───ミツゴシ商会の屋上、職員専用の談話室。
練習などではなく、何度も弾いた曲を場に合わせてゆったりのんびりと奏でるイプシロン。
自室の書斎ではあらかた事務仕事を終えて、他人の声が聞こえる環境でぴったりなのだろう、知識をインプットするアルファ。
10番代だろうが、100番代だろうが関係なく、同じテーブルを囲み談笑するエルフ達。
恋愛話こそないものの、各々趣味を持ち合わせ、そしてシャドウやアルファを支える者達。
モチベーション高く、それでいて適度な緊張をはらみながらもギクシャクをしない人間関係。
仲間外れなんていない。
700名を超える彼女達は、理想の上司、最高幹部七名により適切な人員配置によって親友と呼べる仲間を得ていた。
談話室の角で一人弁当を広げるエルフは最近悪魔憑きを治してもらったばかりだった。
引っ込み思案な彼女は、実は綺麗な女の子が好きであった。
性癖を見抜かれたわけではないのだろうが、彼女は化粧品売り場に配属される。
そして出会う似た者同士。一人弁当を広げるエルフのところに当たり前のように座る別のエルフ。
彼女はアイスハーブティーを2つテーブルに置き、片方を新人エルフに渡す。
どちらも口元には笑みを含んでいる。
新人エルフは嬉しかった。ここまで自分を良く見てくれた人達はいなかった。
見ていないようでちゃんと仲間を見て、お互いが過ごしやすいように配慮をする。
個人が生きることが精一杯の世界で、悪魔付きという死に至る病にかかり、苦しい思いをした先にしかない、かけがえのない仲間達。
ミツゴシ商会の談話室では、シャドウガーデンの面々が思い思いに過ごしていた。
アルファの思い描く理想の環境。
オリアナ王国の拠点も安定し、盟主シャドウとの関係も良好だ。
ミドガル王国内のディアボロス教団も徐々に追いつめられている実感がある。
やはり教団の根は深かった。
幼少期にシドの元を離れ、拠点を大きくするという大きな決断を下したアルファの考えが間違っていなかったと再度確信する。
「ふ~んふんふん~・・・。」
今日のアルファは機嫌が良さそうに見えた。
周囲にいる、ミツゴシで勤務するガーデン構成員が談話室に顔を出しては、口々に噂をして伝播して行く。
「なんか、機嫌が良さそうですね。」
トップの機嫌が良いと多少の噂話も許されるものだ。
美容コーナーを持ち場にするガーデンメンバーが、こそっとニューに耳打ちするのをアルファの優れた耳が感知する。
が、それは呪いの言葉でもあった。
看護師が夜勤に「今日は落ち着いている」というと途端に忙しくなるかの様に。
営業マンが、今月は目標を達成できると確信した瞬間に、案件がパァになってしまう様に。
そして学生が、試験前に友人の「ぜんぜん勉強してないわ〜〜。」を聞いて、同じく全く勉強しなかったら、当然の様に点数は取れないが、友人は全力で勉強し、高得点を出し、裏切られてしまうかの様に。
何かを願ってしまうならば、その逆が起こり得てしまう。
一般構成員にとって、ナンバーズ、更に最高幹部である七陰の機嫌は一日の売上に直結すると言っても良い。
もちろん、ガンマのマナー指導、それにニューの類まれなロールプレイングが染みついている彼女らではあるが、それは当然として、日々天候の様に変化する若干15歳の若きトップの機嫌は、ミツゴシを構成する女性たちのホスピタリティに影響を与える。
───そして。
バキッ!!!
突如としてアルファが持っていたボールペンが砕かれた。
少しの変化も見逃さない、鍛えられた『空気読み力』を持つ彼女たちは、アルファの行動を見逃さない。
サーッと、昼休憩している者は談話室から離れる。
ピアノをたまたま弾いていたイプシロンさえも、ピアノを弾くのを止めた。
「・・・あ・・・あの、アルファ様??」
「どうして・・・??」
「は、はい?あの・・・。」
───何か、ありましたでしょうか。
と、続けたい言葉は、次のアルファの言葉に打ち消された。
「どうして私はSSSがないのッ!?!?」
「・・・えッ、えッ??」
「いや、おかしいわよね。ねぇ!?イプシロン。私は誰?」
わなわなと震えるアルファの前で、思わず逃げ遅れたイプシロンが被害に遭う。
というか、七陰が発狂した場合は七陰以外には止められない。イプシロンに『逃げる』という選択肢はなかった。
イータがしばしば発狂するため作られたルールだったが、そもそもアルファが発狂することなど今まで一度たりとも・・・発狂と言えるか分からないジョンスミス事件を置いては無かった。
今まで見た事のないアルファに圧倒されるイプシロンが、恐る恐るアルファの話に返答をする。
「えと・・・あの。アルファ様は、シャドウガーデン第一席で、ガーデンのまとめ役ですぅ・・・。」
自信がない。自信がないが、答えるしかない。
今までハラスメントを真っ当に受けた事のないイプシロン。優等生だった彼女は、ここで初めて叱責を受ける覚悟をした。
「そうよね!??私は、シャドウガーデンの第一席よね?」
「は、はいいぃ。」
食い気味に同調するアルファ。
イプシロンは苦しくも正解を引いた模様。
七陰が二人となった談話室に、内容を察知したニューが、コーヒーを淹れてアルファへ近づいてくる。
「アルファ様・・・。ご安心下さい。わたくしも・・・。SSS、さらに、SSさえもありません・・・。」
「ニュー・・・。辛かったわね・・・。分かってくれる?」
「はい。アルファ様・・・。」
二人の目には涙が浮かぶ。
いきなり意気投合し、今にも抱き合いそうな二人。
イプシロンは付いていけていない。
どうしていいか分からないイプシロンが内心慌てているとアルファの怒りの矛先が向いてくる。
「ニューは良いわ。イプシロンッ!!」
「は、はいッ!!」
そういいながらアルファは手に持っている紙をひらひらさせる。
「イプシロン&ベータ・・・。クリスマスイプシロン・・・。っていうか、何よこれ?イプシロン&ベータは魔界殲滅戦争だってランクインしているじゃない?」
「はえツ??・・・(まかいせんめつせんそう?)」
イプシロンは何がなんだか分からなかった。
唯一分かるのは、アルファとニューが、親の敵みたいな目をこちらに向けて来る事だけだ。
「おかしい。おかしいわよねぇ?ニュー。」
「はい、おかしいです。」
そしてニューが、こそっとアルファに耳打ちをした。
『・・・世間では・・・イプベータと呼ぶそうですよ。』
「いぷべーーたッ!!!!」
「ひぃいっ!!!」
───バキィッ!!
談話室におかれる備品のボールペン。日々のアイディア出しにために備え付けられたメモ帳とペンセットのペン。
決して簡単に折れる品物ではない───それがアルファの被害を受ける。
「・・・ア、アルファ・・・さま??」
はっとした。背筋が凍った。
談話室にやってきた人物を見て、いち早く来ないように言わなかった自分を恥じた。
しかし、彼女は談話室に入ってきてしまった。
残念ながら、持ち前の垂れ目で泣きぼくろを持つ妙齢のエルフが、心配そうな顔をしながら。
きっと先ほどまで談話室にいたガーデンメンバーから変化を感じ取り、様子を見に来たのだと思われる。
「ッガンマッッ!!!」
「はッ!!」
「学園ガンマ、魔人ガンマ・・・えっ。水着ガンマも・・・?って言うか学園ガンマは汎用性高くないかしら。夕凪のサービスショットて何?」
「あ、あの、アルファさM。」
「私の名は?」
「アルファ様ですッ!!」
「そう、そうよね?シャドウから、1番を込められて付けられた名前・・・。なのにッ!!」
「全くおかしいです。」
「そうッ!!ニュー。その通りよ。おかしいのよ。」
「・・・あの、アルファさま、さっきから何の話を??」
意を決してガンマが切り込む。
この切り込みはイプシロンでは出来ない芸当だ。ミツゴシでアルファの片腕として動くガンマでなければ。
「決まっているでしょ?ガンマ。」
そんなガンマを見ながら、やはりアルファは手に持つ紙をヒラヒラさせる。
「Tier表よ。」
「「てぃあひょう??」」
「・・・そうティア表。・・・これを見て。」
ちょっと溜飲が下がったのだろうか。
近づいて良いと見るや否や、アルファが広げた紙を見る。
そうするとランク分けをされた表が目に映る。
一番上の左から下にかけて、SSS、SS、S、A、B、Cと並んでいる。
SSSのグループはアイコンが囲まれており、各々の写真がはめ込まれている。
「ちょっと良いかしら??」
腹の底から震える声だった。
地獄の底から、どこかの誰かが呼んでいる様な、そんな声だった。
そして、アルファの言葉は───ちょっと・・・ではなかった。
「絶対おかしいでしょ。七陰は全員、わたしを除いてSSSに入っているわよね、いい?はい。アルファ、ベーータ、ガンマ、デルタ。イプシロン、ゼータ、イータ。・・・早かったかしら??・・・繰り返すわね、はい、あるふぁべーた、がんま、でるた。いぷしろん、ぜーた、いーた。お分かり??肝心のアルファは?いないわよね。唯一いるのはSSランクのバニーガールの私。というかベータは?ベータはイプベータ、外典ベータに魔人ベータ、あと白いスライムスーツを着たベータも入っているわね。」
喋りながらも自身の持つ紙をとんとんとまたも別のボールペンを持ちながらトントンととある項目を刺して行く。
「こ、これは組み合わせとK・・・。」
「イプシロンッ、今は私が喋っているでしょう?」
「は、ハイッ!!」
「あなたぁ?まさかイプベータとしてSSSグループのトップに君臨しているからって調子に乗っているのかしら?・・・ふん。まぁ良いわ。言いたいことは他にも沢山あるけれど、まずはやっぱり学園かしら?なぜ・・・私がSSSではない訳?あなたたち!で5人一組、いや6人一組かしら?の様になっているけど、わたしは?っていうかそもそもシャドロラって何よ。シャドウとのペアは私が適任ではなくて?シャドウ&アルファ・・・。ふふふ。そうでなくてはね・・・。略すとすれば、シャドルファ。かしら?・・・シャドルファ・・・。ねぇ!!」
「「え、えぇ。間違いございません。」」
「・・・アルファさまには、魔人化が残されております。」
「それね!それよそれ。流石ニューだわ。わかってるわね。ふふふ、新キャラを忘れられているだけあるわね・・・。あなたのアレ、面白かったわ?あの仮面のイベント。」
「か、かめんのイベント・・・。」
魔人化についてはなんとオリヴィエがその称号を手にしてしまったため、
アルファが魔人化する可能性は低めなのだが、そんな事を言うほどイプシロンは野暮ではない。
全方向に敵を作るアルファ。こうなってしまったら誰にも止められない。
不遇キャラ。間違いない。
明らかに他の七陰と比べ、世間の評価が弱い。
更に強化が残されていたペア。イプシロンとベータ、そしてなぜか犬猿の仲のデルタとゼータがペアを組んでしまった。
そもそも、皆一番ペアを組みたかったシャドウとは、なぜかアウロラが組んでしまった。
残されたアルファ、ガンマ、イータ。彼女たちがペアを組むことは・・・あるのだろうか。
そんな中、談話室に騒ぎを納められそうなナンバーズが入って来た。
「「あ、アルファ様!!自分達はまだ実装すらされていません。」」
カイとオメガが悲痛な面持ちでアルファに声をかける。
「ま、まぁ私たちとアルファ様と比べるのもおこがましいのですG」
「・・・あなた達はワンチャン、ペアでSSS入りがあり得るから。」
はぁ。やれやれ。という様に肩をすくめるアルファ。
アルファの快進撃は止まらない。
「まぁ、そうね。っていうかカイやオメガも実装されないで、誰なのサンラクとか・・・っていうかアンネローゼって娘も幅を利かせているわよね??」
「アンネローゼは確か最近SSSからランクダウンしましたね。」
「・・・そうね。いい気味・・・ふふふふふ。」
「外部の人間も・・・SSSにはなっておりませんので、まだゲームバランスは取れているのではないでしょうか。」
「なるほど確かに・・・ニューの言う通りね。」
おぉおおお!!ここに来て幹部たちから熱い信頼を勝ち取るニュー。まさかのアルファとの意気投合。
ガンマですら収集を付けられない案件を、ニューが収集を付けに走る。
しかし・・・。
「お姉さま・・・クレアさんは良いとしても、ユキメ、そして666ですらSSS・・・にも関わらずこの醜態はなんなの?っていうかシャドロラって何よマジで・・・。マジで強いのよ・・・。イプベータもゼータ&デルタも引けないし・・・。っていうか、ベータで4体、ガンマで3体、イプシロンは2体・・・イプシロンはまぁ良いわね。ゼータが2体、デルタが2体かしら?そして・・・イータが、3体・・・私は、ゼロ・・・。・・・何よコレッ!!!」
瞬間、切り裂かれる紙。よく見ると一枚ではない。既にミクロレベルまで切り裂かれて見えないが、SSSランクからCランクまでの表と、名称が書かれた10枚程にまとまった紙なのだろう。
誰がアルファに提出した紙なのだろうか。いや、この流れはニューに決まっている。
驚き、背中に汗をかきながらも冷静に事態の収拾のために頭を働かせるイプシロン。
しかし、ここまで取り乱したアルファを見るのは初めて出会った。
主様・・・!!いや、シャドウ様は今学園だし、シャドロラの件で二次災害になる可能性は高い。
そもそもシャドロラについては七陰には青天の霹靂であった。
逆にアトミックを撃てない私たちを省みて、反省したものだった。
だとすれば───ダメだ。ご乱心したアルファ様。
誰も止められない。
おさまりが付かなくなったアルファが、今にも富士御神火文黒黄羅紗陣羽織を羽織りそうなものだったが、まさかの人物の介入により騒ぎが収まる。
誰一人アルファの怒号を止められず、額に汗を流す中、声を上げるものが駆け付ける。
「───アルファ様。アルファ様はお一人ではないッ!!!自分が、自分がおりますッ!!」
救いの声のする方へ皆が目を向ける。
助けてくれ!!この状況を!!
アルファが声の人物を見て、一瞬脳内の既に記憶したTier表を投影する。
そして、母の様に微笑んだ。
最近SSランクからSランクへ落ちた、ラムダだった。
良く知っているダークエルフはいつも身に着ける制帽から覗く、キリっとした目元を抱え、談話室の入口に立っていた。
教官はランクが落ちた悲壮感を一瞬たりとも漂わせることなく、堂々と立つ。
白い髪の毛が夕日に照らされ、キラキラと光っていた───。