〇プロローグ
アレクシア・ミドガルはオリアナ王国へ向かう馬車の中にいた。
ローズ・オリアナから音楽のコンサートに誘われたからだ。
「もうちょっと急げないかしら?ポチ」
馬車を引いているのはシド・カゲノー。男爵家の長男だった。
彼も私も去年、ミドガル魔剣士学園を卒業した。
上層部しか知らない事だが、社会を裏で牛耳っていたディアボロス教団がシャドウガーデンに討伐され、社会は大きくシャドウガーデンに傾いた。
聖教はシャドウガーデンと結託し第二の経典を発表。
オリアナ王国の女王も、ミドガル王国の国王もシャドウガーデンと今後の打ち合わせを行い、社会を平定していく運びとなった。
世間的に秘されていた悪魔付きが出次第、シャドウガーデンへ報告、治療をして貰えることになるが、悪魔付きは今では祝福の恩寵として語られ始めている。
聖教が大きな要因だった。聖教が悪魔付きの正体を明かしたのだ。
今では名前の異なる症状として呼ばれていた。
悪魔付きになったものは、シャドウガーデンで治療され、そのままシャドウガーデンの席に着くことになる。
シャドウガーデンに所属する事は、各国に対して強権を発動する権利を持つ。
さらに自由な働き方が許されており、現代最大の栄誉とされた。
女王や国王は、シャドウガーデンのリーダーと面識はあるものの、盟主シャドウとは会ったことがないと語っていた。
シャドウは既に物語の中の伝説の人間だった。
しかしアレクシアは明確に語る事が出来る。シャドウはいると。
「急いでるけど、これ以上は無理かな」
シド・カゲノーが答える。
彼は学校を卒業後は騎士団へ入団した。
姉のクレアと同じく、紅の騎士団ではない普通の騎士団ではあるものの、ミドガル王国の騎士となった。
騎士となったものの配属自体はアレクサンドリアという別の場所であった。
今日はアレクシアが強権を使い、シド・カゲノー1人を護衛に付けオリアナ公国へ向かっている。
「アレクサンドリアでの業務はどう?」
「ん~、まぁまぁかな。」
「そんな適当で良いのかしら?私はあなたの上司の上司のそれまた上司よ。ちゃんと報告しなさいよ」
「派遣先にも言われてるんだけど守秘義務があるからね。ミドガルの騎士だろうと、言えない事はいえないよ」
でも。とシドは続ける。
「アレクサンドリアの住人は少ないけど、自力があるし恵まれた土地。ひどい事になる前に盾になるよ」
そう。とアレクシアは言う。
「私も一度アレクサンドリアへ行ってみたいものね。シャドウと話してみたいわ」
「機会があればねー。」
ディアボロス教団全滅の知らせを受けた後、シャドウガーデンのアルファがミドガル王国を訪ね、国王と何か話していったのを覚えている。
シャドウガーデンのリーダーのアルファ。彼女は国賓として招かれたが拒否し、二人の侍女を連れてやってきた。
たまたま警護に当たっていたシド・カゲノーを指差し、「彼を当領地の護衛に派遣する」様言明したのだった。
アルファと父様が何を詳しく話したのかは聞けなかったが、大方ディアボロス教団へ捧げていた年貢の件だろう。
シャドウガーデンへも同額の貢物を配布する手はずになっていたはずだ。
もしディアボロス教団の残党がミドガル王国へ口を出してくる可能性もあったが、シャドウガーデンに守ってもらわなくてはならない。
そのための支出であり、税金の使用用途だった。
「今日はシャドウ様はいらっしゃらないんでしょうか?」
言ったのはアイリスかアレクシアか。
アレクシアと目線を交わしたアルファが答える。
「我が盟主がこういった場に参加する事はありません。彼と会う事もないでしょう。言伝や要望は私を通してください」
「一目だけでもあって御礼を言いたいのですが」
アイリスが粘る。アイリスは一時期ディアボロス教団の洗脳にかかっていた時期があった。
それを直したのがシャドウだったのだ。
「彼と会って話せるのはシャドウガーデンのメンバーのみとなっております。ミドガル王、アイリス王女。申し訳ないけれど、話したいのなら悪魔付きを発症してシャドウガーデンの入るしかないわ」
上下関係が分かる様後半を砕けた様に話すアルファ。ここまで言われたら引き下がるしかない。
「我々ミドガル王国はシャドウガーデンに積極的に協力する意向だ」
ミドガル王はアルファとの打ち合わせの後にそう漏らした。
ディアボロス教団がいた時から察してはいたが、この世界は度々別の世界から攻撃を受ける。
オリアナ王国のラグナロクや、魔物の発生もそうだった。理不尽な死は減らさなくてはならない。
ディアボロス教団が無くなったとはいえ、未だに魔物の襲撃はあるし、各国の争いはあるのだ。魔剣士を輩出する我が国も、シャドウガーデン程強者ではなくとも強くならなくてはいけない。
シャドウガーデンの事を思い出しながらアレクシアは逡巡する。
「泊まる場所は決まっているのかしら?」
「オリアナ王国に新しくオープンしたリゾートホテルだそうだよ、僕が案内出来るから安心して。」
「ポチも同じ部屋に泊まるの?」
「まさか、別の部屋だけど、ちゃんと護衛するから大丈夫だよ」
「ポチが守ってくれるのなら安心ね」
「はいはい」
「はいは一回でしょ!!!」
全く。とアレクシアが漏らす。
オリアナ王国へ到着したアレクシアは変貌ぶりに驚いた。
「紅の騎士団の護衛と合流してから、王宮へ挨拶するからね」
シドはアレクシアにそういい、王宮の方へ馬車を走らせる。
地面はレンガで舗装されており、店舗が所狭しと並んでいると思いきや、お店にも興味が出てくる。
市街中心部に行くとミツゴシのデパートが見えてくるが、行列が出来ていた。
◆
「シド!無事に着いたのね!(王女に何か変な事はされなかった?)」
「き!こ!え!て!ま!す!よ!クレアさん?」
「なによ!別に良いじゃない」
クレアとアレクシアが言い合っている。
ブラコン!なによ!シドを守るのは当然の事よ!
などと聞こえてくる。
2人をその場に残し、シドは馬を馬房に連れて行った。
さて、どう転ぶかな~。
シドは馬をつなぎながら呟く。
これからアレクシアに正体を明かさなくてはならない。
馬をつなぎ、王宮を見据え、気合いだ。とやる気のない目で呟いた。
〇明かされる真実
「アレクシア王女には真実を教えるべきだと思うの」
アルファはシドにそういった。
ミドガル王国へ挨拶を言ってから、アルファとアレクシアは仲良くなっていた。
アレクシアがアルファへの態度を軟化したせいなのかもしれないし、ミドガル王国がシャドウガーデンの傘下に入ったからかもしれない。
このシゴデキエルフは優しいのだ。
「例の作戦のためか?」
シャドウはそう返答する。
流石ね、もう分かったのかしら。アルファは呟く。
「666番、ローズ・オリアナから言って貰うわ。同盟国なんだもの。同じ立場の人間に伝えて貰えば角は立たないでしょう」
「漏れる心配は...ない...か。」
漏れたところで信じる人間が何人いるか。
シドはミドガル王国からアレクサンドリアへ派遣されているという名目はあるが、
厳密にいうとシャドウガーデンが表側を保護しつつ、シャドウ自体は様々な場所へ顔を出していた。
アレクサンドリアへ戻ってくることも1週間に一度と言った所だ。
「水の中に垂らした一滴の血が、どのように変革をもたらすのか。楽しみだ」
シドはそういった。おうにょのアフターフォローも任せないと。
「報告は以上なのだけれど、今日はゆっくり出来るの?」
アルファはそう言い、ワインを取り出した。
◆
そんな事があったからか、シドはアレクシアの護衛につきながら、ローズを見る。
「アレクシア王女、良くいらしてくれましたね」
「ローズ女王こそご無沙汰しております。」
もう復興はほとんど終わってるんですね。とアレクシアは言葉を続ける。
シドに熱い視線を飛ばしたことはアレクシアにはバレていた。
しかし皆の目があるためアレクシアは気付かない振りをする。
人払いを済ませ、二人は個室へと入っていく。
ローズ王女の侍女が3人もシドに熱い視線を飛ばしたのは気に入らなかったが。
「コンサートは明日の夜なのですが、それまでに仕事の打ち合わせと行きましょうか」
国交の話を行って行く。
オリアナ王国は小さな国だが、今はミツゴシの資本が入った事業展開が盛んで、リゾート地の開発を行っている。
今日泊まるリゾートホテルだってそうだ。
そのため、ミドガルとオリアナを結ぶ国道の整備、汽車の作成等、話すことは沢山ある。
アレクシアは国王からの決裁を得ている項目を、ローズの質問に照らし合わせて回答していく。
「ありがとうございました。これである程度の打ち合わせは終わりですね。」
オリアナ王国の出費が多かったように思うが、アレクシアも満足して帰国出来るだろう。
これで終わりか。と思いきや、ローズが侍女に話す
「紅茶を入れなおしてくれる?それと、シドさ...護衛の方と、お二人は席を外してください」
アレクシアは頭にハテナが並んでいた。このタイミングで内密の話をするのか?
「「かしこまりました。」」
「アレクシア、僕入口にいるからね。」
見知った顔がほとんどだからかシドの口ぶりも砕けていた。
◆
「ローズ先輩は、シャドウガーデンに入ったんですよね」
アレクシアはローズに剣で負けたことがある。ミドガル王国の地下で戦った後の事だ。
「ベー、いや、、ナツメ先生と3人で仲を誓い合った事を、反故してしまった事について申し訳なく思っております」
「昔の事ね。3年前かしら。それから世の中も大きく変わっていったわね」
「表面上は大きくは変わりませんけどね。」
「それで、私に内密の話があるのよね。人払いもして」
「はい。ええと、アレクシアさんはシドさ..シド君の事をどう思いますか?」
聞かれたことが分からなかった。シド・カゲノーに好意がある事は認めても良い。
が、彼自身の事を考えるとあまりにも世間に対して達観しすぎている様子がある。
魔剣士学園にいた時もパッとしない人間だったし、流れで騎士団に入ったのは良かったが、結局アレクシアやクレアのコネも使わずに誰でも入れる騎士団の等級だった。
そんな中王族の護衛に入れたのはアレクシアの強権を発動したからで、
同僚からやっかみも受けたと聞いているが、世間に無感情な彼には、同僚もそれ以上深入りはしなかったと聞いている。
直属の上官から話を聞いても、良くもなく悪くもないという評価だった。
「そうね。どう、と聞かれても困るのだけど、学園からの腐れ縁もあるし、ほっとけない相手。。」
アレクシアは咳払いをし、続ける。
「爵位を上げて、私と結婚する事も考えてますが、シドが私に好意的でないなら考え直さなくてはならないと、悩んでます」
なるほど。とローズは口にする。
「私も彼と結婚をしたいんです。オリアナ王国の爵位を差し上げても良いかとも思いますが、彼の選択肢を狭めてしまう可能性があるので、二の足を踏んでいる状態です。」
ん?とアレクシアは思う。
「あ、あの、ローズ先輩はシド・カゲノーくんの事が好きなんですか?」
紅茶に口を運ぶローズが微笑み言った。
「はい、お慕い申しております。」
天使かと思った。
「えっと。なぜ?」
噂では聞いていたが、アレクシアにはそこまで固執する意味が分からなかった。
ブシン祭で戦って以来、二人に面識はなかったはずだ。
その後はオリアナ王国のゴタゴタは、シャドウが仲介し解決したと聞いていた。
しばらく考えていると、ローズが口を開く。
「気付きませんか?」
アレクシアは考えてみるものの、気付きそうもなかった。
「では、もう一言だけ、私はシャドウガーデンの幹部に許可を貰っております。アレクシアさんに気付かせる許可を」
軽やかな口ぶりとは裏腹に、アレクシアの心臓は高鳴っていた。
ローズ・オリアナはミドガル王国で事件を起こした。背後にはディアボロス教団とシャドウガーデンがいた。
ドエム・ケツハットはディアボロス教団側だったのだろう。ゼノン先生の件から推測が出来る。
彼らは王族の血を求めているから。
そうなると、ローズ先輩を救ったのはシャドウガーデンだったことになる。
現に彼女はシャドウから力を貰い、アレクシアを圧倒して見せた。ゼノン先生の時はシャドウが出てきた。
ディアボロス教団は陰に潜んでいるため表には滅多に顔を出さないが、シャドウは何かしらのきっかけを掴み、ゼノン先生を討伐する事に成功する。
シャドウはどのようにきっかけを掴んだのか。
アレクシアはあの事件で死ななかったものの、ゼノンを表に出すことに成功した。
まさに撒き餌だった。
撒き餌に魚が食いつくのは近くで見た方が良いに決まっている。
アレクシアの中で、1人の人物がシャドウと重なっていく。
「アレクシア様、貰ったのは気付かせる許可だけです。私はシャドウガーデンの末端構成員。意図は聞かされておりません。」
紅茶を一口飲み、ローズは続けた。
「推測ですが、あなたはガーデンにとっても大事な存在なのです。英雄の子孫。だからこそ、知っておくべきことがある」
「まさか…ポ…いや…彼が…?」
今度はアレクシアが話す番だ。こういった話は得意だ。明確に答えを言ってはならない。
「シャドウガーデンのトップとは私は面識があるわ。アルファへは同盟国としてシャドウガーデンへ支援をしているし、悪魔付きが出たら報告もしている」
「オリアナも同じです」
「シャドウがどの立場なのか疑問に思っていたのだけれど、彼はシャドウガーデンの所有者なのね。」
「はい」
「その、彼はローズ先輩が好きで好きでたまらない人なのよね」
「好き、というよりはお慕いしていると申したと思うのですが」
「彼、シャドウガーデンは何をするつもりかしら」
「シャドウガーデンは、陰に潜み陰を刈るもの達。ディアボロス教団を滅ぼした後も前も、盗賊刈を行ってました。この前はオリアナに
降り立った魔王ラグナロクを討伐しました。」
「そう、社会の防衛機能そのものね。」
アレクシアは思案を巡らせた。
「そして、シャドウガーデンの幹部からローズ先輩が受けた指示は『気付かせる』だけなのかしら」
「はい」
「分かったわ」
ライバルが一気に多くなったわね。
アレクシアはそう呟く。
「シャドウ様の選択は全てに優先される」
急にローズの声が響く様に感じられた。
「我が主が何を願っているか、その深謀遠慮は私では見通せません。ですが彼の行う事は最上の結果となる。」
アレクシアは人が変わったかのようなローズに圧倒される。
「我々に許されるのは主の思慮の一部分。ですが、彼の指示を受けて動く時こそ、最上の幸福で満たされる」
そうね。とアレクシアは口にする。
ドアがノックされる。
「時間だわ」
防音が施された部屋のため声は聞こえない。
ローズはドアを開け、侍女から言付けを受ける。
「次の訪問者が参られました。」
「じゃあアレクシア様、明日のコンサートを楽しみにしていてくださいね。」
ええ。と言い、アレクシアは部屋を後にする。
◆
ドアの前で待機していたシドは、アレクシアの後ろに付き従ってくる。
「長かったね。何を話していたの?」そう聞かれそうなものだが、シドは何も聞いてこなかった。
ローズがシドに礼をしているのが見えた。
リゾートホテルに行くまで、二人とも話さなかったが、先に口を開いたのはシドだった。
「疲れてる顔している?」
「あなたのせいよ」
僕の?まさか。とシドは返答する。
「ねえ、隣に来てくれないかしら?」
「馬車を操縦する人がいなくなっちゃうから無理だよ」
「ケチね。あなたはいつも」大事なことは直接言ってくれないで。はぐらかして。
「いつも?」
「なんでもないわ」
「…明日の午後、有給貰っても良いかな?」
「良いわよ。そんなの許可取る必要ないでしょ?」
「やったー」
「…なにするの?」
「我が国が買った船があるよね。ミドガルに」
ミツゴシから買った船だ。
「あるけど?」
「借りれるかな。クルージングしない?」
「私と二人で?」
「うん」
頬が赤くなる。シドからアレクシアを誘うなんて初めての事だ。
「分かったわ。私の名前を使って良いわ。」
「ありがとう。コンサートには間に合わせるから」
太客に接待もしないといけないしね。
ボソっとシドは言った。
「ああ、後、護衛の一環って事にしといてくれない?」
アレクシアはジトっとシドを見る。
「分かったわ。」
「え、断られると思ったのに。」
「良いのよ。あなたのする事は」
全て優先されるのだから。
アレクシアのシドを見る眼差しの変化を、シドは気付かなかった。いや、気付かない振りをした。
〇ダークホース現る
シドは本当の意味で陰の実力者になったと思っていなかった。
まぁ本当の意味など曖昧なものだったのだが、満足していなかった。
確かに幼少期にアルファに聞かせたディアボロス教団は殲滅したかもしれない。
しかし、バイオレットさんや前世に行った経験から、ディアボロス教団自体は悪ではないと思ったからだ。
シドは可哀そうな人には手を出さないが、明確に悪意を向けて来る人間に対しては容赦はしなかった。
悪意のない世界を作りたいと、そんな大それたことは考えないが、それでもアルファ達のような理不尽な死はあってはならないものだと思っていた。
日本にベータと行った時も思ったが、この世界には明確な敵が存在する。
ラグナロクを倒してそう思ったし、ああいった強敵が他にもいるのでれば、全てを倒さなければ陰の実力者とはいえないのではないかと、そう思っていた。
ディアボロス教団の幹部を殲滅した後、各国の混乱が増える中で、今まで後ろ盾であった教団の代わりを務めたのはシャドウガーデンだった。
異世界からこの世界を守るという一点の役割のみで可決した責務だった。
シャドウガーデンはディアボロス教団の様に、国を裏で牛耳るような事はしなかったし、みだりに権力を振ったりしなかった。
各国にいるシャドウガーデンの構成員が一般市民に扮し、情報を集め、理不尽には真っ向から歯向かうような存在だった。
シャドウガーデンの一言を出せば、末端の構成員であっても王族に物を申し、税や犯罪といった分野まで変革する事が出来た。
彼女らはみだりに権力を使ったりしない。
だからこそ、弱者を助け、強者を挫く事が出来た。
社会を陰から守っている彼女らが強権を使わないから、各国の上層部は強権を行使する事は出来なかった。
彼女らはトランプのジョーカーとなっていたのだ。
◆
「今後の事について一度話しておきたいの。一度会議に参加してくれないかしら」
アルファにそう言われ、シドはミツゴシの会議室に来ていた。
一先ずアルファ達を脅かした存在、悪魔付きを発症し、放置していた盗賊たちの排除は完了した。
陰の実力者ムーブを行っていたシドだったが、自身が助けた七陰達を救い、彼女たちを排除しようとしていたもの達を殲滅したことは事実だった。
今後はどのように活動をするのか。その意見を聞きたいとの事だった。
「貴方は未来ばかり見ているけれど、私たちに節目が来たの。一緒に考えてくれない?」
「いいだろう」
そう言って会議に参加する。
シャドウガーデン始まって以来の緊張が走る会議室。
七陰は座り、ナンバーズが後ろに立つ。灯りはロウソクのみ。なるほど陰の実力者の幹部に相応しい会議室だ。
シドはそう思った。
「シャドウ様がいらっしゃいました。」
七陰が部屋に揃い、ドアが開けられる。全員が拝礼の構えを取る中、上座にシドが座る。
「では会議を始めてくれ」
シドがそう言い、ベータから報告を始めていく。
会議の内容は各国のシャドウガーデンへの反応がほとんどだった。
それにしてもオリアナ王国への援助については見積もりがあまい。構成員だからしょうがないが、
通常の10分の1も請求していないような気がする。
七陰の報告に対し、アルファは回答を行って行く。声が弾んでいるが気のせいだろう。
全員の報告を終えた後にアルファが口にする。
「最後は私の番ね。ニュー。アレを」
アルファが指示を行い、七陰全員に紅茶を配っていく。
各員の前に一枚の紙が出された。
「今後のシャドウガーデン全体の動きに対して、シャドウに決裁を仰いでいくわ」
今までになかった動きだ。全体の緊張が伝わってくる。
「七陰以外は外にいなさい」
「はっ!」
音もなく後ろに控えていたナンバーズが消えていく。
「ふむ」
シャドウはレジュメを見て口にする。
皆次の言葉を待っている様だった。
「上手くまとめられているな。流石アルファだ」
「ありがとう、私なりに考えてみたの」
「この項目の中に、アルファ以外の考えのあるものはいるか?」
シドの問いにアルファ以外の七陰全員が手を上げる。
「全員か」
「迷惑だったかしら」
「いや、良い。」
シドは笑みを保ったまま次の事を言う。
「この子作りの項目以外は許可しよう。」
「あなたの婚約者の項目はオーケーなのかしら」
「うむ。」
ガッツボーズをするアルファ。
「それで、他に何か聞きたい事は?各項目担当がいると思う。プロジェクトとして発足し、我に報告させろ」
「その件なのですが、一つお伺いしたい事があります」
手をあげたのはベータだった。
「申してみよ」
では。と息を吸い込みベータは続ける。
「各プロジェクトを速やかに行うために、シャドウ様の存在をシド様と結びつける必要があるかと思われます」
ふむ。とシャドウは思った。
レジュメに書かれた今後のシャドウガーデンの活動は、シドとして行うには難しい項目が多かった。
例えば、聖教の聖女のコンサートへの参加。等がそうだ。
貧乏男爵家がおいそれと参加出来るものでない。
別に参加をするだけなら身分を隠して参加をすれば良いのだが。
「で、あれば、我は魔剣士学園を卒業後は騎士団になろう。アレクシアに正体をさりげなく気付かせ、世間的には王女に協力を求める形で我を護衛として紛れ込ませるのだ」
身分の格差で参加が難しいなら、虎の威を借りれば良い。
皆の息を呑む音が聞こえる。
「アレクシア・ミドガル…ぐぬぬぬぬ」
「シャドウ。分かったわ。その件については後日報告する」
「分かった。では終わりだな。」
シドの一言で会議が終了する。
「皆、ここまで良く頑張ってくれた。引き続きよろしく頼む。」
シドはそういって会議室を後にした。
全員がはっとなり、会議室にはすすり泣く音だけが残った。
◆
後日、イプシロンの報告を受け、聖教にいたウィクトーリアは口角を上げる。
「シャドウ様と結婚するのはこの私…」
彼女の部屋にはシドの写真が飾ってあった。
〇正妻戦争勃発
シャドウへの告白は抜け駆けしてはいけない。
シャドウガーデンの暗黙の了解だった。
何名か感極まって告白をしてしまった人間がいたが、生粋の鈍いメンズだったシドは気付かず、更に告白したものはシャドウガーデンの幹部の元へ連れられ謹慎処分となる。
これには例外はなかった。
しかし、ガーデンの今後の事を考えると、シャドウの子供に引き継がせることも考えなければならない。
シャドウは長生きするだろうが永遠ではないのだ。
そのため、シャドウを狙うものは、明確にアプローチをせずに、シャドウに気に入られ、彼に選んでもらわなくてはならない。
彼に選んでもらうためにアルファは暗躍していた。
既にディアボロス教団を殲滅した事も相まって、秘する存在ではなくなったのだ。
だが、シドと結婚する事については世間に公表出来る間柄ではない。
なぜ貧乏男爵家の長男が、ミドガル王国の騎士団の末端構成員がシャドウガーデンのリーダーと結婚するのか。
アルファは密かにカゲノー領の村娘としての潜入を考えていた。だがシャドウガーデンのリーダーという本職がある。
更に、アルファの容姿を見て、シドは
「アルファは綺麗すぎて目立つから、一緒に歩きたくないかな」
と漏らしていたのを聞いていた。
目の前が真っ暗になった気がした。
どうすれば良いのか。
否、彼に選んでもらえば良いだけなのだ。
それ以外は言い訳にしかならない。
「さて、どうしましょう…うかうかしていたらかの王女に越されてしまうかも」
プロジェクトのためとは言え、アレクシアは彼と一緒にいる事が多い。
ウィクトーリアも何か勝負をかけるつもりみたいだし…
アルファは水を飲みそう思った。「共同戦線を張るべきね。」
抜け駆けは許さないわ。そう思い、アルファはコンサートへの参加を決めた。
◆
シドは護衛の任務につき、アレクシアとコンサート会場へ来ていた。
午前中はアレクシアの護衛任務の報告を騎士団と済ませ、午後はクルージングを楽しんだ。
夕食を済ませた後はコンサートだった。
「護衛と私の2枚あるから大丈夫よ」
アレクシアにそう言われ、会場に入る。
今日は最近世間で噂になっていた聖女ウィクトーリアのヴァイオリンコンサートだった。
ディアボロス教団を殲滅させた後のプロジェクトの一つに、
構成員の活動に顔を出すというものがあり、その一環だった。
「あの、腕を組まなくても良いと思うんだけど」
「べ、別にいいでしょ?」それとも手をつないでくれるの?
とアレクシアはシドに返す。
護衛も兼ねているからね。とシドは言い、会場の入り口でドリンクを購入し、指定された席に行くと、見知った顔がいた。
◆
「あら、アレクシア王女、来ていたのね」
「アルファ..様、こんな所でお会いするなんて、珍しいですわね。」
「公式な場ではないのよ、敬語は不要よ」
「あら、そう。じゃあアルファさん、護衛は付けてないの?」
「どこかで見張っているんじゃないかしら」
腕に絡みつくアレクシアと、話しかけるアルファ、シドはめんどうくさそうなことになりそうだなーと思った。
「アレクシア、僕は護衛だし、こっちの席に座るよ」
アルファとの間にシドは座ると、アルファがシドに近寄ってくる。
「初めましてね、私はアルファ。あなたも聖女が気になって来たの?」
「初めまして、シド・カゲノーです。いえ、今日は王女様の護衛任務で来ました」
「あら、そう。聖女には興味はないという事ね。興味のある女性はいるのかしら」
なんか話が急に飛躍してきた。
「アルファさん、うちの護衛に変な事を聞かないでくださらない?」
「ごめんなさい、でもアレクシアも気にならない?」
そうね。と呟きアレクシアは口にする。
「ポチ、答えても良いわよ」
シドは戦慄する。
「え~。貧乏男爵家に選択肢なんてないよ」
「じゃあ、もし選択肢があるとすれば誰を選ぶの?」
アレクシアは逃がさない。絶対こいつら共同戦線を張ってる。
「そうだなぁ…」
シドは次の言葉を口にした。
「僕が好きなのは小さな事でも良い、自分の好きなものに一生懸命になって、誇っている人。それを見せてくれて、感動させてくれる人。かな」
「…なによそれ、人物名じゃないじゃない」
だけど、そっか。私ね。アレクシアはそう思った。
同時に、アルファも同じことを思った。
アレクシアは自分の剣を大事にしていたし、アルファはシャドウガーデンの皆を大事にし、誇っていた。
両方共シドが起源となっている。二人とも目の前の少年に救われたのだ。
「じゃ、じゃあ、王女様と、この私だったらどちらを選ぶのかしら?」
アルファの質問に、唾を飲み込む音が聞こえる。
「そ、そうよ!アルファさんと私なら?当然あなたは私の騎士なのだから、答えは分かっているようなものだけど」
アルファもアレクシアも次の言葉を待っている。
シドは微笑み、言った。
「じゃあコンサートの最中に答えてあげるね」
コンサートが始まった。
◆
ウィクトーリアは混乱していた。
今日は主様がいらっしゃると聞いていた。
聖女として言葉で信者を説得していた過去の聖教と今とでは状況が変わっていた。
新しい経典は解釈をすべきではないという教えがあったからだ。なので言葉で感動させるのではなく、音楽で感動させるようにしていった。
そのため聖教の信者達は歌や楽器を覚えた。その中で聖女はヴァイオリンを覚えた。
舞台に立ちヴァイオリンを構える前に主様のお姿を拝見する。
なんと彼の左にはアルファ様が、右にはアレクシアがいた。しかも二人とも腕を絡ませている。
なんという状態。平常心を保たなくてはならない。
ウィクトーリアは一呼吸した後、ヴァイオリンを構える。
◆
「アルファを選ぶよ。でもこれは内緒ね」
耳元でそう聞こえ、アルファは顔を赤らめ、腕を引く力が強くなる。
ややあって、反対側も強く引かれるような気がしたが、アルファは気のせいだったと思う事にした。
〇ウィクトーリアの抜け駆け
聖女のコンサートは盛大な拍手で締めくくられた。
主様に私の想いは伝わっただろうか。
コンサートが終わり、聖女の部屋には一言話したい観客が押し寄せていた。
感動しました!すごく良かったです!
ありがとうございます。是非また来てください。
とやり取りする。花束を持ってくる老夫婦、綺麗なドレスに身を包む夫婦等。列をなしていた。
ウィクトーリアは夜遅くまで観客の対応に追われた。
別室で666番、ローズ女王が待っているはずだ。
今夜はオリアナ王国に招かれたコンサートという事になっている。
オリアナ王国と聖教、両方に疑念を抱いているものが襲撃をする可能性もあったが、杞憂に終わったようだ。
もしかしたらシャドウガーデンのメンバーが秘密裏に活動していたのかもしれない。
そんな事を考えながら後片付けをする。
ドレスを着替え、私服になろうとすると、側近だった侍女が耳打ちする。
「なにか?」
「ドレス姿のまま来てくれと、その王女様が」
側近の侍女はシャドウガーデンの構成員なため、666番とウィクトーリアの関係は知っていた。
666番がウィクトーリアに指示を出せるはずがない。
ナンバーズか七陰様の指示だろう。
ウィクトーリアはそう思った。シャドウ様は帰ってしまったのだろうか。一言だけでも話せたら良かったのだが。
◆
「素晴らしい演奏でした。お誘い頂いてありがとう」
ローズ女王が待っている部屋に入ると、アレクシアがいた。
ローズの背にいたメイドの665番、664番が紅茶を運んでくる。
「ローズ女王、アレクシア様にご挨拶頂けるとは、光栄にございます。」
ウィクトーリアはそういって紅茶に口を運ぶ。
アレクシアもいるため態度には気を配るものの、ローズもアレクシアも恋敵だ。
ウィクトーリアはこのシャドウ様の正妻戦争には勝つ気でいた。
今日はシャドウ様の事を想い、精一杯演奏したのだが、伝わっただろうか。
ヒトカケラだけでも伝わってくれたら良いなとそう思っていた。
だからこそ、今この場にシド様がいないことだけが気にかかった。
彼はミドガル王国で騎士をしているし、先程までコンサート会場に来ていた。
ええいと考えるのを辞め、ウィクトーリアは聞いてみる事にした。
「そういえば、アレクシア様の護衛の方はどちらに?」
何も気にしていない風を装い質問する。
「私の護衛は会場にいるわ。」
「会場に?」
「ええ。」
にこやかに答えるアレクシア。
こほん。と咳払いをすると、続ける。
「聖女様の演奏が素晴らしくて、アンコールしても良いかしら?」
当然、追加報酬は払うわ。と。
何を言っているんだと思った。既に観客は退店しているし、コンサートホールは閉じている。
「会場は国の運営だから、まだ使えますよ」
ローズが助け船を出す。一通り考えたウィクトーリアは
「では、一曲だけ」と返答するのだった。
◆
コンサート会場に戻ると、ピアノが一台置かれていた。
ウィクトーリアはピアノの横に立ち、目の前を見る。
ホールの観客席の真ん前にはローズとアレクシアが座っていた。
何を演奏しようか。そう思案を巡らせていると、急に拍手の音が聞こえて来た。
アレクシアとローズからだった。
舞台の裾から、シドがゆっくりと登場する。
演奏者用のスーツを着こなし、堂々と歩く姿に、ウィクトーリアは目を奪われた。
頭の中が真っ白になったウィクトーリアの手をつなぎ、シドが礼をする。
合わせてウィクトーリアも礼をする。
二人で演奏する曲なんて決まっている。
月光だ。
シドのピアノから演奏が始まる。
ウィクトーリアが合わせていく。
うっとりと聞きほれるアレクシアとローズが見える。
何も考えられないウィクトーリアは必死に曲を合わせていく。
しかし、度々速度がゆっくりになるピアノの伴奏に合わせ、想いが乗っていく。
ーーーそうか。これは、私のためのアンコールか。
ウィクトーリアはそう思った。
何度もシドに目線を飛ばし、何度かに一度目が合う。
目が合うという事がウィクトーリアにとっては最上の幸せだった。
やがて佳境を迎え、演奏が終了する。
たった二人の拍手だったが、ウィクトーリアは満足だった。
幸福に包まれ、シドと演奏終了の礼をする。
ふぅ。とシドは息を整えたかと思うと、言った。
「ウィクトーリアちゃん。良い演奏だった。僕感動しちゃ…」
「シド様、私と結婚してください」
周囲の空気が凍った。
「ええっと、ちょっと、その。良い演奏だったよ、僕感動しちゃって。君と一緒に演奏したいなと思って、ローズ女王に頼んだんだ…け…ど…。」
「…っ!!」
シドが話している途中で、ウィクトーリアはシドに抱き着いていた。
ヴァイオリンは既にスライムによって収納されていた。
「もう、どうなっても良いのです…あなた様がいれば…。」
ウィクトーリアはうっとりし、シドに口付けしようとする。
「それまでよ」
アルファであった。
はっと腕を解き、もじもじし出すウィクトーリア。
「抜け駆けは禁止と言ったでしょう」
「いえ、で、でも!」
はあと息を吐くアルファ。
「でもまぁ、そうね。シャドウ、あなたも鈍いままではダメ。そろそろ誰かを選んで貰わないと」
「ふ…む。」
「プロジェクトも進まない。プロジェクトを進めてよいと言ったのは貴方じゃないの」
私も報われたい。とつぶやくアルファ。
「で!でも私の想いは伝えましたからね、シド様」
「あ~、うん」
◆
「素晴らしい演奏で感動したのに、最後のはなんだったのかしら」
アレクシアは頭を抱えた。
ローズは「559、やはり、あなたも…」と言っていた。
〇エピローグ
シドは思った事があった。
魔王を倒すためには、異世界と重なる周期があった時に異世界に行き、異世界の魔王を倒すしかないと。
彼らはこの世界の長い年月をかけた中でたまたまこちらの世界に来ては厄災をもたらしていく。
言わば厄災が来た時に対応出来る様準備しておけば良いのだ。
だが、世界が交わる機会があれば、倒しに行くべきだ。周期が分かればそれに越したことはない。
周期の計測はイータ辺りがやっているだろうから、心配しなくても良いだろう。
それであれな、目の前のプロジェクトを片付けるのが先決だ。
① 盟主の婚約者を選定する
② 聖教の新教典をシャドウ像とする
③ 各国へ電波塔を建てる事
④ 子供を沢山作る
⑤ 構成員の表社会へ顔を出す
⑥ 各国の裁判を牛耳る権利
⑦ 影の叡智「自動車」の作成
理由や意図は補足されているが、大まかな要望はこういった所だった。
⑤については、シャドウガーデンの構成員のモチベーションアップが目的らしい。
まぁぶっちゃけ今後の活動は攻めるよりも守る方が重要だし、シャドウガーデンの活動の一部として機能していた方が良いかな。
④については却下したけど、シド自身も今後の活動については積極的に参加をしたいと思っていた。
今日は騎士の仕事がてら、カゲノー男爵家に来ていた。
カゲノー男爵領にも盗賊はいて、騎士が派遣されているが、シドの職場はここではない。
アレクサンドリアである。ここにはオトンとオカンに呼び出されて来ている。
◆
「遅いわよ、シド!」
クレアに声をかけられる。
いつから待っていたんだと思わなくもないが、彼女は家の前で待っていた。
走ればすぐ来れたんだけどね、めんどうだったから。シドはそう思いながらクレアに続く。
「実家から呼び出しなんて珍しいね。領地を継ぐの?」
「違うわよ。シドのために今日は家族皆で集まったの」
◆
家に入った瞬間、嗅ぎなれた匂いがした気がした。
「シド、よく来た。お前ももう騎士として1年経った。」
オトンがそう口にする。
客間には一人のエルフが座っていた。
「初めまして」
妙齢のエルフは立ち、会釈をする
「…」
「彼女はカゲノー領のミツゴシで働いている子だ」
「感謝しなさいよ!私が探して来たんだからね」
姉さんが…まさか…すごい。言葉が出ない。
嬉しそうにする両親と姉、これは、そういう事か。
「あなたの婚約者よ」
「初めまして、シド・カゲノーです。」
オカンとオトンは嬉しそうにしていた。まさかこんなきれいな子が。と。
男爵家の跡継ぎに身分は関係ないが、爵位の都合上、上の物とはなかなか結婚出来ないという事があった。
「そろそろアレクシア王女が権力で結婚を迫ってきそうだったしね…」
そうなったら大出世なんだがなぁ。と姉さんと父が話す。
「まぁ、後はご両人で。」
エルフとシドを残し、リビングへ去っていく、なんだか皆浮ついている気がする。
◆
村娘の恰好をする一人のエルフが目の前にいた。
仕事中はミツゴシの制服を着ているのだろう。ミツゴシで売っている中でも安価なものをチョイスしている。
ただ、香水はごまかせない。高価なものだ。あまりつけないようにしているが、ほのかに匂ってくる。
目の前のエルフは頬を染め、微笑んだまま何も話さない。
シドもこういった状況であれば、覚悟を決めるしかないと思った。
「それで?僕と結婚するなら、アレクサンドリアまで来てもらう事になるけど?」
「良いわよ。一緒に生活する建物は既に建っているわ」
「僕で良いの?貧乏男爵家で、貧乏騎士なんだけど」
「あなたが良いの」
始めて貴方に助けてもらってから、この身体も心もあなたの物なのだから。
そう目の前のエルフは口にした。
「でも…」
ん?
「プロポーズは自然の中で、して、欲しいわ」
「分かったよ。アルファ」
二人は目線を合わせた。
シドは下を向き、意を決して言う。
「我と…僕と、いつまでも一緒にいてくれ」
◆
正妻戦争を制したのはアルファだった。
彼女は他の女達と想いで戦い、勝利したのだった。
この世界は一夫多妻制でも良しとされていたが、シドはそうではないと考えていた。
シドがそう考えていないとアルファも思っていた。
彼は浮気や不倫はしないだろう。
だが、周囲の女性が黙っていない。
七陰を始め、アレクシア辺りには貸出が必要になってくるかもしれない。
聖教をまとめているウィクトーリアだってそうだ。
彼女らは女性で、男性ではない。
偉い立場になれば跡継ぎが必要になってくる。
種子は選ばなければならないのだ。
彼は嫌々なのかもしれないが、やってくれるだろう。
なぜなら陰の実力者にとって、自身の影響下に子供を増やすことは重要だからだ。
子供たちは表舞台に顔を出さないシャドウの代わりを務めてくれるだろう。
しかし、それも私次第。
アルファは世界の権力者にとって、喉から手が出る程欲しいものを手にしたのだから。
引き続きアルファの悩みは増えていくのだった。
【完結】