なんとか書き終えましたので投稿です。
また、今回から誤字脱字を無くすためAI補助利用してみます。
俺はブレイカムゼッツァーを構えたまま、怪物との間合いを測る。
だが、怪物は動かない。
攻撃してくる様子もない。
ただそこに立ち、圧倒的なプレッシャーを放ち続けているだけだ。
まるで試すように。
あるいは観察するように。
「……気に入らねぇな」
俺は小さく吐き捨てる。
戦うべきか。
それとも引くべきか。
判断に迷う。
だが情報が少なすぎる。
相手の正体も能力も分からない以上、ここで無理をする意味はない。
俺は口笛を吹いた。
すると遠くからエンジン音が響く。
数秒後、コードゼロイダーが屋上へ駆け上がってきた。
俺は飛び乗る。
怪物は相変わらず動かない。
ただ、こちらを見ている。
「また来るぞ」
そう言い残し、俺はアクセルを捻った。
コードゼロイダーは一気に加速し、その場を離れる。
去り際。
ふと下を見下ろす。
デパートの正面入口。
そこでは万津が気絶した藤崎を必死に担ぎながら建物の外へ出ていくところだった。
「……無事か」
小さく呟く。
それを確認した俺は、そのまま夜の街へ走り去った。
--------------
翌朝。
いつも通りの作業室。
窓から差し込む朝日が机を照らしている。
コーヒーの香り。
煙草の煙。
だが、俺の頭の中は昨夜のことでいっぱいだった。
藤崎の夢。
空を飛ぶ怪物たち。
そして――最後に現れたあの存在。
「あのプレッシャーは別格だ」
俺は椅子にもたれながら呟く。
俺が倒した怪物たちと、あの怪物は明らかに違う。
同じ姿をしている。
だが別種。
考えられる可能性は一つ。
あの怪物を原型として生み出された存在。
いわば劣化コピー。
だが、それなら元になった怪物の正体は何だ?
そこが分からない。
分からない以上、警戒を解くわけにはいかなかった。
「先生!!」
突然、大声が響いた。
俺は眉をひそめながら顔を上げる。
そこには――
目を輝かせた万津夢が立っていた。
「昨日のあれ、なんだったんですか!?」
知りたい。
教えてほしい。
そんな感情が顔に全部出ている。
俺はため息をつく。
昨夜の件だろう。
だが、俺にも聞きたいことがあった。
ちょうどいい。
「……ちょうど良い」
「え?」
「俺もお前に聞きたいことがある」
そう言って立ち上がる。
万津は首を傾げながらついてきた。
俺は作業室の隣へ向かう。
扉には大きく、
『入るな』
と書かれた看板が掛かっている。
当然のように無視して扉を開けた。
「え?」
万津が目を丸くする。
部屋の中は、一見すると作業室とそっくりだった。
だが、よく見ると違う。
壁一面に並ぶ古びた書物。
何語で書かれているのかすら分からない本まである。
机の上には近未来的な銃にも見える奇妙な装置。
壁には黒猫の看板。
部屋の中央には場違いなガシャポンマシーン。
さらに奥には小さなガレージがあり、そこにはコードゼロイダーが鎮座している。
そして、そのさらに奥。
空間そのものが揺らいで見える扉。
夢世界へ繋がる入口。
俺が悪夢へ潜るための部屋。
「な、なんですかここ!?」
万津が目を輝かせながら辺りを見回す。
秘密基地を見つけた子供そのものだ。
俺は質問を無視する。
いつもの席へ腰を下ろした。
机の上には古びたタイプライター。
今ではほとんど使われていない代物だ。
俺は慣れた手つきでキーを叩く。
特定の順番で。
カチ。
カチカチ。
カチ――。
直後。
壁に掛けられていた黒猫の看板から、
「ニャー」
と猫の鳴き声が響いた。
万津が飛び上がる。
次の瞬間。
ゴゴゴゴ――本棚がゆっくりと反転する。
そこに並んでいた無数の本が消え、
代わりに巨大なモニター群が姿を現した。
部屋全体が、一瞬で秘密の司令室へと変貌した。
「ここは――俺の先々代。初代比企谷精神医院院長、比企谷莫が作り上げた空間だ」
万津はきょろきょろと辺りを見回している。
無数の本。
奇妙な機械。
反転した本棚の奥に並ぶモニター群。
普通の人間なら理解が追いつかなくて当然だ。
俺はモニターへ視線を向けたまま続ける。
「夢と現の狭間にして、全にして一。一にして全……らしい」
「らしい?」
「詳しい理屈は俺も知らん」
俺は肩をすくめる。
先代から引き継いだ資料を読み漁ったが、結局理解できなかった部分はいくつもある。
ふと、昔世話になった神父の言葉が脳裏をよぎる。
――全にして一、一にして全。
確か、そんな神がいるとか言っていた。
だが、それ以上考えるのはやめた。
この世界には考えたところで答えの出ないことが多すぎる。
偶然だろう。
そう思考の隅へ追いやる。
「そして比企谷精神医院ってのは、患者の夢へ直接入り込む」
万津が目を瞬かせる。
「悪夢の原因を取り除くことで治療を完了させる。現実に現れないようにするために……それがうちのやり方だ」
「いやいやいや!」
万津が慌てて手を振った。
「夢に入るって何ですか!? それに現実に怪物が出るとか、夢と現の狭間とか意味分かんないですよ!」
無理もない反応だ。
怯えているのか。
脳が理解を拒絶しているのか。
表情がころころ変わっている。
俺も最初は同じだった。
だが――。
あの神父に巻き込まれた、天文学的確率すら超えた事件。
あれを経験してしまったからこそ、俺はこの医院を継ぐことを選んだ。
「現実に現れるんだよ」
俺は静かに言う。
「夢の中で終わらなかった悪夢は、少しずつ現実へ滲み出してくる」
万津の顔から血の気が引いていく。
「だから俺は夢に潜る。原因を潰す」
部屋が静かになる。
俺は一度息を吐き、それから本題へ入った。
「そして、万津」
「は、はい」
「お前はイレギュラーだ」
その言葉に、万津が固まる。
「本来、他人の夢へ入るには特殊な明晰夢の技術が必要になる」
俺は夢世界へ繋がる扉を指差した。
「あの扉を通るのもそうだ。普通の人間なら認識すらできない」
「……」
「だが、お前は問題なくここへ入れた」
万津の表情が曇る。
「それだけじゃない」
俺は続ける。
「あの夢の中で、お前は俺を認識していた」
「……」
「俺の戦闘も見ていた」
「……はい」
「本来ならあり得ない」
だからこそ。
俺は万津へ全てを隠し続けることを諦めた。
「だから教えている」
俺は立ち上がり、万津の肩へ手を置く。
「ここへ足を踏み入れたってことはな」
少しだけ言葉を選ぶ。
「天文学的確率を超えた悪夢に触れるってことだからだ」
万津は目を見開く。
肩が震えている。
怖いのだろう。
だが逃げ出す様子はない。
しばらく黙り込んだあと、彼女はゆっくり顔を上げた。
「……理解はできません」
正直な答えだった。
俺は何も言わない。
「でも」
万津は続ける。
「納得はできます」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
「そうか」
それだけで十分だった。
万津はしばらく考え込むような顔をしていたが、やがて何かを思い出したように顔を上げる。
「あの……」
「ん?」
「昨日の夢で会った女の人も、そうなんですか?」
「女?」
「ショートカットの女性です」
その瞬間、俺の眉が動いた。
「……ショートカット?」
「はい」
万津は真剣な表情で頷く。
「夢の中にいました」
俺は椅子へ座り直す。
「待て。あの場所に、俺とお前以外の誰かがいたのか?」
「いました」
即答だった。
万津は記憶を辿るように話し始める。
その女性は意味深な言葉を口にしたこと。
紫色の蝶を纏っていたこと。
蝶が舞い上がり、万津自身の身体へ入り込んだこと。
そして――
それ以降、俺の戦闘が見えるようになったこと。
話を聞き終えた俺は、深く息を吐いた。
怪物の正体。
夢へ現れた謎の女。
万津が夢へ干渉できる理由。
分からないことばかりだ。
「……頭痛くなってきたな」
思わず本音が漏れる。
だが、少なくとも一つだけ確かなことがあった。
あのデパートの一件は、ただのブラックケースでは終わらない。
--------------
私は先生の指示のもと、藤崎さんについて調べることになった。
「まったく……なんで私がこんなことを」
ぶつぶつと文句を言いながらも足は止まらない。
先生曰く、
『藤崎を調べてほしい。あの怪物の正体か、悪夢の根源に繋がる何かが分かれば御の字だ』
とのことだった。
私は現在、藤崎さんが通っている風斗高校の近くで張り込みをしている。
放課後になり、生徒たちが次々と校門から出てくる。
その中に藤崎さんの姿を見つけた。
「あ、いた」
私は慌てて物陰へ隠れる。
そして先生から預かった緑色のカメラを取り出した。
横側に黒猫の意匠のある黒いカプセルが装着されている。
詳しい説明は受けていない。
先生曰く、
『見れば分かる』
らしい。
絶対分からないと思う。
私は小さくため息を吐きながらシャッターを切った。
カシャッ。
藤崎さんは周囲を警戒する様子もなく歩いていく。
私は距離を取りながら後を追った。
商店街を抜け、住宅街を抜ける。
そして辿り着いた先は――教会だった。
「教会……?」
思わず足を止める。
長年この街に住んでいる。
それなのに、こんな場所があったことを私は知らなかった。
古びた外観。
高い尖塔。
どこか異質な雰囲気。
藤崎さんは慣れた様子で扉を開き、中へ入っていく。
「どうしよう……」
私も後を追うべきだろうか。
そう考え、一歩踏み出そうとした瞬間だった。
――カラコロ。
何かが転がる音がした。
私は反射的に振り返る。
だが誰もいない。
地面にも何も落ちていない。
風が吹いているわけでもない。
それなのに、確かに聞こえた。
「……え?」
嫌な汗が流れる。
そして何故だろう。
理屈では説明できないのに。
本能が警鐘を鳴らしていた。
――あの教会には入るな。
私は無意識のうちに足を止めていた。
「……やめておこう」
先生なら無茶するなって言うだろうし。
私はそう自分に言い聞かせる。
代わりに周囲を見回す。
すると、教会全体を見渡せそうな位置にカフェを見つけた。
「よし、あそこから監視しよう」
視線を戻した時だった。
教会の壁面に奇妙な紋章が刻まれていることに気づく。
見たことのないマーク。
十字架にも見える。
だがどこか違う。
不思議な形状だった。
私は急いでカメラを構える。
カシャッ。
カシャッ。
念のため何枚か撮影する。
その最中も、妙な違和感が頭から離れない。
(カラコロ……)
あの音。
どこかで聞いた気がする。
そう考えて――思い出した。
「あ……」
夢の中だ。
あのデパートの夢。
人が消えた後。
あのショートカットの女性が現れた時。
確かに、あの音が鳴っていた。
(なんなんだろう……あれ)
胸の奥に小さな不安が広がる。
私はそれを振り払うように首を振った。
そして教会を監視できるカフェへ向かうのだった。
--------------
俺は警察署の一角にある、人気のない古びた扉の前に立っていた。
扉に掛けられたプレートには、
『怪異特殊事件解決課』
と書かれている。
富士見さんが所属する公安の正式部署だ。
もっとも、他の公安刑事たちからは「追い出し部屋」と呼ばれているらしいが。
「相変わらずボロボロだな……」
そう呟きながら扉を開く。
ギィ、と古い蝶番が軋む音を立てた。
いつもなら富士見さんがネットニュースや報告書と睨めっこしながら、次のブラックケースを探しているはずだった。
だが、今日目に飛び込んできた光景は違った。
「だからあり得ません!」
「あり得るんだって言ってるだろ!」
女性が富士見さんに向かって声を荒げていた。
どうやら言い争いの真っ最中らしい。
扉の開く音に気づいた二人が同時にこちらを見る。
正直、その視線には慣れない。
「先生か!」
富士見さんは安堵したような声を上げる。
対して女性は――
「部外者立ち入り禁止です!」
警戒心むき出しだった。
まあ、初対面なら当然か。
俺は適当な椅子を引き寄せて腰を下ろした。
「で、何があったんだ?」
富士見さんは頭を掻きながら事情を説明する。
「この人は南雲なすか警部だ」
女性が軽く会釈する。
「最近ここに異動してきたんだが……ブラックケースや怪物の話をしたら案の定な」
「当然です!」
南雲が即座に反論する。
「怪物だの悪夢だの、そんなもの現実に存在するはずがありません!」
「だがブラックケースは実際に起きてる!」
「それとこれとは別です!」
再び始まりそうな口論を見て、俺はため息を吐く。
南雲の言いたいことも理解できる。
普通なら信じない。
むしろ信じる方がおかしい。
ただ――俺はその原因を知っている。
だから否定もできない。
そんなことを考えていると、南雲がこちらを指差した。
「それに、あなたは誰なんですか!」
そういえば自己紹介をしていなかった。
俺は白衣のポケットから名刺を取り出す。
そして机の上を滑らせるように南雲の前へ弾いた。
「比企谷精神科医院所属、精神科医の比企谷八幡だ」
南雲は名刺を拾い上げる。
それから名刺と俺の顔を何度も見比べた。
「精神科医……?」
何だその反応。
「そんな腐ったような目をしてるのに?」
「余計なお世話だ」
自覚はある。
あるが、人に言われると少し傷つく。
富士見さんが吹き出しているので後で覚えておこう。
俺は咳払いを一つして本題へ入る。
「富士見さん。今回のブラックケースの発生源は藤崎礼司という高校生だ」
富士見さんの表情が真面目になる。
俺はこれまでに分かった情報を簡潔に説明した。
夢の内容。
デパートで発生した怪異。
空を飛ぶ怪物。
そして藤崎自身の存在。
説明を聞き終えた富士見さんは頷く。
「なるほどな」
「家庭環境を調べてほしい」
俺は続ける。
「悪夢には原因がある。家族関係か、人間関係か、それとも別の何かか……そこを知りたい」
「分かった。もう調べ始めてる」
さすが仕事が早い。
俺は小さく頷いた。
「助かる」
「その代わり、次のブラックケースを見つけたら教えろよ」
「善処する」
「絶対教えない時の返事だろそれ」
そんなやり取りをしていると、
「ちょっと待ってください!」
南雲が立ち上がった。
「それは職権濫用ではありませんか!?」
富士見さんが顔をしかめる。
だが南雲は止まらない。
「それに比企谷先生も、警察にそんな情報を要求するなんて――」
俺はゆっくり視線を向けた。
「南雲さん」
「はい?」
「一つ教えてやる」
部屋の空気が静かになる。
「ブラックケースってのは悪夢なんだよ」
南雲が眉をひそめる。
「起こしている側も」
俺は続ける。
「起きた現実も」
「……」
「そして、その悪夢から人を救い出すために必要な情報がある」
南雲は言い返そうとする。
だが俺は遮った。
「テメェのクソみたいな正義感で、人を殺す気か?」
低い声だった。
自分でも驚くほど冷たい声。
南雲が息を呑む。
思わず一歩後ろへ下がった。
俺は構わず続ける。
現実だろうが非現実だろうが関係ない。
怪物だろうが悪夢だろうが関係ない。
そこに苦しんでいる人間がいる。
救える人間がいる。
なら救う。
それだけだ。
「八幡」
富士見さんが俺の肩を掴んだ。
そこでようやく我に返る。
どうやら少し熱くなりすぎたらしい。
俺は舌打ちを飲み込む。
謝るつもりはない。
だが、言い過ぎた自覚くらいはあった。
「はぁ……分かってるよ」
そんなことを言いながら、俺は怪事課を後にした。
警察署の廊下を歩いている途中、スマホが震える。
画面を見ると、万津からメールが届いていた。
件名は、『先生、大変です!』
嫌な予感しかしない。
メールを開くと
『藤崎さんの様子がおかしいです!』
という文章と一本の動画が添付されていた。
再生する。
映像は少し手ブレしている。
おそらく万津が物陰から撮影したものだろう。
場所は公園の林の奥。
そこに映っていたのは藤崎だった。
だが様子がおかしい。
木を殴り、ベンチを蹴り飛ばし、落ちている石を投げつける。
まるで何かに取り憑かれたように暴れ回っていた。
「……なんだこれは」
俺は動画を最後まで確認する。
そしてすぐに万津へメールを送った。
『帰還しろ』
『それ以上の追跡は禁止』
『カメラとカプセムは作業室へ置いて帰宅』
数秒後。
『了解です!』
と返信が返ってきた。
その素直さだけは評価していい。
俺はスマホをポケットへしまい、病院へ戻ることにした。
--------
職場へ戻ると、万津の姿は既になかった。
代わりに机の上へ緑色のカメラが置かれている。
「珍しく言うこと聞いたな」
俺はカメラを手に取る。
そして装着されている黒いカプセル――《コードカプセム》を取り外した。
ゼッツフォンを取り出す。
上部を展開し、コードカプセムを装填。
認証。
すると空中へディスプレイが展開され、万津が撮影した写真が次々と表示された。
「学校の様子は問題なし……」
藤崎の登校風景。
クラスメイトとの会話。
購買へ向かう姿。
どれも普通の高校生だ。
少なくとも異常は見受けられない。
「問題はここからか」
俺は教会の写真を拡大する。
古びた建物。
見慣れない意匠。
そして壁面に刻まれた奇妙な紋章。
「見たことないな……」
十字架にも似ている。
だが決定的に違う。
既存の宗教団体とも一致しない。
「新興宗教か?」
そう呟きながら次の写真へ切り替える。
そして違和感に気付いた。
「……ん?」
俺は教会へ入る前の写真と、出てきた後の写真を並べる。
顔。
歩き方。
視線。
細かな違い。
普通なら見逃す程度の変化。
だが精神科医として、人の表情を観察することには慣れている。
明らかに違う。
まるで別人だ。
「取り憑かれているみたいだな」
思わず呟く。
もちろん比喩だ。
だが、それ以外に表現しようがなかった。
さらに写真を追う。
教会を出た後。
表情は硬く、焦点も定まっていない。
だが公園で暴れ回った後の写真になると、再び元の状態へ戻っている。
俺は腕を組む。
「発狂……精神異常か」
可能性は高い。
それも内的要因ではない。
外部から精神へ干渉されているタイプ。
一定期間ごとに症状が現れ、暴走によって発散され、一時的に正常化する。
夢の中で見た怪物の異常な攻撃性とも符合する。
だが問題はそこじゃない。
「なんで発狂している」
俺は椅子にもたれかかる。
原因が分からない。
教会へ行く前までは普通だった。
教会へ行った後から異常が始まっている。
なら原因は教会にある。
だが、その教会についての情報は何一つない。
分かっているのは奇妙な紋章だけ。
それだけでは調べようがなかった。
「巻き込まれたか……」
天文学的確率を超えた先に存在する怪事件。
怪事課が担当する異常事案。
そして邪なる神々の気まぐれ。
そう考えると辻褄は合う。
合うからこそ面倒だった。
俺は写真を一枚ずつ確認していく。
やはり結論は変わらない。
藤崎は教会へ行ってから変わった。
なら調べるべき場所も一つだ。
「ここは富士見さんの仕事か」
俺は端末を操作する。
ブラックケースの詳細。
藤崎の変化。
教会の写真。
奇妙な紋章。
それらをまとめて富士見さんへ送信した。
ついでに、『教会の調査を頼む』と一文添える。
送信から十秒後。
スマホが震えた。
『了解!』
返信が来る。
早すぎる。
仕事が早いのか暇なのか判断に困る速度だった。
俺は思わず苦笑する。
「相変わらずだな……」
--------
俺はため息をつきながら机の上の資料を整理する。
万津の調査から三日。
富士見さんからの連絡を待っているとはいえ、こちらも何か手掛かりを掴まなければならない。
ただ待つだけというのは性に合わなかった。
「しっかし……あの教会のマーク、どこかで見たことがある気がするんだがな」
俺は教会の写真を見つめる。
壁に刻まれた奇妙な紋章。
何度見ても思い出せない。
確かに見覚えはある。
だが、それがどこだったのかが分からない。
記憶なんてものは案外当てにならない。
似たような図形を見て勘違いしているだけかもしれない。
それでも胸の奥に引っ掛かるものがあった。
まるで忘れてはいけない何かを思い出せと言われているような感覚。
「まあ、そのうち思い出すか」
そう呟いた時だった。
スマホが震える。
画面を見る。
送信者は富士見さん。
件名は――『藤崎礼司について』
「ようやくか」
俺はメールを開く。
そして内容を読み進めた。
数秒後。
思わず眉をひそめる。
そこには想像以上に重い事実が並んでいた。
・藤崎の両親は、藤崎が生まれて間もなくある宗教へ傾倒した。
・藤崎はその宗教に「神への贄」として捧げられていた。
・本人がその状況をどう受け止めていたかは不明。
・中学時代の藤崎は不良として知られ、暴力沙汰も少なくなかった。
・しかし高校進学後、人が変わったように更生している。
・問題の宗教はカルト教団とみられ、ブラックケースに現れる怪物を神として崇拝している。
「……なるほどな」
俺はスマホを机の上に置く。
これでいくつかの点が繋がった。
藤崎は偶然巻き込まれたわけじゃない。
生まれた時から、あの宗教と関わっていた。
そしてブラックケースに現れる怪物。
あれは単なる悪夢の産物じゃない。
「やっぱりそういうことか」
俺は椅子にもたれ掛かる。
あの怪物は宗教が神として崇める存在。
天文学的確率を超えた先に存在する超常的神性生物。
人類の理解の外側にいる怪物。
そして夢の中で俺を見下ろしていたあの存在こそが、おそらくオリジナルだ。
デパートを飛び回っていた怪物たちは、その眷属か模造品に過ぎない。
だからこそ格が違った。
だからこそ、あれほどの威圧感があった。
俺はあの時の感覚を思い出す。
理屈ではない。
本能が警鐘を鳴らしていた。
戦うな、と。
「あれと真正面からやり合うのは骨が折れそうだな……」
小さく呟く。
そして藤崎についても整理する。
夢の中で暴れ回っていた怪物たち。
現実で公園を破壊していた藤崎。
その二つは恐らく同じ根から生まれている。
宗教への嫌悪。
神への恐怖。
贄として扱われた人生への怒り。
そして中学時代に抱えていた暴力衝動。
高校生になってから更生したことで、その感情は表面上は消えた。
だが消えたわけじゃない。
ただ深層心理の奥底へ押し込めただけだ。
「夢ってのは正直だからな」
俺はそう呟く。
理性で押さえ込んだ感情ほど、夢の中では醜く膨れ上がる。
暴れ回る怪物。
破壊衝動。
攻撃性。
あれは藤崎自身の一部だ。
だが問題はそこじゃない。
その感情に何かが干渉している。
あの宗教。
あの怪物。
そして教会。
全てが一本の線で繋がり始めていた。
「後は教会の正体か……」
俺は再び教会の写真を見つめる。
奇妙な紋章。
見覚えのあるマーク。
思い出せそうで思い出せない記憶。
何か重要な答えが、その先にある気がしてならなかった。
そんな時だった。
チリン――。
入口の鈴が鳴る。
「万津か?」
そう思ったが、すぐに首を振る。
今日はアイツの休日だ。
なら誰だ。
俺は白衣を羽織り、診察室へ向かう。
そして扉を開いた瞬間、思わず顔をしかめた。
そこにいたのは、褐色の肌を持つ神父だった。
見慣れた顔。
見たくもない顔。
俺は反射的に白衣のポケットへ手を突っ込み、インパクトカプセムを取り出す。
「なんでテメェがここにいるんだ、クソ神父」
神父は肩をすくめた。
「おやおや、随分な挨拶じゃないか八幡くん」
どこまでも人を食ったような笑み。
それだけで神経が逆撫でされる。
「それに、そのカプセムを持ち出すのは反則だろう? STRを数倍に引き上げるアイテムなんて、TRPGだったら完全にチートだぜ?」
「相変わらず意味の分からねぇことを言いやがる」
神父は愉快そうに笑う。
まるで人間を観察するのが趣味であるかのように。
いや、実際そうなのだろう。
だからこそ俺はコイツが嫌いだった。
人を駒のように扱うところが。
人の不幸を娯楽として眺めるところが。
そして何より――何も感じていないその瞳が。
「遊びに来たとか抜かしたらブチ殺すぞ」
俺は低く言う。
「ニャルラトホテプ」
神父の笑みが少しだけ深くなった。
「だから、その名前で呼ぶのはやめてほしいね」
両手を広げる。
「今はナイア神父さ」
「御託はいい」
俺は睨みつける。
「何しに来た」
すると神父はあっさり答えた。
「あの宗教についてだよ」
その言葉に、俺は息を呑む。
何故知っている。
何故俺が調べていることを把握している。
だが同時に納得もしていた。
いつもそうだ。
俺が行き詰まった時に現れる。
そして答えをちらつかせる。
まるで餌をぶら下げるように。
当然、その裏にはろくでもない代償がある。
だからこそ警戒する。
ブラックケース。
超常的神性生物。
その手の事件の裏には、ほぼ間違いなくコイツがいる。
「話せ」
俺は短く言った。
神父は満足そうに頷く。
「ナイトゴーント」
聞き覚えのない名前だった。
「ノーデンスと呼ばれる神の配下であり、使者でもある存在さ」
「ナイトゴーント……」
神父は続ける。
「そして、あの宗教はノーデンスを崇拝している」
俺は黙って聞く。
「ナイトゴーントは神の代行者として呼び出されたんだろう」
神父は意味深な笑みを浮かべた。
「藤崎礼司くんの深層心理を通してね」
その瞬間だった。
頭の中で散らばっていた情報が繋がる。
宗教。
教会。
藤崎。
悪夢。
空を飛ぶ怪物。
そして天窓から見下ろしていた存在。
全てが一本の線になった。
「そういうことかよ……!」
俺は勢いよく立ち上がる。
椅子が大きな音を立てて揺れた。
神父は楽しそうに笑っている。
だが、もうどうでもいい。
答えは見えた。
今やるべきことも。
俺は踵を返し、そのまま執務室へ向かって歩き出す。
背後から神父の声が聞こえる。
「おや? お礼の一つくらい――」
無視した。
どうせ碌でもない要求が飛んでくる。
聞くだけ無駄だ。
神父の愉快そうな笑い声だけが背中に突き刺さる。
だが今の俺には、それを気にしている余裕はなかった。
------------
深夜になると俺は、夢世界の作業室にいた。
俺は、カプセムガチャを回す。
すると、今度は青いカプセムを手に入れる。
俺は、そのカプセムの力を確認するとニヤリと笑う。
このカプセムは、今回の戦いでちょうどいい力だ。
むしろ、これ以上ないほど優位に立てると言っても過言ではない。
「万津お前に任せたいことがある」
「はい?」
万津にとある事を指示し、俺はゼッツドライバーを巻くと万津共にコードゼロイダーに乗る。
俺のやるべきことは、怪物達の完全排除。
そして、万津に任せたことが成功すれば本体だけの排除で済むはず。
俺たちは、再びデパートに着くとそこは前回の雰囲気とは違い何処か教会らしさを備えたデパートに変化していた。
「え!?デパートの形が!」
「藤崎の深層心理の変化だろ……だいぶストレス溜まってんだな」
俺は、そんな事を言いながら煙草をふかしながら俺は言う。
そして、万津と目配せし頷きあうと俺はウィングカプセムをドライバーに装填しながら店内に入る。
「変身」
そして、仮面ライダーゼッツウィングフォームに変身すると俺は空には叩き天井に向かう。
その間、店内を徘徊して居る怪物達もちょっかいを掛けて全員を引き連れながら屋上に到達する。
そして、その場所にいた。
藤崎を見つめるかの様に。
「ナイトゴーント……患者の治療の為死んでくれ」
俺は、そう無感情で言いながらナイトゴーントに向かって走りだす。
そして、翼でナイトゴーントに斬りかかるが刃を掴まれ投げ飛ばされる。
俺は、壁に衝突する直前に翼を広げてなんとか回避し上空から蹴りを繰り出しナイトゴーントを蹴り飛ばすことに成功する。
だが、翼が片方溶けるかの様に消える。
それは、ナイトゴーントの反撃に耐えられてない証拠でありいつ反撃されのたか分からない。
俺は、カプセムを回転させると翼が再生する。
そして、俺とナイトゴーントは空中戦を繰り広げる。
ナイトゴーントの攻撃を俺は避けながらカウンターを繰り出しそれすらナイトゴーントに受け止められてしまう。
そして、俺たちはデパートからだんだんと離れていくのだった。
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「……どこにいるの」
私は静まり返ったデパートの中を歩いていた。
彼を見つけるために。
そして先生から託された役目を果たすために。
店内を隅から隅まで探し回る。
だが、どこにも藤崎さんの姿はない。
「どこ……?」
私は足を止め、周囲を見渡す。
その時、あることを思い出した。
そうだ。
この夢のデパートは途中から姿を変えていた。
ただの商業施設ではなく、教会と融合したような異様な建物へ。
「だったら……!」
私は急いで一階へ向かう。
すると今まで見覚えのなかった通路が現れていた。
真っ赤なレッドカーペット。
天井まで続く高い柱。
奥には巨大な十字架。
壁一面を飾るステンドグラスには、翼を持った奇妙な怪物が描かれている。
まるで神を祀る礼拝堂。
いや――神ではない。
怪物を崇めるためだけに造られた神殿だった。
その中央には、砕け散った石像。
床には乾ききっていない血痕。
そして、その傍らに血を流しながら座り込む藤崎さんの姿があった。
「見つけました!」
私が叫ぶと、藤崎さんは勢いよく顔を上げる。
その目には光がない。
頬を伝う血が、その表情をより痛々しく見せていた。
「……なんで、あなたがここに」
信じられない。
そんな声だった。
無理もない。
ここは彼自身の夢。
しかも最も深い深層心理。
本来なら他人が踏み込める場所じゃない。
私はポケットから先生に渡されたメモを取り出し、ゆっくりと読み上げる。
「藤崎礼司。医師の父と看護師の母との三人家族。」
私は一度息を吸う。
「だけど二人は、あなたが生まれて間もなくカルト宗教へ傾倒した。」
彼の表情が固まる。
「そしてあなたは、『神への贄』として教団へ捧げられた。」
「……っ!」
「その反動なのか、中学生の頃は暴力事件を何度も起こし、警察の世話になることも少なくなかった。」
私は彼を真っ直ぐ見つめる。
「でも高校に入ってからは、人が変わったみたいに真面目になった。」
彼は何も答えない。
「それでも今も教会には通っている。」
「……!」
「ご両親の言いつけで。」
「そして行くたびに何かを受けている。」
「何をされているのかまでは分からなかった。でも教会を出た後、あなたは公園で暴れるようになった。」
沈黙が流れる。
彼は私を見つめたまま動かない。
どうしてそこまで知っているのか。
そんな顔だった。
もちろん全部私が調べたわけじゃない。
先生がまとめてくれた資料。
富士見刑事さんが集めた情報。
そして私が命懸けで尾行した結果。
全部合わせて、ようやく辿り着いた答えだ。
だけど、それを今言う必要はない。
私は礼拝堂を見渡した。
巨大な十字架。
怪物を描いたステンドグラス。
そしてデパートだったはずの建物。
「この夢は、あなたの心そのもの。」
私は静かに言う。
「ここは家族と幸せだった思い出の場所。」
「だけど同時に、家族を信じられなくなった始まりの場所。」
私は床へ視線を落とす。
「デパートと教会が一つになっているのは、その二つがあなたの中で切り離せなくなっているから。」
「あなたにとって、この場所こそが全部の始まりだった。」
藤崎さんは小さく目を閉じる。
「……そこまで、分かっていたんですね」
その声はどこか悲しく。
それでいて、少しだけ救われたようにも聞こえた。
その時だった。
――カラコロン。
また、何かが床を転がるような音が響く。
私は反射的に周囲を見渡す。
誰もいない。
それなのに音だけが静かな礼拝堂に響いていた。
そして、その音を聞いた瞬間。
私は不意に理解してしまう。
彼の心の奥底に眠るものを。
それは憎しみ。
それは絶望。
そして――
大切だったからこそ壊したいと願ってしまう、狂気にも似た愛情だった。
「僕は、父さんと母さんが大好きだった……だけど、あの日から変わった」
藤崎さんは、そう呟いた。
その表情には、深い後悔が滲んでいる。
まるで、ずっと心の奥底に閉じ込めていた記憶を、今になって無理やり引きずり出しているようだった。
「僕が……あの教会が気になるなんて言ったせいで……」
声が震える。
「僕のせいで……父さんと母さんは変わってしまった!」
藤崎さんは自分の胸元を掴み、苦しそうに俯いた。
「最初は、本当に普通だったんだ……。三人で遊園地に行ったり、このデパートで買い物したり……父さんも母さんも、僕のことを大切にしてくれていた」
「なのに……」
彼の声が途切れる。
「教会に行ってから、二人は変わった」
「神様がどうとか、贄がどうとか……僕には意味が分からなかった」
「そして……あの神父に言われるままに、僕を……あの化け物の贄として捧げた」
「怖かった……」
握り締めた拳が震えている。
「悲しかった……」
「どうして僕なんだって、何度も思った」
「逃げたかった……!」
叫び声が礼拝堂に響く。
けれど、その声を聞いても私は動かなかった。
逃げる理由なんてなかった。
目の前にいるのは、誰かを傷つけて楽しんでいる怪物じゃない。
悪夢に囚われ、ずっと苦しみ続けている一人の患者なのだから。
「……でも、逃げられなかった」
藤崎さんは力なく呟く。
「父さんと母さんが怖かったわけじゃない……」
「それでも……僕は、あの二人を嫌いになれなかった」
その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられるような気がした。
好きだったからこそ、裏切られたことが苦しかった。
大切だったからこそ、憎むことすらできなかった。
そして、その行き場のない感情が、ずっとこの悪夢を作り続けていたのだ。
「藤崎さん……」
私は、ゆっくりと彼のもとへ歩いていく。
彼は病人だ。
加害者じゃない。
悪夢に苦しめられているのであって、悪夢を楽しんでいるわけじゃない。
誰かを傷つけたいわけじゃない。
ただ、昔みたいに愛されたかっただけ。
だったら――先生の助手として、私がやるべきことは決まっている。
私は藤崎さんの前に立つ。
そして、何も言わずにその身体を抱きしめた。
「……え?」
藤崎さんが驚いたような声を漏らす。
「大丈夫です」
私は、彼の背中に腕を回す。
「もう大丈夫ですから」
「……でも、僕は……」
「怖かったんですよね」
「……っ」
「ずっと、一人で怖かったんですよね」
藤崎さんの身体が小さく震える。
「ここは夢です。ここで起きたことは、もう終わらせられます」
私は彼を抱きしめる力を少しだけ強める。
「だから……もう自分を責めなくていいんです」
「あなたが教会に興味を持ったことが悪いんじゃありません」
「あなたが悪かったわけじゃない」
「悪かったのは――」
そこまで言って、私は言葉を止める。
誰かを責めるために来たわけじゃない。
この人を悪夢から救うために来たのだから。
だから私は、ただ一つだけ伝える。
「大丈夫です」
「この悪夢は……私たちが終わらせますから」
藤崎さんは、しばらく何も言わなかった。
やがて私の肩に顔を埋める。
「……怖かった」
小さな声だった。
「うん」
「ずっと……怖かったんだ……」
「はい」
私は何度も頷く。
「もう大丈夫です」
その瞬間――。
礼拝堂のどこかで、また聞き覚えのある音が鳴った。
――カラコロン。
私は藤崎さんを抱きしめたまま、ゆっくりと顔を上げる。
何かがいる。
この悪夢の奥底には、まだ何かが潜んでいる。
なら――。
私は、その何かを倒すために来た先生を信じる。
そして、私は藤崎さんをこの悪夢から連れ出す。
それが、比企谷先生から託された――私の仕事なのだから。
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怪物――ナイトゴーントの動きが、目に見えて鈍り始める。
さっきまで縦横無尽に飛び回っていた翼が、今では重りでもついたかのように思うように動いていない。
どうやら、万津が藤崎にかけた言葉が効いているらしい。
(……遅ぇんだよ、万津)
内心では毒づきながらも、俺は小さく息を吐く。
(……よくやった)
藤崎の心に巣食っていた恐怖と怒り。
それを万津は、真正面から受け止めた。
だからこそ、今までナイトゴーントを支えていた力が弱まっている。
なら――ここからは俺の仕事だ。
(ここらは……俺のターンだ)
ゼッツドライバーへ手を伸ばす。
そして、懐から一つのカプセムを取り出した。
青色のカプセム。
今まで一度も使ったことのない、新しい力。
そして、この状況だからこそ最大限の効果を発揮する力でもある。
空を飛ぶナイトゴーント。
ならば、その土俵そのものをひっくり返す。
「新たな力……魅せてやるよ」
青いカプセムをドライバーへ装填する。
続けてトリガムを押し込む。
『ストリート』
『メツァメロ! メツァメロ!』
認証音声が響く。
俺は右手を正面へ軽く突き出し、掌を開く。
そのまま腕を二段階に分けるように捻る。
そして――
「変身」
瞬間。
『グッドモーニング! ライダー!』
『ゼ・ゼ・ゼ・ゼ・ゼッツ!』
『ストリーム!』
青黒い靄が俺の身体を包み込む。
その靄は、まるで生き物のように全身を這い回り、やがて真っ黒な強化被膜へと変化していく。
次の瞬間。
俺の身体から猛烈な竜巻が発生した。
ゴォォォォォッ!!
周囲の靄を一気に吹き飛ばす。
その風の中心から、新たな装甲が形成されていく。
青いゼッツゲイムライン。
そして、風を取り込むためのテクノロムコンバーター。
最後に、複眼へ青い光が充填されるように輝いた。
俺は拳を握り、ゆっくりと構える。
「仮面ライダーゼッツ――ストリーム」
身体の周囲を、微かな風が渦巻いている。
新たな力。
初めて使うフォーム。
それでも、不思議と身体には馴染んでいた。
「新たな力……試させてもらうぜ?」
ナイトゴーントがこちらへ飛び掛かってくる。
俺はブレイカムゼッツァーをガンモードへ切り替えた。
「まずは……これだ」
引き金を引く。
ドンッ!
放たれたエネルギー弾は、インパクトフォームの時とは明らかに違っていた。
弾丸そのものに強烈な気流がまとわりつき、青白い風を纏った弾丸が一直線にナイトゴーントへ迫る。
ドォン!
直撃。
ナイトゴーントの身体が大きく揺らぐ。
さらに周囲へ発生した気流が翼へまとわりつき、その飛行を乱していく。
バランスを崩したナイトゴーントは、そのまま地面へ墜落した。
「飛ぶ相手には……飛べなくしてやるのが一番手っ取り早いな」
俺は一気に距離を詰める。
足へ風を集中させる。
周囲の空気が渦を巻き、蹴り足へと集束していく。
「――おらぁ!」
風を纏った蹴りが、ナイトゴーントの翼を直撃する。
バシュッ!!
強烈な衝撃とともに、片翼が吹き飛ばされた。
「ギィィィィィィッ!!」
ナイトゴーントが苦痛の叫びを上げる。
そして、怒りに任せて俺へ突進してきた。
「単純だな」
身体を横へ滑らせる。
奴の突進を紙一重で回避。
その瞬間、右手へ風を集中させる。
空気が拳の周囲で高速回転する。
「風拳ってな……」
振り返りざまに拳を叩き込む。
ドゴォン!!
風圧まで乗った一撃が、ナイトゴーントの身体を大きく吹き飛ばした。
そして、その拳を開きナイトゴーントに斬撃を飛ばすかのように腕を振るうと風がナイトゴーントに直撃しさらに吹き飛ばすことに成功する。
「大気を操る力……思いの外、便利だな」
俺は拳を開き、周囲を漂う風を見ながら呟く。
だが、ナイトゴーントはまだ倒れない。
片翼を失いながらも、こちらを睨みつけている。
その目から伝わってくるのは、明確な怒り。
俺も、そいつを睨み返す。
「……くだらない」
一歩、前へ出る。
「お前が怒る理由なんて、こっちにはねぇんだよ」
こいつがいるせいで、藤崎は悪夢に苦しんだ。
自分の大切だった家族に裏切られた記憶を、何度も何度も夢の中で繰り返していた。
怖くて、悲しくて、それでも逃げられなかった。
その苦しみを生み出していた元凶が、目の前にいる。
「お前がいるせいで……悪夢に苦しんでる奴がいるんだよ」
俺の声が低くなる。
「だから――」
カプセムをドライバーから取り外す。
そして、そのままブレイカムゼッツァーへ装填しカプセムを回転させ引き金を引く。
「これで終わりだ」
『ブレイカムバレット』
ブレイカムゼッツァーの銃口へ、青い光が収束していく。
周囲の空気までもが吸い込まれ、巨大な渦となって銃口へ集まっていく。
そして――
「吹き飛べ」
引き金を引いた。
ドォォォォォン!!
青い竜巻状のエネルギーを纏った強力な光弾が放たれる。
それはナイトゴーントを真正面から捉え、その身体ごと巨大な竜巻へ巻き込んでいく。
「ギィィィィィィィィッ!!」
叫び声を上げながら、ナイトゴーントの身体が天高く巻き上げられていく。
地面から空へ。
そして、さらに高く。
やがてその姿が小さくなったところで――
ドォォォォォン!!
上空で大爆発が起こった。
青い光と風が夜空へ広がり、その残滓がゆっくりと消えていく。
俺はそれを黙って見上げる。
……終わった。
「……ふぅ」
ようやく肩の力が抜けた。
変身を解除する。
俺はポケットから煙草を一本取り出し、火をつける。
紫煙を吐き出しながら、万津と藤崎のいる場所へ歩き出した。
「……ったく」
煙草を咥えたまま、空を見上げる。
「とりあえず、治療完了でいいだろう」
そうぼやきながらも、足取りは先ほどより少しだけ軽かった。
少なくとも今夜は――
あの少年を、悪夢から解放できたのだから。
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俺は、机に向かってカルテを書きながら、今回の一件を振り返っていた。
藤崎礼司。
あいつは――ただ、天文学的な確率を引いてしまっただけの青年だ。
本来なら、悪夢なんかに苦しめられる必要はなかった。
普通に学校へ通って、普通に友人を作って、普通に家族と過ごして。
そんな当たり前の日常を送っていたはずの人間だった。
それが、たまたま。
ほんの少し、運が悪かった。
ただ、それだけだった。
「……いや」
ペンを止める。
「運が悪かった、なんて言葉じゃ片付けられねぇか」
藤崎が悪いわけじゃない。
あいつは何も知らなかった。
何も知らないまま、あのクソッタレな連中に目をつけられて、利用されて、悪夢にまで追い詰められた。
そして――奴らはそれを見て楽しんでいる。
人が怯え、苦しみ、逃げようとして、それでも逃げられない姿を。
まるで玩具でも眺めるみたいに。
「……反吐が出る」
自然と、ペンを握る手に力が入る。
俺にできることは限られている。
それでも、少なくとも悪夢に苦しんでいる人間を放っておくつもりはない。
それが、この医院を引き継いだ俺の仕事なのだから。
カルテを書き終える。
俺は藤崎のカルテを閉じ、所定の場所へしまった。
そして――次のカルテを取り出す。
表紙に書かれている名前。
「……万津夢」
しばらく、その名前を眺める。
そして、ぽつりと呟いた。
「ブラックケースの……イレギュラー、か」
始まりは、ただの患者だった。
悪夢に悩まされて、この医院を訪れた少女。
それだけだったはずだ。
だが、今では違う。
万津夢。
彼女は俺と同じように、他人の深層心理――夢の中へ潜り込むことができる。
しかも、俺が知らないはずの夢の奥深くまで。
普通の人間なら、そんなことはできない。
「特異体質……?」
そう口にして、すぐに否定する。
「……いや。ありえない」
これは生まれつきの体質なんかじゃない。
少なくとも、俺にはそう思えた。
他人の夢へ潜り込む力。
夢の中に存在する異常を認識する力。
そして、あの場所で見せた異常な適応。
そんなものを、ただの「特異体質」で片付けていいはずがない。
俺は万津のカルテを開く。
そこに記された情報を眺めながら、あの少女の姿を思い出す。
いつも明るくて。
妙に行動力があって。
危険だと言っても、平気な顔で首を突っ込んでくる。
だが――その奥には、俺ですらまだ理解できていない何かがある。
「……この力は、特異体質なんかじゃない」
小さく呟く。
俺には分かる。
いや。
俺だからこそ、分かってしまう。
これは――
「……あの地獄を、生き延びちまったからこそ得た力だ」
万津夢。
彼女が何を経験したのか。
あの少女が、どんな場所を生き抜いてきたのか。
まだ俺は知らない。
だが、あの力を見れば分かる。
あれは何かを「得た」人間の力じゃない。
何かを「生き延びた」人間の力だ。
だからこそ――
「万津夢……」
俺はカルテに視線を落とす。
「……あれは、重病患者だな」
その言葉に、医学的な意味はない。
少なくとも、今の俺には診断できるようなものじゃない。
だが、この医院の医者としてなら分かる。
彼女自身が、まだ終わっていない悪夢の中にいる。
藤崎のように、誰かに悪夢を見せられているわけじゃない。
もっと根深い。
本人すら気づいていない場所に、その傷は残っている。
だから――
俺は万津のカルテに、今回の件を記載していく。
ペン先が紙を擦る音だけが、静かな診察室に響く。
そして最後に、ほんの一瞬だけペンを止める。
「……いつか、お前自身の悪夢も終わらせてやるよ」
誰に聞かせるでもなく、俺はそう呟いた。
そして何事もなかったかのように、再びカルテへ視線を落とした。