明日天気になあれ   作:剛欲同盟構成員

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26/05/27 改稿しました


雨脚の傘下

ざらざらって、雨粒が傘に当たる。傘の輪郭がはっきりしたみたいに感じた。

 

雨の日は日差しが隠れて、気分もちょっと落ち込む、のが普通の人間かも。でも、私はこの音を聞くと、不思議と落ち着く。

 

立ち止まって水たまりを見ると、ぼんやりとした曇り空と、私の顔が映る。雨粒が水面を揺らすと、空と私の境目をぐるぐる混ぜ合わせて、私の顔じゃないみたい。

 

目をそらして、また歩き出した。

 

「あめあめふれふれかあさんが~」

 

足をつく度に水たまりが跳ねて足元を濡らす。そのへんの軟弱ものならきっと恐る恐る歩くんだ。でも私は違う。

 

「じゃのめでおむかえうれしいな~」

 

私は傘の妖怪。雨の日こそ楽しまなきゃ。

 

「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん……あれ」

 

木の下に人影が見える。こんな雨の日なのに、空を見上げてじっと動かない。傘もささずに。

 

どんな顔をしてるかは見えない。

あの子も雨を楽しんでいるのか、それとも雨に降られて途方にくれてるのか。

 

傘の柄を握り直す。

 

ただ駆け寄って傘を差し出す、っていうのは、なんていうか、味気ない。せっかくの雨で、せっかくの出番なんだもん。もっとこう、ぱあって、相手の顔が変わる瞬間が見たい。

 

木の死角に入って、そのまま浮きあがって、空から枝の上にそっと着地する。女の子はピクリとも動かない。

 

大丈夫、いつもどおりやればいいだけ。

 

相手はまだ上を見上げて気づいてない。このまま飛び出て、驚かせてやるんだ。どんな顔をしてくれるかな。

 

「ばあ! って、あれ」

 

さっきまで真下に居たはずの女の子はどこにも居ない。

 

「どこに……ひゃん!」

 

背後からがさりという音がしたと思ったら、首筋に冷たいものを感じた。びっくりして、飛び退いて振り返ったら、そこにさっきの女の子が居た。にやにや笑ってる。

 

「なんだ、どこのどいつかと思ったら。同類かよー」

 

同類、そう聞いて一瞬気持ちが舞い上がりそうになったけど、そんなわけない。よく見たら、背中から赤と青の3対の羽が生えてる。きっと妖怪って意味だ。

 

女の子は、品定めするみたいに、私の足元から目線を上に走らせる。

 

「で、なんの用?」

 

そのまま目が合った。

 

わちきは……って名乗ろうと思ったのに、でてきたのは息だけ。

 

目に、食べられそう。彼女は私を見ている。傘じゃなくて、私の方を。

ちゃんと傘を握れているかわからない。心臓の鼓動だけが感じられる。

 

「えっと、えっと……か、傘はいりませんか」

 

風が、顔から背中まで通り抜ける。さっきより、ずっと寒い。

 

いつの間にか、汗をかいていたみたい。

手元に目を落としたら、傘の柄を握る手が白くなってた。

 

彼女の目が、私の顔から傘へ、それから空へ動いた。

怪訝そうな顔をして、もう一度私の顔をじっと見た。

反射でつい、ごめんなさいって言いそうになったとき、彼女が口を開いた。

 

「いやいらないけど」

 

「あうぅ……」

 

悲しいけれど、当たり前だって思った。私だってそう返すもん。

でも、彼女は私が声をかけるまで、じっと曇り空を見ていた。だからもしかしたらって。もう一度声をかける。

 

「ど、どうしても? ほら、あなた濡れてるよ?それに、だんだん雨も強くなってきたし……」

 

「えー、べつに空を飛べばすぐだし。それにちょっと濡れたくらい私は……」

 

彼女の声は雨音でかき消された。大丈夫、慣れてるもん。

 

水たまりが笑ってる。

 

今回もたまたま、傘を必要としてなかっただけ。

 

「……わかりました。急にごめんなさい」

 

「あー、ちょっと待て」

 

まだなにかあるんだろうか。恐る恐る振り返ると、頬をぽりぽりと掻いて、困ったような面倒くさいような顔で、私の手元の方を見ていた。

 

「さっきの嘘。本当は困ってたのよ。人里まで頼もうかな」

 

「ほんと!? あっ」

 

ひょい、と手から抜け落ちた傘の柄を女の子が掴む。だけど、返すわけじゃなくて、傘と私を見比べて、そのまま広げて傘をさした。私は困ってしまって、どうすればいいか迷っていると、彼女は手招きをしてくれた。

 

「あんたはちょっと小さいからさ。私がささないと一緒に入れないでしょ?」

 

「あ、はい!」

 

隣に入ると、そのまま歩きだす。雨粒が傘に当たる音と、水たまりを踏んで水滴が跳ねる音だけがしばらく続いた。私は意を決して、顔を上げて少し見上げた。彼女はまっすぐ道の先だけを見ていた。それから、傘を握る彼女の手を見た。手を思いっきり開くと、じんわり血が通う感覚がする。久しぶりに、両手が軽い。

 

「あんた、名前は?」

 

もう一度目が合った。

 

「えっと、私の名前は多々良小傘って言います」

 

「私は封獣ぬえ」

 

彼女はそれ以上会話を続けることなく、ただ歩き続ける。何か言わなきゃ、って思っても、何を聞いたら良いかわからない。あなたはなんの妖怪?とか、好きな食べ物は?とか。でも、どれも口からは出てこない。

 

「小傘はさ、いつもこんなことしてるの?」

 

「えっと、こんなって?」

 

「いや、傘配ったりさ」

 

「あー、まあ……うん」

 

「へえー」

 

彼女は、それ以上聞いたりはしてこない。変だねとかなんでとか言われると思ったのに。

 

「あ、あの。今日はお昼まであんなに晴れてたのに、急に雨が降っちゃって、私も慌てちゃった。えっと、ぬえちゃんは、あそこで何してたの?」

 

「木の上でお昼寝してた。あ、でもほんとはお昼寝したくて木の上にいたわけじゃないんだよね。誰かを驚かそうとしてさー。待ってたんだけど、いつの間にか寝ちゃってた」

 

雨が降らなきゃもう少し寝られたのになーって、ぬえちゃんは笑ってる。

 

「しっかりしてそうなのに。ふふ、意外」

 

「あったかい日は特にねー」

 

ぬえちゃんは、あっけらかんと言ってみせた。自分の失敗をなんとも思ってないみたい。

 

「ねえ、小傘、それ歩きづらいからやめてほしいんだけど」

 

「え?」

 

私はその声で、水たまりの上で片足立ちで止まった。

 

「水たまり、わざと踏んでるでしょ」

 

「あっ……つい」

 

「ふっ」

 

鼻で笑われた。仕方ないじゃない。雨の日は、こうしないともったいないんだもん。

言われてやめるのも何か癪だったから、あんまり逸れないようにして、続けた。

 

「ぬえちゃんこそ、せっかくの雨なのにもったいないよ。意外と楽しいんだよ?」

 

両手を伸ばして、片足立ちでそう主張したら、また笑われた。私は真面目に言ってるのに。

 

「ごめんごめん、そう膨れないでよ。傘の妖怪が雨が大好きって、見た目通りだね」

 

ぬえちゃんに怒るフリをして、ほんとはほっとしていた。

 

傘の柄を握ろうとして、いまは自分の手にないことに気づいた。

 

手をグーパーしていたら、ぬえちゃんに見られていて、慌てて後ろに隠した。

 

「ぬえちゃんは、なんの妖怪なの」

 

彼女は目線を私から外して、頬に手を当ててうーんと悩んでる。

 

「なんの妖怪だと思う?」

 

にやりと笑って問いかけてきた。きっと当てられないからって、私をからかってるのだ。

なんだか無性にこの顔を崩してやりたくなってきた。さっきは負けたけれど、こんどはそうはいかない。

 

「……チュパカブラ」

 

にやり笑いを準備してたぬえちゃんの顔が、その形のまま固まった。

 

「あー違うんだ。じゃあモスマン」

 

「ちょっと、それ妖怪じゃないでしょ」

 

「妖怪みたいなもんじゃん」

 

「いやUMAだろ……」

 

ぬえちゃんはわざとらしくため息をついた。でも口の端は上がってる。

 

「ヒントちょうだい」

 

「ヒントねえ……じゃあ動物ではない」

 

「それだいぶ絞れちゃうけど」

 

「あれ、そうかな」

 

頬をぽりぽり掻いた。

あ、と思った。

 

「困ったときに頬をかく妖怪」

 

「は?」

 

「さっきも傘渡したとき、頬かいてたもん。ぬえちゃんって困ったら頬をかく癖あるでしょ」

 

「……あー、なるほどね」

 

そう言ってまた頬をかいてる。

 

「ほらまた」

 

「……あー、はいはい。お前当てる気ないだろ。もういいや」

 

そのままぷいっと正面を向き直した。無性に達成感が湧き出てきた。勝った。してやられてばかりじゃない。

 

「ふふ」

 

つい笑いが漏れちゃった。それを聞いてぬえちゃんは、居心地が悪そうに舌打ちしてる。

その正体もいつか当ててやるんだから。いつか。

 

「ほら、もう門の近くだよ」

 

「……ほんとだ」

 

そんなに離れてない場所だったけど、それでもあっという間だった。

 

「ここまででいいよ」

 

「あっ」

 

そう言うと、傘を私に渡して、歩いて行ってしまう。

 

手を伸ばして一歩踏み出すけど、なにも出てこない。

せめて、別れの言葉だけでもって思ったのに、たった三文字が言えない。

 

だってぬえちゃんはあっさり行ってしまった。本当に「また」があるのか、わからなかった。

 

傘の柄をぎゅっと握ってた。さっきまでぬえちゃんが握っていた場所。

 

ざらざら。ずっと聞こえてなかった雨音が、また聞こえる。

 

ただ、歩く彼女の背中を眺めることしかできない。

でも、やっぱり、お友だちになりたい。

 

「わぷっ」

 

走って追おうとしたら、いつの間にかまたぬえちゃんが目の前に居た。

 

「私、だいたいあそこで昼寝してるから」

 

じゃあ、ってそれだけ言って今度は飛び去ってしまった。

 

「あっ、またね」

 

ぬえちゃんは振り向かなかった。でも、片手だけ上げてくれていた。

いっぱい言いたいことはあった。言えなかった。

 

ぎゅって傘を握り直した。

 

ざらざら。

 

片足で水たまりを踏んだ。

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