雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
めでたいことに、一学期の期末テストは、ヒーロー科一年生のクラス全員が「赤点なし」という快挙で幕を閉じた。
原作軸の緑谷出久たちの世代とは違い、座学トップクラスの■■光己が共有した完璧な戦闘理論ノートのおかげで、誰一人として脱落することなく、全員揃って楽しみにしていた林間合宿への切符を手にしたのである。
「やったぁぁぁ!!! 全員合格! 補習なし! 最高じゃん!」
「本当だよー! みっちゃんのまとめノートのおかげ! マジで感謝!」
大型バスの車内は、出発の瞬間からお祭り騒ぎのような熱気に包まれていた。
エアコンの効いた車内で、女子生徒たちは座席を向かい合わせにして、可愛いお菓子を広げながら完全に修学旅行気分で浮き立っている。
「ねえねえ、合宿ってやっぱり夜は恋バナとかしちゃう感じ?」
「ギャル子、気が早すぎ! でも星とかめっちゃ綺麗に見えそうだよね」
「えー、私はそれよりご飯が楽しみ! 雄英が毎年使ってる正規の施設なんでしょ? 山奥の合宿だし、山菜とかばっかりだったらどうしよう」
普通の女子口調の友人がおろおろと心配そうな声をあげると、みっちゃんもまた、一学期の緊張から解放された普通の十五歳の女の子として、一緒になって浮かれながら応じた。
「え、山菜ばっかりは嫌だな……。私、お肉大好きだからお肉いっぱい食べたい!」
「あはは! みっちゃんある意味『肉食系女子』だもんねー」
「だよねー! あ、光己このクッキー食べる?」
「食べる食べる! ギャル子ありがとう、これめっちゃ美味しい!」
笑顔でクッキーをサクサクと齧り、恋バナの話題に目を輝かせるみっちゃん。この時点でのみっちゃんは、まだ少し発育途上で小柄な、目つきのマイルドなごく普通の女子高生そのものであった。
「……あ、そういえばさ、期末の実技試験の時、みっちゃんだけ別の練習場に呼び出されてたじゃん? あれ何だったの?」
普通の女子が、ふと気になったという風に無邪気な質問を投げかけた。
その瞬間、みっちゃんの動きがピタリと止まった。
「あー……それ、はね……」
急にトーンの落ちた声。みっちゃんの脳裏に、期末試験の哀しい出来事がフラッシュバックする。
日本中のプロヒーローから「あの娘と戦うくらいなら免許を返納する」と本気で集団ボイコットされ、試験官が誰も来なかった事実。ヒーローのはずの大人たちが、自らのお尻と尊厳を守るために一致団結して逃げ出した情けない真相。影から音もなく、素早く逃げ出そうとした、担任教師のあの背中。
(……あ、私、普通の女の子たちの輪の中でキャッキャと言いながらクッキー食べてるけど、裏では日本中のプロヒーローをガチで恐怖させてボイコットに追い込んだ、雄英最深部封印データの医療テロリストだったわ……)
ふとした拍子に思い出す、自らのアンタッチャブルすぎる業。
さっきまで「お肉楽しみー!」とあれだけキラキラと浮かれていたみっちゃんのテンポは一瞬で垂直落下し、スン……と完全に光の消えた冷徹な真顔に戻ってしまった。
「光己!? 急にどうしたの、目が笑ってないんだけど! 先生に何かひどいこと言われたとか?」
「……いや。先生が気を利かせて、私の個性に合わせた特殊な測定器具がある部屋で、個別の訓練メニューを言いつけてくれただけ。先生がすっごい勢いで部屋から飛び出していってさ。プロって本当に大変なんだなーって、思っただけ」
みっちゃんがどんよりとした死んだ魚のような目でそれっぽい嘘を並べ立てると、友人たちは
「あ、あはは、先生っぽいね……?」
と、彼女のあまりのテンションの乱高下に引きつった笑いを浮かべた。情報の非対称性とは恐ろしいものである。大人たちが彼女の『医療テロ型・尊厳破壊カンチョー』を恐れて胃に穴をあけていることなど、この平和なバスの中では都市伝説ですらなかった。
「ま、でも、みんなで来られて良かったよ。誰かだけ合宿中も補習なんてかわいそうだしね」
みっちゃんはそう呟くと、自らの凄惨な裏の顔を誤魔化すかのように、再び普通の女子高生のペルソナを急いで被り直し、無理やりテンションを元へと引き上げた。
「あ、それより恋バナの続きしよ! 誰が格好いいとかそういうやつ! ほら、ギャル子早く教えてよ!」
「う、うん、そうだね! 光己の気分のムラが激しくてちょっとビビるんだけど!」
そんな賑やかな女子トークの最中、バスの前方からマイクを通した教員の大きな声が響いた。
「おい、お前ら! 浮かれるのはそこまでだ。間もなく、我が雄英高校が毎年お世話になっている、伝統の『第一合宿施設』に到着する!」
原作の緑谷たちの時代では行き先が変更されていたが、今はオールマイト全盛期の黄金時代。裏社会の悪党どもが雄英に手を出すなど逆立ちしても不可能な、完璧に平穏な時代である。バスの窓の外には、何十年も前から雄英高校が毎年夏に貸し切っているという、歴史ある巨大な木造のロッジ型施設が見えてきた。
「うわぁ、広い! すごい、本当に山の中の別荘みたい!」
「あそこに見えるのって大型の屋内演習場かな!? さすが雄英!」
バスが敷地内に停車し、生徒たちが荷物を抱えて次々と降車していく。夏の爽やかな風が、みっちゃんの短い髪を揺らした。
「よし、全員揃っているな。赤点なしの快挙は褒めてやる。だが、ここでの訓練は期末試験よりも遥かに過酷だ。各自、荷物を部屋に置いたら、ただちにグラウンドに集合しろ!」
教員の号令に、生徒たちは「はーい!」と元気よく返事をして走り出していく。みっちゃんもまた、スポーツバッグを肩にかけ直しながら、施設の壮大な景色を見上げた。
ここでの厳しいカリキュラムをどう生き抜くか。みっちゃんはこれからの地獄の訓練に向けて、静かに闘志を燃やしていた。