雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
―かくして、色んな意味で濃密すぎた雄英高校での1年目が終わった。
期末試験をヒーロー達にボイコットされる形で免除され、雄英祭を公開座学で乗り切り、ミスコンでグランプリを獲得した私は、特に大きなイベントもなく、春休みを挟んで2年生に進級した。
新学期。ヒーロー科の2年目といえば、全国一斉に行われる『プロヒーロー仮免許取得試験』という、在学中のヒーロー活動を占う大一番が待ち受けているはずなのだが――
「……というわけで■■くん。人道的配慮と、他校との折衝、および試験会場の衛生環境維持のため、君の実戦形式(対人試験)は免除とする」
新学期早々、校長室に呼び出された私を待っていたのは、ヒーロー公安委員会の黒スーツを着た偉い人だった。
「あの……恐れ入ります。免除というのは、一体どういうことでしょうか? 私も普通に、みんなと同じ試験を受けたいのですが」
「文字通りの意味だよ、■■くん。もし本番の試験で他校の生徒にアレをやられたら、やられた側の生徒が社会的・精神的に再起不能になりかねん。それに、犠牲者が多発して会場のトイレが物理的に決壊するのは防がねばならないんだ。キミの必殺技も担任の先生から聞いている。頼むから分かってくれ」
大真面目に頭を下げて懇願する公安の人に、私は少し困惑しながらも、常識的な視点から反論を試みた。
「口答えするようで失礼ですが、私は100%不殺の人道的ヒーローを志望している身です。以前、インターン中に一度だけやむを得ず実戦で使ってしまった時も、対象に傷一つつけずにおとなしくさせました。決して、好きで誰彼構わず狙うような真似はいたしません」
「君の技は肉体的な傷はつかないが、人間の尊厳を根こそぎ破壊するだろう……! お願いだから大人しく個別の測定を受けてくれ」
公安の男は額の汗をハンカチで拭いながら、さらに声を潜めて一枚の書類を差し出してきた。
「実はね、■■くん。君のその、一切の気配を消して標的の死角へ滑り込む体術と、確実に相手の動きを止める技術……。どうだろう、表舞台ではなく、国家の影で動く特務の専門職として籍を置く気はないかね? 君の才能なら、どんな凶悪犯も音もなく闇に葬れる」
「……お言葉ですが、そういうお仕事はお断りさせていただきます。私はアングラであれ何であれ、正当な手続きを踏んで人を救うヒーローになると決めていますので。そういう裏のお仕事は秒で却下です」
(完全に暗殺や工作員の勧誘じゃない。そんな物騒な汚れ仕事を女子高生に押し付けようとするなんて、この黒スーツの人も困ったものね。誰が国家の敵のケツを追い回すダークエージェントなんてやるものですか、バカバカしい)
私は差し出された書類を丁寧にかつ断固として押し戻した。
とはいえ、完全に実技なしで資格をやるわけにはいかないということで、私は別室で『個別形式試験』を受けさせられる羽目になった。
案内された試験室の真ん中に、ポツンと置かれていたのは、最新鋭の「災害救助・戦闘測定用ダミーロボット」である。
部屋の隅には、防護服を着た試験官たちがバインダーを手に、緊張した面持ちで一列に並んでいた。爆発物でも処理するつもりなのだろうか、この人たちは。
「……では、■■くん。技の入り方の形式、および速度の測定を始める。位置について。……始め!」
合図と同時に、私は身体を沈めた。
隠密特化のプロの先生とのダミー人形特訓で叩き込まれた、一切の無駄を削ぎ落とした最短の軌道。人間の知覚の盲点を突く、予備動作なしの『暗殺歩法』。
(シュッ!)
空気の爆ぜる音が室内に微かに響く。
気配を完璧に消したまま、ダミーロボの完全な背後へ音もなく滑り込んだ。狙うはただ一点、肉体的な殴り合いなど一切必要としない、相手の最深部だ。
私は寸分の狂いもなく、人指し指と中指を鋭く突き出した。
「ファイア!」
ガチッと音を立てて肉薄し、摩擦係数ゼロの指先をダミーの隙間へ深く突き刺す。同時に、肌から分泌される超高純度グリセリンを、サポートアイテム『ディープ・グライド』を介して、ダミーの内部を一切傷つけない完璧な流体制御のもと、一瞬にして最深部へと強制注入した。
『チク……ショウ……腹ガ……決壊……個セノ……発動……不可……ガガガ……』
最新鋭のロボットが、あまりにもマヌケな電子音声を漏らして停止した。アームで人間であればお尻を押さえるダミー。
測定モニターには、今の私の技術の精度を示すログがデカデカと表示されていた。
【注入速度:200ml/s / 的確度:100% / 人道性:A(物理的無傷) / 尊厳破壊度:測定不能】
試験官の一人が、メガネをクイッと上げながら大真面目にバインダーにペンを走らせた。
「……素晴らしい。無駄のないステップ、一切の躊躇のない指先。肉体破壊を完璧に回避しつつ、粘膜組織を一切傷つけずに一瞬で内部を満たす、驚異の200ml/sだ。これならヴィランに怪我をさせたという人権団体からの抗議も100%回避できる。文句なしの特例A判定だ。さあ、胸を張って仮免許を持って帰ってくれ」
「……大の大人が真顔でカンチョーの精度を絶賛しないでいただけますか。恥ずかしいですから」
(というかいい歳をしたプロたちが真顔で何を計測して分析しているのよ、頭が痛くなるわ。これ以上ここにいるのもね。早く仮免許を貰って家に帰るわよ)
静まり返った試験室に、私の丁寧なトーンの、しかし冷ややかな突っ込みだけが虚しく響き渡った。
そんなわけで、他校の誰と戦うことなく(ダミーのケツを物理的に壊して)仮免許を手に入れた私は、無事に2年生としてのスタートを切ることになったのである。