機動戦士Vガンダム U.C.0155 ――ウッソとシャクティのカサレリア・リミテッド・レディオ! 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
カサレリアの朝は早い。小鳥のさえずりが、かつて戦火の拠点となったリガ・ミリティアの通信コンテナへと静かに染み込んでいく。
まだ冷え込みの残る室内で、ウッソ・エヴィンは手作りの木製デスクに座り、古い音響ミキサーのツマミをひとつずつ丁寧に拭いていた。15歳になり、少しだけ大きくなった手が、機械の金属的な質感に馴染んでいる。
ガサリ、とブースの向こうの副調整室(サブ)で音がした。
見上げると、サングラスをかけた構成作家のカティス・ロゥが、すでに椅子に深く腰掛け、怪しい電子タバコをくゆらせている。彼はウッソの視線に気づくと、不敵な笑みを浮かべ、手元のスケッチブックにさらさらと文字を書き殴った。
バッとガラスに貼り付けられたそのカンペには、太い黒マジックでこうあった。
『今日のオープニング、シャクティの髪が朝露で少し濡れている点について、15歳男子の溢れんばかりの性衝動を乗せて限界ギリギリのセクシーポエム風に熱く語ること。詰まったら即座に水着回へ移行する』
「な、何を言っているんですか、カティスさん! 深夜ラジオのノリをカサレリアに持ち込まないでください!」
ウッソは思わず立ち上がり、マイクも入っていないガラスに向かって声を張り上げた。朝露に濡れた緑の中を歩いてきたシャクティが、ちょうどコンテナの扉を開けて入ってきたのは、まさにその瞬間のことだった。
「あら、ウッソ。朝から元気ね? カティスさんと何のお話をしているの?」
彼女の髪は、カティスが指摘した通り、カサレリアの朝霧を含んでほんの少ししっとりと濡れていた。そこから漂う、野花のような清涼な香りが狭いコンテナの空気に混ざり合い、ウッソの脳内は瞬時にパニックを起こして防衛モードへ切り替わる。
「あ、いや、なんでもないんだ、シャクティ! 機材の、その、出力インピーダンスがレッドゾーンで、つまり僕の心拍数がこれでおかしくなっていて!」
「ふふ、そう? でも、ウッソの顔がミキサーの録音ランプより真っ赤に燃え上がっているわよ」
シャクティはクスクスと笑いながら、自然な動作でウッソの隣の椅子に腰掛けた。ふわり、と距離が近づく。15歳になった彼女の柔らかな体温が伝わってきそうな距離に、ウッソは座ったまま背筋をピンと直立不動にするしかなかった。
ガラスの向こうで、カティスが『チッ、チキンめ』と言わんばかりに、大袈裟に肩をすくめてカンペをめくった。今度は『本番。プロの顔をしろ』という、短い指令が書かれている。
ウッソは小さく息を吐き、パーソナリティとしての意識をかき集めてミキサーのフェーダーを上げた。
レトロなベルの音がチーンと響き、赤い「ON AIR」のインジケーターが点灯する。
手作りのアコースティックギターのジングルが、カサレリアの爽やかな風のように流れた。
「リスナーの皆さん、こんばんは。宇宙世紀0155年、少しずつ戦後の新しい歩みが始まりつつある地球のカサレリアからお送りしています。パーソナリティのウッソ・エヴィンです」
「こんばんは、シャクティ・カリンです。戦後、こうしてカサレリアで迎える朝は本当に穏やかですね。……隣にいるウッソが、さっきから借りてきた猫みたいにガタガタ震えているのを除けば、ですけれど♪」
「シャ、シャクティ、それは言わない約束でしょ! ……コホン。さあ、リスナーの皆さん! 本日もカサレリア・ストレージの旧民間公衆データ端末に、全宇宙のジャンク屋経由で凄まじい暗号化パケットが届きました。連邦軍極秘アーカイブ・コードHM403860。記録されている本物の歴史のタイトルは、機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 〜腐敗した宇宙を焼き尽くす者〜( https://syosetu.org/novel/403860/ )です!」
「あら、今回はずいぶんと物々しいタイトルね。宇宙を焼き尽くしてしまうなんて、また恐ろしい戦争の記録なのかしら?」
「それがね、シャクティ! このサイコフレームに手を重ねて視えてくる真実は、僕たちの想像の斜め上をマッハで突き抜けていくんだ! さあ、今日もこの不思議なアンテナに触れて、歴史の裏側をサルベージしてみましょう!」
シャクティが、ウッソの右手に自分の左手をそっと重ねた。
15歳になった二人の、穏やかで成熟しつつある精神波がサイコフレームの結晶へと伝わっていく。金属の塊が、蛍のように淡く、優しい虹色の輝きを放ち始めた。
その瞬間、二人の脳裏に、時の壁を超えた真実の史実がありありと流れ込んできた。
「……ぶ、ぶはっ!? な、なんだこれ! 開幕からモビルスーツのコックピットじゃなくて、アナハイム・エレクトロニクス社の会議室の真ん中から歴史の記録がスタートしてるよ!」
ウッソはサイコフレームから伝わってくるあまりの衝撃に、マイクの前で思わずずっこけそうになった。
「ウッソ、落ち着いて。……でも本当に面白いわね。この記録の主人公、どうやら私たちが生まれるよりずっと前、宇宙世紀0112年あたりから歴史の裏側で暗躍しているみたい。それも、戦場でビーム・ライフルを撃ち合うんじゃなくて、巨大企業の重役たちが集まる会議室で、大人の汚い利権や書類仕事と戦っているわ」
「そうなんだよシャクティ! 教科書では、サナリィがモビルスーツの小型化に成功してフォーミュラ計画が進んだ、なーんて綺麗に1行で片付けられているけど、その裏側がもうドロドロの爆笑劇なんだ! 巨大企業の既得権益という名の『巨大な慣性』に対して、この主人公が冷徹な論理という名の消火器を持って、文字通り腐敗した利権の会議室を片っ端から大炎上させて焼き尽くしていくんだから!」
ウッソは15歳のオタク特有の早口になり、身を乗り出してマイクに語りかける。
「僕が一番お腹を抱えて笑ったのは、宇宙世紀0115年のマフティー動乱の亡霊に怯える連邦の偉い大人たちを、主人公が言葉巧みに誘導して『感情のバグ』を誘発させるところだよ! 大人の世界ってこんなに騙し合いに満ちているんだね。僕、V2ガンダムで光の翼を出して戦っていたときより、この会議室の論理の空中戦の方がよっぽど恐ろしいよ!」
「ふふ、ウッソ、目が輝いているわよ。でも確かに、歴史の教科書でお馴染みのあの鉄仮面さん……カロッゾ・ロナさんの『情動を切除する思想の萌芽』とか、ベラ・ロナさんの教育計画といった歴史の超重要イベントの裏に、まさかこんな『中間管理職の胃痛の記録』みたいな史実が隠されていたなんて思わないわよね」
「そうなんだ! 宇宙世紀0123年のフロンティアIV侵攻作戦、通称『論理の開始』のあたりなんて、もうサナリィとアナハイムの技術的断罪が凄まじくて、僕、読んでいて変な笑いが止まらなかったよ! バズ・ガレムソン大佐がネオ・ガンダムを強奪した事件の真相も、まさかこんな政治的なキャッチボールの中で処理されていたなんて……。これ、絶対に当時の地球連邦軍の上層部は全員胃に穴が空いてるよね!」
ウッソの熱弁は止まらない。ガラスの向こうでは、カティスがサングラスの位置を直し、電子タバコを吹き出しながら、激しく同意するように何度も首を縦に振っていた。彼自身、その時代のクロスボーン・バンガードの戦いを当事者として知っているからこそ、この歴史の「大人の裏事情」がツボに入って仕方がなかったのだろう。
「ウッソ、あんまりはしゃぐとネタバレになっちゃうわ。この『機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 〜腐敗した宇宙を焼き尽くす者〜』の素晴らしいところは、誰が悪者かという単純な話ではなくて、宇宙世紀0133年のクロスボーンの戦いの果てにあるエピローグまで、すべての公式設定のピースがパズルみたいに完璧に噛み合っていく快感にあるのよね」
「うん、その通りだね、シャクティ。技術者たちの欺瞞と、ロナ家の影。歴史の裏で必死に書類を回し、会議室を焼き尽くした人々の執念の物語。ガッツリとした結末は、これを受信した僕たちのモラルとして秘密だけど、このパケットにアクセスすれば、ガンダムの歴史の見方が180度ひっくり返ること間違いなしだよ!」
ウッソが興奮冷めやらぬ様子で締めくくると、サイコフレームの虹色の光が、ゆっくりと収束していった。頭の中に流れていた、過去の冷徹な会議室の怒号や、新型モビルスーツの駆動音が、静かにカサレリアの現実に溶けて消えていく。
コンテナの中に、心地よい静けさが戻ってきた。
するとガラスの向こうで、カティスが待ってましたとばかりにニヤリと笑い、素早くスケッチブックをめくった。
そこには『シリアス&お笑いパート終了。残り1分、全パワーをラブコメに注ぎ込め。シャクティをギュッと抱きしめてカサレリアの朝に愛を誓え! じゃないと来週の台本は全部ウッソの黒歴史暴露大会にする』と書かれている。
「カ、カティスさん! 最後になんでそんな無茶くちゃな脅迫をするんですか! 黒歴史って何ですか、僕にそんなものはありません!」
「あら、ウッソ。2年前、戦場に水着のお姉さんたちが現れたときに、あんなに鼻血を出して慌てていたのはどこの誰かしら?」
「うぎゃあ!? シャ、シャクティ、それをここで言うのは本当に勘弁して!」
ウッソが頭を抱えて真っ赤になると、シャクティは本当に愛おしそうな、15歳らしい少し大人びた笑顔を浮かべた。 Arachne のように繊細で確実な手つきで、重ねていた手を離さず、今度は指を一本ずつ絡めるようにして、ウッソの手をぎゅっと握りしめた。
「ふふ、冗談よ。でもね、ウッソ。過去のそんな恐ろしい大人の騙し合いや、歪んだ歴史の記録に触れたあとだとね……」
シャクティがさらに距離を詰め、ウッソの腕に自分の身体をぴたりと寄り添わせる。ウッソの左肩に、彼女の朝露に濡れた髪がコツンと預けられた。カサレリアの野花のような、甘くて少し冷たい香りがウッソの鼻腔をくすぐる。
「こうして、ウッソの温かい手に触れていられる今のカサレリアの日常が、どれだけ奇跡で、どれだけ幸せなことか、心の底から実感できるの。……ありがとう、ウッソ。私を守ってくれて」
「シャ、シャクティ……。う、うん。僕こそ、シャクティが隣にいてくれて、その、すごく嬉しい、っていうか……」
ウッソは顔から火が出そうなほど茹だり、心臓が爆音で鼓動を打っていたが、今度は逃げなかった。握られたシャクティの手を、少しだけ強い力でしっかりと握り返す。その15歳の少年の精一杯の勇気に、シャクティは嬉そうに目を細めて微笑んだ。
ガラスの向こうで、カティスが『やるじゃねえか若造、ごちそうさまでした!』と言わんばかりに、大爆笑しながら親指をガッと突き出し、完璧なタイミングでフェーダーを下げるジェスチャーを送る。
「……それではリスナーの皆さん、またカサレリアの電波でお会いしましょう。今回紹介した真実の記録、機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 〜腐敗した宇宙を焼き尽くす者〜( https://syosetu.org/novel/403860/ )へは、カサレリア・ストレージの暗号化パケットからいつでもアクセス可能です。それでは……」
「「おやすみなさい!」」
マイクの「ON AIR」ランプが消灯し、コンテナ内には、15歳の二人の少し弾んだ息遣いと、カサレリアのどこまでも爽やかな風の音だけが、いつまでも優しく響いていた。