陰の実力者になりたくて! 七陰編SS   作:〇彪

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アルファの恋愛

 ──これは少し先の物語。

 

 シドの婚約者は誰?

 

 <ミドガル王国>

 

「アルファ、この服…」

 

 それは子供の貴族の着るジャケットだった。

 

「それは初めて会った時にあなたが着せてくれた服よ。」

 

「すごいね、まだ取っていたんだ。まだ着られるかな。」

 

「・・・さすがに無理じゃないかしら。」

 

 シドは最近、ミドガル王国の私の部屋に遊びに来るようになっていた。

 特に何もする訳ではない、子供のころに仕事中の親の目を忍んで、親しい友人宅に居座るのが当たり前のように、私に会いに来ては他愛もない会話をする。私はすることが多い。目の前の書類の束がシドには見えないのかと考えるが、彼がそんなことは考える人間ではないと分かっていた。

 

「ねぇ、あまり触らないで頂戴。貰った本人に言うのはあんまりなのだけど、もうだいぶ前の服よ。ほつれも見えて来たんだから。それに、大事に取って置いているのに。」

 

「そうだね。大事に取っていてくれて嬉しいよ。」

 

 私の自室は広い。広い部屋にガラスのディスプレイがあり、その中に大切なものを飾っている。

 しかし、私の持っている大切なものは多いから、ほとんどを[[rb:アジト > アレクサンドリア]]に保管していた。ミドガルには保管場所がないからだ。そのため、数カ月に一度、ディスプレイの中身を変える様にしている。今日はたまたまディスプレイの中身を変えた日だったのだ。

 

 彼から貰ったものは全て大切に保管していた。

 シャドウガーデンの最高幹部、七陰の一人。そして七陰のリーダー。ガーデンの構成員は1000番台以上になっている。だが、実際の構成員はそれよりも少ない。

 殉職した構成員も少なからずいる。そして、彼らの所持していたものも、私の大切な思い出の品となって保管されていた。

 

 彼は私が入れ替えて持って来た一番大切なジャケットを、ガラスのショーケースの中に仕舞おうとする。

 

「あなたが仕舞わなくて良いわよ。ソファに置いてくれたら、私が仕舞うから。」

 

「流石アルファだね、ディスプレイもとても綺麗になっている。」

 

「整理整頓は好きなのよ。複雑に絡む問題を解きほぐすのも、誰かの世話をするのもね。」

 

 数日前にシドが人目を忍んで私の部屋に来た。

 少し驚いたが、彼は「やぁアルファ」と言い出したかと思うと勝手にソファに座り、黙って本を読みだした。

 二言三言喋った私たちは、シドが本に集中し出したため私も仕事を自然と行うようになっていた。

 

「(私のパーソナルスペースで堂々とゆっくりしているなんて…さすがシドだわ)」

 

 始めはそう思った。多少緊張もした。だが、彼は空気の様に私の傍にいた。

 やがて、夕食の時間になると、「寮の時間だから、またね。」と言って帰っていったのだった。

 

 彼が来るのは決まって学校が終わってから、寮の門限までだった。

 私はその時間は大体書類の整理の時間に当てていた。だから、私たちはその間一緒にいた。

 

 ◇

 

 彼が私の部屋に来るようになって一週間が過ぎた時だった。

 シドはいつものように同じくらいの時間に現れると、今度は学園の教科書を持って現れた。

 そして教科書を読みながらさりげなく言った。「明日の天気は曇りらしいよ」くらいのノリだった。

 

「そういえば僕の婚約者が決まったんだ」

 

 ピクと、私の眉間が寄った。

 

「・・・そうなのね、相手は誰なの?」

 

「前、学術学園にいた年上の女性だよ。あまり目立たない子」

 

「・・・そう。どんな子なのかしら。」

 

 それからの事はあまり覚えていない。彼はあまり乗り気ではなさそうだったが、決まったことだからと淡々と婚約者のプロフィールを言っていた気がする。身長や髪型、髪色。なんでも、就職先に困っていた彼に彼女から声がかかり、婚約と就職がとんとん拍子に決まったとの事だ。婚約者が魔剣士協会付の凄腕の研究者として働いており、そのツテでシドの働き先があるのだとか。

 シドの働き先は魔剣士協会の正騎士という話だ。協会の社員のようなものだろう。婚約者は既に働いていて、職場の後輩になるという事だ。

 

 他にもいろいろ言っていたが、覚えていない。私の仮面を被ったもう一人のアルファが、シドを祝福し、詰問にならない程度の速度で、まさに良く聞いているかのように質問をしていたから。

 他の七陰には言っていないというのが幸いだった。だが、ミドガルのシドの担当のニューは薄々感づいているだろう。

 かん口令をしかなければ───。そう思ったのは、彼が帰ってからしばらくしてからだった。

 

 ◇

 

 ───シドが魔剣士協会から婚約者と出て来るのを見計らって、私は近くの花屋で買った紫色の花束を持って二人の前に出る。

 少しびっくりした婚約者と、無表情な彼が目に映る。

 

「シド・カゲノーくんとそのお相手さん、婚約、おめでとう。」

 

「あ、あ、あ、ありがとうございます。」

 

「・・・。」

 

 婚約者に花束をそっと渡すと、受け取ってくれた。

 彼は何も言わずにその様子を見ていた。

 

 婚約者を始めて見た。が、シドに似合っていると思った。

 シドより頭一つ分位小柄な、幼さを残す女性。どこかふんわりとした表情で、肩で揃えられたピンクの髪は、最近美容室で切ったかのように整っていた。

 

 頭のてっぺんから[[rb:ピンクの髪が一束出て > ・・・・・・・・・・]]いるのが印象的だった。

 

 彼女はミツゴシで売っていた黒のスーツを着ている。デザインから見るに、数年前に販売したものだ。これを着て今、魔剣士協会の受付や研究をやっているのだろう。

 話しやすそうな雰囲気で、今はシドの影に隠れたが、同僚からの人気もあるだろうと思われた。

 

「・・・それじゃあ、お幸せにね。」

 

 私はそれだけ言うとその場を後にした。

 シドの視線と、彼女がシドの顔色を伺うように見ていたのを背中に感じ、居心地が悪くなった。

 

 ◇

 

「アルファさま、大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫よ、ニュー。彼は装っている表の世界で、カモフラージュするために相手を見つけただけよ。でも、他の七陰には言わないで。ダメージが大きすぎるわ。」

 

「アルファさま…あの。わたくしのダメージも・・・その・・・。」

 

「どうしたの??」

 

「お話しても、よろしいでしょうか。」

 

 私は小さく頷く。

 

「まだ…まだ、七陰様達なら、ここまでダメージはないと思うんです…と、というか。そうなるだろうと思っておりました。でも、他の。当然の可能性を見落としておりました・・・。捨て去った過去、ヒューマンの貴族社会は政略結婚の世界。わたくしも、ここに来るまでは好きでもない相手と一緒になる事が当然と思っておりました。」

 

「・・・そうね。」

 

「でも、叶わない恋だと分かった上で、想う事は、いけない事なのでしょうか?」

 

「・・・どういうことかしら?」

 

「私は、恐れ多くもシャドウ様を愛しております・・・。もし、主さまが七陰様達と一緒になるのなら、ガーデンに取って喜ばしい事で、私も祝福が出来るのですが・・・。申し訳ございません、アルファ様。アルファ様は、シャドウ様にまだ何も言っていないじゃないですか。それは、部下として、アルファ様の傍にいるものとして、アルファ様らしくないと思います。」

 

「・・・・・。」

 

「カモフラージュの表の世界。それはそうだと思います。ですが、私たちは、いつまでも裏ではいられません。既に商店で働いておりますし、大切な思い出も沢山あります。身体は丈夫でも、精神のショックから前線を諦めたサポート要員の非戦闘員の友人もおります。彼女たちは皆、シャドウ様と七陰様を信じて付いてきております。それなのに・・・アルファ様・・・。」

 

「・・・彼が、決めた事よ。」

 

「・・・申し訳ございません。出過ぎた真似を。」

 

「・・・良いわ。」

 

 ニューがハンカチで目元を拭いながら、「失礼します。」と頭を垂れて部屋を出ていく。

 なぜ、彼女を邪見に扱ったのか私には分からなかった。

 愛と恋の違いが分からず、胸に重い鉛が沈んだ気がした。

 

 ニューがアルファに意見するのは、彼女が所属してから初めてのことだった。

 

 ニューは、シャドウガーデンのニューとして、唯一事情を知っている構成員として、ガーデンを背負い、ガーデンの優等生の仮面を外して、初めてアルファに意見したのだ。

 

 私はガーデンの決定者として、淡々と邪険に選択したにすぎない。私は彼女の素顔に、仮面で対応したのだった。

 

 ◇

 

 ニューが退席して数分後、ドアが開かれる。

 彼かしらと思う。いつも来る時間からちょっと遅れていたが、今日も来ると分かっていた。

 

「やぁアルファ。」

 

「シャドウ・・・。」

 

「さっきは花束をありがとう。」

 

「いいえ、エルフの知らない綺麗な花だったから・・・。それで、良い相手じゃないの。あなたの婚約者」

 

「そう?」

 

「あなたはそう思っていないの?」

 

 シドはあいまいなまなざしで私を見上げた。

 

「うん」

 

 そして、一瞬考えてから、もう一度言った。

 

「うん、それに18才で即結婚だなんて、僕にはまだ・・・早いような気がするんだよね。」

 

 シドに気まずい思いをさせまいとして、私は窓のほうへ目をそらした。

 あたたかな雨が夏の夕日を暗く濡らし、早くも高揚している中庭のアベリアにまっすぐ降りしきっている。

 

「もう夏みたいね」私はつぶやき、ため息をついた。

 

「どうしたの?」シドが聞いた。

 

「別に。この雨、いやだなと思っただけよ。」

 

「そうか。僕はまた・・・」

 

「また?」

 

「また、アルファがつらいんじゃないかって」

 

 私は思わず微笑んだ。

 

「つらい?あなたが結婚するから?ちがうわよ、ねぇ。シドったら・・・シドったらおかしい。」

 

 私が声をあげて笑うなんて、いつぶりだろうか。

 あなたが表の顔で何をやろうと、私はシャドウに忠誠を誓ったのだ。干渉するつもりはない。

 

 でも、彼の思わぬ気遣いに、気付いたら声を出していた。

 

「ふふ…えっと、それで、結婚式はいつやるのかしら?」

 

「ちょうど三か月後かな」

 あまりにも淡々とした答えが返って来たので、私は呆れた。

 

「婚約からはちょっと早いと思うけれど・・・あなた真剣に考えているの?」

 

「考えてないよ。全部決められているから。式は聖地リンドブルムの式場で、盛大な魔剣士協会開催のランチ会、大変な思いをしなくてすむように協会の身内だけで済ませるんだって。夕方にお茶会、それから馬車で湖畔巡り。」

 

「いまどき湖畔巡り??」

 

「そう、あちこちのヴィラに、ホテルだろ、馬車だろ、レストランはどこそこで…」

 

「でも彼女は?彼女もいるでしょ…」

 

「そりゃあね、婚約者だし。たいしているってわけじゃないけど、いる事はいる。」

 

「───で、[[rb:わたしはいない > ・・・・・・・]]。」

 

 予期せぬ言葉にシドは思わず言葉を止めた。彼の瞳が私の瞳と合わさり、唇は真一文字にふさがる。

 だが、私に聞こえない様にため息をつくと、すぐに元の彼に戻った。

 

「アルファ、君はいつだっているさ。」

 

「それは光栄ね。」

 

「君はいつだっているよ、アルファ。」彼はぎこちなく笑った。「僕が君に何かしてもらいたくなったら、いつでも」

 

 私は答えられなかった。かがんで、落ちてしまった白い睡蓮に似た花のブローチを拾い、機嫌良さそうに服の胸元につけた。そして、なおも楽しげにしながら、鏡の前に立った。別れを前に感極まりそうだった一瞬を、こんなにもなにげなさそうに押し殺し、切り抜けたこと、けっして言ってはならない言葉───<もっと何か言って・・・求めて、抱きしめなさいよ。あなたはわたしだけを守りに来るの、これからも・・・・・>───そんな言葉をこらえた事に、誇りを感じながら。

 

 ◇

 

 それから彼は私の部屋に来なくなった。

 あの時を最後に来なくなるというのは、なんとなく私も分かっていた。

 定期報告はニューが行っている。そもそも滅多に私たちが会う事はない。この前彼が言った事は、私も思っていた事だ。言葉で交わさずともお互いに分かっている。

 会って話したい事は沢山あった。だが、それはシャドウガーデンの運営にとって不要なことだと分かっていた。私はガーデンのリーダーとして、ビジネスとプライベートを分けたのだ。

 

 ガーデンの運営は安定期に入っていた。

 緊急性のある事柄もほとんどないため、私はたびたび書類整理の合間をぬって、ミツゴシ店内やミドガル王都内を見回る。

 

「───あ。」

 

 それはなんの変哲もない、商店街の一組のカップルだった。

 彼氏は野菜のバスケットを手に、彼女が彼氏の腕に巻き付いていた。

 旬の野菜ばかりを購入して魔剣士協会の方向へ歩いている。

 

 慎ましい、若い一組のカップルの生活様式だった。

 

 この世界の中で、私だけが取り残された錯覚を味わった。

 

 ◇

 

 私は自室のベッドで横になっていた。

 

「(こんな気持ち…初めてだわ。)」

 

 胸が苦しかった。頭がどうにかなってしまいそうだった。

 理性では、カモフラージュの結婚だと分かっているのに、どうしても感性が納得してくれない。そんな状態だった。

 

 ガラスのディスプレイに飾ってある、ガーデンの写真を見る。

 

「(みんな、いつもありがとう。辛い思いをさせているかもしれないわね・・・。)」

 

 見ているのはイータのポラロイドで撮影した、幼少の七陰とシャドウが映っている写真だった。

 

「(あの時は、辛かったけど、楽しかったわね。今も、彼のために皆活動してくれている…。私はちゃんと彼のためになっているのか…。助けられてばかり。でも、いつも見捨てないでいてくれる。)」

 

 彼の結婚式が三日後に控えている。私には長く陰鬱な三日で、まるで修行中の身のような心もちでじっと耐えていた。

 

「でも、こうして生きて行くことを選んだのだから。」私は呟いた。「そろそろ始めるとしましょうか。」

 

 それは、私の壁を突破する旅だった。

 

 私はニューとガンマを呼び出し、簡単な指示を出した。

 数日空けるわ。と口にし、単身で聖地リンドブルム方面に足を運ぶ───。

 

[newpage]

[chapter:エルフ式嫉妬〜紫の花言葉〜]

 <リンドブルムから少し離れた洞窟>

 

 リンドブルムで私がしたかった事。それはオリヴィエを超える事だった。

 魔人ディアボロスを倒した三英雄の一人、私にそっくりの顔の英雄。

 

「あああああああ!!!!」

 

 ゼータの報告にあった通りだった。リンドブルムの祭壇はシャドウに破壊されたが、祭壇の一部がまだ残されてあったのだ。

 彼のアトミックで壊れた大祭壇とは別の場所にある、小さな祭壇だったが。

 英雄の直系の末裔にしか開かれない祭壇を開いた先には、オリヴィエがいた。

 

「・・・。」

 

「オリヴィエ!!答えて!!あなたの事を教えて!」

 

 目の前の人形はやはり何も言わず、侵入者の私を排除しようと切りかかって来る。

 

 やはり…。勝てないか…。いや、私はもう、守られるだけの存在じゃない!!

 

「私があなたに勝てないと、シャドウを、笑顔で送る事が、出来ないの!!」

 

 助け出された当時の事を思う。笑顔の彼を思う。

 自然と涙が出ていた。私は叫ぶ。彼の剣を思い出し、切る。

 

「ふっ!!!!!」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 オリヴィエとすれ違いざま、勝負を仕掛ける。

 すれ違った後、オリヴィエが倒れた。

 

「・・・勝った…。」

 

 肩を切られたが、私はオリヴィエに勝利した。

 やっと勝てた。当時とは違う。強くなった。オリヴィエに敗北した後も訓練は欠かさなかった。

 真面目にシャドウの剣と向き合い、彼を目指した。彼の究極の剣技を。

 ふぅ。と息を吐いたのも束の間。信じられないものが目に飛び込んでくる。

 

 ───目の前に数十体のオリヴィエが、剣を手にこちらを向けていた。

 

 ◇

 

 結婚式が始まる一時間前。

 

 シドは一人新郎の待合室で窓から風景を見ていた。

 白のタキシードに着替え、髪を整えた後に両親やクレア。婚約者、協会長からのお褒めの言葉を貰った後だった。

 クレアはものすごい落ち込んでいた。部屋で寝込んでいたクレアを両親が迎えに行き、ドレスに着替えさせていた。

「こんな式、ぶっ壊そうかしら。」と物騒な独り言をブツブツと呟いていた。

 

 

「───ニューか。」

 

 音もなく入って来た彼女は式場スタッフの恰好をしていた。

 

「はっ!・・・。」

 

「どうした?」

 

「は、はい。その…アルファ様が…」

 

 ニューが近くに来て囁いた内容を聞いて、シドは表情を変えなかった。

 近くに残された祭壇の、オリヴィエを倒しに行ったと聞いた。

 今のアルファなら、倒せるだろうと思っていたが、一日経っても洞窟から出てこない。と言われる。

 

「(あそこには・・・魔力がある限りオリヴィエが出て来るはず…一体だけではないだろう。)」

 

 情報収集に違いがあるのだろうか。アルファ達が見たのは、一体のオリヴィエだったが、シドが見たのは複数のオリヴィエだった。

 

「三英雄程となりますと、ガーデン内でも倒せるのはアルファ様くらいしかおりません・・・。その・・・。」

 

「分かっている。」

 

「は、はい?」

 

「ニュー。お前の言いたい事は分かる。」

 

 シドはポケットから右手を出し、ニューに振り向いた。

 

「だが、すまない。ニュー…。僕は、どうしたら良いんだ。」

 

「シャ…シャドウ様っ!!!」

 

 ───シャドウは泣いていた。

 しばらく呆然と見ていたニューが、あたふたしていると、部屋のドアが開かれた。

 ウェディングドレスに包まれた、ピンク色の髪をした女の子が立っていた。

 チャームポイントの飛び跳ねているてっぺんの髪は整えられ、巻いた髪をしていた。

 

「シドくん…。」

 

 

 

「[[rb:シェリー > ・・・・]]…。」

 

 ◇

 

 ───わたしは、死ぬだろう。

 

 もう戦闘を始めて一日は経過した。倒したオリヴィエは100体を越えた。

 既に左腕は肘から先がなくなっていた。

 

「なんっで!!!こんなにまだ…!!」

 

 隙を見せた瞬間に別のオリヴィエが切りかかって来る。

 今頃シドの式が始まっているだろう。

 用意して来たプレゼントが、リンドブルムのミツゴシのホテルに残されている。彼の祝福を思って編んだニットだ。犬と猫の刺繍の施された二つ。まもなく秋が来て、冬が来る。二人は、おそらく犬はシドが着るだろう。

 渡さずに死ねるものか。

 

 まるで短距離走を一日中走っていたのだ。足が挫けてしまう。

 

「───あぁっ!!!」

 

 片足が切られる。声にならない叫びをあげる。

 

 距離を詰めて来るオリヴィエ。私は目を瞑る。

 

 

 

 しかし、その時はいつまで立っても来なかった。

 眼を開けた先には、彼がいたから。

 

『───力が欲しいか。』

 

 彼は、背中を私に向けていた。オリヴィエと剣戟を繰り広げていた。

 

「これは…」

 

 私は気付く、紫の魔力によって、身体が再生されている事に。

 彼の魔力に包まれる。

 やがて、彼が私に声をかける。

 

「───アルファ…」

 

「シ、シャドウ!」

 

「アルファ、我と一緒に戦うのだろう、何をしている?」

 

 彼は、背中を向けたままこちらに声をかける。

 私は再生した手足にスライムスーツを纏わせ、参戦した。

 

「そうよ!!あなたの背中を、ずっと見ている私ではないわ!!」

 

「・・・・・・背中、預けるぞ。」

 

「分かったわ!!」

 

 私はシャドウに分けられた魔力で回復した。

 そして、オリヴィエに向き合う。

 

「ここからよ!オリヴィエ!!!!」

 

 私はオリヴィエに向かって叫ぶ。

 その瞬間、人形だった彼女が、一瞬、気のせいかもしれないが、微笑んだ気がした。

 彼女の幻覚を見て、私は剣を突き出していく。

 

 ◇

 

 ───数時間前、リンドブルムの式場

 

 シェリーはシドの部屋に入って来た。

 彼の後ろで控えていたニューを一目も見ることなく、シドの元へ歩いて行く。

 

「シェ、シェリー。」

 

「シドくん…泣かないで…。」

 

 神妙な面持ちだった。

 なぜ泣いているのか、なぜ、式場のスタッフがここにいるのか。なぜ、化粧中のシェリーがここにいるのか。

 そういった疑問がニューにはあったが、彼女の所作があまりにも美しかったために、動けないでいた。

 

「私、あなたが好き。」

 

「・・・。」

 

「でも、あなたは、他に好きな人がいるのでしょう?」

 

「・・・。」

 

「この前、花束をくれた女の人・・・。そうだよね。女なら分かるよ。」

 

「・・・。」

 

「シドくんは、学園の時から私、大好きだったの・・・。あなたがチョコレートを渡してくれた日から、ずっと。生きているお父様に唯一紹介出来た男の子だもん。この人と結ばれなきゃって思って、いろんなツテを辿って、やっと結婚にこぎつけたのに。」

 

「・・・先輩。」

 

「もう!もう先輩じゃないんだよ?まぁ、職場の先輩にはなるんだけど・・・。」

 

 えへへ。と頭をかく。整えたはずのてっぺんの髪が、ぴょんと跳ねた。

 

「たいへん。だったんだよ。本当に。アレクシア様とか、ローズ様とかの目をかいくぐって、ここまで来れたんだ・・・。ライバルにバレない様にするために、魔剣士協会しかないって思って、協会を取り込んでさ・・・。」

 

 シドは黙ってシェリーの独白を聞いていた。

 そして、驚いた顔をする。

 

 彼女が、泣いたからだ。

 

「分かっていたよ。私を守ってくれた、あなたの裏の顔。お父様の本性も。裏の顔を知らないと装っていても、最後の最後にネタ晴らしするんだから。私もまだまだだね。」

 支離滅裂になっている。既にシェリー自身も、何を言っているか分かっていなかった。

 

「行くんでしょ??」

 

「シェリ…。」

 

「わたしを、ほんの少しでも愛して守ってくれたあなたなら、これからも懐かしんでくれるあなたなら・・・。」

 

 シェリーはほほえみ、彼の目を見つめた。

 

「うぬぼれかな?・・・でも、わたしを思い出してくれるあなたなら、あのエルフさんをいじめたくてたまらなかったとしても、我慢してほしいの。あの子はあなたの財産であり、あなたに責任があるんだから。で、そういうとき、私があなたに教えられなかったことは、全部自分で考えだすのよ・・・。あなたと将来の話をしたことは、一度もなかったね。ごめんなさい。シドくん。私があなたを愛したのは、いつも一時間後にお互い死んでもいいぐらいの気持ちで、だった。私は既に両親がいなくて独りぼっち。そう運命づけられていたのに、そこにあなたを巻き込んだ。」

 

 シドはじっと耳を傾け、きびしい顔になっている。シェリーはその不安そうな頬に手を置いて、愛おしそうに撫でる。

 

「ねぇ、シドくん。私たちが一緒に、ミツゴシ商店のレストランにお昼を食べにいくところとか、クレアさんを招待しているところ、想像できる?」

 

「・・・。」

 

「行って。」

 

 シェリーは低い声で、彼に言った。「私はあなたを愛している。でも、もう分かってしまったの。行ってください。今すぐ。」

 

 シェリーはシドの頬から手を離すと、彼の腕を引いてドアまで連れていく。

 彼は、まごつき、行かないようとしていた。だが、彼女の手の力が強く足が進んでしまった。

 ドアをシェリーが開け、彼の背中を押して部屋から出そうとした。

 

「早く!!!」

 

「!!シェリー・・・。これ・・・!」

 

 彼から何かを手渡され、それを掴むシェリーがニューと二人部屋に残された。

 

 彼女の手にはハンカチが握られていた。

 

 シェリーはハンカチで目元をぬぐう。

 

「ひどい・・・。ひどいよシドくん・・・。シャドウ・・・さん。うっ・・・うぅうううう。」

 

 嗚咽だった。ウェディングドレスに包まれた女の子が、身体を曲げて鳴いていた。

 誰にも聞かれていない言葉を、その場にいたニューだけが聞いていた。

 

 その様子を見ていたニューは、空を見上げる。空はくもり、結婚式に似つかわしくない雨が、降り始めていた。

 

 ◇

 

「結婚式は、どうなったのかしら?」

 

 私はシャドウにそう話しかける。

 こんな所で私程度のエルフを助けてどうなるのか。投げやりな気分だった。

 貴方に託されたガーデンの構成員を沢山死なせてしまった。

 彼の門出を邪魔する私の様な存在は、壁を破れなければ死んだ方が良いと思う。

 

「・・・アルファ・・・。」

 

「ねぇ、まさか婚約破棄したとか、言わないわよね?」

 

「───アル・・・。」

 

「あなた!!なんでそんなことを??相手の方に申し訳ないと思わないの?」

 

 二人は今、出現したオリヴィエを倒しおわり、祭壇の内部にいた。

 私たちは次のオリヴィエが出て来るのを祭壇の中心に背中合わせで待ち構えていた。

 だが、いつまで立ってもオリヴィエは出現しなかった。

 

「ガーデンの運営にも関わるわ。今まで自由にさせていたのに!こうなったら…分かってもらうために、貴方を切るしかないわね」

 

 私はシャドウに向き直り剣の切っ先を突き立てた。

 剣先が彼の背中に触れる。しかし、彼は背中を見せたまま、微動だにしなかった。

 

「アルファ。君の、本当の名前を教えてくれないか?」

 

「こんな状況で、なんの話?それに、名前は捨てたと言ったはずよ。」

 

「頼む。」

 

「前の名前なんて、忘れたわ。今はシャドウガーデンのアルファよ。」

 

「・・・頼むよ。」

 

 シャドウではなく、彼として聞いてくる。

 

 

 

「───フォルトゥーナ。」

 

「・・・フォルトゥーナ・・・。運命の女神・・・。いい名前だ。」

 

「・・・。」

 

「運命の女神は、前髪しかない。僕はその前髪を掴めたんだね。」

 

 彼がなにを言っているのか、私には分からなかった。陰の叡智なのだろうか。

 下を向いていた彼は、上を向き、両手を上げて言った。

 

「───さぁ、フォルトゥーナ。わめくがいい、さけべばいい!殺されたってかまわない!

 

 私は!!!おまえを愛している!!」

 

 私の仮面が無意識の内に、剥がれた。

 

 ───言われた瞬間、私は何を言われたのか、頭に入って来るまで時間がかかった。

 愛?愛とはなんだろうか。殺されたっていいって、なんだろう。

 背中を私に向けたままなのは、なんでだろうか。

 私が本気で貴方を殺すはず、ないにも関わらず。

 自暴自棄になっている私を叱りもせず。

 

 右手で支えていた剣が、プルプルと下へ下がっていく。

 

 カランッと音を立て、私は徐々に足にも力が入らなくなった。

 

 腰が、力を失ったかのように、前からその場に座り込む。

 

「・・・な、なに・・・を。」

 

 手を床に付け、頭を下げているとシャドウがこちらへ振り向き、しゃがむのが見えた。

 

「アルファ・・・。」

 

 彼が顔を覗こうと見て来る。

 決して下からのぞき込んだりはしない。黙って私の頭の位置に、彼の顔を置いていた。

 私はしばらくして、顔を上げ、そして、今日初めて彼の顔を見た。

 シドの目には、涙が浮かんでいた。泣いた後が頬に伝っていた。

 

「シャドウ・・・。」

 

 私の顔が歪む。

 

「シャドウ・・・!!」

 

 私は彼を抱きしめる。

 

「シャドウ・・・!!ごめんなさい。私、あなたが好きなの。どうしようもなく。私の全てを掛けても、あなたの幸せを歓迎したいと思っていたのに。それなのに・・・。どうしても、あなたの結婚を歓迎できなかった。」

 

「アルファ・・・。」

 

「既にあなたから沢山のものを貰っているわ。それなのに・・・。それなのにもっと、わがままになりたい私がいるの。」

 

「アル・・・。」

 

「あなたのモノになりたい!そして、あなたをわたしのモノにしたいの!!分かっている。わたしのモノにならないってことくらい。それでも!!私の好きだという気持ちは、止められなかったの。」

 

「・・・。」

 

「私と結婚して。シド。」

 

 私は泣いていた。絶叫していた。涙も鼻水も出ていた。

 与えて貰ってばかりの私の、初めてのわがままだったのかもしれない。

 彼は我々の一大事には必ず手を差し伸べてくれていた。そして、私が死にそうな時に、何度も助けてくれた。

 その度に私は反省した。彼に、見捨てられたくなかった。

 

「・・・。」

 

「シド。あなたを、狂おしいほど、愛しているの。」

 

 

 

 

 

「───やっと、言ってくれたね。」

 

 彼は、私の肩に手をやり、顔を離す。

 私たちは視線を交差させる。

 

「アルファ・・・。僕は、君に辛い思いをさせたくないんだ。君は、僕に、求めて来なくなったし、強くなった。それが寂しかったんだ。」

 

「シャドウ・・・。」

 

「こんなに僕のやりたい事を一緒に叶えてくれた君の想いを…僕が分からないはずないでしょう?アルファ。僕は、君の綺麗な髪が大好きなんだ。」

 

 

 

「・・・僕と、結婚しよう。」

 

 私の目が見開かれる。心が付いてこない。

 けど、これは夢ではない。

 彼の腕が、彼の首が、がっちりした上半身が、彼のフワッと香る匂いが、私を現実だと認識させる。

 

「・・・はい・・・。」

 

 プロポーズの場所としては、良くなかったのだろうか。

 無機質な洞窟の中で、オリヴィエが模された祭壇だけがあった。

 

 私たちは本音を言い合った。

 

 私は彼の肩に身体を委ね、泣きじゃくった。

 

 彼が、私の頭を撫でてくれた。

 

 彼の、私の好きな匂いが私を安心させた。

 

 私たちはお互いを離さない様、強く抱き締めあった。

 

 

 

 ───小さな祭壇では、オリヴィエの像が、優しく微笑んでいた。

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