雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』   作:青梅子

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みっちゃん15歳

 23年前。まだ「平和の象徴」が世の悪を照らし始めたばかりの黎明期、雄英高校ヒーロー科の門をくぐった一人の女子生徒がいた。

 本名、■■(※データ破損により読込不可) 光己(みつき)。

 現在の爆豪勝己のような狂暴で完成された目つきではなく、どこかマイルドで、発育もまだお世辞にもよろしくない。クラスの強力な戦闘個性を持つ連中に比べれば、一見してただの大人しい少女。それが、当時の「みっちゃん」であった。

 彼女の持つ個性は『グリセリン』。

 肌から超高純度の保湿成分を分泌するだけの、戦闘には1ミリも役に立ちそうにない、完全な非戦闘用の個性だ。当然、ヒーロー科の苛烈な実戦訓練において、常人並みの身体能力しか持たない彼女がまともに戦えるわけもなかった。周囲の派手な攻撃個性を浴びてはボコボコにされ、毎日傷だらけになって保健室のベッドへと担ぎ込まれるのが彼女の日課だった。

 

「……クソ、また負けた。正面から殴り合って勝てるわけねぇだろ、あんな化け物どもに……。私の個性じゃ、肌がつるつるになって化粧ノリが良くなるだけだっての……」

 

 ベッドの上で悔しそうに顔を歪め、自分で包帯を巻きながら、思わず素の口の悪さが漏れ出るみっちゃん。そんな彼女の不貞腐れた様子を、白衣を着たリカバリーガールが、注射器を片手に怪訝そうな目で見つめていた。

 リカバリーガールは、先ほど提出されたばかりのみっちゃんの詳細な個性検査データを手元で眺め、ある「異常な数値」に目を留めていたのだ。

 

「おいおい、そんなに腐るんじゃないよ、みっちゃん。あんたの分泌するこの『グリセリン』だけどねぇ……ちょっと純度が異常だね。ただの保湿成分なんてレベルじゃない。実質、摩擦係数を完全にゼロにするほどの、超高性能な潤滑ローションだよ、これは」

 

「え? 純度って……そりゃ、意識すれば指先からドバッと出せますけど。そんなもん敵の顔に浴びせたところで、ちょっと視界がぬるぬるして、せいぜい肌が若返るだけで終わりですよ。ヒーローの技でもなんでもない。……なんで私、ヒーロー科に受かっちゃったんだろ」

 

 がっくりと肩を落とする生徒に、リカバリーガールはフッと目元を和らげてカルテを叩いた。

 

「あんた、自分の入試データを見てないのかい? 実技試験でのあんたのヴィランロボ撃破ポイントは、正真正銘の『ゼロ点』さね。攻撃手段がないんだから当然だよ。……だけどね、あんたのレスキューポイントは、あの年の受験生の中でダントツのトップだったんだよ」

 

「え……?」

 

「覚えてないのかい? あんた、瓦礫の下敷きになった受験生を見つけるたびに、隙間にグリセリンを流し込んで摩擦をゼロにして、常人の力でずるりと引き抜いて助けまくったろ。おまけにロボの足元をローションでぬるぬるにしてスリップさせて、他人のピンチを救いまくった。根津校長がね、『非戦闘個性による救助貢献度が100点満点だ』って大絶賛して合格させたのさ」

 

 予想外の合格理由を突きつけられ、みっちゃんは目を丸くした。しかし、現実のヒーロー科の訓練は救助だけでは生きていけない。

 

「機転と優しさだけで雄英の門をくぐったのは立派さね。だけど、ここはヒーロー科だ。戦う術を持たない優しさは、現場じゃただの犬死にだよ。……だからね、人間の体にはね、一番無防備で、かつ摩擦がゼロになったら一番困る『急所』ってものがあるんだよ」

 

「急所……? 心臓とか、目潰しですか?」

 

 首を傾げるみっちゃんに、リカバリーガールは医療用解剖図の「お尻(直腸)」のページをバチンと叩いて指差した。その顔は、自身の思いついた凶悪すぎるポテンシャルに、本気で戦慄していた。

 

「ここさ。この摩擦が完全にゼロになったあんたの指先で、背後から音もなく忍び寄り、一気に超高純度のグリセリンを内部に流し込むんだよ。……そうすればね、敵は即座に『自分の括約筋の限界を超えた強烈な便意』に襲われる。個性の発動どころか、立っていることすらできずに、その場で社会的にも精神的にも完全に崩壊するのさ」

 

「な、ななな……ッ!? なん、何言ってんのこのお婆ちゃん!?」

 

 提示されたあまりにも破廉恥で、かつ生々しすぎる「最悪の急所」に、みっちゃんの顔が一瞬でトマトのように真っ赤に染まった。あまりの衝撃にベッドから跳び起き、手足をバタバタと振り回してワチャワチャと大パニックを起こし始める。

 

「ケ、ケツ!? いやいやいや無理無理! 乙女になんて技を提案してんのさ! 必殺技がカンチョーの女子高生ヒーローなんて末代までの恥だよ! 敵のケツを突いて勝つ美少女ヒーローって何!? 属性が大渋滞して頭おかしくなるわ!!」

 

「おいおい、落ち着きなさいよ。誰も『美少女カンチョーヒーロー』としてデビューしろなんて言ってないさね。これは立派な医療テロ、いや、一撃必殺の制圧術だよ」

 

「言い方変えてもやってること最低だからね!! 私はもっとこう、オールマイトみたいに『もう大丈夫、私が来た!』ってカッコよく前線で戦いたいんだっての!!」

 

 顔を真っ赤にしたまま、恥ずかしさのあまり枕をリカバリーガールに投げつけようとするみっちゃん。しかし、リカバリーガールはその枕をひらりと避け、真剣そのものの、重々しい口調で語りかけた。

 

「いいかい、みっちゃん。正面からまともに戦ったら、あんたの身体能力じゃ100%ヒーローなんて無理さね。無駄に傷ついて、夢半ばで死ぬだけだよ。……だけど、このやり方なら、あんたは誰も傷つけずに、どんな凶悪なヴィランの戦意も100%削ぎ落とせる。生き残りたければ、プライドを捨てて徹底的に敵の死角を奪う技術を磨きなさい。誰も気づかない隙に背後へ回り込み、一撃でその尊厳を終わらせるのさ」

 

 リカバリーガールのガチすぎる眼差しに、みっちゃんはワチャワチャとした動きをピタリと止め、自身の赤くなった顔を両手で覆った。

 恥ずかしさは死ぬほどある。だが、入試のとき、ロボを1体も壊せなかった自分が「勝つ」ための道は、もうこれしかないのだ。みっちゃんは指の隙間から自分の指先と解剖図を交互に見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 うら若き女子高生が羞恥心を捨て、裏社会の闇に潜む悪党たちを恐怖のどん底に叩き落とす修羅の道を選んだ、運命の瞬間だった。

 

 のちに根津校長が「絵面が教育に悪すぎる」として、彼女の戦闘記録をすべて『R-18・秘匿扱い』にし、雄英の最深部に封印することになる、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー「ミッキー」。

 その裏社会の悪夢へと至る、泥泥とした修行と研究の日々が、この保健室の最悪な対話から、静かに幕を開けたのだ。

 

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