「これは複雑な問題ね…」
アルファがミドガル内の私室で溜息をついた。
拠点は拡充しつつある。ミドガル、オリアナ、アレクサンドリアと3つ。
王都以外も含めるのであれば、10以上のミツゴシの拠点、もといシャドウガーデンの潜伏先があった。
構成員の数も多くなり、表で活動するもの、裏で活動するものから日々報告が上がって来る。
見ているのは、オリアナ王国の辺境伯領のある場所で、盗賊団の『アニ組織』の拠点が激しい活動をしているというモノだった。
もともと目を付けていた『アニ組織』だったが、ディアボロス教団と関係がないものだと思っていた。
だが、最近ディアボロス教団と手を組んだのだろう、強力なアーティファクトを使い、周辺の村々を焼き払っている。
と、そういうモノだった。
そして、彼らを討伐せんと躍起になる辺境伯。だが、返り討ちに合うのは目に見えていた。
陰に潜み、シャドウガーデンが鉄槌を下しても良いのだが、今のまま辺境伯にシャドウガーデンとローズの繋がりを知られるのは、ローズの体裁上良くない事だった。
王女派の大派閥である辺境伯には、シャドウガーデンに良い印象を持ってもらわなければならない。
今のまま、何も知らずに世間体だけを考えれば、王女に反抗するのは目に見えていた。
ローズに敵対する可能性は避けなければならなかった。
「シャドウの意向を聞かなければならないわね。オリアナ王国を、ローズ・オリアナを救ったのは、彼だもの。」
アルファは机の上に置いてある鈴を鳴らす。
そして現れるニューに向かって指示を出す。
「アルファ様。何かご用でしょうか。」
「ニュー、イプシロンと…ベータを呼んで頂戴。」
かしこまりました。とニューは下がっていく。2人とも今日はミドガルにいるはずだ。
◆
「「アルファ様、お呼びでしょうか!」」
どちらが早く着けるか勝負でもしてるのか?ベータとイプシロンが部屋に入って来る。
「え、ええ。2人とも忙しいところ申し訳ないわね。座って頂戴」
「いえ!アルファ様からのお声掛け、なんでもない事です」
「はい!なんでもおっしゃってください。それで、どの事でしょうか?」
アルファ、イプシロン、ベータと口にする。
アルファは、後はガンマにも聞いてみようかしら。と逡巡する。
「そうね。2人を呼んだのはオリアナの件よ…ガーデンによって街は復興が完了しつつある。そろそろ貴族にシャドウガーデンの存在を、知らしめてもよいと、思っているの。」
アルファはまずそう口にする。
「なるほど。オリアナ王国を裏で牛耳っていたディアボロス教団に変わる存在として…有力貴族に顔を売ると、そう言う事ですね。
」
「今は、666番が私たちと繋がっているだけですわ。確かに…帝国との戦争が近い。我々の指示を通りやすくするために、何名かの権力者とは顔繋ぎをした方が、良いかもしれません」
ベータ、イプシロンが口々に意見を話す。
「オリアナ王国で活動していた貴方は、まずは誰に取り入るべきだと思うかしら…イプシロン?」
「そうですね。私は、今でもローズ王女派の牽引である辺境伯様かなと思うのですが…。」
「?」
「いえ、今、ドエム・ケツハット公爵の後釜に、誰がなるかで争っている様でして、ドエムの兄、アニ・ケツハットか、オトウト・ケツハットのどちらかも重要かなと考えていました。」
「なるほど…イプシロンは、どちらが後釜になるのが望ましいと考えるかしら?」
「この場合だと、オトウト・ケツハットだと思います。666番の一番の後援者である、辺境伯様のご息女様が、オトウトに嫁いでますので…。」
アルファとイプシロンが会話をする。
「ちょっと待ってください、アニ・ケツハットはオトウト・ケツハットと20歳以上離れています。順当に考えるのであれば、アニ・ケツハットが公爵になるではないですか?」
ベータだ。彼女の頭の中には重要人物のデータが入っていた。
「先日のラウンズ、モードレッドとの抗争でケツハット兄弟は目立つ行動はしてなかったですが、ドエムも兄弟のどちらかにはディアボロス教団の事を話していると思います。彼は傀儡でしたが、ディアボロス教団は侮れません。もうちょっと冷静に考える必要があると思います。」
「…ガーデンがこのまま、オトウト・ケツハットを推しても禍根が残るかもしれないわね。」
2人の考えを聞き、アルファが逡巡する。
「イプシロン、ケツハット兄弟に会った事はあるかしら?」
「いえ、2人ともその…会ったことがないです。影が薄いと言いますか、アニは粗暴で、オトウトは内気だと、ドエムから聞いたことがありますし、演奏会でも2人の奥様とは話したことがあるのですが。」
「どんな人だったのか、噂は聞いたことがあるかしら?」
「どちらともドエムの腰巾着だったと聞いています。ただでさえ長いものには巻かれる貴族ですから…。」
「なるほどね…。ベータはどうするべきだと思うかしら…?」
「そうですね…。今後の事を考えると、オリアナとは友好的に関係性を作っていきたいと思いますし…。まずは、辺境伯と、公爵候補の2人に会う事から、でしょうか。」
ベータは意見を口にする。
そうだ、まだ机上の空論なのだ。会って、裏を確かめてみなければ。
「イプシロンも、それでいいかしら?まだ貴方も会った事がないみたいだし…。」
「はっ!そのように取り計らいます。ですが、アルファ様、今動かせる人員がありません。ゼータも、ミドガルの別案件に取り掛かってますし…。」
「良いわ。3人で取り掛かりましょう。ベータはシャドウに、報告してくれるかしら?現状の報告と、ガーデンの意向を。」
「かしこまりました。」
彼女らは各々私室に戻っていった。
◆
「と、言う事なのです。」
いつもの報告とは異なり、頭を抱え、多少たどたどしさがありながらもする報告をシドは聞いていた。
つまりはアレか。オリアナ王国の公爵を見極めて、陰の実力者プレイに参加させたいと、そう言う事なのだろう。
陰の実力者プレイに参加させるために、陰の実力者のカッコよさを見てもらう必要があると。
だが、カッコよさを見せつけるのにどうすれば良いか迷っている。
まあ大体そんな感じか。とシドは結論付ける。
それにしても、ローズ先輩だけでなく公爵を巻き込むなんて…陰の実力者プレイも大所帯になってきたな。
たしかにドエム君は良いキャラクターをしていた。後釜も活かしていかないと。
だが、こういう場合はどうするのが良いのだろう。いや、あの手があった。
いつもなら報告をしたあと。「ふむ。」とか「ぬかるなよ。」とか言えば後は帰っていくベータだったが、今はシドの私室に残っている。
シドに、次の陰の実力者プレイの相談に、アドバイスを求めているのだろう。
「ベータよ。シナリオを書くのだ。」
やっぱり複雑な状況をまとめて解決するには、ストーリーを考えるしかないよね。
「シャ、シャドウ様。シナリオ…ですか?」
「あぁ。我も出よう。」
「シャ!シャドウ様が!?ですか?」
「我を存分に使うと良い。後は…。そうだな。」
シドはふと気になった。ローズ先輩って、学校はどうしたんだろう…。もう辞めちゃったのかな…。
「ローズ・オリアナ(ぼそっ)…」
「!?」
「あぁ、すまない。それで、話は終わりか?」
「(666番を使えと言うの!?666番はシャドウガーデンの構成員…。考えろ、考えろベータ…。はっ!)」
「ベータ?」
「…!!シャドウ様、申し訳ございません。考え事をしておりました!」
「…ふむ。まぁ良い。シナリオを、自作するのだ。話は終わりだ。」
「はっ!!失礼いたします。」
◆
シナリオを…自作する…?
シャドウ様は何を私に伝えたかったのだろう。
まさか、これは…以前シャドウ様に教わった陰の叡智、自作自演、マッチポンプ…そう言う事ね!
シャドウ様も出る…。とおっしゃっていたわ。
666番を使い、アニ・ケツハットとオトウト・ケツハット、辺境伯様をシャドウ様に謁見させろと、そう言う事ね。
「委細、承知いたしました!」
ベータは闇夜に紛れながら、シャドウに返事をした。
[newpage]
ローズは困っていた。内政についてだ。
未だ基盤は盤石ではない。オリアナ王国は複数の派閥がせめぎ合っていた。
先日の抗争でドエムがつぶれたのは大きい。だが、逆に小さな派閥が増えてしまった。
今一番大きい派閥が王女派閥だったが、辺境伯の後ろ盾がなければ、どうなるか分からない。
シャドウガーデンの後ろ盾もあるとはいえ、内政面で頼る事は出来ない。
もちろんアドバイスを貰い、陰で暗躍してもらう事は出来るが、ローズは無闇に血を見ることなく納めたかった。
もちろん、ディアボロス教団に組みしている貴族がいればその限りではない。
だが、組みしていたドエムはもういないのだ。
「まずは辺境伯様から来ているトラブルを解決しないといけないわね…。」
辺境伯領できな臭い動きがあるというモノだ。アニ盗賊団と名乗るその盗賊団は、辺境伯領の領民を襲っていた。
オリアナ王国はそもそも芸術の国だ、騎士のレベルは高くない。
帝国のきな臭い動きもあるし、軍備の強化は絶対的に必要だった。
「トラブル続きで疲れているようね。」
「…!イプシロン様!!」
王室にて1人、書類と格闘しているローズの元に、いつの間に来たのだろう、イプシロンが後ろに立っていた。
即座に立ち、膝を曲げようとするローズ。
「いえ、良いわ。座ったままで…。」
「はっ!」
「辺境伯領の事よ。シャドウ様が動かれたわ。」
「シャドウ様が…!?」
「今から指令を伝えます。貴方はその通り動く様に。」
「はっ!!」
ローズはイプシロンから指令を伝えられる。
指令自体はローズが動けば問題のない範囲だった。
「うふふ。シャドウ様が動かれるなんて…。我が主はベータが報告をした後ですぐに解決手段を提示されたわ…。」
恍惚の表情のイプシロンを目に圧倒されるローズ。
「シャ、シャドウ様が…。なぜ私にこんなに目を付けてくれているのでしょうか…。」
「そうね。それは分からないわ…。だけれど、彼はずっと先の未来まで見据えている…。時代を作る我が主の礎とならないと…。あぁ、シャドウ様が指令を下されたのならば、もう悩む必要はないわ。」
「…。」
「だから666番、気を引き締めて取り組みなさい。」
「はっ!!」
闇夜に消えてゆくイプシロンを見るローズ。
「あぁ、シド君。貴方に会いたい。」
ローズの声を聞く者は、誰もいなかった。
[newpage]
イプシロンは辺境伯から相談を受けていた。
太客である辺境伯は、イプシロンは様々な相談を受ける間柄になっていた。
相談事は辺境伯邸に届いた指令書の事だ。
『アニ盗賊団を討伐する戦力を確保せよ。必ず討伐すべし』
王命であった。
「シロン様にこんな事を相談しても良いかと考えたのですが…。」
はぁ。と目の前のチョビヒゲダンディズムが口にする。40代半ばなのだが若々しい見た目をしている。
芸術の国で身体が引き締まっている壮年の男性は珍しい。大体みな、恰幅の良い。を通り越してただただ大きいお腹をしていたから。
「いえ!辺境伯様、私とあなたの仲じゃないですか!」
「そういって頂けるとありがたいが…。」
「えーと、これは以前相談を受けた盗賊団の事ですよね?」
「はい、ローズ王女にも相談していたんですが…協力してくれるのはありがたいのですが…」
「?」
「あの…勝てる見込みが全くなくて…。」
「そうなんですか?」
「はい、当領地の精鋭騎士を複数名、討伐に行かせたのですが、全て返り討ちにあっておりまして。自慢じゃないですが、我が領地は芸術だけでなく、魔剣士育成にも取り組んでましたから、オリアナ王国では随一の戦力を持ってたんですな。」
「確かに、辺境伯様にはいつも、屈強な騎士様達がいらっしゃいましたよね。」
そういえば護衛の数が減ってます…?とイプシロンは口にする。
「ははは、恥ずかしい話なのですが…。ですので、ローズ王女の助力を頂いても、勝てる見込みがないと、分かってしまうのです。」
「なるほど…。失礼ですが、辺境伯様の次に戦力を持っている貴族様は…?」
「もともとはドエム・ケツハット公爵だったのですが、今はおりませんので…。アニ・ケツハットか、オトウト・ケツハットですな。」
と辺境伯は口にする。
「王命が下っているのですから、でしたらその2人にも助力を願ってみては?」
「ふむ。確かに。ですが、彼らの力を借りたとて、我々の精鋭騎士には及びません…。」
「そうなんですね…。」
2人で考えをまとめている時だった。
客間の扉が開かれ、騎士が1人入って来る。
「伯!失礼致します。アニ・ケツハット様より手紙が届きました。」
騎士が持って来たのは白い封筒だった。
公爵の封蝋があった。
「…。」
「辺境伯様…?」
手紙を受け取り、中身を見る辺境伯は、考えていた。
「辺境伯様、どうされたのですか?」
「…アニ・ケツハットが、私に協力すると…。」
やがて、オトウト・ケツハットの手紙も辺境伯の元に届くのだった。
◆
あのクソ王女め!!!
アニ・ケツハットは自室で叫ぶ。
先程きた王命の事だ。
「順当に…!!俺が公爵になるに決まってるだろうが…!!」
王宮から来た書類には『アニ・ケツハット オトウト・ケツハット両名に辺境伯領の盗賊団の討伐を命ず。貢献した方に公爵を拝爵する。』といった内容だった。
誰にもバレてはいないが、アニ盗賊団はアニ・ケツハットの組織する盗賊団だった。
優秀なドエムに辛酸を舐めさせられ、つい最近自分にも月が回って来たと思ったとたんに、今度はオトウトと争えと…?
先日ディアボロス教団と名乗るものからコンタクトがあり、盗賊団の強化を行っていた後だった。
盗賊団を強化し、自身が王になる。そういったシナリオを作っていたのに。
今度は自身の盗賊団を自身で討伐するという。不可思議な状態だった。
「くっ!!このままでいられるか!!オトウトと辺境伯に取り入って、上手い事状況を好転させなくてわ!」
ディアボロス教団に不審がられてはダメだ。
ましてや、敵対組織のシャドウガーデン…彼らと繋がる事は死を意味する。
絶対に阻止しなくてはならない。
床で砕けたワイングラスに躓き、アニ・ケツハットはこけた。
◆
「全然話が進みませんね…。」
辺境伯領、辺境伯邸にて、アニ・ケツハットとオトウト・ケツハットは辺境伯と話していた。
アニもオトウトも、年齢の違いで見分けはつくが、同じ体系をしていた。
ぐーたら貴族生活を謳歌している。
オトウトには娘を恩賜したが、娘もぐーたら貴族生活を謳歌している様だった。
郷に入っては郷に従えと言うが…。まぁ良い。
問題は目の前で争っているケツハット兄弟の事だ。
「お2人とも、冷静になってください。というか建設的な会話をしましょう。」
「伯!私は常に冷静だ!」
「兄さま…あなたは冷静ではない。叔父上への返答が物語っている。」
「うるさい!!私に口答えするな!」
「…。すみません、話しを続けます。やはり、お2人の戦力でも、盗賊団には勝てないという結論で良いですか?」
それが全てだった。アニもオトウトも、辺境伯程の戦力を有していない。
「…そうだ!」
「…えぇ。叔父上の精鋭騎士がやられたのでは…。私の騎士では話にならないと思います。」
「…。それならもう、奥の手を使うしかありませんね。」
「奥の手?ですか?叔父上」
2人の目が辺境伯に注がれる。
「はい。ですが、ここからは超シークレットの話です。お2人とも、約束できますか?」
神妙に頷く2人。
「シャドウガーデンの、盟主への謁見です。」
「そうか…え?」
「シャドウガーデン…?確か先日の黒き薔薇を沈めたとか…。」
各々が知っている事を口にする。
「い、いや!!まて!!そんな事!!!出来る訳ないだろうが!!」
「お兄様?なぜです?私としては問題ないと思うのですが…というか、それ以外盗賊団を討伐出来るツテがありません。」
「出来ないと言ったら出来ない!!」
「アニ・ケツハット殿。では逆にそれ以外の手が…?」
「…」
途端に閉口してしまうアニ・ケツハットだった。
「そもそもシャドウが我々に力を貸してくれると決まった訳じゃありません。」
「叔父上、ちなみにどのようなツテで、彼らと接触出来たんですか?」
「いや、私もまだ接触した訳ではない。だが、黒き薔薇の時ローズ王女の手助けをしていただろう?ローズ王女の背後にはシャドウガーデンがいるはずだ。王女に相談すれば、なんとかなると思う。」
「あの大抗争の時に、戦っていたのは、シャドウガーデンだったんですか。」
「そうです。それで、2対1なのですが、アニ・ケツハット殿…?私が代表して、王女様に口添えしても構わないですな?」
「…」
アニは何も話さなかった。
◇
3人は目隠しされたまま馬車で2日間揺られていた。
2日間とも、どこを通っているのか分からない。
霧の中を抜けた気がするのはなんとなく分かる。
必要最低限の食事と、宿を提供された。
シャドウに会うのはそれほど大変な事なのだ。
ローズ王女もついてきている。別の馬車に乗っていると聞いていた。
辺境伯と2人が話してから、5日後の出来事だった。
盗賊団の動きも活発化しているから、早くシャドウに会わなければと、辺境伯が急かしたのだ。
辺境伯に急かされ、怪しさ満点のアニ・ケツハットだったが流されるがまま馬車の中にいた。
ローズ王女がいるから、ディアボロス教団に殺される心配はないという安心感と、
どちらにせよ上手く立ち回らなければお先真っ暗だと言う事実が、アニ・ケツハットを後押しした。
「アポが取れました。」
約束の時間に王宮へ行くと、小声で話すローズ王女と辺境伯がいた。
辺境伯が2人に馬車に乗る様指示してから、ローズの指示で目隠しをされた。
◆
霧が抜けてからしばらく経ったあたりだろうか。
地下を進んでいる?気がした。街中に入ったのだろうか。
3人とも無言で、馬車の動く音くらいしか聞こえない馬車の動きが止まった。
今日はここに泊まるのだろうか。そう思っていると告げられる。
「到着いたしました。」
馬車内に入ってきたモノに、皆の目隠しが外されて行く。
目隠しをするときも思ったが、付ける、外すという行為そのものが、いつされたのか分からない。
相当の手練れがローズ王女の騎士にはいるのだと納得させられる。
3人の目に入って来たのは、オリアナ王宮より大きな王宮だった。
デザインが古い感じがする。だが、美しい。
芸術の国で生まれ育った3人はそう思った。
やがて、先行していた馬車から降りてくる見目麗しい女性が声をかけてきた。
「辺境伯様、アニ・ケツハット様、オトウト・ケツハット様、お疲れさまでした。」
「ローズ王女。ここは…すごいところですな。王女は来たことがおありで?」
いや~、どうでしょう。とローズがぼやかす。
「ふむ。私もここに来るまで、どこをどう通ったか分かりませんでした。記憶が曖昧なのもしょうがない。」
「王女、ここにシャドウがいるのですか?」
アニ・ケツハットだった。
「はい、謁見の間でお待ちと聞いております。」
「どうやって聞かれたのですか?」
「えっと…。あっ!あの私もシャドウ…しゃま…」
噛んだ。
「しゃま?なんですかな?それは」
「ごほん。私も実はちゃんとお会いしたことがなくて、いつの間にか後ろから声が聞こえるのです。」
「シャドウは男と聞いてますが、団員は皆女でしたな。まさか、男がいつの間に後ろにいると?」
「いえ!聞こえるのは女性の声です。」
「ふ~む。不思議な事もあるものですな。」
「兄様、私は先程目隠しを外れた時、気配を感じませんでした。シャドウガーデンの団員は訓練されていると、そういうことではないですかな?」
「いや!アレはローズ王女の私兵の方で、シャドウガーデンは関係ない、ですな、王女?」
オトウト・ケツハットが助け舟を出すものの、アニ・ケツハットはさらに詰めてくる。
「いや〜。別の馬車でしたし、どうでしたかね〜…でもまあシャドウガーデンの皆様は大変強く、黒き薔薇の時も助けてくれまして!」
ローズが微笑みながら口にする。
城の前で待っていると、中から女性が1人歩いてくるのが見えた。
金髪のエルフだった。
彼女は身体のラインがくっきり出る、上下の服を着ていた。
彼女は3人の目の前に来て深く礼をする。
彼女の笑みは、3人を昇天させるのに十分な破壊力を持っていた。
不思議な服だった。シャドウガーデンの制服なのだろうか。
全身が黒く覆われていたが、スタイルの良さが際立っていた。
「ローズ王女、辺境伯様、アニ・ケツハット様、オトウト・ケツハット様、遠い所をご足労頂き、ありがとうございます。」
「これはこれは!!こんなに美しい方がいらっしゃるとは!!」
「ア、兄様…失礼ですよ。」
「いえ!素晴らしい場所ですなここは!!たまにはすべてを忘れて馬車に揺られるのも良いものです。」
上機嫌なアニと、ねっとりと足首から頭先まで眺めるオトウトが対象的だった。
辺境伯はふとローズが自身の掌を見つめているのが目に見えた。
だが、それも数瞬だった。数瞬の出来事は辺境伯には記憶に残らない。
「アルファ様、お招きいただきありがとうございます。シャドウ殿に謁見のアポイントを頂いているのですが、よろしいでしょうか。」
「はい、お伺いしておりました、ローズ王女様。ご案内いたします。どうぞこちらへ。」
ローズが代表してアルファと話、ローズに続いて3人が付いて行く。
護衛はついて来ないのだろうか。辺境伯は思い、後ろを振り返ったが、馬車を移動させているローズの侍女が目に映っただけだった。
◆
やがて4人は謁見の間の扉の前に連れられる。
扉が開けられると、中にはふかふかのジュータンと、奥には玉座があった。
そして、玉座の横に連なる6名のマントに身を包んだ女性。
謁見の間の壁にいる複数名の、マントに身を包んだ女性がいた。
「こちらで待機してください。」
王座の前でたたされる4人がいた。
辺境伯は膝を屈するか迷う。しかし、ローズを見ると立っていた。膝を屈する必要はないと判断する。
アニはきょろきょろと周囲を見回し、オトウトはアルファの行く先を見ていた。
アルファが玉座の後ろにある扉を開け、何かを合図する。
そして、玉座の隣に立った。
入口の扉が閉められ、薄暗い風景となる。
「シャドウ様が来られます。」
ザ!!と膝を屈し、頭を垂れる団員達。
玉座に黒い線上のナニカが集まっていく。
線上のナニカは集まり、円を形成していく。
その様を目を見開きながら3人は眺めていた。
そして、円が収束したかと思うと、瞬きをした次の瞬間、マントを被った男が座っていた。
右腕をひじ掛けに乗せ、頭の重さを右手で抑えていた。
足を組んでいる態度は見る人が見れば、ふてぶてしかった。
隣には立つアルファがシャドウに向けて声を発した。
「シャドウ様、オリアナ王国より、ローズ・オリアナ王女、辺境伯、アニ・ケツハット、オトウト・ケツハットが参られました。」
立ったまま深く礼をするローズに続き、3人はシャドウに礼をする。
「ふむ。良く参られた。皆のもの、楽にせよ。」
シャドウは4人を一瞥し、アルファの方を向き声をかける。
団員達も立ちあがる。
「それで?何用だ?」
「はい、辺境伯領に巣くう盗賊団を討伐して欲しいとの依頼です。」
ローズから聞いてたのだろうか、アルファがシャドウに説明した。
「ほう?」
シャドウはニヤリと口角を上げた。
そして、玉座の横にいた1人に声をかける。
「ベータ。辺境伯領に巣くう盗賊団の説明をせよ」
「はっ!彼らはアニ盗賊団と名乗っております、全団員320名、内、チルドレンファーストが10名、セカンドが15名、サードが50名。力増強のアーティファクトを複数所持しております。」
淀みのない回答だった。
「そうか。」
シャドウは呟き、ローズを見る。
「この戦力であれば、貴国には手に余るな」
「はい、シャドウ殿。それでも私たち…あっ!我々は先日の大抗争で戦力が下がっている状態です。」
ローズとシャドウの間で謎の時間が経過する。
「そうか。ならば、アルファ!」
「ここに」
「我らならどれくらいの時間で討伐が出来る?」
シャドウが横に立っていたアルファに声を掛けた。
「すぐに出せる戦力がありません…大体1か月お時間を頂ければ」
「なるほどな。それで?どうだろう、1カ月あれば我々が討伐するが…?」
「よろしいのですか!?」
辺境伯が声を上げる。
「そこのローズ王女の頼みだ。多少なりとも我らの時間を割くとしよう。」
「ありがとうございます」
辺境伯がシャドウに礼をする。
「話は終わりだな。後は…」
シャドウが謁見を切ろうとしたその時だった。
「待ってください!」
ローズだった。
「ふむ?」
「シャドウ様、聞く必要はございません。」
シャドウと同じ並びに立っていた1人が口にする。
髪が短めの、スタイルの良さが際立つ女性だった。
盗賊団の戦力を報告した女性だった。
「ただでさえ、恐れ多いシャドウ様が慈悲を与えてるにも関わらず!それに甘んじて、更に我儘を言うだなんて!なんて面の皮の厚い国!!」
「ボス!デルタもい、い、い、忙しいのです!!」
小柄な獣人の女性だった。
「主様、まずは彼等だけで対処させてはいかがですか?我らの動くメリットが少ないかと。」
黒髪のエルフの女性だった。
「主、私はこいつらに協力しなくても思います!そもそも主が出張るような話ではない。そこのデブ、お前が死にに行けば事は解決だ。」
クリーム色の髪をした獣人の女性だった。
「主様は慈愛のお方ですから、皆を救おうとされるのでしょうが…。救う人を見極めるのは我らの仕事。彼らは本当に救う価値のある存在なのですか。」
青い髪を覗かせる豊満な女性だった。
シロンに似ている?と辺境伯はふと思ったが、全く異なる雰囲気だと気付いた。
「ゼータ…の言うとおり…そこのデブ2人…まずお前たち…死ぬべき…ハゲは…そもそも生きてる価値…なし…」
1人気だるそうに立つ、猫背の女性だった。
「みんな、静まりなさい。シャドウの前よ。デブを殺すのはやめなさい」
アルファが凛とした声で皆を鎮める。
申し訳ございません!と口々に発する。
3人は目を見張った。彼女らが喋るたびに覗かせる魔力が、それこそ見た事のないレベルで強者だと、物語っていたからだ。
オリアナの騎士100名でも、1人にも勝てないだろう。
精鋭騎士が100名いても…。瞬時にやられる。辺境伯はそう思った。
彼女らをまとめるシャドウも、間違いなく強者!
立ってるのがやっとだった3人を救ったのは、やっぱりシャドウだった。
7名の少女達のやり取りを聞きながら、ローズを見ていたシャドウは、ローズに話しかけた。
「どうした?ローズ・オリアナ。」
「…私は、オリアナの王女として…女王として、1人でも多くの国民を救いたい…!」
「…。」
「こうやっている今も、盗賊団に我が国民は苦しめられている。我々が頼れるのは貴方たちしかおりません。どうか!力を!貸してください!!」
ローズが声を張り上げ、深く礼をする。
ローズに合わせ、他の3人も礼をする。
頭を下げて、10秒くらいたっただろうか。
もう彼等には頭を垂れ、目を瞑るしかなかった。
良いと言ってくれるまで、ここを動かないと意思表示するしかなかった。
「ふむ。頭を上げさせよ。」
シャドウがアルファに告げる。
「頭を上げなさい。」
アルファの指示で皆がシャドウを見る。
「オリアナの王女よ、1カ月待てば我らが貴公らを救うと言っているのだ。ならば、何日まてば貴公は満足する?」
「…我が国は1日たりとも猶予が残っておりません。」
「だ、そうだ。アルファ、1カ月の猶予をどれだけ縮められる?」
「…今行っている案件を、急ピッチで進めても、3週間かと。」
「どうだ?1週間縮まったぞ。」
シャドウがローズの方を見た。
次声をあげたのは、辺境伯だった。
「シャドウ殿!申し訳ござらん!!どうか、3日!いや、1週間以内に討伐してはもらえないだろうか…!!」
目を思いっきり瞑り、深く礼をする。いやそれならもう土下座で良くない?というレベルの迫真だった。
皆が辺境伯の方を見る。
ローズ王女もなんかあっけに取られたような目で見ていた。
謎の時間が流れる。辺境伯は頭を下げているので分からないが、時が止まったかのように、役者達は微動だにしない。
ケツハット兄弟は、アルファの身体に見惚れていて謎の時間に気付かなかった。
「ふむ。貴公の領地か…なら。」
シャドウはアルファの方を見る。
「我の予定を返上しよう。そうするとどうなる?」
「主が動くのであれば、2週間以内には…。」
「3日以内にはならないか?」
「難しいかと思われます。」
「そうか。だが、やれ。」
「はっ!」
ズン!!と何かがアルファの肩が乗っかったように見えた。
無茶ぶりだ。誰が見てもそう思う。本来1カ月かかるところを、3日。
途方もない短縮だ。理不尽なまでのスケジュールを、あのアルファというものはこなすのだ。
アルファがしばし、息を整える音が聞こえる。
頬が蒸気しているようにも見えるが、気のせいだろう。
「す…全ては主の選択通りに。」
アルファはシャドウへそれだけを言ったかと思うと、膝を曲げ礼をする。
同じように他の団員も礼をする。
「ふむ。では、我はこれで失礼する。後は、我の右腕のアルファと調整せよ。」
息災でな。とシャドウは言ったかと思うと、指をパチンと鳴らす。
黒い影が玉座に残ったかと思うと、霧のように消えていた。
シャドウが消えた後、団員は立ち上がった。
やがて、アルファがローズ王女の元へやってくる。
「それでは皆様、客間にご案内しますね。」
彼女は普段は凛としている素顔なのだろう。
だが、うっとりとした表情を隠しきれなかった。