陰の実力者になりたくて! 七陰編SS   作:〇彪

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イータがシャドウをマスターと呼んだ日

 この世界でエルフはよく『悪魔憑き』を発症する。

 人間、獣人、エルフの内、エルフが一番多かった。

 エルフの村では毎年誰か一人、心身を悪魔に乗っ取られて周囲に害をまき散らす。

 きっかけはなんなのか、不明。

 だが、予兆と、どんな人がなるか。は分かる。女性だ。そして、胸の痛みを訴えて来る。

 10代のエルフに取って、「胸が痛い」は言ってはいけない言葉だった。

 だが、言ってはいけないと教えてくれる大人はいなかった。

 

 なので、特別『悪魔に憑りつかれる』事は珍しい事ではなかった。

 

 イータは、物心つく頃から気付いていた。毎年急に神隠しになったように、いなくなるエルフを。

 いなくなったエルフは、大人たちからすれば、『元からいなかった』ように、大人たちは元の生活を生きる事を。

 

 ある日、イータがいつも通り朝起きて、決められた活動を行い、夜寝る時だった。

 

 胸が痛くなった。

 

 チクチクする痛みだった。だが、周囲の大人に助けを求めてはいけない。言ってはいけないと、経験で知っていた。

 なので、黙っていた。

 

 だから、イータは胸の痛みで起き上がれなくなるまで、我慢した。

 

 ◆

 

 その他大勢と同じ。その他大勢に私が選ばれただけの事。

 

 イータはそう思いながら、いつのまにか拘束され、馬車で移動させられていた。

 

 身体を見ると、悪魔が見える。

 悪魔憑きはその存在が知られると、イータの知らぬ間にいなくなってしまうので、どうなるのか分からなかった。

 

 その先が知れる。

 

 それだけでイータは役得だと思った。分からない事を解明できる。

 一たび疑問を持つと明確な答えが腑に落ちるまで落ち着かなかった。

 

 自分は死ぬだろう。なので、自分が知るのは、死ぬまでなのだろう。

 悪魔に憑りつかれ、死に、自分に憑りついた悪魔は周囲を殺しまわるのだろうか。

 それとも、馬車で移動させられた先で討伐されるのだろうか。

 

 分からない。

 馬車の動く音と、痛みでうめく事を辞められない自分の声だけが聞こえて来る。

 

「うううううぅううううう…うぅう!!!」

 

 喚いていれば多少は楽になる。胸の痛みの強弱に応じて音も強くなっていく。

 

 ◆

 

 しばらく馬車で揺られただろうか。

 揺られすぎて元々痛かった胸に加えて、頭や足と、全身が痛い。

 

 腰も痛くなってきた。だが、まぁ、胸の痛みが紛れるから助かる…。

 

 その瞬間だった。

 誰かの気配がした。

 

「…私の声が聞こえる?」

 

「ぅうううううぅう~!…」

 

 辛うじて目を開けると、目の前にいたのはクリーム色の髪の猫の獣人だった。

 

「私はゼータ。あなたを助けに来た。」

 

 イータはうめく事しかできない。そもそも猿ぐつわをはめられていた。

 

「こっちへ。」

 

 ゼータがイータの足と首を持ち、持とうとする。

 が、上手く持てない。彼女は隠密行動は得意そうだが、背丈の同じ自分のような、重いものをもつのは得意ではないのか。

 

「おおおおっと!!!」

 

 声が出てしまった。

 当然の様に馬車の賊に気付かれる。

 

「おい!!奇襲だ!ん?お前は…猫の…しょう…じょ?」

 

「や、やばい…!!アルファ様!!」

 

 獣人が声を発した。

 賊は荷台を見ていた視線を前に向ける。

 

「ぐわっ!!」

 

 と声を出し、馬車を操作していたものが倒れる。

 途端に速度を落とす馬。

 

 イータに聞こえていて『ぐわっ!!』は周囲に4つあった。

 一台の馬車に4名が随行していたのだと分かる。

 

 やがて、複数名の小柄な少女が荷台に乗って来る。

 

「ゼータ、その子ね?」

 

「アルファ様!そうだ。悪魔憑きだ!」

 

「慣れない中の捕獲作戦ありがとうね。でも、全然貴方気付かれなかったわね。」

 

「あぁ、ありがとう…。でもまだ慣れない。この子を持てなかった…。」

 

 金髪のエルフと獣人が会話をしていると、同じ仲間だと思われる人影が姿を現す。

 

「アルファ様!周囲の人影は全て消し終えました。」

 

「他に人はいません。」

 

 青い髪をしたメガネと、メガネじゃない方だ。

 

「このままこの馬車を使用しますか…?おっと!!」

 

 黒い髪をしたエルフだ。ズッコケたが。

 

「アルファ様ー!獲物を仕留めて来たのです!これでボスに褒めてもらえるのです!!」

 

 黒い髪をした獣人だった。

 

「皆、良くやってくれたわ。村へ運びましょう。この子は私が背負っていくわ…。今日は彼が来る日だもの。治してもらいましょう。」

 

 アルファはイータを背負いどこかへ向かった。

 イータの胸の痛みが、少しだけ引いた気がした。

 

 ◆

 

「シャドウ、治療をお願いできるかしら?」

 

 着いたのは廃村の中の1つの家だった。

 6人の少女に囲まれ、イータと、1人の少年が対峙していた。

 イータも息絶え絶えに到着し、目を開けると、タルに座っていた少年が、こちらを見下ろしているのが見えた。

 

「これまた悪魔付きが進行しているね~」

 

 少年が考え事をしながら口にする。

 

 治せないなら黙って死なせてほしいとイータは思った。

 なぜこのような見世物のようになっているのか。

 

「うううううぅううぅう!!ううぅ!!」

 

「何を言って…。」

 

「いや、アルファ、大丈夫だ。」

 

 少年が金髪エルフを制し、樽から降りて来た。

 そして、イータの目の前まで来る。

 

「生きたいか?」

 

「ううううぅううぅうううう!!」

 

「生きて、何をなす?」

 

「ううぅううぅううう!うぅぅ!」

 

「そうか。すまなかった。今治してやる。」

 

 少年がイータの身体に右手をかざす。

 紫色の光が飛んだ。

 

 そしてイータのブヨブヨだった身体が、みるみる内にいつもの身体に戻った。

 馬車で揺られた痛みも消えていた。

 

 周囲を見ると、少女達が神のみ技をみるがごとく、感激している。

 

「な…なに…この…チカラ…」

 

 信じられなかった。

 目の前の少年が行った行為そのものが。

 そんな様子のイータを見て、少年が口にした。

 

「アルファ、服を着せてやれ」

 

 ◆

 

 彼女達に保護されて1週間が経った。

 イータが少年と会ったのは、その時の一度切りだった。

 

「アルファ…シャ…ドウ…は…?」

 

 何度聞いただろう。シャドウガーデンのリーダーに、彼の所在を。

 

「大丈夫よ。彼は我らの盟主だもの。そろそろ来ると思うわ。」

 何度も聞かれている質問に、笑みで返すアルファ。

 何度も聞いているのに、邪見にされないという事が、イータには嬉しかった。

 

 イータはシャドウの圧倒的な力に見せられていた。

 

 彼女らはシャドウガーデンという組織らしい。

 シャドウの圧倒的な力を元に、彼の意向をサポートするためにアルファが組織した、まだ生まれたばかりの組織だった。

 

 イータ以外の6名の少女は、毎日訓練を行っていた。

 だが、イータは「自分のしたいこと」をしてよいと言われていた。

 なので、だらだらと、少女たちの訓練を見ていた。

 

 鬼気迫る訓練だな。と思った。

 生傷も多い。彼女たちのシャドウへの忠誠心が如実に出ていた。

 

 イータに名前はなかった。なので、皆には「あなた」と呼ばれていた。

 

「別に…死んでも良かった…のに…。」

 

 彼女たちの訓練を見ながらそうつぶやく自分に気が付いた。

 誰にも聞かれていない。

 だが、死ぬ運命だったのなら、気張らずに死んでも良かったのではないか。

 生きるのを望んだのは、なぜだったか。思い出せない。

 何かをやってから死にたいと望んだから、結果的に生きたいと思ったのだ。

 

[newpage]

 

「シャドウが来たわ!」

 

 アルファが訓練をしている皆の元へ声を掛けてくれる。

 きゃーきゃー!わーわー!!!と少女たちはアルファの元へ。

 

 来たか。とイータは思い、重い腰を上げる。

 会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが半々くらいだった。

 会いたい。会って色々話したい。という気持ちと、

 私をどう見ているのか分からない。知りたくないという状態。

 嫌われたくないし、気まずい思いをされたくもない。

 御礼を言わなきゃと焦る気持ちもあるが、もし御礼を受け取ってもらえなかったら。と、怖い気持ちも強かった。

 そもそも、覚えてもらえてるかすら、イータには不確かな事だと思ったから。

 

 シャドウはイータから見ても見目麗しい少女達に人気だった。

 彼女らは、彼に初恋をし、恋焦がれている。

 一生を捧げ、身体も心も捧げることが当然だと皆理解し、実行に移していた。

 

 そんな少女たちを見てイータは羨ましかった。

 捧げられることを、許されているという事実に。

 どうしようもなく。

 

 私も捧げたいが、拒まれたらどうしよう。

 彼に嫌われたら、皆と一緒にはいられない。

 

 そんな複雑な気持ちを、ガンマに見抜かれた。

 

 皆がアルファと一緒にアジトに戻る時、ふと後ろを振り返り、イータに話しかける。

 

「あなたも、シャドウ様にちゃんと挨拶しなきゃね。」

 

 手を引かれる。

 

 ガンマのおかげで心身ともに、他の少女達とは打ち解けてきた、人見知りの少女は、大恩ある少年に一歩踏み出すことができた。

 

 ◆

 

 拠点に入ると皆に囲まれるシャドウがいた。

 拠点には食料が沢山詰まった木箱がいくつも置いてあった。

 あと、衣服もあった。

 

 ガンマと手を繋いだイータが、皆とシャドウと距離を取り、順番を待っているようだった。

 だが、順番と呼べるものではなかった。

 シャドウはイータを見つけると、皆に微笑んだかと思うと、イータの方へ向かってきたからだ。

 

 胸が高鳴った気がした。

 

「…あ…あの…」

 

「中々会いに来れなくてごめんね。姉さんの目がうるさくてさ…。アルファから話は聞いているよ。」

 

 話しかけてくれた。嬉しかった。

「今日はまだしばらくいられるから、ご飯食べたら将棋しようよ。」

 君頭良さそうだしさー。

 と続けて言われる。

 

「…うん…」

 

 イータは彼と一緒にいられて嬉しかった。

 そんなイータを、他の少女は温かく見守っていた。

 末っ子の妹の成長を願い、妹の幸せを願い、愛する姉のように。

 

 ◆

 

 彼との将棋は楽しかった。

 始めておこなう、ぼーどげーむというヤツだった。

 

 口下手なイータは、言葉を交わさずとも相手の性格を知ることのできる、都合の良いゲームに没頭した。

 

 初めはイータに合わせていたシャドウだが、負けることはなかった。

 必ずイータの一手上を行った。

 惜しい負けを何度も経験し、彼と会話をした。

 

 彼は彼女を導こうとしていた。

 少なくとも、イータはそう思った。

 

 シャドウは、死んでも良かったと思っているベータに、生きる目的を見出してくれていた。

 自分の足で、自分の考えで生き、交わった先がシャドウガーデンなのであれば、受け入れると。言ってくれている気がした。

 

 優しい…。

 

 皆が彼を好きなのが分かる。

 普段の近寄りがたい雰囲気も、ポンコツそうな雰囲気もギャップがあり見てて飽きない。

 ただその根底にあるのは慈愛だと。イータには感じられた。

 

 拠点にはいろんなものが運び込まれているが、基本的に彼と誰かが使うためにあるもののようだった。

 将棋も始めはシャドウとアルファがやっていたらしい。

 魔法で作ったのか、人型の土人形、ピアノなどなど。

 たまに少女同士でやっているのを見たことがあるが、ほんとたまにだった。

 少女は少女でアルファを中心に訓練や、拠点の掃除を行う事が基本だった。

 あと、シャドウへ報告へ唯一行けるのもアルファだった。

 

「また…負けた…。」

 

「まぁ、まだ定石通りの負けだね。」

 

「定石…って?」

 

「ん~。僕はいくつもの勝ち方を知っていて、それを差しているだけ。ってことかな。勝ち方。と言える。」

 

「…なんで…しっているの…?」

 

「一手を研究しつくしたからかな。」

 

 研究…?口の中で転がす。

 いつ?将棋というげーむはこの社会で珍しい部類のはず。そこまで研究されるようなものではない。はず。

 少なくともイータは始めて聞いた。

 

「シャドウは…いつ…研究したの…?」

 

「ふっ。今も研究の途中だ。頭の中で、延々と考えるだけだ。答えの出るまでね。」

 

「!?」

 

 普段の屈託のない少年から、シャドウへと声を変える。

 目の前の人物を見つめる。

 彼は私と似ている。とイータは思った。

 頭の中で常に疑問を復唱している事が。

 だが、将棋で相対して分かる。彼はイータの出す回答の遥か先を行っていた。

 

 イータは村の中では一番頭が良かった。

 頭の回転が速く、効率を重視した。

 効率、生産性、数字。行きつく先の答えは、感情とは別の所にあった。

 なので、シャドウに会いたい気持ちも、会いたいという感情よりも、彼と一緒にいる事で知識欲を満たしたいという気持ちの方が強かった。

 

 イータは生きてきた中で、自分よりも頭の回転の速い人に会った事はなかった。

 だが、シャドウはそんな自分よりも遥かに頭の回転が速いのだと思わされた。

 上には上がいるのか。

 

「ダメ…。勝てない…。」

 

「そうか。で、あれば、ボードを交換し、続きをやろうか。」

 

 イータが負けだと悟った状態で、交代する。

 それでもイータは負けた。

 

 ◆

 

 それからシャドウは拠点に来るときはイータと会話をするようになっていった。

 

 拠点に来てから1カ月が経った。

 

 イータとシャドウが会うのは4回目になっていた。

 

 そろそろ、シャドウガーデンに入る意思を固めないと…。と逸る気持ちが生まれるが、シャドウは急かさなかった。

 それよりも、イータにゆっくりと考える時間を与えていた様な気がした。

 

 その日の夜は蒸し暑く、良く晴れた日だった。

 

「シャドウ、今日は何時までいれるの?」

 アルファが将棋を始めたシャドウに声をかける。

 

「もうちょっと。かな。もう一局するか…。」

 シャドウはそこで外を見て何かを考える。

 

「君、この一局、外でやらないか?」

 

 良く分からない提案を受け、イータは驚くが、シャドウの提案だ。乗らない事はない。

「うん…分かった…。」

 

 そしてシャドウは後ろを振り向く。

 そこにはピアノを弾くイプシロン。そんなイプシロンを見るデルタ。

 人形を嬉しそうに見ているベータ。スライムに魔力を送っているゼータ。

 ガンマと会話をするアルファがいた。

 

「みんな、見せたいものがあるんだ。ちょっと付いてきてくれない?」

 シャドウが元気よく言った。

 夜の散歩は特別だった。

 

 ◆

 

 皆で続々とシャドウについて歩く。

 着いた先にあったのは、大きな滝だった。

 

 こんなところにあるなんて。

 皆、先にある大きな中を見て感嘆の声を漏らした。

 

 適当な岩に将棋を置く。

 

 イータはこの日をよく覚えている。

 星が輝いていた。月が、光を増していた。蒸し暑かったが、そんな事気にならない位、滝の水しぶきが心地よかった。

 

 やがて、皆の注目を集めながらシャドウが口にする。

 

「みんな、虹って知ってる?」

 

 知ってる!!と一斉に口にする。

 

「虹の起こし方を知ってる?」

 

「…知らないわ。虹は神が起こすものだと、エルフには伝わっているわ。」

 

「獣人にも、獣神様からのご褒美だって聞いてるよ。」

 

 誰も虹の起こし方を知らなかった。代表してアルファ、そしてゼータが回答する。

 

「そもそも、虹を見れるのは昼間のみのはず。」

 

 アルファが続けて口にした。そんなの常識だ。

 

 そんな皆をみて、シャドウがふふん。と口にする。

 

「なるほどね。じゃあ、皆、今から説明するね。」

 

 こほん。と咳払いし、シャドウが話す。

 

「虹は、大気そのものや、大気中の水滴によって、光が反射、屈折、回折などを起こすことによって見える光学現象なんだ。神話の存在ではない。科学的に虹の現象は証明されてる。」

 

 イータの方を見て続ける。

 

「つまり、虹は神の起こすものではない。自然現象によって、条件を満たしたときに見られる、ただの現象なんだ。神の意志は関係ない。偶然できるもの。とも言えない。雨を予想することも出来れば、虹を予想することも出来る。予想が出来れば検証し、解明する事で正体を知る事が出来るんだ。」

 

 皆、シャドウが何を言っているのか分からなかった。

 だが、次の言葉で全てが分かる。

 

「今から、月虹(げっこう)をお見せしよう。」

 

 シャドウが両手を開き、魔力を集中させる。

 

 集中させた魔力を滝の下へ放った。

 

 ボンっっ!!!!!!!!!!

 

 上から下へ流れていた滝が、動きを止めた。

 滝が数秒途切れ、水しぶきが広がる。

 

 そして

 

 夜空に虹が出来ていた。

 

 その光景がイータの目に、イータの記憶に鮮明に映る。

 

「「「「「「「わああああああ!!!!」」」」」」」

 

 少女達が感嘆の声を鳴らす。

 盟主様は良く分からない事を言っていたけど、つまりは神だという事だ。

 エルフの少女も獣人の少女も、それを認めた。

 だが、イータだけは、シャドウが何を言っているのか理解しようとしたし、なんとなく言っている事が分かった。

 

 誤魔化す大人が嫌いだった。

 何かあると神の仕業。そんなことはない。証明出来てしまえば簡単な事。

 神の御業を言われる虹は、水しぶきと光が組み合わさったもの。

 

 それを、シャドウは明確に教えてくれたのだ。

 

「ふふふ。どうだろう。皆、虹を見ながら、彼女と僕との将棋、どちらが勝つか予想しないか?」

 そしてシャドウが皆に問いかける。

 

 そんなものシャドウが勝つに決まっていた。

 

「そして、勝った方が、負けた方の言う事を出来る限り聞く。という賭けをしないか?」

 

 そんなもの賭けにならない。皆そう思った。だが、イータはその賭けに乗った。

 

 そして、シャドウは負けた。

 

 シャドウが負けたのは、先にも前にもこの1戦だけだった。

 

 イータの報酬は、呼び名の変更だった。

 

「シャドウ」から、「マスター」へ。

 

 そして、イータはシャドウガーデンの正式なメンバーとなった。

 

 彼女は、「あなた」から、「イータ」になった。

 

 ◆

 

「…また…あの…夢」

 

 イータは起きた。

 ここはアレクサンドリア。昨日は夜中まで研究に耽っていた。

 研究中のまま、机の上で寝てしまった。

 

 良い夢を見た。シャドウガーデンに入った時の夢だ。

 

 外を見る。雨が止み、太陽が刺したのか。眩しくて、目が覚めたのか。

 

 遠くの方で、虹がかかっていた。

 

 

 彼女は思い出した。

 

 虹の原理を知ったら、死のうと思い、知るまで死ねないと思い、今生きている事を。

 

 だが、今はマスターの脳みそを解剖し、陰の叡智を知るまで死ねないと思っていた。

 

「早く…マスター…と…子作り…しないとな」

 

 目下の課題はマスターとの子作りだ。

 シャドウの脳みその解剖は残念ながら無理だろう。薄々分かっていた。

 

 なので、その遺伝子を残し、解剖するしかない。

 

 それに、マスターとの子作りは、楽しみだ。

 

 下腹部が熱くなる…。

 

「ふふ…うふふふふふ…。」

 

 イータは い つ も ど お り 不敵な笑みを浮かべた。

 

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