金色の闇としての日常 作:夜未
まぁ、金色の闇、そしてそのモデルとなったブラック〇ャットのイヴにとって、ある意味代名詞とも言える能力だ。
漫画では自身の身体をあらゆるものへと変身させ、戦闘を行っていた。
当然だが、現実でそんなことが起こり得るはずがない。
つまるところ、椎名が言いたいのは
「俺がどこまで三次元か知りたいってことか?」
「うん、まぁ、というより、はっきり言えば超常現象を見てみたいって気持ちもちょっとはあるけどね」
なるほど。
つまり野次馬根性と好奇心か。
……コイツ、そんな俗な感情を持ってたんだな。
「でも、変身能力かぁ。確かに使ってみたいな……」
実際、かなり便利そうだ。
上手くいけば炬燵から一切出ることなく全ての家事を行えるまである。
俺は珍しくやる気を出して立ち上がった。
「おぉ、綜が珍しくやる気を……」
椎名が驚いたような声をあげる。
失礼な。
俺だってやる気がある時くらいある。
ただ、ちょっとまだやるべきではない時が多いだけだ。
というか、お前が焚き付けたんだろうが。
「よし、さっそくやるぞ、見ていろ」
俺はそう宣言した。
椎名は紅茶を飲みながら俺を見つめている。
ふっ、照れるぜ。
そして、俺は天へと手を掲げ、叫んだ。
「変われ!」
「いやそれはおかしい」
意気揚々と能力の有無を試そうとした俺に椎名が早口で突っかかってきた。
「なんだよ」
「わかっててやってたよね? 掛け声がおかしい。その姿でそれはない」
「いや、別に能力使うのに
なにより、実はちょっと恥ずかしかったのだ。
いくら気の知れた友人とはいえ、中二台詞を格好つけて叫ぶのは。
ノリノリでポーズとか取ってたけど、あれが俺の限界です。
椎名が溜息を吐いてこちらをじとっと見る。
な、なんだよ。
「わかったわかった、わかりました。言えばいいんだろ。やってやるよちくしょー」
俺はもう一度天へと手を掲げ、今度こそ叫んだ。
「
「声ちっさ!」
うっせ。
やっぱちょっと恥ずかしかったんだよ。
なんで歳が17にもなってこんなことしなくちゃいけないんだ。
なんの罰ゲームだよ。
そして、その掛け声によって、俺の美しい少女の手は……
「何も起こらんな」
「何も起こらんね」
良かった、小さく言って。
ノリノリでやってこれなら、俺泣いちゃうかもしれない。
「やっぱ二次元の存在が三次に来ると、惨事になるんだなー。藤崎も良く言ってたよ。俺は生まれる次元を間違えたって」
落胆しながら俺はそう言っていそいそと炬燵の中に戻ろうとした。
「いや、ちょっと、待ってくれ」
と、そこにストップがかかる。
椎名が何か考え込んでいた。
そして、なにか思いついたようにして、俺に言った。
「
「え?」
「だから、
「あー……。何も意識してない」
あぁ、そういえば、能力はあくまで能力であって、その能力名を言っただけでは発動しないのは道理かもしれない。
何かしようとしなければ、口だけで終わってしまうのは悲しい人間の性みたいなものだ。
「やっぱり。じゃあ、今度はそこをちょっと意識しながらやってみて」
まだやるのか。
まぁ、いいけどさ。
「えー、あー、んー」
今、椎名から見れば面白いものが見えるだろう。
百面相しているヤミ、というものが。
立ち絵の表情差分かよ。
というか、そもそも
「どう意識すればいいんだ?」
「僕が知るはずないだろ……」
ちぃ。
人に意見を言うだけ言って自分は知らんとか。
いや、俺もよくすることなんだけどね。
「うー、と、
掲げていた手をグー、パーさせる。
開け閉めされる小さな掌(自前)。
横目で椎名を窺うと、ちょっと笑ってた。
こんにゃろう。
そして、そのまま試行錯誤の時間が過ぎていく。
※ ※
「私は『ヤミ』です!!」
「駄目だ!もっと心から叫んで成りきって!!」
「私は『ヤミ』です!!!」
「ダメダメ! まだ心底からになってない。遠慮があるよ。もっと当然のことのように!」
「私は『ヤミ』です!!!!」
「心の垣根を取っ払うんだ! 今のお前は綜であって綜でない存在、
「私はヤミです!」
「よーし、おっけぃ!」
さて、俺が近所迷惑に大声出しながら何をしているかと言うと。
あれからいろいろ試して駄目だった俺は、完全に諦めかけていたのだが、椎名が言い出したのだ。
「まだ体が馴染んでないんじゃないか?」
と。
何を言っているのかわからなかったし、わかりたくもなかったが、
つまり、俺がヤミの身体をまだ完全に把握していないからこそ意識できないのではないか、ということだ。
当たり前の話だが、俺は俺だ。
私立高校に通い、二回目の春休みを迎えた平凡な男子高校生。
学校ではそこそこの付き合い(主に課題の有無内容を聞ける程度の関係)を維持し、休みの日は日がな引きこもって偶に遊びにくる奴らとだべるだけの毎日を送っていた存在だ。
波乱万丈な生い立ちと人生を過ごしてきた『金色の闇』なんかではない。
しかし、その意識が妨げになっているのではないか、というのが椎名の推測だ。
そこから、俺の意識改革が始まったのだ。
「ふぅ」
普通に疲れた。
ロールプレイというものはあくまで楽しみながら趣味でやるものであって、必要に駆られてやるものではないとよく理解できる。
そもそも俺は、俺たちはいったい何をしているんだ?
「よし、とりあえず一回休憩挟もうか」
椎名が言う。
つーかこいつはなんでこんなノリノリなんだ。
どこの演技指導者だよ。
無駄に様になってて逆らいにくいからやめてくんない?
基本的に小市民に属する俺はこのように指導的立ち位置の人間には上手く反抗できないので辛い。
文化祭だと勝手に割り振られた仕事を黙々とこなしつつサボるのが俺です。
「なぁ、こんなので……」
「演技!!」
「……こんなことで本当に能力が使えるようになるのですか?」
俺の言葉を遮り椎名は言った。
休憩じゃなかったのかよ。
俺はいつまでそうしてればいいんだ。
いっそ思考も染めろってか?
無理です。
俺は俺だ。
「正直、それは僕にもわからないな……」
「…………」
馬鹿にしてんのかコイツ。
「いや待て、待って。よく考えてみなよ。ハッキリ言ってこんなの、前例がない出来事だ。いくら僕が優秀だったとしても、未知を既知の如く理解するなんて無理だ」
「なんでさり気にナルシーっぽい発言をしてん……ですかコノヤロウ」
確かに、知らないことは手探りでやっていくわけだからそうなるだろう。
俺も昔、中学生にも拘らず一方〇行さんに憧れてベクトル計算を独学でやろうとして投げたことがある。
俺には未知の領域を探る能力も労力もなかったので、それに比べればまだコイツはマシなのかもしれない。
やればわかるものではない、完全未知な領域だからな。
やってることは意味がわからないが。
「それで、なにか手ごたえを感じてはいるかい?」
「なにも」
「それで、なにか手ごたえを感じてはいるかい?」
リピートやめろ。
わかったよ、ちょっとやってみるから。
なにもせずに条件反射的に否定を返すのは俺のある種癖みたいなものだった。
バイトの時にシフトを変わってくれ、と言われて何も予定が無いのに即断ってしまう感覚に似ている。
面倒なんだよ。
「んー」
少し体を動かしてみる。
変身能力、か。
実際、どんな感じなんだろうな。
便利だろうということはわかるし、出来るなら是非使ってみたいとは思う。
椎名は何も言わずにこちらを見ていた。
しばらく、無為な時間が過ぎていく。
結論。
「なんとなく、わかりそうでわからない、けど、出来るとは思う……ます」
非常に曖昧で申し訳ないのだが、そうとしか言えない。
おそらく、出来るのだ、俺は。
例えば、耳を動かすことの出来る人がいる。
その人はまるで当たり前の感覚で動かすことが出来るのだろうが、出来ない人はその感覚がわからない。
けれど、なんとなく、こうかな、程度のことはわかるだろう。
今の俺は正しく、そんな感じだ。
こうかな、レベルではあるが、手応え自体は感じている、が、結果が出せない。
多分、あと一歩なんだけどなぁ。
「そっか。なら、まぁ、いいか。知りたいことは知れたし」
「ん、いいのか?」
「敬語」
いやもういいだろ。
「あぁ。僕が知りたかったのは、出来るか出来ないかってことで、それに『出来る』という確信が持てたのなら、充分だよ」
そう言って、椎名は自分のiPhoneを取り出した。
なんだそれ。
野次馬根性とか好奇心とかどうした。
俺は何とも言えない微妙な気分になりながら、炬燵の中へと入る。
そう言えばそろそろ、アプリのギルバトが始まる時間が近い。
俺は髪を伸ばしてスマホを手に取る。
「あ」
椎名がぽつりと声を漏らした。
なんだ、と言いそうになって、手の中にあるスマホを見る。
そして、もう一度スマホがあった場所を見て、理解する。
「あぁ……」
なんというか、一切の感慨がない。
「出来た……」
「出来たね……」
まるで当たり前の動作かのように髪の毛を
一昔前のコントのような空気が流れる。
こうして俺の初めての