プロフィール2
領域外の生命:─
彼女は間違いなくこの世界の存在だが、能力を観測した場合
名前だけであり、属性や力は既に宿ってないようだ。
これが一体何を意味しているのかは不明だが、少なくともかつての彼女はそのような存在だった事は確からしい。
仮に本人に訊ねても決して口を割らない為、言及は無意味だろう。これはもう終わった話なのだから。
「おぉ、もう少し時間が必要だと思っていたが……いや、これは流石に一晩で様子が変わり過ぎじゃないかい?」
「ふふん! わたしがんばったよ!」
「すごいなぁ…いや本当にスゴイな、想像を上回る結果だ。流石は私のジャックだ」
「えへへ〜」
朝起きたら世界は霧に包まれていた。
いやぁ…ジャックちゃんにはああ言ったけど流石にジャックちゃんだけじゃなく大聖杯やマキリの旦那も加担してるだろ。あんな夢見せておいてわざとじゃないは通らないからな。
「いってらっしゃーい!」
「いってらっしゃいませ、奥方様」
「ああ、帰ってくるまで待っててね、ジャック。
それからジャックを頼むよ、ヴィヴィアン君。
となると……御話を集めなければな。こうなると特異点の核である大聖杯は破壊する流れになるだろうし、ある程度は調査項目を整えなければ」
昨日の夢もあるからな、求められてる立ち回りはイマイチ掴みきれてないが、取り敢えず黒幕みたいな立ち振る舞いが必要なのは分かる。しかし余り大々的に動くのも宜しくない。
今頃名探偵や作家、魔術師達が活動しているからだ。
現在は特異点の序盤、まずは抑止力の自浄作用として英霊だけで解決を試みてる筈。バレないようこそこそする必要があるだろう。ホームズなんて会ってみろ、一発で大聖杯まで到達されるわ!
「なんて考えていたのが
ちょっとした難事件の解決を依頼したいから引き受けて頂きたい」
だったら俺がやる事は一つだ。バベッジが事故って依頼を出せなかった時の為にここで人理焼却の依頼を行う。くくく、名探偵には断れまい。
「……まさかあなたと会うとは思わなかったな。
こうして会うのは初めてだね。ご機嫌よう、
あなたが時折現代に投げかける難題は良い脳トレにさせて貰ってたよ」
カン、とスティクで地面を叩いて会釈を一つ。パイプを蒸して閉じた目を開けた。
彼の名前はシャーロック・ホームズ。世界一有名な名探偵である。
「………ふぅ」
あのう、勿体ぶってないで話を進めてくれますか? 俺は一刻も早く変な事を暴かれない内に立ち去りたいんですよ。この人下手したらマリスビリーの方まで辿り着きそうで怖いんだよね。原作崩壊しそうで。
……いや、これ俺から先に話しかけるべきなのかこれ。
「私を知っているようで何より。私の作品が君の灰色の脳みそを満足させられる出来とは思えないが、君の役に立ってるようで何よりだ」
……俺の作品は蛮族に合わせて単純明快だぞ?
なんでそれが脳トレになってるんだ?
そんなの作ったっけ……覚えがないんだが。
「はっはっは! あんなに数学の難題や論理・直感パズルを投げ掛けておいてよく言うね!
それとも、渡す相手を決めてなかった口かな? ある程度賢い者に渡される、自動的な贈り物という訳だ」
数学……直感……パズル? あーパズル!
現代のパズルゲーをパクって蛮族共の脳トレしようした時期あったな確か!
うっわなっつ! そうだそうだ他にも現代が恋しくて端紙に色々メモったっけ!
でもそれがなんでホームズまで届いてるんだよ可笑しいだろ。
これ絶対俺の物を片っ端から未来に送った奴いるよな。誰だよ、蛮族にそんな事出来そうな奴全然居なかったぞ?……って話が逸れたな。
「本題に入ろうか。ああ、私の事を探るのは構わないが、決して言葉にはしないように。答え合わせは誰のためにもならないからね。
…と言っても一言で済む話だ。
「この人理焼却という、全人類に対する殺人事件の犯人を見つけてくれ、出来ればソイツが本来やろうとしていたことも」
以上だ。ご質問は?」
ホームズの片眉が上がり、それからふむ…と声を漏らす。
本来ならバベッジがやる依頼だが、折角会ったなら確実を期した方がいい。
いやぁ、この事を偶然覚えて良かったよ。じゃなきゃ今頃話題に困って慌てふためいていただろうな。
「色々聞きたいことはあるが……ならば二つだけ確定させてくれ。
"私に頼むという事は、それは人間の仕業なのだね"?」
「──勿論。
"実に計画的で完全犯罪未遂の人為的な犯行さ"」
「二つ、"あなたはこの特異点の元凶で、その上でこの依頼は人類の為に行った"」
うわ鋭い。もう俺が特異点の元凶って分かってるよ。何処見て確証を得たかさっぱりだな。
だからこそ頼もしく恐ろしい人だよ。怖いなぁ。
「勿論──…」
ん? でもよくよく考えたら俺、元凶でも人類の為に依頼した訳でもないな。
元凶はマキリの旦那とレフと大聖杯だし、依頼したのは原作崩壊を防ぐ為だ。
じゃあ違うか。
「…──"違う"。私は私の目的の為に君に依頼しているんだ」
「………なに?」
なんでそんなに驚いてるんだ? 正確に答え……ああ主語が抜けてたな。全くうっかりしてたぜ。
そりゃあ誤解されるよな。訂正しないと。でも情報与え過ぎると変なとこまで解明しそうで怖いな…少しぼやかすか。
「前提条件をどこかで履き違えてるみたいだね。
1つ、私はとある魔術師に召喚された英霊で、泥に落ちたくないだけの
2つ、依頼したのはある意味君の為で、人類なんて大それた物を救おうとはしていない。
そもそも我々は過去の影。救うのは今を生きる人類の役目だ」
お、何かに辿り着いた顔してる。うん、若干ワクワクしてるのが気のせいじゃなければ、この人この状況楽しんでるわ。流石ホームズだな!
「約束通り確定はしたよ。ところで、質問を三つにしないとは随分歯切れが悪いね?」
「………ああ成程。失礼、お言葉に甘えて一つ追加させて貰います。
"あなたはMs.
「勿論! そうだな…「K」。気軽に「知人のK」と呼んでくれたまえ!
自分の演じた作品で覆われただけの、ただのお節介さんさ!」
そして俺はその場を去る為に少しカッコつけようと後方に跳び、降り立った場所が蓋の開いたマンホールだったせいでそのまま落ちていった。ユッ!
どぼん……。
「………ぷはっ!? きっったね!! おえっきったね!」
ふふ、霧が濃くて穴が空いてたのに気付かなかったぜ。
うぇぇバカみたいに水が口に入ったんだけど!? 英霊だからその手の病気とは無縁でも気分最悪だな! なんの天罰なんだこれ!
「どうにもマキリ然り、大聖杯の泥然り、ジャック然り、下水道ダイブ然り、この特異点では汚い水と縁があるなぁ……うへぇ服全部臭いわ」
なんとか脇道に身を乗り出せたが、霧の影響なのか流れが強くて登りきれない。
全く貧弱だとこういう時に厄介だな! なんか腕の骨にヒビが入ってる気もするし、掴む力が尽きればそのまま流れてしまうだろう。
ホームズに助けを呼ぼうにも既に大分流されたのか件のマンホールは見えない。
「すわここまでか…やれるだけやった良い英霊生だった……」
「──クリスティーヌ?」
そうして諦めから遺言でも呟こうかと考えていたその時、俺はふわふわと浮かぶ破面みたいなのを被った男に助けられた。
「おお…愛しきクリスティーヌ……クリスティーヌ……!!?」
ファントム! 君はファントムじゃないか!
何故ここに! まさかシャドウサーヴァントとして出現を!?
やばい今すぐコイツに適応しないとNOTクリスティーヌで殺される!
だってシャドウサーヴァントだから! 正気には決して戻らない!
「──ああ、見知らぬお方。溺れた所を助けてくださり感謝を。私はクリスティーヌ……売れてはいませんが…けほ…歌手を目指している、ただのクリスティーヌで──けほっけほっ」
う゛う゛ん゛……よし、チューニング完了。ソプラノ、天使の声、素人気味、才能の源石。
オペラ座の原作は1mmも知らないが、推理小説のオマージュに使いまわされてるのは知ってる。
初めから終わりまでアドリブ演技でいこうか。
「あ…ああ…あああ……!!!
クリスティーヌ! おお、クリスティーヌ…!! クリス…ティー…ヌ…!!
あああ……アアァァアァ!!!!」
ぶっ壊れた機械かな? コイツ、クリスティーヌ以外の言葉を喋ろうとしてるのに出来てないぜ!
もどかしそうだが待ってろよ、鳴き声から読み解くのはほぼ猿声な蛮族相手に散々やって得意なんだ。
「どうか苦しまないで、優しいお方。心配してくださってありがとう」
「──!? クリス…ティーヌ…?」
「きっと呪われてしまったのね。それとも怪人に取り憑かれてしまったのか……。
ごめんなさい。私には分からないけれど…けれど、あなたがそれに懸命に抗って、私を助けてくれたのは伝わってるわ」
でー…こっからどうセリフ回すっぺ。一回役に任せて流れでやってみるか。
ふぅ……よし。
──この人は、哀れで、優しくて、きっと素敵なお方。ほんのちょっとの不運で、どん底に堕ちてしまった悲しいお方。私は、それがどうにも放って置けなかったから。
「ねぇ、どうか私だけのあなたになって? あなたの求めるクリスティーヌとは違うかも知れないけれど……きっと、私たちは良い関係になれる。だから……ね?」
額にキスを一つ。耳元に声をやる。
それはちょっとしたお礼も兼ねた、恋心の発露で。
「好きよ、私のエリック。だからそんな怪物なんて乗り越えて、私を歌姫にして?」
きっと、これは禁断の恋。
既に愛している人の想いを奪って、そうして悪魔に取り憑かれた人を救おうとする愚かな女の話。
だからあなたも一緒に来て? 醜さも美しさも全部使って世界を虜にしましょう?
きっと、素敵な舞台が私達を歓迎してくれるわ。
──いや、待ってないから。
なに略奪愛仕掛けてるんだこの女。我ながらヤバいキャラ演じちゃったかな?
くっそー下水道に落ちて散々飲んじゃった後の口でキスしやがって。
演技のノリで男にキスした俺より、こんな汚い口付けられたファントムの方が可哀想だわ!
「……クリ…ス……ああ、我が、愛しき、愛しき歌姫……!
ああ、ああ──ならば、ならばァ…──!!
それに応えないで…何が、英霊だろうか…!」
あ、なんか自我取り戻した。流石英霊になるだけはある男。
シャドウサーヴァントになってより強く支配されてたろうに、俺の演技なんかで正気に戻ったぜ!
流石だなエリック。お前は間違いなく英雄だよ。こんなの命が助かった嬉しさも合わせてハグしちゃうね。
「ああ──ステキよエリック! 今のあなたはとっても美しいわ! 流石、私を歌姫に導いてくれるお方ね!」
「ああ…クリスティーヌ……行こう。さぁ、おいで。
暗く暗く 闇の方へ 醜悪な怪物が潜む あの場所に」
「……もう。一つ言わせて? あなたは醜い怪物じゃないわ。私を歌姫にしてくれる、希望のあなたよ?」
「クリスティーヌ……君はちょっと、言葉が甘過ぎる」
後はひたすらダル絡みしつつ良い感じに別れる感じで。
地味にファントム君、時間感覚や相手の体調や持っている情報量の理解に思考が及んでなさそうだし、狂気に溺れる前に退散したい。
うん、だからファントム、泡沫の夢みたいな幸福な思い出作りに付き合うから見逃してね、俺との約束だよ!
「違う! クリスティーヌ! もっと肺を振り絞って音を震わすんだ!」
「キツい……ツラい……頑張るけど、案外鬼指導なのねエリック……」
そして俺は夜まで鬼指導に付き合わされた。
畜生ファントムの奴すぐに俺が三味線弾いてたの理解しやがって……お陰でガチの女声で歌う練習をするハメになったわ。勉強になったけどマジで今後二度と来ないからなマジで……。
♢
「おかあさんが帰って来ない」
太陽が沈んで、霧の黒さがより濃くなって、街頭がパチパチして、蟲の羽音が重なって。
デムズ川が赤色になっても、朱色になっても、橙色になっても、紫色になっても、青色になっても、藍色になっても、黒くなっても、おかあさんは帰って来ない。
「むかえにいかないと」
「なりません。奥様からここに留めるように良い含められてます」
「どいて」
宿の女将が立ち塞がったからナイフで首を狙って、パキンとナイフが折れちゃった。
槍にも杖にも見える得物に、古くて鋭い悪い魔術。王冠被って顔を隠して、瞬く間にお姫様みたいな服になる。普通は出来ない、幽霊の力。
だから女将さんは、おかあさんが言ってた英霊さんだ。
「なんでじゃまするの?」
「契約ですので」
「ふーん。女王様なのに従順なんだ」
「座に登録されるかの試験でもありますから」
素直な言葉。わたしには分かる訳ないって顔してる。
でも分かるよ。わたしはジャック、キリキリで切り裂きのジャック・ザ・リッパー。
おかあさんが教えてくれた全てが、わたしの血肉になっているから。あなたの言葉は分かってる。
"寝物語が欲しい? それなら……君は英霊になる可能性を話そうじゃないか"
"英霊になるには…って、命は大事にしておくれ? 未来の自分を投影でもしない限り無理な話なんだから"
"キリキリジャックはお使いの話だ。最初は普通でも、道中聞いた話を取り込んで変な物を買ってしまう。だけど、キリキリは態とそうしてるのさ。だって、何を頼んでも出てくるお店なんて、遊ばなくてどうするってんだい! 例え怒られようと、ない物はないと言わない方が悪いんだってね!"
だったらキリキリでもある私は、おかあさんの話から好きなものを
リソースさえ有れば──おかあさんがくれた
「──"真名解放"」
「
「霊基の変換、結界の生成、土地との接続……本気で事を構える気ですか。
よろしい。弱っていようと私もかつては妖精の女王。
赤子をあやす程度容易いことです。ひねってさしあげましょう」
だから私は、医者で、屠畜家で、紳士で、淑女で、悪魔で、情婦で、水子の霊で、英霊で──…。
「
「は? いや固有結界を8つも束ねるのは無法─────」
…──
「……………」
「ごめんね女将さん。一晩だけぐっすりしててね」
待っててねおかあさん。今から迎えに行くからね。
だから…… 。
そしてジャックとすれ違いで彼女は宿に帰り、子供の成長は早いと独り立ちを祝福した。