1
「───痛ッ。」
人差し指と爪の間にささくれが入り、血が出る。
それはいいが・・・と、右手に持つ雑巾を見ると、破けてしまった。
あぁ、せっかくシドが持ってきてくれた備品を壊してしまうなんて。
「どうしたの?・・・って、大丈夫?ちょっと見せて。」
と、声を掛けてくれる少年。彼は頭に布を巻き、小屋の清掃を手伝ってくれている。
サッと私の右手を取り、まじまじと手を見て来る彼との距離が近い。
相手は気にしていないけれど、真剣な眼差しが少し気恥ずかしい。
意識しているのは私だけなのかしら?
彼はささくれをなんとか取ろうとしてくれる。
私の傷なんて、どうでもいいのに。
◇
シャドウに助けられてから数週間。
彼は、シド・カゲノーというヒューマンの貴族領主の息子の様だ。
私がいた、妖精が住まう森から、盗賊が通るのか?既に私の様に病に侵され捨てられた妖精が3人。
彼女たちはベータ、ガンマ、イプシロンと名付けられた。
4人になったから。と、シドの提案で少し大きい家へ引っ越しをしたのだ。
◇
「───ありがとう。私の傷なんて・・・どうでもいいのに。」
「どうでも良くはないでしょ。はい、これで大丈夫かな?少し休んでいたら?イプシロンが、ハーブ茶を淹れているはずだよ。」
そう言いながらささくれを取り、私から雑巾を回収して朗らかに言ってくれる。
少し、申し訳なくなり下を向いてしまった私を心配してくれたのか。
「でも、あなたは??」
掃除を開始してからというもの、シドは『しょくにんはだ』とか言う言い訳を発揮して、小さなシミ一つ残さずに床をゴシゴシする。
始めは全員で始めていたのに、彼のスペースだけがピカピカ。
一人、また一人と脱落し、最後に残ったのがアルファとシドだった。
「僕は・・・もう少しやってくかな、君たちが今日寝るところだし───。」
そして彼は遠くを見て次の言葉を続ける。
その言葉は、私の耳に残った。
「───それに、いつまで一緒にいられるか、分からないからね。」
2
私は勘違いしていた。
いつまでも一緒にいられると思っていた。
彼は人の概念を超越した存在。
妖精の社会でも高貴な生まれの私が病気になった時、周囲の偉い大人たちが治せなかったものを彼が治療してくれた。
それに、他の家族───ベータや、イプシロン、ガンマを助け出した時も、ほとんどは彼の力だった。
結局彼はあの後、全ての床をピカピカにし床に透明な漆も塗ってくれた。
どうしよう。
少し呑気な3人を見ながらも、シドがいなくなってしまうかもしれない。という不安が拭えない。
一方で、私には守らなければならない家族がいる。一度私のように、居場所をなくした家族が。シドが守ってくれた、家族が。
◇
「あるじ様!私、クッキー作ってみたんです、食べてみてください!!」
「ベータ、抜け駆けはダメ。あるじ様・・・!持ってきてくださったハーブ茶、私と一緒に飲みませんか!?」
「イ、イプシロン・・・、あなたまだ今日の分終わってないんじゃないの?素振り・・・。」
まぁまぁ良いじゃんベータ。とシドは言って外に置いてある木箱に座る。
早速寄ってくるのは二人の少女。
「ベータ、イプシロン・・・。シドに迷惑をかけてはダメよ。もう・・・。」
とは言うが、少女たちのアプローチは止まらない。
最近はベータの悪夢のためにシドは夜付きっ切りになっているし、イプシロンはそんなベータがズルいと張り合う。
クッキーを一つ齧り、ハーブ茶を一口すすると、彼はガンマの元へ。
素振りすらまともに出来ないガンマを直接指導する。
ベータやイプシロンは離れていくシドに「あるじさま~~~!」なんて言っているけれど。
こういう所なのだ。
仲間外れを作らない。
気配りが出来る男の子。
「あるじ様・・・申し訳ございません。」
「いや、ゆっくりで良いよ・・・。それに、剣の使い方は一つじゃないからね。」
そう言いながら、シドは自身の木刀を持ちながらレクチャーする。
「しってる?『シュ!!シュシュシュ!!』って言うと、結構上手く行ったりするんだよ」
「・・・はッ!!す、すごいですあるじ様!!風を切る音が聞こえてきます。」
うん、やってみてね。と言って、コツを伝え、なんとかして自衛手段を教えてくれる。
◇
「モテモテね。」
「───??」
訓練が終わって、一人木の下で休む彼に近づく。
鈍い男である。
「・・・ベータも、イプシロンも、ガンマも、あなたの事が好きなようね。でも、ちょっと依存し過ぎだわ。」
とは言いながら、分かっている。
自分が一番彼に依存していると。
「そういうヤツじゃないでしょ。」
「とか言って、満更じゃなかったりするのかしら?」
鈍い男に少し皮肉を言ってみると、きょとんとした表情をこちらに向けて来る。
何も分かっていないという顔。
全て分かっている癖に・・・。と思いながらも、皮肉を言わずにはいられない。
「───鈍い男は嫌われるわよ。」
そんな言葉を掛けたいわけじゃないのに。
いついなくなるか分からない彼が、いなくなってしまった時の事を考えて悲しくなり、
自分から嫌われるような発言をしたのだ。
3
新しい家の掃除が完了した。
冬が来る前に全てを完了させなければならない。
家のリフォーム、始めてやったけれど、妖精が住む家を建てる工程から考えると、妙に工数が多いような気がする。
私の嫌味をものともせず、毎日やってきてネズミ対策や、暖炉や、薪の用意をやってくれるシド。
少し、気まずくはなるけど、考えているのは私くらいだろう。
彼は、他の3人のために一所懸命家を作ってくれる。
───夕方。
訓練と、今日のリフォームの分、風呂釜作りを終えて、『明日は壁の塗装をやろうね!』と言い残しシドは家を後にした。
さっそく今、作られた暖かいお湯にベータやイプシロンが浸かっている。
彼女達のお湯を掛け合う楽しそうな声を聞きながら、私は明日の工程の確認。と言い訳をつくり、チクチクする胸の痛みを誤魔化すために外に出た。
はぁ。
肌寒くなってきた。
人肌が恋しい。
そういえば、初めてシドに助けられた日、あまりの寒さに彼のベッドに潜り込んだっけ。
そんなことを考え、家の周囲を歩くと、壁を見るシドがいた。
「───シド。まだ帰っていなかったのね。」
「うん、明日はどこから塗ろうかなって・・・。」
彼が手を顎に当てながら、う~ん、う~んと悩む。
これ幸いと、胸に[[rb:痞 > つか]]えていた想いをぶちまける。
「シド、その・・・ごめんなさい、先日は嫌な事を言ってしまって・・・。」
ベータとイプシロン、それに、ガンマもだろう。
好かれている事を意識せずに、モテていることに納得せず曖昧な態度が嫌われるわよ?はっきりしなさい。
と言った事だ。
悪気があった訳ではない。好きなのは私も一緒。
手をスカートの前で、たどたどしかったが、ちゃんと謝らないと。
彼が───いなくなった後、彼女たちをまとめるのは私なのだ。
黙って聞いてくれるシドに、ありがとう。と思いながら想っている事を、続けていう。
「本当、あなたには感謝しているわ・・・。捨てられた皆のために、居場所を作ってくれて・・・。で、それでね・・・。シド。」
横を向いていたシドがこちらを向いてくる。
私は頭が真っ白、身体がのぼせたみたいに、熱い。
「勘違いしていたら・・・教えてほしいんだけど、あなたはやっぱり・・・他の3人のためにやってくれているのよね??」
聞いてしまった。
面倒くさい女になりたくない。
思い切って告白して、玉砕したくない。
だから保険を掛けた問いかけだった。
他の事は・・・堂々と出来るのに、彼の前では、せこい女になってしまう。
「・・・・・・・。」
壁の方を向き、顔をこちらに向けるシド。
何も言ってこないのが、少し怖い。
返事を聞くのが。
聞きたくなったけど・・・我慢が出来なかった事。
そんな彼は、やはり兄や父の様に、私を包み込むのだった。
「───勘違いじゃないよ。アルファ・・・!」
シドがこちらを向く。
いつもと変わらず、生意気な少年の顔で。
そして、[[rb:シャドウの顔 > ・・・・・・]]をし、右手を差し出して言った。
「───この汚れた世界に刺す[[rb:一条 > いちじょう]]の光。
───共に、世界を塗り替えよう。」
胸の痛みが、止んだ。
シドに治してもらったはずの痛みが。
その後、じんわりと暖かなものが、胸を侵食する。
少女の顔に花が咲いた。
少女は少年の右手を取った。
「───もう逃がさない、たとえ夢でも・・・。」
あなたが私から逃げても、一生逃してあげないんだから。
そう、思いながら───。
4
───懐かしいわね。
他の七陰にすら内緒にしている、私とシャドウの仲。
あの日、彼が帰り、お風呂に入って寝た次の日、夢だったかと思ったけど、
彼の温かい表情を見て、夢ではないと再確認した。
シャドウガーデンも大きくなった。
私も今年15歳、彼も15歳。
我等の組織も大きくなっていった。
彼から離れない様、ミドガル魔剣士学園に通う2年前から、ここミドガル王都で組織を大きくした。
うふふ・・・。
シドは喜んでくれているだろうか。
私達のため───ではあるが、すべては彼の描く未来のための行動。
全てを見通すシドに、どれだけ貢献出来ているかは分からないけれど・・・。
それでも大事な場面では力を貸してくれているのが、シャドウガーデンを見放していない証拠。
───私たちもそろそろ・・・キスとか、するのかしら───。
と、一人ニヤニヤしているアルファの元に、バタバタと慌ただしい音がした。
───バンッ!
「・・・アルファさま!!大変です!!」
ベータである。
彼女は、シドの付き人として配置していた筈だ。
シドの身に何か・・・??
「落ち着いて、ベータ。───何があったのかしら??」
というと、ベータは書斎で資料とにらめっこするアルファに、身を乗り出して話しかけて来た。
随分と興奮している様子だ。
「───シャドウ様が・・・!シド様の方が・・・ミドガル王国、第二王女、アレクシアに告白し・・・付き合う事になりましたッ!!」
ベータはそう言い切ると、あぁああ!!どうしましょう~~~!アルファ様、どうすれば良いですか!?
と言って来る。
アルファは数秒黙り、言葉を発した。
「あ??」