機動戦士ガンダム U.C.0155 カサレリアのラジオブースの裏には、サングラスをかけた「木星の英雄」が潜んでいる 〜ウッソとシャクティのラブコメ打率を10割にするためにカンペを出す男〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
カサレリアの朝は早い。小鳥のさえずりが、かつて戦火の拠点となったリガ・ミリティアの通信コンテナへと静かに染み込んでいく。
まだ冷え込みの残る室内で、ウッソ・エヴィンは手作りの木製デスクに座り、古い音響ミキサーのツマミをひとつずつ丁寧に拭いていた。15歳になり、少しだけ大きくなった手が、機械の金属的な質感に馴染んでいる。
ガサリ、とブースの向こうの副調整室(サブ)で音がした。
見上げると、サングラスをかけた構成作家のカティス・ロゥが、すでに椅子に深く腰掛け、怪しい電子タバコをくゆらせている。彼はウッソの視線に気づくと、不敵な笑みを浮かべ、手元のスケッチブックにさらさらと文字を書き殴った。
バッとガラスに貼り付けられたそのカンペには、太い黒マジックでこうあった。
『本日のオープニング・ミッション。シャクティがコンテナに入る瞬間、ドアの隙間から滑り込む冷気を利用して、彼女のスカートの裾をほんの1ミリだけ浮かび上がらせる超局所的ダウンバーストをミノフスキー・ドライブの推力配分でシミュレートせよ。失敗、あるいは日和った場合、カサレリアの畑を対空レーザーでグリプス戦役の跡地にする』
「カ、カティスさん! 朝からカサレリアをコロニーレーザーの被害に遭わせないでください! そもそもモビルスーツの出力をそんなくだらないスタンドプレーに使えるわけないじゃないですか! 僕は至って健全な15歳です! 深夜ラジオの最低な悪ノリをカサレリアの清々しい朝の空気に持ち込まないで!」
ウッソは思わず立ち上がり、マイクも入っていないガラスに向かって声を張り上げた。朝の薪割りを終えて、少し指先を息で温めながら入ってきたシャクティが、ちょうどコンテナの扉を開けて入ってきたのは、まさにその瞬間のことだった。
「あら、ウッソ、朝からカティスさんと熱いドッグファイトをしているのね? はい、ウッソの分の淹れたてのスープよ。……って、どうしてそんなに私の足元を泥棒みたいにコソコソ見つめているの?」
シャクティが不思議そうに首を傾げると、コンテナのドアから吹き込んだ冷風が、彼女のロングスカートの裾をほんの少しだけふわりと揺らした。そこから漂う、温かいスープの湯気と彼女自身の髪の香りが狭いコンテナの空気に混ざり合い、ウッソの脳内センサーは瞬時にメガ粒子砲の直撃を受けたかのように完全パニックに切り替わる。
「あ、いや、なんでもないんだ、シャクティ! 機材の、その、メインプロセッサーが逆流して僕の冷却ファンがおかしくなっていて! つまりスカートの、いや、心拍数のオーバーヒート対策の話を!」
「ふふ、そう? でも、ウッソの顔、その温かいスープの器よりも熱々に沸騰しているわよ?」
シャクティはクスクスと楽しそうに笑いながら、自然な動作でウッソの隣の椅子に腰掛けた。ふわり、と距離が近づく。15歳になった彼女の柔らかな体温がダイレクトに伝わってくる距離に、ウッソは座ったまま背筋をピンと直立不動のミノフスキー・フライト状態にするしかなかった。
ガラスの向こうで、カティスが『相変わらずのヘタレ童貞め』と言わんばかりに、大袈裟に肩をすくめてカンペをめくった。今度は『本番。全宇宙のリスナーの鼓膜を震わせるプロの顔をしろ』という、短い指令が書かれている。
ウッソは小さく息を吐き、パーソナリティとしての意識をかき集めてミキサーのフェーダーを上げた。
レトロなベルの音がチーンと響き、赤い「ON AIR」のインジケーターが点灯する。
手作りのアコースティックギターのジングルが、カサレリアの爽やかな風のように流れた。
「リスナーの皆さん、こんばんは。宇宙世紀0155年、少しずつ戦後の新しい歩みが始まりつつある地球のカサレリアからお送りしています。パーソナリティのウッソ・エヴィンです」
「こんばんは、シャクティ・カリンです。戦後、こうしてカサレリアで迎える朝は本当に穏やかですね。……隣にいるウッソが、さっきからリミッターの外れたジェネレーターみたいにガタガタ震えているのを除けば、地球は今日もとっても平和なんですけれど♪」
「シャ、シャクティ、マイクの前で僕の稼働状況を暴露するのやめてよ! ……コホン。さあ、リスナーの皆さん! 本日もカサレリア・ストレージの旧民間公衆データ端末に、全宇宙のジャンク屋経由で鳥肌モノの暗号化パケットが届きました。連邦軍極秘アーカイブ・コードHM409267。記録されている本物の歴史のタイトルは、機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―( [https://syosetu.org/novel/409267/](https://syosetu.org/novel/409267/) )です!」
「あら、今回は火星のお話なのね。シャアさんもミネバさんもいない火星……。それに『ザク』の皮を被った怪物だなんて、なんだかとても不穏で、だけどすごく引き込まれるタイトルね」
「そうんだよ、シャクティ! このサイコフレームに手を重ねて視えてくる真実に、地球圏の誰もが情報を統制されて隠蔽されてきた、あの赤い惑星の裏側で繰り広げられた、亡霊たちの恐るべき執念の記録なんだ! さあ、今日もこの不思議なアンテナに触れて、歴史の裏側をサルベージしてみましょう!」
シャクティが、ウッソの右手に自分の左手をそっと重ねた。
15歳になった二人の、穏やかで成熟しつつある精神波がサイコフレームの結晶へと伝わっていく。金属の塊が、蛍のように淡く、優しい虹色の輝きを放ち始めた。
その瞬間、二人の脳裏に、時の壁を超えた真実の史実がありありと流れ込んできた。
「……う、うわあああっ!? な、なんだこれ! 赤い土が、錆びた砂嵐が頭の奥で吹き荒れている! シャアがアクシズを押し返そうとしたあの激戦の時代の裏側から、火星の独立を叫ぶ者たちの悲痛な歌声が聞こえてくるよ!」
ウッソはサイコフレームから伝わってくるあまりの重圧と、巨大な惑星のプレッシャーに、マイクの前で思わず息を呑んだ。
「ウッソ、大丈夫よ、私がしっかり支えているわ。……それにしても、なんて圧倒的な情報量なのかしら。宇宙世紀0093年のアクシズの落日から始まって、フロンティアIVの残照、自由を奪われた世界で戦うシャルル艦隊やオールズモビルと呼ばれるジオンの残党たちの姿が視えるわ。地球連邦軍という腐敗した存在に見捨てられた者たちが、ただ生き延びるために作り上げた、異形なる技術の断片……!」
「そうなんだよシャクティ! 僕、全身の身震いが止まらないよ! 教科書では、火星のジオン残党は連邦軍のF90部隊によって追撃されて殲滅された、なーんてあっさり数行で片付けられているけど、現実はそんな単純なものじゃないんだ! この記録の凄まじいところは、シャアの再来でもなく、ザビ家の正統でもない、ただ戦場に取り残された本物の亡霊たちが、なぜ『ザク』という名にこだわり、その皮を被った怪物を造り上げなければならなかったのかという、執念と悲哀のドラマなんだよ!」
ウッソは15歳特有の冷静な分析スイッチが入り、身を乗り出してマイクに語りかける。
「僕が一番胸を熱くして、同時にひっくり返りそうになったのは、あの旧アナハイムの利権や二重スパイの揺らぎが、オリンポス山のふもとまで侵食してくるサスペンス描写だよ! デフ・スタリオンという若き虎の猛追や、アンナフェルさんという女性の決意、そしてボッシュという男が遺した不穏な遺産の影……。これらが、ゼブラ・ゾーンでの邂逅を経て、やがて僕たちサナリィのフォーミュラ計画の夜明けへと一本の線に繋がっていくんだから! まさか自分たちが立っている宇宙世紀0155年から数えて何十年も昔に、こんなにも濃密で、狂気と希望が混ざり合ったガンダムの強奪カウントダウンがあったなんて……本当に鳥肌が止まらないよ!」
ウッソの熱弁は止まらない。ガラスの向こうでは、構成作家のカティスがサングラスを激しく歪ませ、電子タバコの煙でサブを真っ白にしながら、静かに目を伏せて何度も拳を強く握りしめていた。彼自身、かつてサナリィの技術やクロスボーンの戦いを間近で見てきた男だからこそ、この記録に刻まれた「腐敗した連邦への怨嗟」と「木星帝国へと繋がっていく闇のルーツ」の尊さが、誰よりも深く共感できて、胸が締め付けられて仕方がなかったのだろう。
「ウッソ、あまりの熱量にマイクのレベルメーターがまたレッドゾーンを突破して踊っているわよ。でも確かに、この『機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―』をサルベージしていると、過酷な赤い惑星で傷つきながらも、自分たちの誇りのために怪物を造り続けた人々の、人間の執念に涙が溢れてくるわね」
「うん、その通りだね、シャクティ! 歴史の表舞台からは完全に消し去られた、だけど確かにそこで生きていた名もなき英雄たちの物語。具体的な戦いの結末や、彼らが迎える衝撃の最期は、これを受信した僕たちのモラルとして、これ以上のガッツリとしたネタバレは封印する。だけど、このパケットにアクセスすれば、宇宙世紀の隠された真実の熱量に触れて、魂が激しく震えること間違いなしだよ!」
ウッソが興奮冷めやらぬ様子で締めくくると、サイコフレームの虹色の光が、ゆっくりと収束していった。頭の中に流れていた、過去の激しい砂嵐の音や、モビルスーツの駆動音、そして人々の尊い祈りの声が、静かにカサレリアの現実に溶けて消えていく。
コンテナの中に、心地よい朝の静けさが戻ってきた。
するとガラスの向こうで、カティスがサングラスの奥の涙を拭うように指先を動かしたあと、ニヤリと笑って素早くスケッチブックをめくった。
そこには『シリアス&お笑いパート完全燃焼。今回は火星の「執念」に対抗して、カサレリアに本気の嵐を巻き起こせ。シャクティ、いつまでも男らしく格好つけているウッソの胸ぐらを掴んで、「私の目の届かない遠い宇宙になんて行かせない」と本気の涙目でメンヘラ独占欲をぶつけろ。ウッソ、精神崩壊しろ。拒否したら来週の台本は全部ウッソがマルチプル・モビルスーツのパーツを間違えて赤面した事件の暴露大会にする』と書かれている。
「カ、カティスさん! だからその話はもういいって言ってるじゃないですか! シャクティ、今のカンペは無視して――」
ウッソがいつものように慌てて言い訳をしようとした、その時だった。
「……行かないで」
ぽつり、と掠れた声がマイクにのった。
見ると、シャクティが本当に大粒の涙を瞳に溜めて、ウッソの胸元のシャツを、ぎゅっと両手で力任せにつかみ取っていた。いつもならカティスのカンペを見て「ふふ、どうする? ウッソ」と余裕の笑みを浮かべる彼女が、今は完全に、余裕のない一人の女の子の顔をしていた。
「シャ、シャクティ……? どうしたの、これ、ただの冗談のカンペで――」
「冗談じゃないわ! 私、怖くなっちゃったのよ、ウッソ!」
シャクティはウッソの胸にポロポロと涙を落としながら、さらに強くシャツを握りしめた。火星の亡霊たちの「どれだけ裏切られても、地球という遠い故郷の重力に惹かれ、戦いの中にしか居場所を見出せなかった男たち」の記憶が、彼女の胸にあまりにも深く突き刺さってしまったのだ。
「ウッソは、モビルスーツに乗ったら全宇宙で一番強い戦士でしょう? さっきだって、サナリィのフォーミュラ計画だとか、モビルスーツの技術だとか、男の子みたいに目を輝かせて、すごく遠い宇宙の歴史の専門話をたくさんして……。私、思い出しちゃったの。ウッソがV2ガンダムに乗って、私の手の届かない遥か高い空の上で、一人で命をかけて戦っていた時のことを!」
「シャクティ……」
「このカサレリアの静けさは、いつか消えてしまうエアポケットかもしれない。もしまた、地球連邦の腐敗や新しい戦火が始まって、ウッソがその最強の力のせいで、私を置いて火星や木星みたいな遠い地獄の宇宙へ行っちゃったらどうしようって……。私、ウッソをからかって優位に立ったつもりでいたけれど、ウッソが戦いの中に自分の存在理由を見つけて、私を置いていっちゃうかもしれないって思ったら、胸が張り裂けそうなくらい、怖くて、寂しくて……!」
シャクティは、ウッソの胸にコロンと頭を押し付け、声をあげて泣きじゃくった。いつもは聖母のように周囲を包み込み、小悪魔のようにウッソを翻弄する彼女が、初めて見せた「ウッソを誰にも渡したくない、どこにも行かせたくない」という、あまりにも甘酸っぱくて切実な、15歳の本気の独占欲だった。
ウッソは完全に硬直した。心臓のドラムロールは音響ミキサーの針を限界まで叩き割っていたが、そのヘタレな思考は、彼女の本当の涙の前に瞬時に吹き飛んだ。
格好つけたいけれど、いざとなると手も握れない不器用な少年。
だけど、彼は世界で一番、シャクティ・カリンという女性を愛している男だった。
「……行かないよ、シャクティ」
ウッソは顔を真っ赤に染めながら、どうしても彼女を抱きしめる勇気は出なくて、だけど震える両手で、自分の胸元にあるシャクティの小さくて温かい手を、上からそっと、壊れ物を扱うように包み込んだ。
「僕は、戦うために生まれてきたわけじゃない。シャクティやカサレリアの仲間たちと、この大地の温かさの中で一緒に生きるために、あの戦いを生き延びたんだ。どんなにすごい技術やモビルスーツが宇宙の果てにあっても、僕にとって一番大切な重力は、シャクティ、君がここにいてくれることなんだよ。だから、火星にも、木星にも、君を置いて一人で行ったり絶対にしない。約束する」
ウッソの、15歳特有の、少し背伸びをした、だけどこれ以上ないほど不器用で真っ直ぐな誓いの言葉。
その温もりを胸に感じて、シャクティはゆっくりと顔を上げた。涙で濡れた瞳で、真っ赤になりながらも真剣に自分を見つめてくれるウッソの顔をじっと見つめる。
「……本当に? 嘘をついたら、一生ウッソにスープを淹れてあげないわよ?」
「本当だよ! だからもう泣かないで、シャクティ。君が泣いていると、僕の全システムが機能停止しちゃうから……」
ウッソが情けなく眉を下げて笑うと、シャクティは涙を浮かべたまま、ようやくいつもの、だけどいつもより何倍も甘くて愛おしそうな笑顔を咲かせた。彼女は繋がれた手を離さないまま、さらにウッソの肩にぴったりと寄り添い、極上の甘酸っぱい空気がコンテナの中に充満していく。
ガラスの向こうで、カティスが『これが見たかったんだよ!』と言わんばかりに、大爆笑しながら親指をガッと突き出し、完璧なタイミングでフェーダーを下げるジェスチャーを送る。
「……それではリスナーの皆さん、またカサレリアの電波でお会いしましょう。今回紹介した真実の記録、機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―( [https://syosetu.org/novel/409267/](https://syosetu.org/novel/409267/) )へは、カサレリア・ストレージの暗号化パケットからいつでもアクセス可能です。それでは……」
「「おやすみなさい!」」
マイクの「ON AIR」ランプが消灯し、コンテナ内には、いつもより少し距離の縮まった二人の、静かで愛おしい息遣いと、カサレリアのどこまでも爽やかでキュンキュンする風の音だけが、いつまでも優しく響いていた。