金色の闇としての日常 作:夜未
自分の身体がなぜか女となっていたことを認識した俺はしばらく鏡の前で固まっていた。
そして、あることに気付く。
(この服、この顔、この声、この髪、というか、この姿、どっかで見覚えがある……)
しばし黙考。
記憶の中を探り、引っ掛かりを探す。
顎に手をやり、首を傾げ、いかにもな考えてますポーズを取る。
うん、絵になるな。
「って、なにしてるんですか!」
突発的な一人漫才でテンションを上げようと画策して、その出てきた言葉に聞き覚えがあった。
(この敬語、やっぱりどっかで……)
引っ掛かりを感じたならば、試してみればいい。
ということで、俺は発声練習を始めた。
「アメンボ赤いなあいうえおー、うきもに小エビも泳いでるー……ここまでしか知らんわ」
そもそも『うきも』ってなに?
あれ、うもきだっけ?
わけわかんなくなってきた。
後で椎名か白水さんにでも聞こう。
「! 違った!」
そう、重要なのは発声練習などではないのだ。
自分の声に引っ掛かりを覚えた敬語、そう、敬語の言葉だ。
ちなみに、お隣さんには迷惑にならないような声量で言っている為、独り言の五月蠅い危ない人とは思われない。
気を取り直して、
「よし。まずは……
『おはようございます』
ん? やっぱりなにかあるな
『また会いましょう』
お? っぽいぞ。なにっぽいのかわからないけど
『私です』
誰だっけ
『覚えてないんですか?』
自分で自分にそう言って意識をさせてみる
『わかりません』
あ、え、お、う?
『私の名前は』
あ、わかったかも……あれでしょ? あの台詞で有名なあのキャラだ
『愚者(ザ・フール)!!』 アッフォオオオーーーン!!
あっははは! キャラ違うよ、違う違う。
うん、わかった、完全にわかりました。これだ
『えっちぃのは嫌いです!』
はい頂きましたー! 私の名前は金色の闇こと『ヤミ』です!」
いやー、わかってよかった、すっきりした。
こう、胸のつかえが取れたような清涼感を感じる。
そっかぁ、俺、『ヤミ』になってるんだ……。
なるほどなるほど。
確かにこの黒い衣装、あのなぜ少年誌に載っていたのか意味不明だった青少年向け漫画で描かれていたデザインだった。
で……
「……だから、なんで?」
そして、ぽつりと言葉が漏れて出た。
なんで俺、『ヤミ』になってるんだろう……
※ ※
とりあえず俺は朝食を取っていた。
もともと空腹で起きたので当然と言えば当然の行動だ。
え? 悩み? 葛藤?
全部保留です。
わからないことを考えても意味ないし、どんな姿に成ろうと、俺は生きていくだけの話ではあるのだ。
けれど
(どーするかなぁ……)
焦ることもなく冷静に考える。
どうしてこうなったかの思考ではない。
これからどうするか、という思考を、俺はしていた。
そして出てきた結論が
(とりあえず、アイツらに連絡取ろう)
自分一人で考えても解決できないと悟ったからだ。
それに、アイツらの俺を見た時の反応も笑えるだろうし。
むしろそれがわくわくしてきた。
携帯を手に取り、シャッシャ、と動かしていく。
ちなみに、携帯=スマホです。
フリック入力は既に極めていたのだが
手が変わると、すごくやりにくい。
手がちっちゃくて、上手いことフリック出来ないのだ。
そうして四苦八苦しながらも、なんとか打ち終わる。
~メール~
宛先:
件名:事実は小説より奇なり
本文
朝起きたらスゴイ事になってたんだけど。今すぐ来れない?
~送信完了~
我ながら単純明快、端的な内容だなぁ。
とりあえずこの内容のメールを宛先だけ変えてあと二度繰り返した。
今の時間からして、返信してくれるのは一人だけだろう。
さて、なにしてようか、などと考えている、さっそく返事が返ってくる。
ちゃっちゃと確認してみてみると、案の定、椎名からだ。
『面倒だし嫌だ。
つか、何があったのかをメールすればいいじゃん。』
俺以上に端的な文が返ってきた。
(コイツ……)
明らかにやる気が感じられない。
親友?が困っているというのに駆けつけようとかそう言う気持ちが一切なかった。
普段ならこのままだらだらとメールのやり取りをするのだが、今の俺は違う。
そのまま電話を掛ける。
数コールの後、繋がった。
『なに? なんで電話?』
着信画面で俺だとわかっていたようだ。
とりあえずお決まりの台詞を言ってみる。
「もしもし~?」
『え、誰?』
わからないのか、所詮頭がいいとは言ってもその程度なのか貴様は。
「俺だよ俺! 俺俺!」
『……ほんとに誰? なんで綜の番号から掛けてきてる?』
「えっちいのは嫌いです!」
『えっ! ちょっと待って下さい。え、え? あの……』
どうやらかなり混乱しているようだ。
御遊びはもうこのへんでいいだろう。
というか、俺が飽きた。
「すまん俺だ椎名。調子に乗った。
『知らんがな。なんで質問風? でも、えっと、は? 綜? 本気で言ってるんですか?』
「残念ながらマジだよ。なんでお前まで敬語? とりあえず今、俺の家の鏡の中には携帯片手に喋ってる金髪美少女がいるぞ。逆に聞きたい。今って現実だよね?」
全部夢だったらいいのに。
いや、むしろその可能性が一番高くないか?
どうしてそこに思い至らなかった?
真っ先に確認すべきところじゃないのかそこは。
『おーい』
あ、しまった。
どうやら思考に没頭しすぎて全然椎名との会話に意識を裂いていなかった。
とりあえず、言う。
「ごめん、やっぱここ夢かどうか試してからまた掛け直すことにするわ」
『いや待てそれはおかしい。なら僕はいったい何なんだよ』
「俺の夢の中の椎名の可能性がある。そして夢なら夢の中の登場人物と会話している今はかなり無駄なことをしていることになるからな。じゃあ切るぞ」
『あぁ、その勝手すぎる自己完結、お前やっぱ綜だ……。とりあえずそっち行くk……』
プッ、ツーツーツー……
「さて、試すか。……でも、その前に」
俺は落ち着くために紅茶の準備をすることにした。
起床してからの一杯と言う日課は辞められない。
俺はコーヒーよりも紅茶派なのだ。
コンビニで売ってるティーパックしか使ったことないけど。
※ ※
炬燵で温もりながら考える。
もし、ここが俺の見ている夢の世界と仮定した場合、俺は何をすればこの夢から覚めることが出来るのだろうか。
頬っぺたを抓っただけでは無理だった。
というか、夢の中で痛覚の有無とか曖昧だし、それだけでは断定できない。
部屋の中を見渡してみる。
寸分違わず、俺の部屋である。
しかし、夢の再現率は半端ないからな。
この程度、想定の範囲内だ。
どうすべきか……。
俺はしばし思索に耽る。
それと同時にスマホからアプリを起動させ、お気に入りのゲームをすることも忘れない。
例えここが夢の中だとしても、俺には時間経過によって回復する体力やポイントが溢れるということが許せないのだ。
なんとなく時間を貯金しているような気がするんだよね、こういうの。
溢れた時の時間を無駄にしてしまった感はすごいものがある。
「今回のイベはマラソン系だったしな。体力回復は重要だ」
どうやらアプリ内での記憶すら再現しているようだ。
……夢の可能性が下がってきたかもしれない。
いや、だが、しかし……
そんなことを思いながらは俺は睡眠時間によって溜められていた分の消費を終えていく。
「なんとなくこの手の大きさにも慣れちゃったな。独りで喋ってるせいか、声もすんなりと自分のものに聞こえるし……」
自身の口を通して発せられている音を自分の声ではないと思い続けるのも無理な話だった。
そうやってしばし記憶通りに進んでいくアプリの時間が過ぎていく。
そこで、思った。
「あ、そうだ。もしここが夢なら、俺が知らないことは再現できないはずだ。なら、未読のラノベとかゲームとかやれば……」
そう言って、俺はPCの電源を入れた。
ブーンと言う起動音を聞くとなんとなく落ち着く。
俺だけかもしれないけど。
なんだか完全にいつもの日常になってるな。
そんなことを思ったが、別にそれでもいい事に気付く。
夢なら無理して覚醒する必要なんてないのだから。
そのままPCの立ち上がる時間を潰すために、俺は未読のラノベへと小さくなった手を伸ばした。