通りすがりの美人に地図を貰った。 作:通りすがりの匿名さん
「かぐや、はいこれ」
義体が完成し、味覚も実装されて、前と何ら変わらず生活出来るようになった頃、彩葉から渡されたのは1枚の地図だった。
「なにこれ?」
「まあ、行ってみれば分かるよ」
「なにそれ〜」
改めて地図を見直してみる。家から結構距離があって、電車を使わないといけない。
地図の裏には最寄りの駅とか、どの電車を使えばいいのかとか行き方が丁寧に書いてあった。
「彩葉は行かないの?」
「ちょっと講演会の予定が詰まっててね。準備とかで行けそうに無いんだ」
「ふぅん……」
……怪しい。何か隠してる。
でも、久々に1人で出歩くのも悪くは無いかな?
ー
電車を乗り継いでやって来たのは、どこか懐かしさの残る街だった。地図を見ながら街を歩く。
「えーっと、ここの角を曲がって……ここかな?」
辿り着いた先は、古いビルの1階にあるバーだった。
店名が書かれてるらしい看板は、経年劣化で文字が掠れてほとんど読めない。
「こ、こんにちは〜」
意を決してバーの扉を開いて顔を覗かせる。
中には白髪と髭をビシッと整えたお爺さんがカウンターにいるだけで、お客さんらしい人は1人もいなかった。
「まだ開店前だよ。それに、お嬢ちゃんみたいな子供が来るような店じゃない」
ぶっきらぼうな物言いに、子供扱いされて、むっとする。
かぐや、これでも8000歳なんですけど!?
「ちょっと、かぐやこれでも立派な大人なんですけど!」
むっとした勢いに任せて店内に足を踏み入れる。
そこでようやく、"見覚えのある内装"に気付いた。
店の奥、カウンター席の隣に水槽が置いてあった。
そこをめがけて早足で一直線に向かう。
水槽の中には、色鮮やかなウミウシが飼われていた。
今度はその水槽の中のウミウシと目線の高さを合わせて、水槽側から店内を見る。
記憶よりも色褪せてはいるけど、知っている天井。知っている壁紙。知っている内装。
そうだ、ここは、ウミウシだったかぐやが最後にいた場所だ。
そして、水槽側から見たお爺さんの顔に、懐かしい面影を見た。
「こら、勝手に」
「あー! もしかして、あん時のクソガキか!」
かぐやがFUSHIの身体を通じて何とか外界と交流をしていた頃。ウミウシだったかぐやが最後にいたのがこのバーだった。
当時のマスターが、かぐやのためにと水槽を置いてくれて、そこにいさせてもらっていた。
この店で特に仲が良かったのは、マスターと、CIAの友人。そして、マスターの孫のクソガキ。
バーの開店前まで水槽の前に居座って、水槽を叩いたり棒でつついたりしてきたとんでもない
「そっかぁ! あのクソガキがこんなにデカくなっちゃって、髭まで生やして、ぷくく、似合ってんじゃん」
「何だねいきなり。失礼じゃないか。それに、私とお嬢ちゃんは初対面のはずだが」
「あー、そっか。そうだよね。かぐやだよ! 昔、ここの水槽にいたウミウシのかぐや」
「……は?」
おー、初めてウミウシのかぐやが喋った時とそっくりな、理解出来てないって顔だ。面影あるなぁ。
ま、それもそうか。
あのクソガキが知ってるのは"ウミウシのかぐや"で、"人間の姿のかぐや"は知らないんだから。
「かぐやはよく知ってるよ。昔、水槽にオレンジジュース入れてゲンコツ食らってたよね」
「は……? いや、何故それを知って……」
「あと、牛乳入れようとしてゲンコツ食らってたり、あ、でも月に1回水槽の掃除はしっかりしてたよね。ガラスのボウルにかぐやを掬い入れて、カウンターのこの辺に置いてたよね」
「……まさか、本当に? いや、でも信じられない……」
「あはは、だよねー。でも本当だよ。ウミウシのかぐやは、こうして姿を変えて、ここにいるんだ。
まだ信じられないなら、水槽の前で話してた好きな女の子に意地悪しか出来なくて嫌われた話とかしようか? 名前はたしか、サチk」
「あー!わー!わかった、分かったよ!
……はぁ。本当にあのウミウシなのかい。君は」
「そうだよ。クソガキ」
にしし、と私は歯を見せて笑った。
ー
古い知り合いとの思い出話は、思った以上に盛り上がった。
いつの間にかかぐやはクソガキの事をマスターって呼ぶようになったし、マスターの一人称は「俺」に戻ってた。
「えっ、それじゃあこの子もかぐやって名前なの!?」
「ああ、そいつは96代目かぐやだよ」
「えー、代替わりしすぎじゃね? てか普通のウミウシって飼育難しいでしょ。よくやってんね」
「まあね、かぐやがいなくなってから爺さんの元気が少し無くなってな。俺が色々勉強して、ウチで出来るウミウシの繁殖、飼育方法を確立したんだよ」
「すっげー、そんなんもう学者じゃん! なんでバーのマスターやってんの」
「色々あったんだよ、色々」
「えー? その色々が聞きたいのに〜」
「まあ、そのうちね。そうだ。かぐやは酒を飲めるのかい?」
「とーぜん! なめんなし」
「なら良かった」
そう言うとマスターはカウンター下の冷蔵庫や、後ろの棚からお酒を取り出して並べ始めた。
冷やしたグラスに氷とお酒を入れて、慣れた手つきでカクテルを作っていった。
「うちの爺さん。先代マスターが考案したオリジナルカクテル"かぐや"。当店の名物だ」
「かぐやって、このカクテルの名前?」
「その通り。うちにいた白黒のウミウシをイメージしたカクテルだよ」
「そっかぁ……。いただきます。……うわ、あまにがーい。けど、美味しい」
「度数も低めだから飲みやすくて人気なんだよ。ほら、レシピもやろう。大切な人と一緒に飲むといい」
「いいの? こういうのって秘伝じゃないの?」
「……実は今月でこの店を畳むことになってね、失伝してしまうよりは良いだろ」
「え……このバー、閉まっちゃうの?」
「建物の老朽化で取り壊す事になったんだ。それに俺も歳だしね」
「そっか。残念だな……」
「随分あっさりだね?」
「何かの終わりは沢山見てきたから。慣れちゃった」
「そうかい」
いつだって何かの終わりは悲しい。
せっかく思い出の場所に来れたのに、もうすぐ無くなってしまうなんて。
慣れた表情を作って、笑う。
「そうだ。もう一つあった」
マスターが店の奥へと消える。
それからしばらくして、小脇に抱えられるほどのサイズの木箱を持ってきた。
「何それ?」
「先代の頃からうちでボトルキープしてるものだ」
「先代の頃って……もう何年前よ」
「少なくとも60年は昔かな。君のだよ」
「…………へ?」
「昔、アメリカから送られてきたワインだ。もし君が来たら渡してほしいって手紙付きでね」
そう言いながら、カウンターの上に置いた木箱を開ける。
中に入っていたのは、1本のワインだった。
ラベルに書いてある年数は、かぐやが、ここで出会った友人と別れた年。
添えてある手紙には、見覚えのある筆記体の文字で「親愛なる小さな友人へ」と書かれていた。
「極上のヴィンテージワインだ。店を壊す前に、渡せて良かった」
「……何それ」
……あぁ、だめだな。ヤチヨならもっとちゃんと上手く笑えるのに。
涙が、溢れてしまう。
ー
その後、今月中にもう一回行くと約束して、とカクテルのレシピとワインをお土産に貰ってバーを後にした。
ワインの入った木箱を大事に抱えて、ゆっくり歩いていたら帰りの電車の時間ギリギリになってしまった。
家に着いた時には真夜中だった。
「ただま〜」
「おか〜」
リビングのソファで寛いでいた彩葉に無言で抱きつく。
顔をお腹に押し付けて、頭をぐりぐり動かす。
「うお、どうした」って頭の上から声がする。かぐやがこうなってる理由も知ってるくせに。彩葉はいじわるだ。
「ありがとね、彩葉」
「……何が?」
「色々と」
「ふふ、どういたしまして」
腕の力をぎゅっと強めて、そして離す。
正直、もうちょっとだけくっついていたかったけど、そんなんしたらいつまでも離れられなくなっちゃう。
「ねね、彩葉! 明日の晩って時間ある?」
「どうしたの?」
帰りの電車の中で考えてた事を話す。
「晩酌配信! やってみたい! かぐや、カクテル作る!」
「おっ、いいね〜。ちょうど明日は金曜日だし、沢山飲んじゃおっかな?」
「お酒は程々にしなよ〜? ま、その辺はかぐやがコントロールするからね!」
「はいはい。そういや、うちのチャンネルでお酒出すの初めてじゃない?」
「本当だ。初めてだ! んふふ、これはアダルトな新規ファンの獲得間違い無しですなぁ〜?」
「アダルトって……」
終わるものもあれば、始まるものもある。
かぐやが歩んだ8000年の足跡は、まだまだ未来に繋がっているんだ。
さあ、明日は何をしよう。
悪童(あくどう)と悪童(わるわらべ)