雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
雄英高校が毎年夏に貸し切っているという、歴史ある木造のロッジ――『第一合宿施設』。
四泊五日の予定で始まった個性強化訓練は、初日から容赦のない地獄のシゴキだった。生徒たちがそれぞれの個性を限界まで絞り出し、泥まみれになって絶叫する中、みっちゃんだけはグラウンドの片隅で、全く毛色の違う「地獄」と戦っていた。
「……はぁ……流石におかずばかりだと効率が落ちるな。白ごはん、もっと持ってこよう」
目の前の長机に並ぶのは、個性伸ばし訓練のために彼女のためだけに用意した唐揚げ、トンカツ、マヨネーズが親の仇のように盛られたポテトサラダ。すべてが圧倒的な超高脂質の塊だった。みっちゃんは涙目になりながらも、それをただの戦闘用燃料として大真面目な顔で次々と口の中に押し込み、自ら炊飯器へと向かって、昔話のように山盛りにした白米の丼を淡々と抱えて戻ってきた。
彼女の個性『グリセリン』。肌から超高純度の保湿成分を分泌するだけの能力は、体内から「脂質」を消費して発動する。つまり分泌量をバグらせて実戦に耐えうる戦闘ローションへと昇華させるには、過剰摂取によって細胞レベルで脂質代謝的限界値を引き上げるしかない。これが、常人並みのスペックしか持たない女子高生が実戦を経験した上で導き出した、強靭な意思に基づく生存戦略だった。
「み、みっちゃん、マジでそれ大丈夫……!? 強化訓練っていうか、ただの大食いファイターの狂気なんだけど! ストレスか何か!? 私、先生呼んでこようか!?」
普通の女子口調の友人が、おろおろと本気で心配そうな顔をしながら、みっちゃんの背中をさすろうと手を伸ばす。
「大丈夫……呼ばなくて、いい……っ。これが、私の戦いだから。それより、大丈夫?みんな訓練でお腹空いてない?から揚げ1個食べる?」
「戦いの方向性が明らかにおかしいよぉ!そんな油物の塊ばかり食べないでよう!」
みっちゃんは喉に詰まりかけるトンカツを、友人からよそってもらった白米とともにウーロン茶で胃袋へと流し込みながら、脂ぎった唇を拭って戦闘理論ノートに目を落とした。心配してくれる友人の優しさに感謝しつつも、生存のための計算を一瞬たりとも狂わせるわけにはいかないのだ。
合宿二日目の朝。ロッジの女子部屋で、異変は静かに始まった。
「……ん。おはよー、みんな……」
「うわっ、光己!? 顔めっちゃパンパンに浮腫んでない!?」
ギャル子が布団から飛び起きて叫んだ。鏡を見ると、確かにみっちゃんの顔は、昨日からの過酷な脂質補給のせいでアンパンのように丸くなっている。
「大丈夫だよ、ギャル子。これは一時的な水分と脂質の貯留……。計算通りだから」
「いや計算通りでその顔は絶対おかしいって! 完全にドカ食い気減した人の浮腫み方じゃん!」
みっちゃんの真面目すぎる狂気に引きつつも、一同は再び猛訓練へと繰り出した。
続く三日目の夜。入浴を終えた脱衣所で、普通の女子口調の友人がみっちゃんの身体を見て、本気で首を傾げた。
「ねえ、みっちゃん……なんか、気のせいか肉付きが変わってきてない?? 浮腫みっていうか……その、すごくムチムチしてきてるような……」
「そう? 体重は計算通りに推移してるけど」
みっちゃんが素っ気なく答える。だが確かに、彼女の太ももやヒップラインは、三日間のドカ食いと個性伸ばし訓練の成果の異常代謝によって、あからさまに健康的な肉感を帯び始めていた。
「いや、成長期ってレベルのスピードじゃないでしょそれ! 油物が全部そこに吸着してない!?」
友人たちのツッコミをよそに、みっちゃんは夜食のメンチカツへと大真面目に手を伸ばした。
そして疲労のピークが見え始める魔の四日目。
雄英の地獄のカリキュラムはピークに達し、生徒たちは全員、心身ともに限界を迎えていた。全身の筋肉痛と極限の疲労により、周りを気にする余裕などクラスの誰一人として残っていない。
「あー……もう動けない……。明日で終わりとか信じられない……」
「一歩も歩きたくない……」
ギャル子も友人も完全に死体のように床に転がっており、隣でみっちゃんが
「新代謝への移行完了……」
と呟きながらラストスパートのポテトサラダをバケツごと貪り食っていても、誰もそれにツッコむ気力すら湧かなかった。全員が疲れ果て、ただ泥のように眠りに就いた。
そして最終日、五日目の朝。
「……ん。おはよー、みんな……」
布団から起き上がったみっちゃんを見て、着替えていたギャル子と友人たちが何気なく振り返り、少しだけ目を瞬かせた。
「あれ?みっちゃん、昨日はみんな疲れてて気にしてる余裕なかったけど……おとといに比べても、なんかちょっと、ふっくらしたっていうか……発育が良くなってない?」
「嘘、本当だ。みっちゃん、なんかここ数日で急に女の子らしいラインになってきてる……!」
それは、どこか「ささやかでありつつ誰の目にも明らかな変化」であった。小柄だったみっちゃんの身体に栄養が行き渡り、少し肉付きが良くなった、健康的な女子高生としての変化。
しかし、室内の一角で、もう一人の女子生徒がわっと涙を流しながら、みっちゃんのジャージを掴んで前後に激しく揺さぶり始めた。
「嫌だぁぁぁ! 私より何がとは言わないけど! 色々と控えめでささやかだったはずの、あのみっちゃんを返してぇぇぇ!!! 私の心の拠り所だったあのみっちゃんはどこに行っちゃったのよぉぉぉ!!!」
「うわ、何、揺らさないでよ。……ていうか、控えめって何が?」
大真面目に首を傾げるみっちゃんの無自覚な暴力が、泣き喚く女子生徒の心をさらに深く抉っていく。その様子を見ながら、ギャル子たちは
「うん、まぁ少し発育しただけだし、そんなに喚かなくても……」
「そっとしといてあげな…」
と苦笑いしていた。
「なるほど……」
みっちゃんは戦闘理論ノートをめくって、クラスメイトたちには聞こえないように小さな声で呟いた。
「脂質代謝のオーバーフローによる皮下脂肪の再配置、第1段階は成功だね。これで夏休み中の自主訓練のための下地はできた」
(――これで個性の最大発動量が跳ね上がった。これなら、あの籠手『ディープ・グライド』のスピード・リロードを実戦でどれだけ連発しても、油切れでヴィランの括約筋を撃ち漏らす心配はない。我ながら完璧な生存戦略だ)
心の中で大真面目に恐ろしい暗殺の計算を完了させるみっちゃん。そんな彼女の不穏な気配を察してか、ギャル子が引きつった笑いでツッコミを入れる。
「光己、なんか一人でボソボソ言ってる時の顔が物揃く怖いんだけど!」
ロッジに、女子たちの賑やかな笑い声が響き渡る。
全員赤点なしで乗り越えた四泊五日の林間合宿は、こうしてみっちゃんの肉体改造の『第1段階クリア』というオチを残して幕を閉じたのである。
だが、みっちゃんの狂気的なまでの生存戦略は、合宿が終わった後の「夏休み」も一瞬たりとも止まることはなかった。
本人は実家の自室で、ノートの計算通りに脂質代謝をオーバーフローさせるための猛訓練をひたすら継続していた。自らの肉体を細胞レベルで最適化し続けるというガチすぎる修行なのだが――その実態は、深夜にコンビニへ行ってはスナック菓子とアイスとコーラをカゴいっぱいにドカ買いし、週四でバーベキューを開催し、週五でしゃぶしゃぶ、焼肉、スイーツなど多種のビュッフェを食べ歩くという狂気のロードマップだった。
当然、事情を何も知らない周囲から見れば、ただ夏休みに入った瞬間にストッパーが外れて限界までデブ活をエンジョイし散らかしている、最高に頭のハッピーな女子高生にしか見えなかったのである。