金色の闇としての日常   作:夜未

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がんばる金色

 

 俺が顔を洗っている間に、だいたいのことは椎名から説明を受けたらしい藤崎は、炬燵に入りながらPS〇をしていた。

 そのなにも変わらない対応に、俺は尊敬すらしてしまいそうだ。

 

「でも、不思議なこともあるもんだなー。オレ、三次のことちょっと舐めてたわ。まぁ、でも、二次と比べれば全然劣化してるけどな」

 

 藤崎はちらりと俺を見て、そう言う。

 さすが、認められるのはFFシリーズ程度のリアルさまでの男は言うことが違う。

 椎名レベルで頭おかしい。

 

「で、だ。落ち着いたみたいだから言うけど、戸籍とか国籍は正直、日常生活を送る上では、問われなければ問題ない。でも、学校はそうは行かない。個人個人を把握されてるわけだからね」

 

 まぁ、このレベルの変化を誤魔化すことは不可能だろうな。

 いや、しかし、クラスの奴らとはほとんど接点ないし、もしかすると……無理か。

 

「へーそんな話してたんだ。大変だな」

 

 藤崎はあくまで他人事のようだ。

 いや、実際にそうなんだろうけど。

 まぁ、コイツだし、仕方ないか。

 あ、このラノベまだ読んでないや、ちょっと借りる、と言いながら置いてあったラノベを手に取り読み始めた藤崎。

 本当、なにも変わらないな……。

 

「それで、なにかいい案でもあるのか、椎名。いや、頼むからあってください」

 

 俺は椎名の方を向いて切実に願う。

 

「あー、まぁほら、だから僕は能力の有無が知りたかったんだよ」

 

 俺は疑問を挟むことなく、椎名に続きを促した。

 早く案を言え。

 

「つまるところ、綜の元の姿に変身(トランス)で擬態さえすれば、大したことになりはしないさ。どうせ綜はクラスメイトとも付かず離れず程度の付き合いしかしてないんだろう?」

 

 前に俺は友達が居ない、なんて言ってたしね、と言いながら、椎名はそう言った。

 

「なるほど、いや、でも、大丈夫なのか……?」

 

 あまりにも簡単すぎて、ちょっと不安になるんだが。

 

「なぁ、綜」

 

 俺がそう言うと、椎名はいつもより随分と穏やかな口調で言ってきた。

 

「世の中はさ、別に複雑になんか出来ちゃいない。複雑に見えるだけで、本当は簡単なのさ。よく世界は辛く厳しく残酷だ、なんて言うけれど、そしてそれ以上に、人に甘くも出来てる。所詮、人の造った社会なんて世界は、そんなもんさ」

 

 な、なんだ椎名、突然。

 どうしたって言うんだ、おまえ、そんなだったっけ?

 

「あ、と、ちょっと目と雰囲気が怖いんだけど……」

 

「ん、あぁ、悪い。まぁ、そんなわけで、僕はそういう対応で充分だと思うよ」

 

「そ、そうか……」

 

 なんだったんだ。

 まぁ、別に良いけどさ。

 

「あ、もしかして綜、変身(トランス)能力まであるのか!? すごいな! 三次もそんな器がデカかったんだなー」

 

 どうやら会話が中途半端に聞こえていたのか、藤崎がラノベから目を離してそう言う。

 いやお前……もうなにも言うまい。

 

「まぁな。でも、全身を変身(トランス)させるのか。出来るかな」

 

 俺がそう不安を漏らすと、椎名は言った。

 

「別に、春休みはまだ始まったとこだし、それも今日そんなことになったんだ。時間を掛ければ出来るだろうと思うけどね」

 

 確かに、そうかもしれない。

 肝心の変身(トランス)能力自体はあるのだ。

 頑張ればなんとかなるだろう。

 頑張る、か。

 

「頑張りたくないなぁ……」

 

 椎名が呆れたような目でこちらを見ていた。

 

 

  ※  ※

 

 

 あれから、なんだかんだといつものように、つまり、ただ堕落した集団としての時間が過ぎていった。

 椎名は俺のパソコンを我が物顔で使ったり、iPhoneを弄ったりしているし、藤崎はラノベを読みながら片手がPS〇を操作している。

 俺はぐでっと炬燵の中で伏せ、自分の手を見ていた。

 

変身(トランス)……」

 

 小さく、そう呟いて、指を思い描いたものへと変化させる。

 

「……我ながら、ほんと、無駄なことに使ってるなぁ」

 

 そう言って、俺は耳かきへと変わった指を自分の耳の中へと入れた。

 実は内心ちょっと恐いのは秘密だ。

 俺がこうして金色の闇というキャラ、の姿と成り、その能力まで持っていても、なんら変わることなく、俺の日常は続いている。

 それは少し、素敵なことなんじゃないかと、そんな風に思えた。

 

「なぁ、綜」

 

 耳掃除が終わり、俺が指を戻して一息ついていると、藤崎が口を開いた。

 相変わらず、こちらには顔を向けていない。

 

「晩御飯、どうすんの?」

 

「あぁ、確かにお腹空いたなぁ」

 

 藤崎のその言葉に、椎名が反応する。

 パッと時計を見てみれば、時刻は既に20時を超えていた。

 うーむ、確かに、腹は空いたかもしれない。

 立ち上がって、キッチンへ向かうも、特に大したものは無かった。

 調味料ぐらいで、食材は無い。

 ただし、米だけは炊いてある。

 昼に無いことを知ったため、その時に炊いていたのだ。

 

「久々に、焼き肉のタレでもかけて白米を食べる?」

 

 俺は冷蔵庫を見て、言った

 

「おー、いいねー」

 

「うへぇ、ほんとに言ってんの?」

 

 前者は藤崎で、後者は椎名だ。

 貧富の差が窺える言葉である。

 美味しいんだけどなぁ。

 何よりも、安上がりだし。

 

「じゃあどうする? 言っとくが、この家には米以外食材は無いぞ」

 

 冷蔵庫を見て思わず愕然としたものだ。

 まさか卵まで切らしていたとは。

 

「……ピザでもとろうか」

 

 椎名は溜息をついて言った。

 ピザか、文句は無い。

 だが、問題はある。

 俺はチラリと炬燵で寝転び完全に寛ぎながらラノベを読んでいる藤崎を見た。

 同時に、藤崎も、俺の方を見た。

 

「お金はわりか……」

 

「ピザかぁ、でもなぁ、藤崎?」

 

「あぁ、実はオレ、今月給料かなり課金でぶっ飛んでるしなー、綜?」

 

「うんうん。俺たちは焼き肉タレご飯で安くいくしかなぁ……」

 

「あーあ、ピザ、高いんだよなー」

 

 間延びした会話を続けながら、ちらちらと椎名に視線を送ることを2人して忘れない。

 椎名はまた大きく溜息をつきながら

 

「わかった。6:2:2だ。僕が6でいい」

 

「もう一声」

 

「そこまでいくならもういっそ……」

 

 俺たちが更にごねようとしたところを見て、椎名は静かに言った。

 

「別に、僕がピザを食べてる横で2人して焼き肉タレご飯を食べるってことでもいいんだぞ?」

 

 俺と藤崎は白旗を上げた。

 ケチめ。

 まぁ、実際どっちがケチなのかは一目瞭然なのだが、俺も藤崎も、そして椎名も、自分の事を棚の上に放り投げるのは得意なのだった。

 

 

 

 

 

 


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