「本当?ありがとうキタローちゃん!」
「親分も喜ぶよ!」
そのときだった。
不意に膝をつく。
「教主ちゃん!?ちょっと、教主ちゃん!」
体が衰えているのだろうか、影時間の中で行った戦闘の疲れがどっと押し寄せて、僕の意識を流し去ってしなった。
─────────────ガチャ
聴き慣れたオルガンの音色、見慣れた青。
「………あれ?ここは…」
目が覚めるとそこは──ベルベットルームだった。
「ご無沙汰しております」
聞き慣れた声、やはり間違いない。
やや眼球が飛び出していて、背骨は痛そうな程に曲がっている。
そして見るからに上等なスーツに身を包み、穏やかな口調で話す老紳士──正しく僕の知るイゴールだ。
「……久しぶり」
「……エリザベスも」
いきなり知らない世界に飛ばされてきたものだから、多少の心細さはあった。
しかし、知り合いに会えたことで少しだけ安心することができた。
「お久しぶりです…」
イゴールの隣にはエリザベスも居るが…何やら複雑な表情をしている。
例えるなら『それまで必死に努力して目標へと走っていたのがいきなりジェット機に乗せられてゴールの真上に降ろされたような顔』だ。
「ここについては、もうご説明は不要でしょう」
「本題に入らせて頂くとしましょうか…」
イゴールは何処からか紙を取り出して机の上に乗せた。
それは、あの日僕が寮で書いた書類と非常によく似ていた。
「本来、ここは何らかの形で契約を果たされた方のみが訪れる場所でございます」
「しかし、あなたの契約は既に果たされておりますな」
確かに、僕の契約は大いなる封印を行う際に切れている。
しかし、それならどうして僕はここに?
「そこで、契約の更新をご提案したい」
「貴方をここにお呼びしたのもその為です…」
「……ねぇ」
イゴールはそう言うが、そもそも今の僕がアクセスできていることに関する説明はない。
そのことについて聞いてみる。
「何故契約者でなくなった貴方様がここに来られたのか?」
「それはエーダルというお方が手配してくださったおかげでございます…」
「……エーダル…まさかあの世界樹が?」
「左様…」
"エーダル"、それはエーリアスを産んだ世界樹の名前。
ブルミが親分と呼び崇める存在だ。
そしてネルが所属する世界樹教団の信仰対象でもある。
しかし、ベルベットルームの住人にも口を聞けるとは…意思があるというのは聞いていたがそんなことまでできるというのは完全に予想外だった。
僕は手早く書類に名前を…………………
「おや?どうかされましたかな…」
「……なんだっけ、僕の名前」
やはり名前が思い出せない。
ブルミ相手には偽名で誤魔化すこともできたが、正式な契約ともなればそうもいかない。
まずい…このままでは契約ができずベルベットルームからの助力も得られない。
「ご自身の名をお忘れとは…」
「ならば仕方ありませんな…」
大袈裟に言うが、このとき僕は死を覚悟した。
ベルベットルームなしでどうシャドウに立ち向かえば良いのか。
不可解なことに今持っているペルソナはオルフェウスのみ。
他は出そうと思っても召喚には応じなかった。
「貴方は…以前の貴方ではないのかもしれませんな…」
「であれば新たな契約を結ぶと致しましょう」
そう言ってイゴールは机の上に置かれた書類を回収して新しいものに替えた。
名前が思い出せなくとも契約はしてくれるようだ。
しかし…僕が前の僕じゃない──か、どうにもそれについて納得してしまう自分が居る。
そもそも異世界といえど僕が生きていること自体変だ。
僕の魂は大いなる封印で───いや、それはどうでもいい。
「……ごめん、ありがとう」
イゴールの寛大な対応に感謝しながら、書類の上でペンを走らせる。
その途中、ふと名前の記入欄に苗字を入れる項目が無いことに気付く。
「エーリアスの住民は殆どが姓をお持ちでない」
「故にこちらも姓を尋ねることはありません…」
なるほど、エーリアス仕様なのか。
「よし、書けた」
名前の欄に拙い字で書かれた"キタロー"の4文字。
自分はここまで字が汚かっただろうか?それは置いておくとして、エーリアスの僕はキタローとして名乗ることに決めた。
名前は大して重要でもないどうでもいいことだ、大事なのは何をするか。
何を成すか、何を残すか、何を与えるか。
「契約は成立でございますな」
「それでは、お気をつけて」
契約が成されると、急に意識が戻った。
どうやらブルミが運んでくれたらしく、床の上に倒れたはずがベッドの上で目を覚ました。
「……行こうか」
軽く髪を解かして横に流す。
歯ブラシは見当たらないので丁寧に口を濯いでネルのもとへ向かうことにした。
あとがきって要りますかね…
-
Yes
-
No