機動戦士Vガンダム U.C.0155 ――ウッソとシャクティのカサレリア・リミテッド・レディオ! 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0155年。あの激しかったザンスカール戦争の終結から2年。地球の辺境、カサレリアの緑豊かな丘には、かつての戦火を完全に忘れさせるような、どこまでも穏やかな風が吹き抜けていた。
その丘の片隅に佇む、放棄されたリガ・ミリティアの通信コンテナ。その内部は現在、戦後の復興期の中で、年代物の真空管アンプや音響ミキサーが雑然と並ぶ、手作りの海賊ラジオブースへと改造されている。
ブースの向こう側、ガラスで仕切られた副調整室(サブ)には、色付きのメガネをかけた一人の男、構成作家のカティス・ロゥが、不敵な笑みを浮かべて椅子に深く腰掛けていた。彼の前には、手書きの赤字が無数に書き込まれたラジオ台本が置かれている。
チーン、というレトロなベルの音と共に、マイクの赤い「ON AIR」ランプが静かに点灯した。
手作りのオープニングジングルとして、アコースティックギターの爽やかな朝をイメージした音色が響き渡る。
「……えー。リ、リスナーの皆さん、こんばんは。宇宙世紀0155年、戦後の混乱も少しずつ落ち着きを見せ始めた、ここ地球のカサレリアからお送りしています。パーソナリティのウッソ・エヴィンです。……あの、カティスさん。このオープニング台本のト書きにある『全宇宙の迷える子羊たちに贈る、15歳の告白レディオ』ってキャッチコピー、本当に僕が読まなきゃダメだったんですか……? 2年前ならともかく、僕ももう15歳ですよ? さすがにこれは恥ずかしすぎますって……!」
ガラスの向こうのサブで、カティスは無言のまま、手元のスケッチブックに黒のマジックペンで太々と『男なら照れずにハッキリ読め! じゃないと来週から水着回にするぞ』と書いたカンペをバッとガラスに貼り付けた。
「み、水着回って何ですか!? ここカサレリアの山奥ですよ! 誰が水着になるんですか!」
「ふふ、よくできました♪ こんばんは、シャクティ・カリンです。ウッソ、お顔が真っ赤よ? 2年前の戦場ではあんなに強かったウッソが、カティスさんのカンペ一枚でそんなに慌てちゃうなんて、なんだか可愛いわね」
「シャ、シャクティまでからかわないでよ。僕はもう子供じゃないんだから……」
「うん、知ってるわ。ウッソ、この2年でずいぶん背も伸びたし、声も低くなったものね。……でも、私の前では、そんなに意地を張らなくてもいいのよ? ほら、緊張しているなら、この不思議な結晶(アンテナ)に一緒に触れて、リラックスして?」
シャクティが、ミキサーの横に据えられた結晶混じりの奇妙な金属構造体に手を伸ばす。そして、その上にウッソの手を優しく包み込むように重ねた。15歳になった彼女の手は、2年前よりも少し大人びていて、ウッソは一瞬、心臓が跳ね上がるのを感じた。
「ひゃっ!? ……あ、いや、シャクティ、急に手を重ねられると、その、サイコミュの同調が強すぎてびっくりするっていうか……(汗)。……あ、ううん、そうじゃないんだ。その、手が、あったかいな、って思って……」
「ふふ、ありがとう。ウッソの手も、とっても大きくて温かいわ。……さあウッソ、皆さん待っているわ。この番組がどうして始まったのか、その特別な理由を説明してあげて?」
「う、うん! ……えっと、リスナーの皆さん。まずはこの番組、『カサレリア・リミテッド・レディオ』の趣旨説明をさせてください。僕たちが今、手を触れているこの不思議な機材。実はこれ、僕たちにとってすごく因縁深いものなんです。2年前、あの巨大なサイコミュ要塞エンジェル・ハイロゥが地球の軌道上で崩壊したとき、無数のデブリがこのカサレリアの夜空に流れ星となって降り注ぎました。その翌朝、僕とシャクティがこの丘の谷間に小さなくぼみを見つけて、そこで熱を帯びたまま埋もれていた金属の塊を発掘したんです。それが、かつて歴史の闇に葬られた『サイコフレーム』という物質でした」
ウッソとシャクティが触れている金属結晶が、15歳になり、より精神的に成熟した2人のニュータイプ能力に敏感に反応し、淡い、蛍のような虹色の輝きを放ち始める。それは2年前の戦場で見た鋭い光とは違い、どこか暖かく、穏やかな輝きだった。
「このサイコフレームに僕たちの意識を同調させると、普通の方法じゃ絶対に受信できない『特別な波』を拾うことができるんです。それは、連邦政府や軍の都合のいい情報統制によって、歴史の教科書から完全に消し去られてしまった、公式の歴史、すなわち宇宙世紀の『真実の史実』そのものなんです」
「そう。私たちが生きているこの宇宙世紀の過去には、多くの情報隠蔽によって、闇に葬られた戦いや、名もなき英雄たちの本物の記録が、思念の断片として宇宙のあちこちに眠っています。このサイコフレームに触れていると、かつてその場所を生きた人たちの強い意志や記憶が、時の壁を超えて、私たちの頭の中に直接、鮮明な映像や声として流れ込んでくるの。まるで、その場に自分たちが立ち会っているかのように、ね」
ここでサブのカティスが、手元のスケッチブックを素早くめくり、『ここでウッソ、サイコフレームの出自をサイコ・チャネリングで見通す。ガチっぽくシリアスに!』とカンペを突き出した。
「……ええと、このサイコフレームがどうしてエンジェル・ハイロゥの残骸に混ざっていたのか、僕の感覚に引っかかる記録(メモリ)を読み解いてみます。……あっ、視える。これは今から30年以上前、宇宙世紀0123年の記録。地球連邦軍のバズ・ガレムソンという大佐が強奪して大破させた、サナリィ製の試作モビルスーツ『ネオ・ガンダム2号機』……そのコア・ファイターの残骸です。軍の不祥事隠蔽のために宇宙へ投棄されたデブリだったんですが、その中枢に極秘裏に組み込まれていた本物の結晶体が、木星圏や地球圏の引力に引かれ、巡り巡ってエンジェル・ハイロゥの波動と同調し、このカサレリアに導かれたみたいです。当時の人たちの緊迫した叫びまで、はっきりと頭の中に伝わってきます……」
「バズ・ガレムソンさん……とても怖い、戦いの中を生きた人だったのね。でも、ウッソ。このサイコフレームの中に残っているのは、そんな悲しい戦いの記憶だけじゃないわ。この結晶は、戦場の中で人々が抱いた『真実を後世に残したい』という強い意志を吸い上げて、隠蔽された本物の歴史と繋がるための、時の橋になってくれているの」
ウッソは、シャクティに握られた手の感触にドギマギしつつも、サイコフレームを通じてサブにいる構成作家の心の奥底に、一瞬だけ意識が同調するのを感じた。
「……あ。いま、カティスさんの意識の奥からも、すごく優しい波が流れてきた気がします。カティスさん、あなたもかつて、公式の歴史には絶対に名前が載らないような、宇宙世紀の裏側での凄まじい激戦を戦い抜いてきたんですよね。だからこそ、戦いが終わった今、このサイコフレームが『確かに公式の歴史として存在した、隠蔽された本物の記録』を拾い上げた時、誰よりも救われた気持ちになった。……だから、僕たち2人にこの台本を書いて、その本物の歴史を全宇宙に紹介しようって思ったんですね?」
ガラスの向こうのカティスは、ウッソに本心を見透かされたことに一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに苦笑して色付きメガネの位置を直した。そして、新しくページをめくり、『御託はいいからラブコメしろ! シャクティの顔を見ろ!』と書いたカンペを勢いよくガラスに叩きつけた。その耳が少し赤くなっているのを、ウッソは見逃さなかった。
「ああ、カティスさん、照れてカンペで誤魔化しましたね? ……でも、ありがとうございます。僕も、シャクティと一緒にこの機材に触れて、公式設定に完全準拠した本物の歴史を頭の中で追体験していると、すごく胸が熱くなるんです。僕たちが命がけで戦ったこの世界には、僕たちの知らないところでも、こんなに必死に、だけど真っ直ぐに生きた人たちがいたんだって思うと、本当に、この世界を守れてよかったなって……」
「うん。ウッソが守ってくれたこの平和な世界だからこそ、私たちはこうして、隠されてしまった素敵な史実をみんなに届けることができるのよね。ウッソ、今日もこうして2人で新しい歴史の真実を見つけられて、私、とっても幸せよ」
シャクティが15歳らしい、少し大人びた、だけど心からの純粋な笑顔をウッソに向けながら、さらに距離を詰めてウッソの肩にコツンと頭を預ける。シャクティの髪から、カサレリアの野花のような甘い香りがふわりと漂い、ウッソの脳内は完全にパニックに陥った。
「シャ、シャクティ!? だから近いってば! 2年前よりその、色々と距離感が近すぎるよ! ほら、ミキサーのレベルメーターの針が、僕の心拍数でレッドゾーンに振り切れそうになってるから! カティスさんもサブからニヤニヤしながら『そのまま抱きしめろ』とか書いたカンペを出さないでください! 放送中! これ本番中ですからね!!」
サブのガラス越しに、カティスが『若ぇなぁ! ごちそうまんでした!』と言わんばかりに、大爆笑しながら親指をグッと立ててサムズアップを送っている。
「ふふ。15歳になっても、ウッソのそういう慌てちゃうところ、私は大好きよ♪」
「も、もう、シャクティったら……。ええと、とにかく! この『カサレリア・リミテッド・レディオ』は、僕たち2人がサイコフレームの力を借りて、宇宙世紀の隠された公式設定完全準拠の素晴らしい歴史の記録を、皆さんと一緒に史実として語り合い、楽しんでいく番組です!」
「リスナーの皆さんからのご感想や、紹介してほしい歴史の記録へのアクセスデータは、リガ・ミリティアの旧民間公衆データ端末、カサレリア・ストレージへの暗号化パケットでお待ちしています。それではリスナーの皆さん、またカサレリアの電波でお会いしましょう。それでは……」
「「おやすみなさい!」」
ウッソが慌ててマイクのスイッチを切る。しかし、サイコフレームの虹色の残響音が、2人の甘酸っぱい吐息をほんの数秒だけ、全宇宙の電波へと流し続けていた。
手作りのアコースティックな音色が、静かにカサレリアの夜へとフェードアウトしていった。