雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
雄英高校の第1学期末筆記試験において、1年生の■■光己の成績は、学年トップクラスの座に君臨していた。
彼女の個性『グリセリン』は、肌から超高純度の保湿成分を分泌するだけの弱個性だ。身体能力も一般の女子高生並みでしかない。だからこそ彼女は圧倒的な弱さを補うため、座学と偏執的な戦闘理論の構築に全力を注いできた。後に「才能マン」と呼ばれる実の息子・爆豪勝己の天才的な戦闘センスは、この母親の「生存への執念」が遺伝子レベルで完璧に叩き込まれた結果である。
だが、筆記試験がどれほど優秀でも、ヒーロー科である以上、実技試験は避けて通れなかった。
実は、この期末試験の少し前に行われた職場体験において、光己はこれまでの過酷な生存訓練の成果を実戦で証明していた。遭遇した裏社会のヴィランに対し、自らの個性を活かすために導き出した狂気の最適解――『医療テロ型・尊厳破壊カンチョー』を対人で初めて執行したのだ。
摩擦係数ゼロの指先が音もなく相手の死角(お尻)へと滑り込み、超高濃度グリセリンを直腸へと強制注入する。技を喰らったヴィランは、強烈な便意と括約筋の制御崩壊により、完全な精神的解脱(お漏らし)の境地へと達して再起不能となった。
この恐ろしい戦果は、根津校長によって「R-18・秘匿扱い」として雄英の最深部に完全封印されていた。そのため同級生たちは、光己が裏社会でそんな医療テロを成し遂げてきたとは夢にも思っていない。この情報の非対称性が、今回の期末試験における決定的な温度差を生むことになる。
「以上で、実技試験のペア発表、および対戦するプロヒーローの割り振りを終了する。各自、指定された演習場へ速やかに移動を開始しろ」
モニターや資料が並ぶブリーフィングルームに、担任教師の無機質な声が響いた。クラスメイトたちが次々と名前を呼ばれ、緊張と高揚の入り混じった表情で席を立ち、意気揚々と部屋を退出していく。
/ 重々しい扉が閉まり、教室内は一瞬にして静まり返った。すると、教卓の担任教師は手元の資料を見つめたまま、どこかぎこちない声で切り出した。
「……■■。お前は、敷地の隅にある別の第十四練習場へ移動しろ。そこで待機だ」
「えっ? あ、はい。わかりました」
光己は自分のペアや試験官がその練習場で待っているのだろうと思い、指定された場所へと向かった。たどり着いたのは、分厚い防音壁に囲まれた、完全に無人の訓練場だった。
不思議に思いながら待っていると、後からやってきた担任教師が鉄製の重々しい扉を閉め、やはり光己とは頑なに視線を合わせないまま、ポツリと言い放った。
「■■、お前は今回の実技試験は免除だ。ここでお前一人、いつも通りの訓練(自主練)をしておきなさい。それが学校側からの指示だ」
「はあ!? 免除って何ですかそれ! 私、筆記は頑張ったけど、実技をサボるつもりなんて一ミリもありませんよ!なんで私だけ戦わせてもらえないんですか!?」
納得がいかずに詰め寄る光己に対し、担任教師は冷や汗を流しながら、手元の資料で顔を隠すようにしてボソリと本音を漏らした。
「……拒絶されたんだよ。日本中のプロヒーローから、お前の試験官をやるのを断られたんだ」
「はあぁ!?」
「雄英側がどれだけ好条件を出しても、『あのグリセリンの娘と戦って尊厳を失うくらいなら、今ここでヒーロー免許を国に返納する』と全員にボイコットされてな……。お前の試験官をやれる大人が、一人もいないんだ」
職場体験でのあの「執念の結実」である戦果の噂は、プロたちの間で「遭遇してはならない災害」として爆速で拡散されていた。誇り高きプロたちが、自らのお尻と尊厳を守るために一致団結して逃げ出した結果が、この「実技試験免除」の情けない真相だった。
「ちょっと待てコラァ!!! ヒーローなんだろ!? 試験官しろよ!! プルスウルトラはどうしたんだよプルスウルトラはぁぁぁ!!」
プロたちの本気すぎるボイコットの理由を聞かされ、15歳の光己の悲痛な絶叫が練習場に木霊した。半泣きになりながら床をダンダンと踏み荒らし、プロたちの怠慢に対してキレ散らかす光己。
しかしその最中、彼女の超一級の戦闘直感が、練習場の出口に向かって普段はしていないプロとしてのステップでコソコソと外へ逃げ出そうとしている男の影を捉えた。――事実を伝えるだけ伝えて去ろうとする、担任教師だった。
「……あ」
担任教師が短く息を呑んだ。完全に気配を消して脱出を図ったはずのプロの動きを、15歳の女子高生が的確に視線でロックオンしていた。光己は逃げようとする担任に一気に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと……! 先生! 誰も来ないなら、担任なんだから先生が私の試験官をやってくださいよ! 私だって! この一学期の間、自分がどれだけ進歩したか知りたいんです! ちゃんと実戦形式で、プロ相手に自分の技術が通用するか試したいんです! 担任なら、生徒の成長を見る義務があるんじゃないんですか!?」
至極真っ当な正論だった。涙目で必死に訴えかける教え子の姿に、しかし担任教師はやはり頑なに光己の顔を見ようとはしなかった。彼の視線は、光己の「指先」へと注がれている。
光己の指先には、雄英高校サポート科とオカモト工業が共同開発した、摩擦係数ゼロのグリセリン分泌に完璧に耐えうる『超薄型ウレタン製フィンガーサック』がミリ単位の狂いもなく装着されていた。さらに彼女の腰のボックスには、業務用100個入りのサックがギチギチに装填されている。
(正面からあの子と組み合えば、私のプロとしての、いや、人間としての尊厳が確実に終わる……!)
担任教師の脳裏に、職場体験で精神的解脱を迎えたヴィランの瞳がフラッシュバックした。冷や汗が滝のように背中を伝う。やりたいのは山々、などという綺麗事は一瞬で消し飛んだ。彼は絶対に光己と目を合わせないようにしながら、息を吸うように言い訳を並べ立てた。
「あー、いや! やりたいのは山々! 本当にお前の成長を見たいのは山々なんだよ■■! だがな! 私はほら、他の先生方のサポートもしなければいけない立場だし! それに担任として、演習場全体の試験監督も兼任しているんだ! つまり、非常に責任あるポジションでな!」
「だったら、今ここでワンパンチだけでも――」
「それに今、他の演習場で怪我人が出ているかもしれない! 救急のアナウンスが聞こえた気がするんだ! 私は急いで全体の試験会場に戻らなければならない! ああ大変だ、時間が惜しい! だからしっかりいつも通りの練習に励むように、ではな!!!」
一息でそう捲し立てると、担任教師はプロヒーローとしてのプライドも職務もすべてを投げ捨て、凄まじいスピードでその場を後にした。バタン!!! と激しい音を立てて頑丈な鉄製の防音扉が閉まり、完全にロックされる。
「……あいつ、絶対に怪我人なんて出てないの知ってて逃げやがったな」
静まり返った無人の演習場で、光己はぽつりと呟いた。結局、実技試験の終了を告げるチャイムが鳴るまで、その演習場の扉が開くことは二度となかった。
「……ちぇっ。どいつもこいつも、プルスウルトラ精神が足りてねえんだよ」
光己は半ばふてくされながら、誰もいない空間に向かって、小さく悪態をついた。だが、彼女は決して腐ることはなかった。正面突破を完全に放棄し、常人として生き残るために選んだこの道。誰も見ていなかろうが、生き残るためには技術を磨き続けるしかない。
「ふん。見てろよ。次までに、もっと完璧に死角に入り込んでやるんだから」
光己は気持ちを切り替えると、腰のボックスから新しい指サックを親指の弾きだけで瞬間装着する技術――『スピード・リロード』の動作を確認した。カチリ、と無駄のない金属音が響く。この滑らかなリロード動作の美しさは、未来において爆豪勝己が爆弾ガントレットのピンを引き抜く完璧な戦闘理論の原型となる動作そのものであった。
すう、と息を吸い込み、光己の意識が研ぎ澄まされる。次の瞬間、彼女の姿が演習場から「消えた」。
人間の脳の認識バグを突き、予備動作を一切挟まずに音もなく移動する『暗殺歩法(ステルス・ステップ)』。床の摩擦を個性のグリセリンで完全にゼロに滑らせ、滑空するように死角へと潜り込むその体術。未来において、光己に口答えした勝己が、どれほど天才的な反応速度を持っていようとも、目にも留まらぬ速さの平手打ち「スパーン!」を確実に頭頂部へ喰らってしまうのは、この時、誰も来ない演習場で一人寂しく極め続けられた、暗殺歩法の極致によるものであった。
シュッ、シュッ、と無人の空間で、音もなく指先が突き出される。プロヒーロー全員に拒絶され、担任にすら見捨てられた15歳の少女は、半ばふてくされながらも、一人静かに裏社会の悪夢、伝説の18禁ヒーロー『ミッキー』としての牙を研ぎ澄ましていく。
期末試験は、こうして不名誉で凶悪な成績を残して幕を閉じた。正式な実技を一度も行わないまま合格となった光己の物語は、さらなる大波乱とプロたちのさらなる胃痛が予想される、次なる舞台――『林間合宿編』へと続いていく。
だが、この時の光己はまだ知る由もなかった。
次なる舞台の林間合宿において、自らの個性『グリセリン』の真価を突き詰める過酷な強化訓練が待ち受けていることを。