人類誰もが幸せになりたいと思っている。自分だけちょっと贔屓され、幸せになりたいと。
たまたま二分の一で答えたものが正解していたり、たまたま買った宝くじが当たったり。
考えもつかないような力が働き、全てが上手く行ったり。
組織のトップは全体最適を考えるものだ。
いかに権力者と言えども、身勝手な行動で組織を乱してはいけない。
だが、それが許される組織であればどうだろうか。そして、そんな組織のトップに愛された存在がいたとしたら。
◆
シドはオリアナ王国を救った時に思った。
「(イプシロンがいろいろ大変そうだ…。)」
スライムでボディを作ったり、なんかウィクトーリアやローズ王女のお守りをしてたり…。
僕の陰の実力者ムーヴに付き合ってもらうために、ミツゴシの社員から色々愚痴とか、クレームとか聞かされてそうだなー。
そんな社員をたしなめて、わざわざ僕に付き合ってくれてるんだ。
それに、アルファもだけどイプシロンはノリが良い。でも、きっと中間管理職のように、アルファと社員に阻まれて大変な思いをしてるんだろう。少しは労わってあげなきゃ。
◆
「ローズ王女の陰からのサポートを、お願いね。イプシロン。」
「アルファ様、かしこまりました!まずは、オリアナ王国内のディアボロス教団の排除。ですね。」
「ええ、経済はガンマが頑張ってくれているから、上手く行っているけど、ディアボロス教団を中心に、反対派の動向も気になるわ。」
「反対派の動向については、既に559番を中心に隊を構成し、探らせております。」
「流石ね…。」
「いえ!アルファ様、とんでもない事ですわ。」
オリアナ王国のミツゴシ支店で二人は向かい合っていた。
王国の復興は表面上は上手く行っていた。
だが、反対派の貴族からの不満も多い。なぜならローズ王女はまだ新米の女王だったからだ。
いまだに『女王』ではなく、『王女』呼びなのもそれが原因だろう。
前王が死去し、遺言でローズが王女になったものの、反対派の貴族は中々認めなかった。
王とは決裁をしていく存在だ。国を左右する決定を、新米の王女が出来るのだろうか。
いや、出来ないだろう。優秀な宰相や、公爵を中心に頑張ってくれてはいるが、舐められているのが透けて見える。
「それにしても、666番を、そろそろ王女として認める動きが欲しいです。」
「えぇ…。国の運営って、思った以上に難しいものね。」
「陰の叡智から、司法、立法、行政…。三権分立を仕組化して、トップに国王を添える様にしてますが…まだまだ手探りですね。」
「各権力の上層部に、ガーデンの人間を潜り込ませている訳だけれど…我々七陰の考えも限度があるわね。」
「まだまだ試作段階なので、徐々に権力を移動する様にしていけば良いのですが…目下の課題は…」
「オリアナ刑務所。ね。」
オリアナ刑務所。過去の王国の罪の権化だった。
「はい、新たなオリアナ王国として活動する前に、過去の罪は精算すべきでしょう。過去の階級社会がすべての社会ではない、理不尽が横行しない社会を現実させるものとして。」
「私も動くわ。後で、ベータにも相談しましょう。それまで情報を洗っておいてくれるかしら?」
「ベータ…。はっ!!かしこまりました。」
◆
イプシロンは自室に戻ると、コーヒーを入れなおす。
「(やはり物事の中心にあるのは刑務所…。)」
オリアナ王国のローズ王女の反対派の中心人物が、ディアボロス教団のチルドレンファーストと結託し、刑務所近辺に拠点を持っている。という情報が入っていた。
中心人物はドエム・ケツハットの血縁者ではないかという話だった。
シロンとして音楽活動を行う傍ら、情報収集を行っていたイプシロンは、血縁者が誰かを分かっていた。
だが、王国の運営で、続々出て来る課題に対して対応すると、後手後手になってしまっていたのだ。
「(シャドウ様がお救いになった王国を制定するために、頑張らなくては。)」
イプシロンはデスクに置いてある紙のリストを眺める。
「この前も演奏会で行ったけど…また刑務所を見に行ってみようかしら。」
◆
数日が経った後、アルファに呼び出され、ベータを交えて会議を行う。
本格的に、反対派の貴族を御し、ローズ派の大貴族にシャドウガーデンの正体を明かす、という結論になった。
慎重に活動しなければならない。ベータが主様に相談に行っているはずだ。
あの方は動かれるのだろうか…。であれば、ではなくとも力を抜くわけにはいかない。
その日の夜、イプシロンはオリアナ刑務所に来ていた。
「イプシロン様」
「559番、首尾は?」
「はっ!!やはり、チルドレンファーストを中心に、教団の戦力が集中している様です。」
「やはり…目的は?」
「彼らはローーーーーーォズ…じょおうを討伐し、オリアナ王国の王になるため、反逆を企てている。との事です、」
なるほど。何人か間引き、拷問をしたのだろう。
559番の666番の呼び方は気になるが…。思った通りだ。
「…えっと、チルドレンはどのくらいいるのかしら?」
「全団員320名、内、チルドレンファーストが10名、セカンドが15名、サードが50名。力増強のアーティファクトを複数所持」
「…相当な数ね。」
「はっ!手練れが多く、おいそれと近寄れない状態です。特に私は…以前の遠征で失態をおかしましたし…。」
「…王女が母と会った時ね。」
確かに以前ウィクトーリアはオリアナ王国の鍵をとる為に無理をした。
その時は主様に救われ、事なきを得たが、もしあそこに主様が来なかったら部隊は壊滅していただろう。
「今は急ぐ必要はないわ。今ベータが主様に伺いを立てているわ。教団の拠点もろとも、刑務所を殲滅する可能性もある。今日は地形を確認しに来たの。」
「シャドウ様が!?…なぜ、666番だけ…シャドウ様の加護を…!!」
ウィクトーリアがワナワナし出す。
そんなウィクトーリアを見て、イプシロンはたしなめた。
「あなたの気持ちも分かるけど、ガーデンにとっても大切な事なのよ。国家という後ろ盾があって、初めて出来る事もある。主様がどれだけ先を見通しているかは分からないけれど…。」
「はっ!!」
七陰として構成員を御するのも大切な事だ。
だが、ローズ王女がうらやましいのも確かだ。イプシロンだって、彼の特別でありたい。
「話は変わるのだけど、力増強のアーティファクトの事を教えてもらえるかしら?」
イプシロンはプロジェクトのために抜かりなかった。
◆
刑務所から帰って数日後、七陰全員が集められた。
めずらしくアレクサンドリアの会議室だった。
「では、ベータ。始めて頂戴。」
「はっ。では、皆、レジュメに沿って話していきます。」
皆の目の前には紙が5枚ほど、留められたものが置いてあった。
会議が始まるまで時間がかかった。
「今日は…なんなの…眠い…」
「会議は退屈なのです~」
「オリアナ王国はイプシロンが担当だったよね?」
「これはベータの字…何が始まるのかしら。」
イータ、デルタ、ゼータ、ガンマと口々に話す。
「皆、これはシャドウの指示よ。」
アルファの一言で静まった。
「では、改めて、オリアナ王国の制定の件です。我々は、一部の貴族に姿を見せる事にしました。」
「なっ!!ベータ、それはどういう事だ?」
「ゼータ、オリアナ王国の制定について、反対派を沈める必要が出て来たの。反対派は教団が加担していた。」
「教団…潰す…。」
「ドエム・ケツハットと、ラグナロクを潰したから、教団関係者はいないのではなかったかしら?」
「ガンマ、それが、教団はドエムの血縁者に取り入って、王国内に拠点を構えている事が判明したの。」
イプシロンが助け舟を出す。
「ラウンズがいるならまだしも、七陰全員が参加する必要があるのか?ナンバーズだって相当訓練しているはずだ。」
ゼータが意見をする。
「ラウンズはいないけれど、チルドレンが75人含めて全部で300名以上の敵がいるの」
ベータが返答する。
「続けます、オリアナ王国は、イプシロンを中心に制定をしているのだけど、これ以上の制定はローズ王女だけでは限界がある。そこで、我らシャドウガーデンが貴族の一部と接触し、引き込むことになりました。」
「なるほど。そうか。貴族とシャドウガーデンが結託して、教団の拠点を潰す。ガーデンの強さを貴族に見せつけて、ローズ派の力を増していくと、そう言う事か?」
ゼータだ。
「ええ、そのように考えているわ。」
ベータが返答する。
「その…シナリオが…この紙に…書かれているの?」
「そう。これは、シャドウがベータに指示したことよ。」
アルファだ。
「主様は、私に言明しました。『シナリオを、自作しろ』と。」
「「「「!?」」」」
未だに聞かされていなかった、デルタ、イータ、ガンマ、ゼータが驚く。
「そう、各々役割と、会話があるわ。貴族が来た時に備えて、練習しておくように。質問があるものは今の内に質問して。」
アルファが言明する。
「ここ、アレクサンドリアに貴族を招くのか…?」
「面白そう…。」
「デルタ!デルタの役もあるのです??」
「とうとう、我らが表舞台に出る時が来たのですね。」
ゼータ、イータ、デルタ、ガンマが口にする。
「シャドウへの…ミツゴシの信用崩壊の失態を取り返すチャンスでもあるわ。皆、しっかりやるように。」
「「「「「「はっ!!」」」」」」
「…最後の項目の『そうか、だが、やれ』はアルファ様の性癖なの?」
ゼータが突っ込んだ。
◇
数日後
貴族の謁見は問題なく終わった。
シャドウがアレクサンドリアの王の間にて、貴族へ姿を現し、教団の拠点を潰すと約束をしたのだ。
今はアルファと貴族が拠点殲滅の打ち合わせをしている頃だろう。
「(はぁ。やはり刑務所は殲滅する方向になったか。)」
イプシロンはアレクサンドリアの自室で溜息を吐いた。
オリアナ王国の刑務所は、演奏会で一度いった所だ。
のどかな草原と、元気よく過ごしている動物たち、磨かれた通路。
真面目に刑に服する囚人が印象的だった。
今回の殲滅について、イプシロンは仕方がないと分かっていはいたが、乗り気では無かった。
殲滅。刑務所がなくなり、囚人が解放されるのは良い事だと思うが、全員に戻る場所があるとは到底思えなかったからだ。
そもそも死が近いオリアナ王国で、囚人になるのは、死から免れ罪を犯してしまった人間だけだ。
それも大きな罪であればその場で死刑だ。彼らは大きな罪にならなかったから、結果として囚人になっているのだ。
歴史のある刑務所と聞いている。既に家族が亡くなっている者たちも多いのではないだろうか。
「(わがまま言わないの、イプシロン。あなたはシャドウガーデンの七陰なのだから。)」
そう考えに更けていたら、来客を知らせるノックの音が聞こえる。
「イ、イ、イ、イプシロン様!!」
664番の声だった。
「シャドウ様がいらっしゃいました!」
主様!!!イプシロンはすぐに席を立つ。
ドアを開けると私服で立っているシドと、664番がいた。
「や、イプシロン、ちょっと良いかな?」
「主様~!!来ていただいてありがとうございます!どうぞ、こちらへ。」
664番に目線でお礼をし、シドを部屋の中に招き入れる。
「まだ、こちらにいらっしゃったんですね!」
「あぁ、すぐ帰るつもりだったけど、イプシロンとちょっと話そうと思ってね。」
「私と!?あ、あ、あ、ありがとうございます!!」
「オリアナ王国は、シロン先生にお世話になったからね。それで、どうなの?今回の作戦。」
とたんにイプシロンの顔が曇る。
「主様は…すべてを見透かしていらっしゃるのですね…。」
「…っふっ…当然だ…。」
「(やはり主様…。主様の深謀遠慮の中で、私の思惑が重要…?いや、考えすぎか。)」
「(教団の拠点の位置を見たけど、海沿いで良いロケーションだったよな~。拠点の近くには…)刑務所。」
「!?…け、刑務所を、どうされるおつもりで?」
「ふむ…皆は刑務所ごと拠点を潰すつもりなのだろうが…建物を見て良さそうだったら残そうと思ってな…。イプシロンの意見を聞きに来たのだ。」
「…なるほど。そう言う事ですか…」
「うむ。それで?」
イプシロンはシドに進言する。刑務所を残して欲しいと。
問題はない。主様は全てを見透かしていらっしゃるのだから。
わざわざ謁見の後に自室を訪ねて来たのも、そういうことなのだろう。
◇
謁見から二日後
作戦が決行された。
「刑務所は破壊ではなく残すように。囚人は寝静まっているはず、教団の拠点は地下にあるわ。行きなさい。」
アルファの号令で戦力が投入される。
結局貴族の増援は断った。
ここにはシャドウとアルファ、そしてローズの3人がいる。
「シャドウ様…先日の謁見では、セリフを忘れてしまい申し訳ございませんでした…。」
「ふむ?(なんでここにローズ王女が…いや、ひどかったよこの王女。棒読みで。)」
「666番、へりくだる事はないわ。あなたは女王として日々頑張っているわ」
珍しく優しいムードのアルファがいた。
「そう。アルファの言う通りだ。貴様は成したい事成し遂げたのだ。我はそれに手を貸したに過ぎない。」
「シャドウ様…!」
「あなたが人を褒めるなんて珍しいわね。」
「ふむ?」
ついシドが出てきそうになる。だがダメだ。ローズ王女に身バレはしていない…筈。
シドだとバレてしまうと、彼女は宗教の勧誘をしてくるに違いない。
「始まったわ…。」
地下の階段の下に陣取っていた彼女達は、先で聞こえる悲鳴に耳を澄ませる。
地下と言えど広い。地下通路に、大広間もあるだろう。
もしかしたら祭壇もあるのかもしれない。
「我も行くとしよう。」
シャドウはそう言い、陰に潜んだ。
アルファから暴れても良いって言われているしね。
◆
各部隊は分かれていた。
イプシロン、ベータは殲滅の指揮を。
デルタとイータは殲滅を。
ガンマ、ゼータは援護を行っていた。
「「「きさまらは…シャドウガーデンか!?」」」
「よく吠えるなクズが…。」
出て来る教団を切り刻むイプシロン。
「きさま、幹部だな!?」
「チルドレン・ファーストか。」
相対するイカツイ男。イプシロンと同等の力を持っているのか。アーティファクトを使ったのか。
それでも、負けているのは力だけだ。
「…くっ!!」
「ふはは!!アーティファクトさえあれば、黒き薔薇の時の二の舞にはならん!!!」
冷や汗が出る。
イプシロンの攻撃を防ぎ、一撃を加えて来る。
それに勢いもあった。一度負けた存在。相手からするとリベンジだ。
「ぐっ!!」
相手の勢いに押され足が崩れる。
「貰った!!!」
男のにやけた顔が見えた。
と、同時に、男の背後の存在にも気付く。
「遅い。」
「主様!!」
瞬間、男の首が撥ねられていた。
「イプシロン。敵はこの先か?」
「はっ!ベータが先行し、デルタとイータが殲滅しております。」
「分かった。我も行こう。」
「はっ!」
シャドウ様が動かれた。
まもなく教団関係者は屠られるだろう。
イプシロンは安堵する。
やがて、イプシロンの所まで来る敵はおらず、戻って来る構成員の姿が見えた。
「イプシロン様!殲滅が完了しました。」
「分かったわ。アルファ様の元へ戻りましょう。」
◆
アルファの元に戻ったイプシロンは見た。
囚人の1人が、ガンマの元捕らえられていた。
彼女は短く切った青い髪をし、ボロボロの布切れを着て、頭を垂れていた。震えている。
「ガンマ、この者は?」
「刑務所を出て、見回り当番だったみたい…音に反応してきてしまったようなのだけど…。物分かりの良い同胞だし、アルファ様にお伺いを立てようと思って…。」
「お願いです…。殺さないで…。誰にも、言いませんから…」
ガーデンの活動を見たものは死あるのみだった。
それが、シャドウガーデンが、アルファ様が決めた掟だった。
「どうしたの?」
「「アルファ様」」
ガンマとイプシロンが膝を曲げ礼をする。
「殲滅作戦は完了しましたが、目撃者がいたようです。」
イプシロンが口にする。
「エルフ…?」
「お願いします…。殺さないで下さい…。妹に…妹がいるんです。」
「…目撃者は殺すことになっていたはずよ。」
「アルファ様、それが、物分かりの良い同胞なのです。」
ガンマが口にする。
「…イプシロンはどうするべきと思うかしら?」
「アルファ様、私は殺すべきだと思います。」
「イプシロン…!!」
七陰は皆、虐げらえた過去がある。
だからこそ、可哀想なエルフには情がある。
だが、定めたルールは絶対だ。
例え、目の前にいるエルフがイプシロンの[[rb:知っている > ・・・・・]]存在だったとしても、イプシロンはシャドウガーデンのルールを選ぶ。
「七陰で意見が割れたわね。シャドウもいるし、彼に聞いてみる事にしましょうか。」
アルファが口にして、青髪のエルフはしばし生かされることになった。
◆
ガーデンの簡易陣営にはイスが置いてあった。
カツカツとシャドウがイスに向かい、座った。
「それで?」
「殲滅は完了。数名の教団員を確保したわ。アーティファクトも今、イータが解析している。」
「そうか。張り合いのない奴らだった。」
ええ。とアルファが口にする。
「あなたがわざわざ出張ったのだもの。手を煩わせたくはなかったのだけど、どうだったかしら?」
「あぁ、なかなか楽しめた。ここも良い建物だ。」
「刑務所に興味があるのかしら?」
「ここのロケーションが気に入っている。海沿いで、観光名所も必要だろう。破壊しなくて良かった。」
「そ、そうね!ガンマが聞いたら喜ぶわ。」
シャドウとアルファが会話をする。
「「アルファ様」」
アルファの後ろからイプシロンが口にする。イプシロンの隣にはガンマと、ガンマが捕らえている青髪のエルフがいた。
「あぁ。シャドウ。このエルフなのだけど、目撃者のようなの。」
「なるほど?」
「目撃者がいたら殲滅がルールなのだけど…七陰で意見が割れてしまってね。どうすべきかしら?」
シャドウが囚人のエルフを一瞥し、言った。
「ふむ。囚人、言葉は話せるか?」
「……は、はい…。」
「我らはシャドウガーデン。陰に潜み、陰を狩るものだ。お前はここの刑務所の囚人であっているか?」
「…はい。合っています。」
「彼女は、今夜刑務所の見回りの役だったようで、音に釣られて目撃してしまったものです。」
ガンマが補足する。
「七陰で意見が分かれているのは、ガンマ、お前は生かすべきだと言う考えか?」
「…はっ!新たに制定されたオリアナ王国のルールにて、司法ルールの明確化があります。そこでは、故意でないものは法で裁かれないという項目があります。彼女は見回りという役目を全うし、たまたま目撃したにすぎません。」
「ふむ。その通りだな。それで?イプシロンはどうだ?」
「おっしゃる通りかと思いますが、このモノはガーデンの活動を目撃した。厳しい裁定を下すべきかと。」
シャドウはイプシロンの言をジッと聞いた。
ジッと見るシャドウと視線が交差する。が、先に視線を外したのはイプシロンだった。
「お願いです…。殺さないで下さい…。妹の…、妹の成長を見守りたいの…。」
囚人のエルフが頭を垂れて懇願する。
シャドウはエルフの行動をジッと見ていた。
そして、イプシロンを再度見たかと思うと、エルフに視線を戻し、口を開く。
「貴様の妹の…名はなんという?」
「…それは…それだけは言えません…」
「ふむ。この場で殺されるとしても?」
「はい…申し訳…ありません…」
うなだれ、懇願する青髪のエルフ。
なぜ、この様な質問をしたのか、アルファには分からなかった。
イプシロンの手に汗が滲む。
しばらくして、シャドウが口を開いた。
「刑務所にいる教団は破壊され、刑務所は解体される。そうだな?アルファ。」
「ええ、そうよ。」
「ここは観光名所として残さなければならない。人手がいるだろう。」
「ええ、そうね。」
アルファの口角が上がる。
「ならば、この者を雇用せよ。守秘義務契約を結べ。」
「分かったわ。あなたの選択通りに」
「話は終わりだ。撤収するぞ。我はミドガルに帰るとする。」
シャドウが陰になり、消えた。
「…命拾いしたわね。」
囚人エルフの耳に、イプシロンの声が残った。
囚人エルフが頭をあげた時、そこには誰もいなかった。
[newpage]
刑務所を制定後、王国に上がって来る問題は減少した。
明確に敵対行動を取って来る敵を討伐したのだ。
ローズ王女派も力を増していた。
オリアナ王国内でアポを済ませたイプシロンは、ミツゴシ支店に帰っていた。
「(さすが主様…私の思惑が全て、見透かされてしまったわね。あのエルフがいたのは予想外だったけれど。)」
今回はシャドウ様が、イプシロンに慈悲をかけてくれた。
イプシロンが反対行動を取ったのを見透かし、全てイプシロンの希望通りに指示を出してくれた。
なんて嬉しい事なのか。
そう思っていたら、前の通りからシドと一緒に歩いている、顔を隠した女性が前から歩いてきた。
顔を隠した女性は、シドに腕を絡ませていた。
「(666番…上手く変装しているとは言え、抜け駆けは許される事ではないわね)」
「あっ!イ…シロン様!!」
「あら、えーと、ローズ王女(ボソッ)!こんなところで偶然ね。」
「はい、偶然ですね!どちらに行かれるんですか?」
「(このまま帰るだけなんだけど…シャドウ様がいるなら、一緒にいたいわね。)」
「私たち、これからミツゴシでオープンしたカフェに行くんですが、もし良かったらご一緒しませんか?シド君!この方は知ってる?」
「シロン様でしょ?有名だよー」
「シド君もピアノ上手ですからね!話が合うと思いますよ!」
ぴくぴくと、イプシロンの青筋が立つ。
「あ~。その、シド君が良ければご一緒しようかしら…?」
「僕は別に良いけど。」
シドの返答を聞き、満足そうに頷くローズがいた。
◆
三人が向かったのは、ミツゴシで出店した、テラス席が見ごろなカフェだった。
カフェ。と名乗っているが、手ごろなレストランだった。ロケーションが良い。
テラス席も程よく離れていた。
ローズがお手洗いで席を外した時だ。
イプシロンは、シドに何を話そうか悩んでいた。
お礼を言うべきなのか。ピアノの話をするべきなのか。
イプシロンとして接するのか、シロンとして接するのか。シロンの弟子として一時的に培った関係を元に会話をするのか。
だが、考える必要はなかった。
シドが話しかけてくれたからだ。
「疲れはとれているの?」
「…はい!いつも頑張らせて頂いております。」
「そう。イプシロンは、いろいろ大変そうだからストレスたまるでしょ?」
「…」
イプシロンは主の言葉を否定しない。
彼がイプシロンに慈悲をかけてくれているのだ。
近くに子連れの親子がいた。
赤子は泣きそうになっていたが、我慢している様子だった。
「(泣きたければ)泣いても良いんだよ…。」
ボソっとシドが口にする。
その言葉を聞き、イプシロンの目からは、涙が出ていた。
「えっ」
自分でも驚いた。
イプシロンが意識することなく、身体が勝手に涙を流したのだ。
気を張っていたのか。
無理をしていたのか。
だが、大きな1つの節目が終わった。
イプシロンの悲しくも、捨てきれない想いが。終わった。
主様に救われて。これ以上ない終わり方で。
「ぅ…うぅ…」
「(お前が泣くんかい…だが、触れないでおこう)イプシロン、これを」
シドがハンカチをイプシロンに手渡す。
イプシロンは、ハンカチを手にする。
肌触りが良く、水分をよく吸収する、今まで触れたことのないウールで出来たハンカチだった。
ハンカチの端に、オリアナ王国の刑務所の刺繍が施されていた。
[[rb:手入れが行き届いた羊 > おねえさま]]のハンカチで、イプシロンは目元を拭う。
「…ありがとうございます……主様…主様……」
「(急に泣き出した…だが、こういう時はこれだ)辛かったね。良く、頑張った。イプシロンはいつも頑張りすぎなんだよ。」
主の手が、頭を撫でてくる。
大声で泣きたかった。
主の胸に飛び込みたかった。
たが今それは出来ない。
動いてしまえば、バレてしまう。
涙と鼻水で覆われた、みっともない自分の顔が…
涙が…涙が止まらない…
どうしても…