機動戦士Vガンダム U.C.0155 ――ウッソとシャクティのカサレリア・リミテッド・レディオ!   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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連邦軍極秘アーカイブHM406691・廃棄区画に沈殿する愛のシステム

カサレリアの朝は早い。小鳥のさえずりが、かつて戦火の拠点となったリガ・ミリティアの通信コンテナへと静かに染み込んでいく。

 

まだ冷え込みの残る室内で、ウッソ・エヴィンは手作りの木製デスクに座り、古い音響ミキサーのツマミをひとつずつ丁寧に拭いていた。15歳になり、少しだけ大きくなった手が、機械の金属的な質感に馴染んでいる。

 

ガサリ、とブースの向こうの副調整室(サブ)で音がした。

 

見上げると、サングラスをかけた構成作家のカティス・ロゥが、すでに椅子に深く腰掛け、怪しい電子タバコをくゆらせている。彼はウッソの視線に気づくと、不敵な笑みを浮かべ、手元のスケッチブックにさらさらと文字を書き殴った。

 

バッとガラスに貼り付けられたそのカンペには、太い黒マジックでこうあった。

 

『今日のオープニング、シャクティの足首。朝露に濡れた草を踏みしめてきた彼女の、素足とサンダルの境界線について、15歳男子の猛り狂う独占欲を乗せた限界突破のセクシーポエムで熱弁せよ。詰まったら即座に水着回へ移行。カサレリアの畑をナパームで更地にする』

 

「な、何を言っているんですか、カティスさん! 畑を更地にしないでください! 丹精込めて育てているジャガイモが全滅しちゃいます! 深夜ラジオの無茶振りをカサレリアの神聖なコンテナに持ち込まないで!」

 

ウッソは思わず立ち上がり、マイクも入っていないガラスに向かって声を張り上げた。朝の収穫を終えて、瑞々しいカブをカゴにいっぱい詰めたシャクティが、ちょうどコンテナの扉を開けて入ってきたのは、まさにその瞬間のことだった。

 

「あら、ウッソ。朝から元気ね? カティスさんと私の足がどうしたの?」

 

彼女の足首は、カティスが指摘した通り、カサレリアの朝霧を含んだ草むらを歩いてきたせいで、ほんの少ししっとりと濡れて光っていた。そこから漂う、湿った土と野花、そして彼女自身の清涼な香りが狭いコンテナの空気に混ざり合い、ウッソの脳内レーダーは瞬時にジャミングを起こして防衛モードへ切り替わる。

 

「あ、いや、なんでもないんだ、シャクティ! 機材の、その、アース線の接地抵抗がシビアで、つまり僕の心臓のパルスがこれでおかしくなっていて!」

 

「ふふ、そう? でも、ウッソの顔がミキサーのレベルメーターの一番上の赤いランプより、ずっと綺麗に発光しているわよ」

 

シャクティはクスクスと笑いながら、カゴを置いて自然な動作でウッソの隣の椅子に腰掛けた。ふわり、と距離が近づく。15歳になった彼女の柔らかな体温が伝わってきそうな距離に、ウッソは座ったまま背筋をピンと直立不動にするしかなかった。

 

ガラスの向こうで、カティスが『チッ、チキンめ』と言わんばかりに、大袈裟に肩をすくめてカンペをめくった。今度は『本番。プロの顔をしろ』という、短い指令が書かれている。

 

ウッソは小さく息を吐き、パーソナリティとしての意識をかき集めてミキサーのフェーダーを上げた。

 

レトロなベルの音がチーンと響き、赤い「ON AIR」のインジケーターが点灯する。

 

手作りのアコースティックギターのジングルが、カサレリアの爽やかな風のように流れた。

 

「リスナーの皆さん、こんばんは。宇宙世紀0155年、少しずつ戦後の新しい歩みが始まりつつある地球のカサレリアからお送りしています。パーソナリティのウッソ・エヴィンです」

 

「こんばんは、シャクティ・カリンです。戦後、こうしてカサレリアで迎える朝は本当に穏やかですね。……隣にいるウッソが、さっきから借りてきた猫みたいにガタガタ震えているのを除けば、ですけれど♪」

 

「シャ、シャクティ、それは言わない約束でしょ! ……コホン。さあ、リスナーの皆さん! 本日もカサレリア・ストレージの旧民間公衆データ端末に、全宇宙のジャンク屋経由で凄まじい暗号化パケットが届きました。連邦軍極秘アーカイブ・コードHM406691。記録されている本物の歴史のタイトルは、機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画から愛をこめて( [https://syosetu.org/novel/406691/](https://syosetu.org/novel/406691/) )です!」

 

「あら、今回はムラサメ研究所だなんて、またずいぶんと物々しい場所ね。地球連邦軍がかつてニュータイプや強化人間の研究を行っていた、悲しい歴史の舞台じゃないかしら?」

 

「それがね、シャクティ! このサイコフレームに手を重ねて視えてくる真実は、僕たちの想像を絶する冷徹なシステムの裏側で、確かに拍動していた人間らしさの証明なんだ! さあ、今日もこの不思議なアンテナに触れて、歴史の裏側をサルベージしてみましょう!」

 

シャクティが、ウッソの右手に自分の左手をそっと重ねた。

 

15歳になった二人の、穏やかで成熟しつつある精神波がサイコフレームの結晶へと伝わっていく。金属の塊が、蛍のように淡く、優しい虹色の輝きを放ち始めた。

 

その瞬間、二人の脳裏に、時の壁を超えた真実の史実がありありと流れ込んできた。

 

「……う、うわあああっ!? な、なんだこれ! 頭の中に直接、数式や精製した薬理のレシピ、そしてシステムコードが洪水みたいになだれ込んでくる! だけど、その冷たい無機質なデータの底に、すごく人間臭い、泥にまみれた感情が沈殿しているよ!」

 

ウッソはサイコフレームから伝わってくるあまりの情報の密度に、マイクの前で思わず身震いした。

 

「ウッソ、落ち着いて。……でも本当に凄い情報ね。この記録の主人公は、モビルスーツに乗って華々しく戦場を駆けるパイロットではなくて、宇宙世紀0085年あたりのムラサメ研究所という巨大なシステムのシステムそのものを記述していた、名もなき、だけど狂気的な熱量を持った科学者みたいだわ」

 

「そうなんだよシャクティ! 教科書では、ティターンズがニュータイプ研究所を設立して、サイコ・ガンダムを開発した、なーんて冷たい1行で片付けられているけど、その裏側がもう鳥肌の立つようなドラマなんだ! 国有化された記憶、システムの外側へと踏み出そうとする名もなき命の足掻き……。世界を巨大なシステムとして捉える冷徹な視線と、その末尾にどうしても書き残されてしまった、予測不可能な空白という名のバグが、もう読んでいて変な汗が止まらないよ!」

 

ウッソは15歳のオタク特有の早口になり、身を乗り出してマイクに語りかける。

 

「僕が一番圧倒されて、同時に胸が締め付けられたのは、フォウ・ムラサメさんやゼロ・ムラサメさん、ゲーツ・キャパさんといった、僕たちも名前を知っているあの強化人間たちの『部品としての製造工程』の裏側だよ! 科学という名のシステムが、人間の感性や運命を濾過していく冷酷なプロセス。だけど、その妖刀を研磨するような狂気の中で、どうしても消し去ることができなかった『愛』という名の不純物が、爆撃によるクレーターの土の匂いと一緒に浮かび上がってくるんだから!」

 

ウッソの熱弁は止まらない。ガラスの向こうでは、カティスがサングラスの位置を直し、電子タバコを激しく吹き出しながら、深く納得するように何度も首を縦に振っていた。彼自身、過去の過酷な歴史の裏側を知る大人だからこそ、この「システムに抗う人間の空白」の描写が、ツボに入って仕方がなかったのだろう。

 

「ウッソ、あんまりはしゃぐとネタバレになっちゃうわ。この『機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画から愛をこめて』の素晴らしいところは、誰が悪者かという単純な告発ではなくて、国有化された記憶を捨てて列車に乗り込むエピローグまで、すべての数字と理論のピースが、一人の少女の人間性の証明という名の奇跡に収束していく快感にあるのよね」

 

「うん、その通りだね、シャクティ。ティターンズが抹消し、重爆撃機が物理的に焼き払ったはずの聖域。そのシステムのコードの末尾に書き残された祈りの物語。ガッツリとした結末は、これを受信した僕たちのモラルとして秘密だけど、このパケットにアクセスすれば、宇宙世紀の闇の見方が180度ひっくり返ること間違いなしだよ!」

 

ウッソが興奮冷めやらぬ様子で締めくくると、サイコフレームの虹色の光が、ゆっくりと収束していった。頭の中に流れていた、過去の冷徹な研究所の駆動音や、悲痛なシステムのアラートが、静かにカサレリアの現実に溶けて消えていく。

 

コンテナの中に、心地よい静けさが戻ってきた。

 

するとガラスの向こうで、カティスが待ってましたとばかりにニヤリと笑い、素早くスケッチブックをめくった。

そこには『シリアス&お笑いパート終了。今回はいつもと趣向を変える。シャクティ、ウッソの耳元で、甘噛みするくらいの至近距離で「システムの外側に連れて行って?」と囁け。ウッソ、心停止しろ。拒否したら来週の台本はウッソの「マルチプル・モビルスーツのパーツ誤発注による大赤面事件」の音声ログ全宇宙公開な』と書かれている。

 

「カ、カティスさん! また僕の過去の失敗を脅迫の材料に使うなんて最低です! あれはハンガーのセンサーが誤作動しただけで、僕のせいじゃありません!」

 

ウッソが必死に抗議していると、シャクティはふふっと小さく笑って、座ったままスッと椅子の位置をウッソの方へと引き寄せた。

 

いつもならウッソをからかって楽しむ彼女だったが、今回はムラサメ研究所の「記憶を消され、国有化される恐怖」に触れたせいか、その瞳には悪戯っぽさの裏に、どこか真剣で切実な色が混ざっていた。

 

シャクティは握っていたウッソの手のひらを、自分の両手でそっと包み込むようにして持ち上げた。

 

「ウッソ。カティスさんの言う通り、私たちはシステムの中に生きているのかもしれないわね。戦争が終わっても、世界にはまだ見えないルールや利権がいっぱいあって、私たちの記憶や大切な日常さえ、いつか誰かに国有化されてしまうかもしれない」

 

「シャ、シャクティ……?」

 

距離が、あまりにも近い。シャクティの朝露に濡れた前髪が、ウッソの頬にかすかに触れる。彼女の小さな唇が、ウッソの耳元のすぐ近くまで迫っていた。ウッソの心臓はすでにV2ガンダムの光の翼を最大出力で展開したかのように、爆音でドクドクと鼓動を打ち鳴らしている。ミキサーの針は完全に振り切れていた。

 

「でもね、もし世界がそんな冷たいシステムだとしても……ウッソが私の名前を呼んで、私がウッソの手をこうして握り返すこの瞬間だけは、誰にも予測できない、絶対に消せない『空白』のままでいられると思うの。……だから、ウッソ」

 

シャクティは、ウッソの耳元でふわりと息を吹きかけるように、だけど一言一言を噛み締めるように囁いた。

 

「私を、システムの外側へ連れて行ってね? ずっと、私の手を離さないで」

 

「――っ!」

 

ウッソの脳内回路は完全にショートした。茹だるような熱さが顔中に広がり、言葉が出なくなる。格好つけたい15歳のプライドと、いざとなると手を握り返すことすら躊躇してしまうヘタレな童貞心が激しく火花を散らす。

 

だけど、ウッソは逃げなかった。真っ赤な顔のまま、震える指先に力を込めて、シャクティの小さな手をしっかりと握り返した。

 

「……うん。約束するよ、シャクティ。たとえ世界中のどんな巨大なシステムが僕たちを縛ろうとしても、僕のミノフスキー・ドライブの全出力を使って、シャクティを絶対に誰も届かない安全な外側へ連れていくから。だから、僕を信じて」

 

15歳の少年が放った、精一杯の、だけど本物の戦士としての強さを秘めた告白に、今度はシャクティの方が驚いたように目を見開いた。いつもならウッソの慌てる姿を見てクススク笑うはずの彼女の頬が、見る見るうちに綺麗なピンク色に染まっていく。

 

立場が逆転し、お互いに真っ赤になって見つめ合う二人。コンテナの中に、言葉にならない特大の甘酸っぱさと、ニヤニヤが止まらないキュンキュンな空気が充満していく。

 

ガラスの向こうで、カティスが『やるじゃねえか若造、最高のラブコメをごちそうさまでした!』と言わんばかりに、大爆笑しながら親指をガッと突き出し、完璧なタイミングでフェーダーを下げるジェスチャーを送った。

 

「……それではリスナーの皆さん、またカサレリアの電波でお会いしましょう。今回紹介した真実の記録、機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画から愛をこめて( [https://syosetu.org/novel/406691/](https://syosetu.org/novel/406691/) )へは、カサレリア・ストレージの暗号化パケットからいつでもアクセス可能です。それでは……」

 

「「おやすみなさい!」」

 

マイクの「ON AIR」ランプが消灯し、コンテナ内には、15歳の二人の少し弾んだ息遣いと、カサレリアのどこまでも爽やかで甘酸っぱい風の音だけが、いつまでも優しく響いていた。

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