く溜息をついた。
「……仕方ねえから、俺の事は『トムラ』と呼べ。これも結局『AFO』に付けられた名前だが、他に適当なのが思いつかねえ……。尤も──」
死柄木──トムラが薄く笑う。
「もう、会う事もねえだろうがな」
そう言って、トムラは俺達に背中を向ける。
「ああ、そうだ。お前ら、林間合宿ってのやるんだろ?」
「え?あ、ああ……」
「『AFO』、場所とか日時、知ってたぞ。これから変更されることもな」
「「!?」」
トムラが告げた事実に、俺もオールマイトも目を見開く。
トムラ曰く──全てを思い出す前から、『敵連合』に戦力が集まってきており、林間合宿の襲撃を計画していたという。
その過程で、『AFO』から教えられたそうだ。
「前にカリキュラムってヤツを盗んで、大まかな時期は知ってたが、俺達が幾ら調べても正確な場所や日時は分からなかった。だが、『AFO』はあっさり調べ上げた。なんでも、教えてくれる『トモダチ』がいるんだとよ」
「ッ!」
トモダチ……それはつまり──内通者!!
「何もかもあいつの思い通りになるのは癪だからな、一応教えとく」
トムラは、そう言って片手を上げる。
「あとは──精々、頑張れ」
そして、トムラは林の向こうに去って行った……。
最後の言葉が、皮肉だったのか、せめてもの応援だったのか、俺には分からない。
だが、俺は心に決めた。
必ず『AFO』を倒す──俺の全てを賭けて!