「・・・はぁっ。」
アルファはミツゴシの自室で書類のチェックをしながらため息を吐いた。
書類のチェックは後半分、目の前に積まれていた。
やる気が出ないのは、ここしばらくシャドウと会えていないからだ。
最後に会ったのはミドガルのバーで話したときだ。
あの時は隣に座ったとは言え、カウンター席だったし、ナンバーズのカイとオメガがいた。
別にカイとオメガがいる事は関係なかったが、二人とも初めて話すシャドウにキャッキャしていたし、
シャドウもキャッキャする二人の応対をしていた。
どこへ出してもシャドウガーデンのメンバーがいるとこれだ…。
たまには二人ソファで並んでゆっくりしたいと、そう思っていた。
更に、アルファには今悩みの種があった。
ミドガル王国、オリアナ王国や聖地のディアボロス教団は殲滅しつつあった。つまりは人間の国である。
これは人間種であるシャドウの力添えが大きかった。
だが、それ以外はどうかと問われるとほとんど進んでいない。
エルフや獣人の国は特に、ディアボロス教団が複雑に混ざっており、上層部に怪しいものがいるものの確たる証拠が掴めないでいた。
七陰の内アルファ、ベータ、ガンマ、イプシロン、イータと、5名がエルフで構成されている。
エルフの性分はアルファたちに。とシャドウに言われている節を感じ取っていた。
きな臭い動きもあるし、なんとかしなければならない。
頭を抱えていると、「失礼します!」と、定期報告から返ってきたベータがアルファへ報告をする。
「…アルファ様?お疲れですか?」
「いえ、なんでもないわ。報告ね、どうぞ。」
「・・・シャドウ様が夜剣を排除した件で、侯爵令嬢のクリスティーナ・ホープがシャドウ様との関連に気付くかもしれません。」
「・・・あの件ね。」
「それから・・・!クリスティーナとアレクシア王女とクリスティーナ邸宅でお泊まりしておりました」
「!?」
シャドウの人間関係については細かく報告するように徹底させていた。
シャドウは恋愛には無関心だとは分かってはいるが、シャドウ以外の人間についてはそうではない。
特にアレクシア・ミドガルやローズ・オリアナといった王女はシャドウの表の顔に強い関心を寄せている。
ローズ・オリアナが666番としてシャドウガーデンの傘下に加わったものの、彼女が彼に関心を寄せている事は聞いていた。
今度は侯爵令嬢クリスティーナも、と頭を抱える。
アルファはシャドウを信じていたが気が気でなかったのも確かだった。
これは愛だけでなく、恋も混ざったものだ。相手が幸せだから良い。ではない。私も、あなたに幸せにして欲しいのだから。
「分かったわ。お泊まりの件は良いとしても、勘の良いものは考えものね。彼の事だから問題ないとは思うけど」
はい。とベータは一呼吸置く。
「報告は以上なのですが…アルファ様へ、シャドウ様より依頼があります」
シャドウから!?アルファは目を見開いた。
彼から直接の依頼だなんて、何かしら。これまで同じような事はなかったのだけれど。というか先に言いなさいよ。
彼の希望に応えられていない事への叱責なのか。
目の前の冷めた紅茶に手を伸ばし、口を潤す。
「ふぅ。」
アルファが頭を回転させる。
「どうぞ、続けて。」
「…はい。3日後の夜、ミツゴシ傘下のバーのVIPルームで内密の話をとの事です。」
カイとオメガが働いているバーだ。
何を言われるのかしら。そう思いながら「分かったわ。」と返事をした。
◇
ここはミツゴシ付近の路地裏にあるバー。
シャドウ様が来るからそれなりのもてなしをするように。
そういわれカイとオメガは頭を抱えていた。
当日はアルファ様も店頭に立つそうで、個室のVIPルームを既に確保している。
中身は重厚に作ってあるが、外から見ると目立たない店舗は、中に入るとミツゴシの優秀なデザイナーがデザインしたバーである。
ミドガル王国の貴族を中心に広まり、口コミで来店客が増える。
カイとオメガだけだと従業員が足りないため、構成員も数名手配して貰っている。
しかしながら手配した構成員の美貌に更に来客が増えて来たため、ドリンクメニューを接客も兼務する二人で回すのは困難だった。
シャドウガーデンはミツゴシがあるため資産状況はこのバーがなくても成り立つので、運営時間を減らそうと画策したが、立派に運営資金を稼いでいる状態なので、調整も出来ない。
であれば単価を上げて顧客を少なくする試みをするものの、従業員に会いたいがために来る顧客が後を絶たない。
カイの目の前にいる人間の神父もそういった顧客だった。
店内のすべての顧客の飲み物を作っていては間に合わず、顧客の不満も誘ってしまうとアルファに打診した結果、陰の叡智によって予約制のバーというシステムが作られた。
従業員は顧客と時間を決めて接客し、従業員がお酒を作るというシステムだ。
シャドウ様は『きゃばくら』に近いな・・・。の様な事を言っていたとか。
ともかく、以前シャドウ様が来たお店のシステムではなくなってしまった。
「今のこのお店のシステムは、シャドウ様を満足させられる状況ではありません!」
どうしたら良いかアルファ様に相談した所、「そう、シャドウの相手は私がするから気にしなくて良いわ」と言われた。
カイもオメガもシャドウ様の接客をしたがった。
◇
当日の夜がやって来た。
カランカランと入口の音がなり、近くにいた手の空いている店員が相手をする。
客が店内に入り、入口でまたされる。
店員は急いで奥に控えていたアルファの元へ向かった。
「シ、シド様が来られました」
「…そう。分かったわ。」
従業員から小声で知らされる。既に接客についている従業員達であったが、顧客に一言謝罪をし、立って入口に頭を下げる。
アルファが入口へ向かうと、そこには黒スーツで身を包んだシドが立っていた。
堂々とした立ち振る舞い、圧倒的な存在感に鳥肌が立つ。
一度も生で見たことのない従業員はシドに目を取られる。
写真と同じだ。我らが主様である。と。
会えた喜びが顔に出ている。必死に隠そうとして隠せていないアルファが、笑顔で応対する。
「…久しいな。」
低い声が店内をこだまする。
「お久しぶりね。ようこそいらっしゃい、待っていたわ。こちらへ」
「ふむ」
お互い名前を呼ばないのは暗黙のルールなのか。
2人を見ていた客も、誰なのか、どこの貴族なのか特定出来ずにいた。
まーまー、もう一杯飲まれますか?なんて声も聞こえてくる。
シドはカウンターを一瞥し、何もなかったかの様にアルファの後ろを歩きVIP席へ歩いていった。
◆
「ここよ。」
通されたのは重厚なテーブルとソファ。
そしてグラスと不思議なボトルに入ったワインが飾られていた。
シドは当然の様に一番奥にある二人掛けソファへ腰かける。
「良い場所だ。アルファ、隣に来い。」
「…!ふふふ。待っていてね。今飲み物を持って行くから。」
アルファはシドの傍に腰を降ろし、赤ワインを二つ分グラスに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ぐいと一口飲むシャドウ。
そんなシャドウをアルファは眩しそうに眺める。
「綺麗なドレスを着ているな」
えぇ、ありがとう。とアルファは口にし、同じくワインを一口飲む。
今日のためにマッサージを行い、最高のプロポーションになるよう調整した。化粧も時間をかけて行ったのだ。進展させないと…
「ふむ。」
そんなアルファの思惑に気付いたわけではないだろう。
シャドウがコトっと物音を立て、ワイングラスを目の前のテーブルに置く。
「先に済ませておこう。カウンターに座っていた人間の神父。アレを調べろ。アレはエルフだ」
「っ!!」
アルファの目が見開かれる。
「カイ。と言ったな。恐らくアレはカイを知っている。おそらく我々の事を探っている」
「…まさか…さっきの一瞬で、そこまで!?」
「…あぁ…」
「…ちょ、ちょっと待っていて、今指示を出すわ」
アルファはVIP席を出てカイに指示をする。
騒ぎ立てなくても良い。相手はバレてはいないと思っているのだ。
更にこのお店は常連のみ。情報はすぐに見つかるだろう。
まさか、あのヒューマンが、エルフだったなんて…おそらくディアボロス教団の手のモノだろう。
七陰では掴むことの出来なかったエルフの教団関係者を、シャドウは掴まえたのだ。
しかもこんな身近まで来ていたとは。
カイがボロを出すとは思わないが、シャドウガーデンの事が知られてしまう懸念もあった。
───シャドウはこの事を前から知っていたが、未だに動かないアルファを見かねて今日、動いたのだ。
ややあって、アルファが部屋へ戻ってくる。シャドウと距離が近いのは、さっきワインを飲んだからだろうか。それとも、申し訳なさからだろうか。
「・・・もういいのか?」
「ええ。ありがとう。シャドウ…。それで、それを知らせるために来てくれたの?」
「そうでもあるが、アルファの顔を見ておきたかったし」
シドがアルファの視線に気づき、目線を合わせる。
それと・・・。と言いポケットから何かを出した。
それは白い花だった。名前は、確か睡蓮といったか。
だが、これは睡蓮のように見えて睡蓮ではない。エルフの地に伝わる。人の生死に纏わる花だった。
「こんなものどこで?」
「とうぞく…いや、散歩している時に見つけたんだ。ブローチの様になっていて、アルファに似合うと思ったからさ」
「ふふふ、ありがとう。」
アルファはシドの腕をつかみ、自身の腰に回した。
「こういった場所は、相手方の腰に手を回すものだそうよ」
「それセクハラじゃん。まあ良いけど」
アルファはシドとのひと時に身を委ねた。二人の間に言葉は要らなかった。
「口付けしても良いかしら?」
「ダメだよ」
「普通逆なのに、貴方が言ってくれないからよ」
「また次の機会にね」
断られなかったという事実がアルファの身体を熱くした。
───シドはそこから少しゆっくりして帰って行った。
話すのはたわいもない話だったかもしれない。ベータがねー。デルタがさー。と、七陰の愚痴が大半だった。
だが、さりげなくシャドウの愚痴を入れるのも忘れない。
「はっきりしない人は嫌いよ」
「嫌いな人がいるの?」
「そう。私はその人をいつも待っているのに、いつも来てくれないの」
「それはやだねー。」
「嫌よ。待つだけの女なんて」
そういえば待つ。で思い出したんだけどさー。アレクシアがー。
と話を変えられる。
だが、良いのだ。話したい事を話す。
いくら話していても足りない。聞いて欲しいことが沢山ある。
全ては話せなくても、今この時間だけは。二人だけの時間なのだから。
誰からも遮られない二人だけの話題を。アルファは堪能した。
しばらくして、シャドウは帰って行った。
送る時に楽しそうな雰囲気を纏って、「またね…!」とおずおずとシャドウに手を振るアルファを目にしたシャドウガーデンの構成員は、年下の絶対に逆らえない存在を一目見て、いつも自分が知っている存在ではないと思った。
だが、同じく一目見て、どんな存在なのかは分かった。
アレは、恋をする乙女だと。
彼女の胸には花のブローチが飾られていた。
───花は彼女の笑顔と同じように咲き誇っていた。