新米プロデューサー(最強アイドル)vs初星学園 作:にこやか
第四次アイドルブーム。アイドルという概念が誕生してから長いが、その中で訪れた四度目の波。
アイドル業界各社がその波に乗らんと凌ぎを削る中、業界大手たる100プロダクションも、また戦っていた。
「次は?」
「22時より、IVEX社様との会食となっております」
「遅すぎるだろうに……星南の小言は痛いんだ」
「父親に社長、重責ですな」
「ふん、やり甲斐に満ちてるよ」
100プロダクション社長、十王龍正。当然多忙な彼は、本日も遅めのミーティングを終わらせたところであった。
ビルのエントランスを歩きながら、秘書と小言を交わす。
「正面に車を待たせております」
「よし。……んん?待て、電話だ」
龍正のスマホが揺れた。なんだこんな時間に……と思いながら彼はポケットよりスマホを取り出す。
画面に表示されていたのは、『商売敵』の文字だった。
「……何故、今」
「社長、どうされましたか?」
「何でもない。……電話だ、少し外す」
「承知いたしました」
込み入った話か、時間の無駄。恐らく2択だろうなと彼は思いつつ、エントランスの隅へと動いた。
普段の彼なら、車の中で折り返しただろう。だが、そうしなかった。
ガラス張りの壁から外を眺めつつ、彼は電話を取る。
『夜分遅くに失礼致します。十王社長のお電話でお間違いございませんか?』
『気色悪いぞ、平』
『つれねぇなぁ、正』
気軽く言を交わすのは、龍正としては珍しい事だ。彼の愛する娘でさえ、この様子を見れば驚く程に。
『それで、何の用だ』
『アンタらの庭に用があってね』
『初星か』
『あぁ。それも導く方に』
『プロデューサー科か?生憎だが、初星は親父の菜園だぞ』
『知ってるさ。一つ、提案があってね』
龍正は大手たる100プロの社長だ、凡百ならとっくに電話を切られているだろう。胡乱げなやり取りに付き合う趣味も、彼には別にないのだ。
だが、龍正にはこの会話を打ち切らない理由があった。それは、相手が友人だからでは無い。
『聞こう。言ってみろ』
『ウチの残った方が、プロデューサーをやる気だ』
『……なんだと!?』
『2年前の神話、忘れてないだろ?』
『自分で言うのか、それを』
『価値は大きく見せるモンだ。403プロの残照、第四次アイドルブームの中心、違うか?』
龍正は思い出していた。第四次アイドルブームの火付け役、僅か5年で神話になったアイドルユニット。
そして電話先に居るのは、それを送り出した、403プロダクションの社長。汐見、龍平であるという事を。
『伊里、可叶がプロデューサーを?』
『そうだ。アイツ、まだ大学行ってねぇんだよ』
『待て。伊里はアイドルとして怪物だが、プロデューサーとしては素人だろう?』
『当たり前だろ。だがよ、アイツはウチの西崎を隣で見てんだぜ?』
『346の重機か……!』
龍正は揺れる。403は、僅か5年で神話になった。東京ドーム55000席、当然チケットは完売。追加枠の5000を入れたとて、チケット当選確率は脅威の5%という有様。
話題に登った西崎は、403プロのプロデューサーであった。
元346プロ営業部一課に居たその男。当然、龍正も知っている。何度もコンペで争い、煮え湯を飲まされた相手だ。
規模の346、そこの営業は並大抵では務まらない。純粋な企画力で勝とうと思えば346の規模に負け、絡め手は西崎の営業力で押し潰される。彼に着いたアダ名は重機。残当である。
『どうだ?不足か?』
『何故、俺に話を?初星なら親父だろう』
『分の悪い方に話を持ってくバカが、何処にいるんだよ』
『……まぁ、そうか』
龍正は龍平の理屈を悟った。龍平は元961のアイドル事業部、本部長。管理主義、合理主義的な色が強い。だからこそ、龍正と仲良くなったと言える。
当然、絆や努力の765的思想を強く持つ現会長、十王邦夫と相性が悪い。
『ダメならダメでいいぞ、無理は承知だ』
『……拒否したら、伊里は何処へ?』
『古巣が学園やってるしな。そっちにも掛けてみるかねぇ』
『極月に連れて行くのか?』
『あの人なら取るだろ。間違いなく』
龍平の言う通りであった。961プロの経営する極月学園は初星の同業だが、より合理的な傾向が強い。龍平と961プロ社長との確執があるとは言え、時代を獲ったアイドルを蹴るとは、龍正には考えられなかった。
当然、龍正は理解している。これは交渉であり揺さぶりだ。お前が蹴れば、商売敵に特大の塩を送ることになるぞ、という話。
『相変わらず、嫌な交渉を仕掛けてくる』
『いい夢をアイツには見させて貰ったからな。親心って奴だよ』
『ふん。……親父の判断次第だぞ?』
『お前から言えば通るだろ。あのFulleRだぜ?初星の学生達にも、いい刺激になるさ』
『よく言う。どう考えても劇物だろうに』
403プロ唯一のアイドルユニット、FulleR。亜良美郷、伊里可叶の二人で構成されたそれは、幾つもの大記録を5年で打ち立てた。
総ナメにした大会やオーディションは数知れず、THE DEBUTに始まり、SIDE、歌姫楽宴、THE LEGEND、HI-FIVE。最終的にはアイドル・アルティメイト、パーフェクト・ヴィーナス、DANCING!!!のアイドル三冠、グランド・スラムを成し遂げている。
アルバムにも神話は色濃く残り、ダブルミリオン1、ミリオン2。アルバム文化が死滅する中で残された、不滅の大記録である。
『劇物とて薬だ。100プロによく効く処方箋って奴さ』
『知った口を聞きやがって』
『欲しいんだろ?突出が』
『…………』
『100プロは育ちが良過ぎる。そんな環境じゃ秀才は安定して生まれるが、天才は生まれんよ』
『今の話、親父に伝えといてやる』
『勘弁してくれ。……で、取ってくれんだな?』
『最終的には親父次第だが……まぁ、取るさ』
『その言葉が欲しかった』
『だが、入った後は知らんぞ?』
『あ?』
『落ちぶれようと、妬まれようと、嫌われようと、そこまで面倒は見れん』
いい様に条件を呑まされた龍正最後の嫌味であったが、それを聞いた龍平は大きく笑った。
アッハッハ!と品の無い、大きな笑い声が龍正の耳に大音量で届く。龍正の握るスマホに、力が籠る。不愉快であった。
『おいおい……。普通の学生だと思ってんのか?』
『神話とて、結局は一人の少女だろうに』
『忘れてねぇか?俺と西崎が人生を賭けるに値すると、ノータイムで感じたんだぜ?』
『だが』
『そして、亜良が相方に選んだ少女だ』
『……余り、調子に乗るなよ』
『じゃ、頼んだぜ。書類の郵送先とかは後で連絡するから、よろしく』
『あぁ、分かった』
決まった瞬間トントン拍子に進むのは業界人の性である。要件は聞き終えた、そう龍正は判断し、電話を切ろうとする。しかし、通話を切ろうとした手が止まる。彼の胸に湧いた、一つの問い。
『……おい、平』
『……なんだ?』
『もう、戻らないのか』
『やり切ったよ。終わりが世の中にどう映ろうが、興味は無いね』
『そうか、残念だ』
『……ま、伊里が残ってる内はちょこちょこ何かやるさ。その時は、よろしく頼むよ』
『勿論だ。また、呑みにでも行こう』
『そうだな。セレナーデ、予約しとくぜ』
『はは、頼む』
龍正は同業の相手では無く、一人の友人として言葉を交わした。セレナーデは二人が知り合った頃、よく入り浸っていたバーであった。
片や夢の途中の人間、片や夢を叶え終わった人間。されど、友人であった。
今度こそ切れた通話、龍正はぼんやりと黒くなった画面をしばらく見つめていた。
「お電話は、終わりましたか?」
「随分時間を取った、すまない」
「いえ、まだ十分間に合いますとも」
タイミングを見計らって声を掛けて来た秘書に言葉を返しつつ、車へと歩いていく。
停車場に待たせていた車に乗り込みつつ、龍正はまた別へ電話を掛けるのであった。
『……親父か?話がある』