金色の闇としての日常   作:夜未

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自覚する金色

 

 

 思うに、この現実世界で変身能力とはいったいどれほど使えるものなのだろうか。

 遠く離れたものが取れる。

 マジックハンドを買えばいい。

 いざという時に武器になる。

 そんな時はきっと来ない、はずだ。

 文房具になる。

 あ、それは便利かも。

 とまぁ、俺の貧困な発想でははっきり言ってこの程度が限界だ。

 変身(トランス)能力は確かに便利だが、それがあるからと言って何かが劇的に変わることも無いのだから。

 いや、俺だけかもしれないけど。

 

「うーん、フェスのこの確率二倍とか五倍とか言ってるこれは、どの程度信用していいんだろうな」

 

「急にどうしたんだ?」

 

 変身(トランス)に成功した後、時刻は既に正午をまわり、俺と椎名は椎名が買ってきてくれたコンビニ弁当を食べていた。

 最近のコンビニ弁当も馬鹿には出来ない。

 よく、ゲームやラノベでヒロインたちが主人公の食生活改善を謳って手料理を作ったりするが、言わせていただこう。

 コンビニ弁当を馬鹿にするな、と。

 そもそも食生活なんてあくまでちょっとした目安であって、この世でどれだけの人がそれを気にして生きているというのだろうか。

 健康な人は健康だし、不健康な人は不健康なのだ。

 そこに食生活なんて、少ししか影響を与えないし、俺は面倒臭さとちょっとした健康への影響を天秤に掛ければそんなものは軽く無視する程度の違いでしかないのだ。

 

「正直、確立なんて目安にもならないと僕は思うけどね。出るときは出る、出ないときは出ない、これが真実で、これ以外はただ人の気持ち的ものだろうさ」

 

 椎名は豆腐ハンバーグ弁当を口にしながらそう言う。

 

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 

 俺も自身の唐揚げ弁当に添えてあるパスタをもそもそと口に運びながら答えた。

 今、俺はあるアプリでガチャを回すべきか回さざるべきかで悩んでいた。

 無(理のない)課金勢たる俺は、こういう見極め時が毎月のようにある。

 爆死する時もあれば、ガッツポーズを取ることもあり、わりと楽しんで生きている方なのではないかと思う。

 

「あーあ、変身(トランス)で運気を操作出来ればなぁ……」

 

「それもう変身能力じゃないから」

 

 変身(トランス)全く関係ない、と言いながら、椎名が弁当を食べ終える。

 それとほぼ同時に、俺も食べ終えた。

 

「それで、さ」

 

 二人分のゴミを集めて袋にまとめながら、椎名が切り出してくる。

 わりと真面目そうな顔だ。

 まぁ、コイツの場合、そんなのはあてになるものじゃないけれど。

 

「戸籍とか、どうする?」

 

「ぇ?」

 

 その言葉を受けて、俺は固まってしまった。

 戸籍、戸籍だと。

 

「はっきり言ってしまえば、今の状態の綜は、戸籍どころか日本国籍すら危ういかもしれない状態だよ。二次から三次に来た影響か知らないけど、少なくとも日本人にはちょっと見えない。元ネタを知らない人からすればただの金髪美少女って感じだ」

 

「こく、せき……」

 

 外国の幼女はいいよねぇ、愛らしさと年月による劣化具合がはっきりしてるし、などと笑って言いながら、椎名はそう言った。

 いやいや、戸籍、というか、国籍? なんだよそれ。

 高校生がなんでそんな問題を抱えなきゃいけないんだよ。

 俺は平凡な一般市民だぞ。

 勘弁してください。

 

「え、ちょっと、綜、泣きそうになってない?」

 

「なってねーよ!」

 

「あぁ、うん、そんな不安そうにならなくても……」

 

 なってません。

 断じて泣きそうになどなっていない。

 確かにちょっと予想外に大きく現実的な事柄を前に大きな不安には囚われているが、泣いてなどいない。

 椎名は俺に少し気を遣うかのように優しく話しかけてきた。

 ちょっと、ほんとにやめてくれませんか?

 

「あー、まー、正直、警察とかに近寄らなければ大丈夫だよ。外に出て呼び止められたらかなり怪しいことになるかもしれないし、多分、綜だと上手く切り抜けられそうにないから、春休みの間は基本的に家に引きこもってればいい」

 

「ちょっと待って」

 

 春休み、春休みだと?

 そういえば、忘れていた。

 俺、学校はどうすればいいんだ。

 まさかこのままで制服に身を包んで通うことになるのか。

 無理だ、サイズが合わない。

 いや、そういうことじゃないけど。

 

「まぁ、気付いたかもしれないけど、学校のことだ。『朝起きたらこうなってましたが俺は金城綜です』なんてことが通るはずないよね。そもそも性別からして違うし」

 

「ぇ、え、え……ヤバいじゃん」

 

「そうだね」

 

 そうだねって、いや、お前。

 え、ちょっと俺、本気で泣きそうなんだけど。

 

「あーあーあー! あー、ほら、だから泣きそうにならなくていいって!」

 

「いや、だってさぁ……」

 

 自分でもわかる。

 不安が大きすぎて感情が制御出来ない。

 どうなるかわからない、怖いのだ。

 涙が目から溢れるのを堪えられない。

 そんな俺をじっと見つめ、椎名は言う。

 

「うわー、綜、今の顔、すっごい可愛いかもしんない……。表情はあんまりかわらずに、はらはら涙流してる金髪美少女って、これ……。あと四年若かったらなぁ」

 

「死ねよクズ」

 

 どんだけぶれないんだよお前。

 くっそ、こんなのでちょっとだけ落ち着いてきた自分が嫌になる。

 必死で腕で目元を擦り、涙を止めようとしていると

 ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 そして遅れて、ガチャガチャと音がして、ドアの鍵が開く音がした。

 なんでこのタイミングで……。

 

「おーす。予想以上に仕事が早く片付いたんで、来たぞー」

 

 見れば、片耳にイヤホンを差してPS〇を片手に部屋に入って来た痩せ形の男、藤崎がいた。

 余談だが、俺は合鍵を椎名、藤崎、白水さんに渡している。

 不用心かもしれないが、まぁ、一種の信頼の上に成り立っている関係ではあるのだ。

 しかし、今はそれが仇となったのかもしれない。

 

「あれ、椎名、綜は?」

 

「この状況で真っ先に聞くことがそれかよお前、すげーな」

 

 椎名は藤崎を見て、呆れたように言った。

 友人の部屋で涙を流している少女と男がいるんだぞ。

 どんだけ三次元に興味ないんだ。

 

「んー。あれ、その人、何その格好、コスプレ? あ、金色の闇だ。同人では良い夜の御供として世話になっております。で、なんでその人いるの? てか綜は?」

 

 いや自由過ぎるだろ。

 確かに俺、面倒だったし必要性も感じなかったから着替えてはなかったけど、真っ先に初対面の女性相手に言うことじゃないだろ。

 一般女性だったら殴られるぞ。

 まぁ、でも

 

「あ゛ーー。ちょっと落ち着いた……」

 

「うわ、声まで似てる。すご……」

 

 コイツは本当、椎名以上にぶれない奴だなぁ。

 とりあえず俺は顔を洗うために洗面所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 


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