一度中央トレセンを追放された新人トレーナーが、重力に導かれピエロウマ娘と出会う話 作:じゅぺっと
「スターアニス、一番人気です」
「阪神JF、桜花賞では素晴らしい走りを見せてくれましたからね。オークスでも好走が期待できますよ」
オークスのパドックで、瞳に星を宿したウマ娘が大きく両手を振っている。
スターアニスは、私の担当ウマ娘であるジュウリョクピエロの友人だ。
ピエロ曰く、お昼寝と中華料理が大好きな食いしん坊ウマ娘らしい。
けれど今こうして見れば、仕上がりは見事としか言いようがなかった。体つきはしなやかに研ぎ澄まされ、視線には揺るがぬ自信が宿っている。二冠ウマ娘としてここへ来たのも、決して偶然ではないのだとわかる姿だった。
「五番人気、ジュウリョクピエロ」
「ダートからの転向ですが、実力はありますからね。一波乱起こすかもしれませんよ」
ジュウリョクピエロは、もともとダートウマ娘としてデビューした。
だが今年に入ってから、やはり芝適性があると判断し、ティアラ路線への変更に踏み切ったのだ。
樫の舞台に現れた彼女は、今日も変わらず道化だった。
勝負服は奇抜にして華麗。耳をクラウンハットのように飾り立てたその姿は、パドックに並ぶ他のウマ娘たちの中でも異質で、けれど目を引いた。
そしてピエロは、不意に胸を張った。
「いつでもまんまるだよ星のアニス~でも本当は速いよほんとかな~♪」
突然、歌い始めた。
友人であり、一番人気のスターアニスを讃えるために、自分で作ったオリジナルソングらしい。
「無限の力を持つ伝説のヒロイン、速い、星の、戦士~やるもんだ、アーニス♪」
歌い終えたピエロが一礼すると、観客席から困惑混じりの拍手がぱらぱらと起こる。
だが讃えられたスターアニス本人は、少し照れくさそうにしながらも、素直にピエロへ手を差し出した。
「ジュウちゃん……ありがとう。本当にオークスで競えるなんて、夢みたい」
「夢なんかじゃないよ。アニスが阪神JFと桜花賞を勝つのも、私がオークスに間に合うのも、運命で決まっていたんだから」
ジュウリョクピエロは、筋金入りの運命論者だ。
この世界は別世界と見えない糸で繋がっていて、その流れは重力みたいに誰にも逆らえない――らしい。
スターアニスのことも、デビュー前から「アニスは必ずGⅠを取る」とよく言って励ましていたそうだ。
当のアニスはそこで観客へ大きく手を振り、誇らしげに声を張った。
「ピエロちゃんは、デビュー前から私が落ち込んでる時にいつも、さっきみたいな歌で励ましてくれたんですよ。ちょっとおふざけが好きだけど、優しい子なんです!」
『美しい友情ですね。二人がどんなレースを繰り広げるのか、目が離せませんよ』
同期の友情に、観客たちがあたたかく沸く。
そして、褒められたピエロは満足げにぱちぱちと手を打った。
「ブラボー、ブラボー。さすがはスターアニス。……けど今日はキミに、残念なお知らせをしないといけない」
「残念なお知らせ?」
きょとんと目を丸くするアニスへ、ピエロはびしっと指を突きつけた。
「オークスは、私のモノになる。そして……アニスは惨敗する」
「惨敗!?」
「運命がそう言ってるんだよ。たとえアニスでも、決められた結末からは逃れられない」
突然の勝利宣言。
しかも、二冠ウマ娘への敗北予告。場内にざわめきが広がる。
けれど、スターアニスはほんの少し驚いたあと、むしろ笑った。
「……なら運命さんにこう伝えておいて。あなたに何が見えていても、私の走りは私が決める!」
「今日のオークス……私が支配してアゲルヨォ!」
星の戦士と、運命の道化。
二人の言葉がぶつかり合った瞬間、パドックの空気そのものが張り詰めた気がした。
ここから始まるのは、友情の確認なんかじゃない。
王道路線を歩んできた光と、異端の軌道からねじ込んできた道化との激突だ。
そして、レースは始まった。
スターアニスは正攻法の競馬をした。
桜花賞までとは距離が違う。だからこそ、抑えを利かせて、しかしリズムは崩さない。さすが二冠ウマ娘と唸らされる運びだった。
一方のジュウリョクピエロは中団やや後ろ。
位置取りだけ見れば悪くない。だが“勝つ”には足りない。ましてオークスという長丁場で、ダートから転向してきたウマ娘がそう簡単に理想の形を作れるはずもなかった。
だが、それでもピエロは笑っていた。
まるで結末を知っているかのように。あるいは、本当に見えているかのように。
『さぁ最終直線! 一番人気スターアニス、これは苦しい位置取りになった!』
実況の声が弾ける。
アニスは後方。しかも前を塞がれている。
桜花賞の1600と、オークスの2400では求められるものが違う。二冠の勢いそのままに押し切れるほど、樫の舞台は甘くない。
そしてジュウリョクピエロもまた、抜け出すには厳しい場所にいた。
前に壁。横にも隙間はない。あまりにも遅すぎる仕掛け。誰が見ても、届かない。
――誰が見ても、だ。
「星の光は閉ざされた……今宵は道化の世界へ!!」
その声が、直線で炸裂した。
ピエロが、地面を蹴る。
たった一歩。けれどその一歩が、明らかに他のウマ娘とは違っていた。
軽い。
あまりにも、軽い。
まるで彼女にだけ重力が許したかのように。
まるで他の十八人の動きが最初から全部わかっていたかのように。
一瞬遅れて観客席がどよめく。
進路が、開いていく。いや違う。開いたのではない。ジュウリョクピエロが、開く前提でそこへ飛び込んだのだ。
道化は笑う。
笑いながら、全員をごぼう抜きにしていく。
内へ、外へ、前へ。
進路の取り方に迷いがない。ためらいがない。
そこへ行けば届くと、最初から知っていたような走りだった。
『伸びる! 伸びる! ジュウリョクピエロ、これは何だ! 何だこの末脚は!!』
スターアニスも必死に伸びようとする。
けれど、届かない。星の光は確かに強かった。だが今日この瞬間、直線に降りたのは星ではなく、運命を嗤う道化だった。
『樫の舞台で輝いたのはジュウリョクピエロ! ダート路線からの刺客が、まさかの勝利です!!』
歓声が爆発した。
ピエロは一着。
そしてスターアニスの名前は、掲示板にすら載らなかった。
レースを終えたあと、ピエロは苦しげに膝をつくアニスを見た。
一瞬だけ、声をかけるか迷うように視線が揺れる。
けれど彼女は何も言わなかった。
勝者として。道化として。
ただそのまま、堂々とウィナーズサークルへ向かった。
「あはははっ! 運命が笑ってるよぉ! ……おっとっと!」
GⅠの舞台で大きくのけぞって笑い、勢い余ってひっくり返りそうになる。
その姿は滑稽で、華やかで、どこまでもピエロらしかった。
そしてインタビューで、彼女は予定通り高らかに宣言する。
「日本のティアラだけじゃなくて、世界の凱旋門を私のトレーナーのモノにしたいのサ!」
ジュウリョクピエロがオークスで好走すれば、凱旋門賞へ向かう予定であることは事前に公表されていた。
だが好走どころか優勝まで果たしたことで、その宣言は一気に現実味を帯びる。
「私は、トレーナーを信じてる……トレーナーの聖なる伝説を語り継ぐために、凱旋門に挑むのさ!」
彼女は、トレーナーである私に触れた。
……私は、過去にスマホ持ち込み禁止区域へ録音状態のスマホを持ち込んだとして、地方へ追放された過去がある。
そして中央トレーナーとしての復帰を許されてすぐ、ジュウリョクピエロと契約し、オークス制覇までたどり着いた。
傷のある私が、凱旋門賞に挑むトレーナーになれるのか。
今はまだ、誰にもわからない。
「はぁーい、トレーナァ。勝ったよ!」
「おめでとう、ピエロ。……あなたは本当にすごいウマ娘だよ」
戻ってきたピエロが、雪崩れかかるように私へ飛び込んでくる。
その体を受け止めた瞬間、見た目以上に消耗しているのがわかった。
当然だ。
ダートから芝への転向。しかもオークスは2400。クラシック期のウマ娘にとって長い距離を、彼女は自分の足で全力で走りきったのだ。
「今朝見えた運命の通り……ちゃんと勝てたよ!」
そう笑う姿は、もう道化でも何でもなかった。
ただ、勝てたことが嬉しくて仕方ない一人の女の子だった。
人前では、何もかも運命で見えているように振る舞う。
けれど本当は、彼女にだってわからないことは多い。
ダートから芝へ転向すること。
凱旋門を目指すためにオークスを狙うこと。
そのどれもが、慎重に適性を見極め、その都度見えた“運命”に従って掴み取ってきた道だった。
「あの位置からよく頑張ってたね。まるでオルフェーヴルの追い込みみたいだった」
「運命が笑って、私に勝てって言ってるんだもん。なんとしてでも、勝たなきゃ」
だから私はトレーナーとして、運命とか関係なく彼女を褒めてあげることにしていた。
彼女が見ているのが運命だとしても。
私が見ているのは、そこへ届くまで足掻き、迷い、走り抜いた一人のウマ娘だ。
そして私は、心の奥で静かに誓っていた。
――いつか、今日のスターアニスのように。
残酷な運命が、ジュウリョクピエロ自身に牙を剥く日が来たとしても。
その時はきっと、私が彼女を守る。
道化が嗤う運命の、その先まで。
ジュウリョクピエロの短編を書いてオークスの話をしないのももったいないかなと思ったので自分なりにウマ娘世界のスターアニスとジュウリョクピエロのオークスを妄想してみました。
スターアニスは第一印象で星のカービィのタイトルみたいな名前だなと思ったのと、カービィにはピエロみたいな悪役がいるのでその子らを参考にやり取りを書いてみました。
凱旋門賞、今村騎手さんが乗れるかどうか含めてどうなるか楽しみですね。