僕のヒーローアカデミア A Little Extra 作:ジョン堂
<side:オールマイト>
「…………」
私は、動く事が出来なかった……。
死柄木……いや、トムラくんが立ち去るのを、見ている事しか出来なかった……。
突いた手が地面に張り付いたように……背中に重い何かがのし掛かっているように……体から力の全てが抜けてしまったように……。
トムラくんの壮絶な過去を聞いて、自分の中の大事なものが音を立てて砕けた気がした……。
ああ、私は、何をやっていたのだろう……。
何が、ヒーロー……。
何が、平和の象徴……。
何が、【OFA】継承者……。
私じゃないか……。
お師匠のご子息を……その家族を……トムラくんの人生を滅茶苦茶にした原因は……!
そうとも知らずに、雄英を襲った敵として……『AFO』の悪意を受け継ぐ者としか……彼を見ていなかった……。
私は……『AFO』と、何も変わらない……!
「オールマイト」
気賀少年……。
「俺、帰ります」
「……すま、ない。本当なら、送ってあげないといけないのに……」
動けない……。
何で情けないんだ……。
何が、君達の先生だ……。
出来てないじゃないか、教師……。
「いいんです。けど、その前に言わせてください」
「……何、かな……?」
失望させたかな……いや、きっとさせただろう。
膝をつき、顔も上げられずにいる私……。
そして、全ての元凶である私だ……。
「あなたの所為じゃない、絶対に」
「ッ!!」
心臓が跳ねた──心を言い当てられた気がした。
思わず顔を上げてしまう。
その先には、未だ
「悪いのは『AFO』だ。奴は人間じゃない、だが天災なんて高尚なもんでもない。謂うならば『人害』──罪を負うべき、罰を下すべき害悪だ」
気賀少年の、その
気賀少年、君は──!
「『AFO』は、俺が倒します」
「!!」
ああ、やはり──この少年は、決めてしまった。
戦う事を……『AFO』との戦いに身を投じる覚悟を……!
かつて、お師匠から【OFA】と共に使命を受け継いだ、私のように──。
「あなたは間違いなく、この時代のNo.1ヒーローで、この時代をつくった平和の象徴で、そして俺達の先生だ」
「ッ!」
気賀少年の言葉に、救われた私がいた。
私の目の前にいたのは、ヒーローだった。
ああ、私はなんて傲慢だったんだろう……。
全てを1人で背負った気になっていた……。
全てを1人でやれる気でいた……。
全てを1人でやらなければと思っていた……。
1人でこの場に立っていると……
1人でここまで来たと……
1人で戦ってきたと……
全て違う──いつから勘違いしていた、オールマイト。
私がヒーローになれたのは、私を育ててくれたお師匠・志村菜奈の、グラントリノ先生の、根津校長先生の、私を支えてくれた唯一の
私が先生でいられるのは、気賀少年や緑谷少年、そして雄英でヒーローを目指す少年少女達のおかげなんだ。
『ワン・フォー・オール』──1人は皆のために──その意味を履き違えていた。
私が、皆の為に戦う──それ自体は、きっと間違いじゃない。
しかし私だって、
誰かの役に立ちたかった。
誰かの役に立てる事が嬉しかった。
誰かの役に立てなくなる事が嫌だった。
だから、ヒーローを引退する決断が出来なかった……。
傷を隠し、弱体化を隠し、ずるずると平和の象徴である自分にしがみ付いてしまった。
誰かが傷つくのが嫌で、誰かが傷つけられるのが嫌で……。
みんなを守りたくて……、みんなを守っている私でいたくて……。
だが、もうそんな我儘と未練で、中途半端を続けていてはいけない。
『AFO』は、私が思っていたより遥かに邪悪な、『人害』だった。
半端な覚悟で立ち向かえる相手ではなかった。
だから、あの時……私は奴を倒しきれなかったのだ……。
私1人では、駄目だ。
助けが、要る。
まだ抵抗はあるが、それは私の我儘なんだ。
これこそ、私が背負うべき痛みなんだ。
己の迷いを抑え込め!
八木俊典!
今、立ち上がらなければならないんだ!!
やるべき事がまだ残っている!!
私はまだ、まだ死ねんのだ!!
「……すまないね、気賀少年。それは、譲れないよ」
地面から、手が離れた。
背中の重い何かは、まだある。
抜けた体の力も、戻ってはいない。
しかし、私は立ち上がれた。
都合の良い妄想かも知れないが、多くの手に支えられている心地だ。
私の中に、新しい力が湧いている気がする。
「『AFO』を倒すのは、私の役目だからね」
口にしたこの言葉に、迷いや気負いは無いと思える。
「っ!……じゃあ、協力しつつ、トドメは競争ですね」
振り向いた気賀少年は、そう言って不敵な笑みを浮かべた。
見ている私に、安心感を与えてくれる、強い笑顔だ。
自然と私も、笑って応える。
「ああ、いいとも!」
笑みと同様に、自然と私は手を差し出していた。
気賀少年も、その手を迷いなく取ってくれた。
「ありがとう、気賀少年。君のおかげで、私は立ち上がれたよ」
「こちらこそですよ、オールマイト先生。あなたのおかげで、俺達は今日、立っていられる」
ああ、全く、この
ありがとう、気賀少年──おかげで、勇気100倍オールマイトさ!
そして、気賀少年を見送り、私も人目を避けて帰路に着いた。
さあ、忙しくなるぞ──先ずは夜が明けたら、グラントリノ先生と根津校長先生に連絡して、これからの事を話し合わねば。
塚内くんにも話しておいた方がいいな、警察との連携も必要だ。
それに……『彼』とも話さなければな。
気まずいが、彼にこそきちんと事情と私の思いを話し、また手を貸してもらわなければならない。
まさか彼と話す決意の切っ掛けが『AFO』とは……なんとも皮肉な話だな。
<side:out>
◇雄英高校、会議室──
死柄木弔ことトムラとの対談の翌日、オールマイトの呼び掛けにより、根津校長・グラントリノ・塚内が集まっていた。
そして、オールマイトより昨夜の出来事とトムラとの対話の内容が、事細かく明かされた……。
「志村転弧、志村の孫、か……ったく、なんてこった……」
沈痛の面持ちのグラントリノが、頭痛を堪えるように頭を抱える。
「……痛ましい、そして悍ましい話だね。他者に対して、そこまで惨い事が出来るなんて……流石『AFO』と言うべきか……理解の範疇を遥かに超えているのさ」
根津校長もまた、眉間に深い皺を刻み、不快感を露わにしている。
「……オールマイトから連絡をもらって、過去の未解決事件を調べた。確かに、15年前……敵の【個性】によると思われる一家殺人事件の記録が残っていた。その犠牲者の名前が『志村弧太郎』だった」
塚内は顔を強張らせ、冷や汗を浮かべながら調べた事実を口にする。
「……志村は夫を殺されていてな。我が子をヒーロー世界から遠ざけるべく、里子に出している。俺や俊典には『私にもしもの事があっても、あの子には関わらないでほしい』と……」
「……故人との約束が逆に……やるせないな」
「……お師匠がせめて平穏にと決別した血縁……彼が過去を思い出した事を、良かったとは決して言えません。しかし、『AFO』から離反する決断を下してくれた事は……それだけは、良かったと思えます」
「まぁな……。しかし、ヤツが死柄木……いや、転弧か……とにかく志村の孫をそう簡単に手放すか?」
「……その点は、確かに心配ではあります。ですが、彼は、私達ヒーローや警察に助けられる事を、望んでいません。彼が無事に『AFO』の手から逃れる事を願う他ありません……」
そう話すオールマイトの顔に、いつもの笑みはなかった。
それを察した根津校長・グラントリノ・塚内はそれぞれ、これ以上のトムラについての言及を打ち切った。
次いで話し合われたのは、今後の『敵連合』及び『AFO』の動向について──差し当たってはヒーロー科1年生の林間合宿について。
問題は二つ──
一つは、トムラが『AFO』から離反するに当たり、計画されていたという林間合宿襲撃がどうなるのかが不明である事……。
もう一つは、情報を『AFO』に流す内通者の存在……。
「根津校長、こうなった以上、林間合宿は中止にすべきでは?」
塚内の提案に、根津校長は首を横に振る。
「現状ではそれは出来ない。内通者の存在が事実だとして、それが悪意を持った『AFO』の手の者か、弱みを握られ従わされた被害者かはまだ不明だ。後者だとしたら内通者当人、或いはその弱みとなる関係者が危険なのさ」
どんな事情があれ、内通者も敵であり犯罪者である──そう切り捨ててしまう事は容易だが、それは正義を掲げるヒーローが取ってよい選択ではない。
警察官である塚内を除き、この場にいるのは全員ヒーローであり、この場はヒーローを育てる教育機関──譲れない、譲ってはならない一線であった。
「合宿は予定通り実施する。襲撃への備えは「私に任せてください」──オールマイト」
「私なら、日本中どこであろうと、襲撃を察知してからでも駆けつけられます。内通者が誰か分からない以上、情報は出来る限り秘匿すべきです」
「……確かにね。だけど……それには合宿期間中、ヒーローとして活動するのは極力控えてもらわなければならないよ?活動時間、日々短くなっているんだろう?」
「……はい」
【個性:OFA】は既に緑谷出久に譲渡され、オールマイトに残るのはその『残り火』……やがて消え去り、オールマイトは『無個性』へと戻る定め。
『残り火』はヒーローとして活動すれば、その消失までの時計を加速させてしまう。
オールマイトはこれまで、そうと分かっていても事件を見過ごせずヒーローとして動いてしまう自分を止められず、授業の為の活動時間を使い切ってしまう事もしばしば……。
根津校長はその点を危惧していた。
いざ、襲撃があった時『活動時間が残っていない』では話にならない。
それは根津校長のみならず、グラントリノ・塚内も同感であった。
しかし──
「合宿期間だけでなく、今後は、ヒーローとしての活動を更に制限します」
懸念の視線を受けても、オールマイトは揺らがずそう言い切った。
その迷いのない様子に、根津校長・グラントリノ・塚内は少なからず驚く。
「そして──新学期を迎える前に、私は、現役ヒーローを引退するつもりです」
「「「!!」」」
続けてオールマイトが告げたその言葉に、今度こそ三者は驚愕の色を露わにした。
「お、オールマイト……?!」
「本気か、俊典……?」
「……思い切った決断だね。どういう心境の変化だい?」
「……ヒーローを続けてきたのは、私の未練と我儘です」
オールマイトは心を落ち着かせる為に一呼吸してから、静かにその胸中を語る。
「“平和の象徴”……人々が不安なく日々を送る為の柱……1日でも、1秒でも長く、そうである自分でいたかった。象徴でなくなる、人々の平和が崩れる……その喪失への恐怖に、私自身が耐えられなかった。“平和の象徴”は私しかいない……そんな傲慢な勘違いに執着して、私を案じてくれる多くの手から目を逸らし、振り払ってきました」
そっと目を閉じるオールマイト。
その脳裏に浮かぶのは、傷ついた自分に引退を強く進言した
「日々弱っていく自分から目を逸らし、己を誤魔化し……いよいよ限界が目前に迫って、漸く、後継を探し、見出し、雄英に教師として赴任しながらも、ヒーローでありたい自分を抑える事ができず、どちらも中途半端な状態を続けてきました。しかし――」
目を開いたオールマイト――姿こそトゥルーフォームであっても、その眼光は世の平和を脅かす者達を睨みつける“平和の象徴”として鋭さと威圧感が溢れていた。
「もう、そんな中途半端ではいられない。そんな状態では、もう『AFO』に立ち向かう──いえ、倒す事は出来ない。トムラくんと話し、『AFO』の邪悪を改めて知った事で、そう悟りました。私に残る“全て”を、未来の為に使い切る。今も日々戦い続ける“平和の象徴”
「「「…………」」」
その時、オールマイトを見つめ、頷く三者の目にも、強い光が宿った。
一歩、前へと進んだオールマイトと共に、それを支える者達も共に進む。
恐るべき邪悪『AFO』を打倒し、真の平和を取り戻す為――過去から受け継がれてきた意志に、今を生きる者達が集まり始める。