通りすがりの美人に地図を貰った。   作:通りすがりの匿名さん

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とある一般成人男性の場合

 ある浮世絵に一目惚れした。

 会社からの帰り道、ふらっと立ち寄った骨董屋。お爺さんが営む古い店に置かれていたそれは、江戸時代、吉原の花魁を描いた浮世絵で、絶世の美女と、肩に乗せた白い毛玉のようなものが印象的な絵だった。

 店主のお気に入りらしくて、売り場に並んではいたものの値札は無し。販売は要相談。何度も買いたいと申し出ても気難しい店主は首を縦に振らなかった。

 

 今日もあの絵を見に骨董屋に行くと、これまた浮世絵の彼女に負けないほどの美人が、あの絵を見ていた。

 

「これっていくらなんですか?」

「ああ〜、はっせんまん」

 

 美人があの絵を買おうとしているみたいだが、流石は店主だ。美人相手にも容赦なく無理な価格をふっかけている。

 いや、俺の時は一億とか言ってたのに美人相手なら八千万なのか。ちょっと手心加えてやがるな。

 

「八千万……そっかぁ。今でも彼女にそんな値をつけてくれる人がいるんだ」

「あんた、知ってんのかい」

「ええ、あっという間に太夫に上り詰めた伝説の花魁。名は――」

「ちょっと待ったー!」

 

 思わず美人と店主の話に割り込んでしまった。

 俺はこの絵に描かれた彼女の事を何も知らない。けどこの美人は知っている。

 店主はまず間違いなくこの美人に売るだろう。そう思った瞬間、自分でも驚くほどの声が出た。

 

「うるせぇな。またあんたかい」

「うっ、すみませんうるさくして! でも、その絵を売るのは少し待って欲しいんです!」

「何度来たってあんたにゃ売らねぇよ」

「まあまあ、落ち着いて。ふむ……」

 

 美人がじっと俺を見る。

 頭からつま先まで、まるで何かを確かめるように見ながら、店主に話しかけた。

 

「店主さん、この人に売らない理由ってなんですか?」

「あん? んなもん決まってらぁ。惚れた女のことなーんも知らずに、見た目に惚れたってだけで寄越せってぇのも図々しいったらありゃしねぇ。女にモテねぇような男にゃ、この絵を持つ資格なんて無かろうよ」

 

 なんで売ってくれないか聞いても「売らねぇ」としか言わなかったくせに、美人相手だとそんな簡単に教えてくれんのかよ。

 

「ふむふむ……んー、まあ……良いかな?」

 

 そう言うと、美人は胸ポケットからメモ帳を取り出し、中に折りたたんで挟んであった紙を取り出すと、俺に手渡した。

 

「店主さん、この人がちゃんと彼女について知れば、彼にも売ってくれるんですよね?」

「んぉ、ま、まあな」

「ということみたい。頑張ってね」

 

 ポンと俺の肩を叩くと、美人は店を出ようとする。

 

「店主さん、ありがとうございました」

「おう、また来な」

「ええ、是非」

 

 

 

 

 美人から貰ったのは地図と、メモだった。

 地図に印された場所へと行ってみると、古い立派な屋敷があった。

 武家屋敷というやつだろうか、あまりにも立派だったせいで、門の前で立ち尽くしていると、中からお婆さんが出て来た。

 ここに住んでる人だろうか。身なりは良いし、姿勢も良くて随分と若々しい印象だ。

 

「おお、あんたがあの人が言ってたお手伝いさんかい」

「へ? 何のことです」

「あ? 骨董屋で貰った地図を見て来たんだろ?」

「え、あ、ああ。そうですけど……」

「ならおいで」

 

 言われるまま屋敷の中に案内される。

 中は外から見た印象よりも広くて、だけど雑草が生え放題だった。

 

「江戸の時代からある家とは言えよ、住むもんがあたしだけになっちまったもんで、掃除が行き届かんのよぉ」

「はあ、そうですか」

「そんで、この家は売って、古民家カフェだのホテルだのに改装するって役所と話してよ、今は引っ越しの準備中ってわけよ。

 ほい着いた」

 

 お婆さんが立ち止まると、そこには立派な蔵があった。

 

「とりあえず中のもん出してくれ」

 

 ……なるほど。どうやら俺はあの美人に騙されたらしい。

 

「あー、お手伝いの駄賃は2万。気に入ったやつがありゃ言っておくれ」

「頑張ります!」

 

 日当2万はデカい。俺は思わず大声で返事を返した。

 

 蔵の中は案外片付いていた。

 お婆さん曰く、桐箪笥や金庫みたいな大きなものは既に業者によって運び出されているらしい。残っているのは、小さめの箱に入った細々としたものばかりだった。

 軍手を付けて蔵の中にあるものを片っ端から外に出しては屋敷の中の座敷に敷かれたブルーシートの上に並べていく。

 一つ一つは軽いが、意外に数が多いし、そこそこ歩くので割としんどい。

 

「えーっと、これは何だ」

 

 蔵の奥から、漆塗りの箱に朱色の紐で封をされたものが出て来た。

 持ってみると意外と重たいが、中で何かが動くような音はしない。

 とりあえず座敷まで運ぶ。

 

「お婆さん、これは何ですかね?」

「さてね。気になるなら開けてみなよ」

 

 許可を貰ったので朱色の紐をほどいて箱を開ける。

 念のために元通りに結べるようにスマホで動画を撮りながら開けた。

 

「……本?」

 

 入っていたのは一冊の本だった。

 和紙を紐で綴った、昔の本。

 

「こりゃあ日記だね」

「日記……この屋敷の人が書いたものですかね」

「さてね」

 

 何だか無性に気になって、その日記をめくってみる。

 昔の人の達筆で書かれた字ではあったけど、分からないところは写真を撮ってAIに翻訳してもらいながら、何とかして読み解く。

 それは、日記と言うには少々ファンタジーが入っていて、かぐやという喋るウミウシとの出会いから始まる、とある花魁の日記だった。

 

 とりあえず、読むのに時間がかかりそうだったので、その日はいったん読むのを中断して蔵の掃除に集中した。

 重いものが少なかったのと、日記の続き読みたさで予想より早くに終わった。

 

「ほい、お駄賃。あと、その日記、気に入ったんならやるよ」

「良いんですか!?」

「うちに置いてても宝の持ち腐れだからね」

 

 そうして譲ってもらった日記を持ち帰り、AIによる解析や、ネットで文献を漁りながら読み解く日々が始まった。

 読み進めていくと、喋るウミウシ以外は本当にリアルで、当時の吉原の様子や日記を書いた人の愚痴やら文句やら決意やら、考え方まで様々なものを伺い知れた。

 

「……あっ」

 

 最後の頁をめくった瞬間、ポトっと何かが落ちた。

 

「紙?」

 

 四つ折りに畳まれたそれを広げてみると、絵だった。

 墨と筆で描かれた、白黒の絵。

 

「……あの浮世絵の人だ」

 

 あれから、俺はおかしくなった。

 日記に取り憑かれ、それを書いたあの人に夢中になった。

 

 まずは会社を辞めて、生まれた時間で当時の文化や、時代背景なんかも調べるのに没頭した。

 調べに調べに調べつくして丸一年と半年。「これが俺だけのもので終わって良いはずが無い」という結論に至った。

 日記を現代語訳して、解説を付けて、大学で歴史について勉強している友人を頼って間違いが無いか確認してもらい、出版社に持ち込んだ。

 

 

[篝火の日記]

 

 

 ある少女が、かぐやという名のウミウシと出会い、二人三脚で太夫まで駆け上がった花魁の物語が本になる事が決まった。

 本の表紙に使いたいと骨董屋の店主に頼みに行ったら、「タダでいい。持ってけ」と、あっさりと譲ってくれた。

 あんなに渋ってたくせに……なんて思ったり。

 

 そうして、日記の存在を世に出せて満足……してたのも束の間、本は俺の予想を遥かに超えてめちゃくちゃ売れた。

 内容もさることながら、当時の吉原の生活を知る資料としての価値も高いと学者や学生からの需要も高かったらしい。

 あれよあれよと言う間に、俺はいつの間にかベストセラー作家兼、花魁研究者の一人になっていた。

 ……あれ?

 

 

 

 

 とある研究所。

 

「篝火の日記、今度実写映画化だって。凄いね」

「でっしょー! なんてったってヤッチョプロデュースの花魁だからね! いやぁー時を超えて現代でも大人気なんて、何だか嬉しいね!」

「よ、敏腕プロデューサー!」

「えっへへへ〜」

「というわけで映画主題歌のオファー貰ってきました。ヤチヨさん、よろしくお願いします」

「んぇっ!?」

「作曲は私がやるから、作詞と歌はお願いね」

「ええぇっ!?」

 

 

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