雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
怪我一つない綺麗な体のまま、精神を根こそぎ破壊された仲間たちの惨状を見て、デモ隊のリーダー格の男が、せめてもの意地を見せようと顔を跳ね上げた。
「う、うるせえ……! 個性の自由な発揮こそが正義だ……! 小娘風情が、俺たちの邪魔を――」
のあとです。よろしければご覧ください。
デモ隊の「社会的尊厳の強制終了」という地禍から、数日後のことである。
路地裏のアングラヒーロー事務所に、ヒーロー公安からの一通の書留が届いた。中身は驚くべきことに、あの未曾有の暴動を「一切の物理的損壊なし(精神と肛門の損壊は除く)」で鎮圧したことへの特別な金一封であった。
文字通り懐が温まったプロヒーローの社長は、事務所のデスクで不敵に笑い、特厚の封筒をパチンと叩いてみせた。
「よし! 今回の事件は、俺たちの意地と執念が実を結んだ結果だ! というわけで今夜は、お前ら二人を美味い飯に連れてってやる! がはは、飯はがっつり焼肉でいいか!」
「女子高生連れてくのに焼肉屋って……でも社長も女子には甘いんすね」
いまだに前回の凄惨な光景が脳裏から離れないサイドキックの青年は、引きつった笑いを浮かべながらツッコミを入れた。
アングラヒーローは、少しだけ顔を赤くしてバツが悪そうに視線を逸らした。
「……うるせぇよ。頼れる『憧れの大人』ってのを見せるのもプロの仕事だ」
そう言って顎をしゃくり、一行は街の片隅にある、煙の立ち込める大衆焼肉店へと移動したのである。
四合瓶の入った冷蔵庫と、脂でギトついたロースターが並ぶ賑やかな店内。テーブル席に腰を下ろすなり、アングラヒーローは金一封の入った財布をポンと机に置き、豪快にメニューを広げた。
「よし、何でも好きなもん食え! 若いもんが遠慮するな!」
「あざっす社長! じゃあ俺、カルビ三人前と、ハラミ、あと大盛り白飯で!」
サイドキックの青年が、いかにも若者らしい注文を元気よく店員に告げる。その様子を、アングラヒーローは目を細めて満足そうに眺めていた。
「若いっていいねぇ……おじさんはそんなのもう少ししかいけないよ。もうロースとタン塩、あとクッパがあれば十分だわ」
プロとしての威厳と、年長者としての余裕。まさに「頼れる憧れの大人」を体現する完璧な仕草であった。その視線が、まだメニューを凝視している光己へと向けられる。
前回の戦闘で「グリセリン」を限界まで絞り出し、体内の脂質と糖分の大部分を消費した光己は、現在、すっかり胸も尻も縮んだ「普通の女子高生(みっちゃんモード)」であった。
しかし、その瞳の奥に宿る光は、冬眠前の熊のそれと同じ、狂気のボディビルド戦略の輝きだった。
「ミッキーは何にする? レディースセットとかあるよ?」
サイドキックの気遣いに、光己はすっと細い指を動かし、メニューの特定のページを上から下へと、なぞるように示した。
「んー、じゃあ、とりあえずメニューのここからここまで全部で。あ、この『ファミリー爆盛りセット・5人前』ってやつは3つお願いします。あと白米はマンガ盛りで!」
「ぶふっ!?」
店員が注文を取る手を止め、サイドキックの青年が吹き出す。しかし、何も知らないアングラヒーローは「がはは!」と豪快に笑い飛ばした。
「おいおい、若いもんはそうでなくちゃな! ちょっと見栄を張って注文しすぎだぞ、ミッキー。だが安心しろ、大人の財布を舐めるなよ!」
これが、すべての悲劇の始まりだった。
最初の注文が運ばれてくる。テーブルを埋め尽くす肉の絨毯。ロースターに肉が乗ると、ジジィと心地よい音が響き、脂の香りが立ち込める。
「ほらほら、どんどん焼け! 肉は戦いだぞ!」
アングラヒーローがトングを回す中、光己の動きはまさに神速であった。
焼き上がった肉を、一切の無駄な予備動作なし(ノーモーション)で箸で掴み、マンガ盛りの白米の上をバウンドさせ、そのまま口へと吸い込んでいく。その速度は、まるでブラックホールだった。
「しかしよ、ミッキー。お前あの時の『ステップ』、ありゃガチで凄かったぞ。」
アングラヒーローがビールを煽りながら、感心したように話しかける。仕事が終わり、敬語を交えつつも豪快に肉を咀嚼しながら■■は答えた。
「あー、っていうか、あの時は本当に身体の脂肪分が切れるかと思って焦ったんですよ。だから今、こうやって超絶リロードしてなきゃって」
「リロードって、肉でか……?」
サイドキックの青年が引きつった顔で、光己の平らげた空き皿のタワーを見つめる。すでに15人前相当の肉が、その細い体の中に消えていた。
最初の注文が、一瞬にして完全に消滅した。
網の上に残った焦げ目を見つめながら、アングラヒーローは満足そうに深く頷いた。
「いやあ、やっぱり強いやつは食べるほうも強いな。お前さんは一流のヒーローになれるぞ!」
アングラヒーローは完全に機嫌を良くし、隣のサイドキックを小突いた。
「お前ももっと食え! 体作りの心構えからなってないんだ! ミッキーを見習え!」
「は、はあ……」
サイドキックは、光己のお腹を凝視していた。これだけの量を食べたというのに、彼女の腹部は不気味なほど平らなままである。食べた先から、すべての栄養が「人妻ドスケベボディ」の材料として細胞へ超高速で再配置されているのだ。
「すいませーん、追加お願いします!」
光己が、軽やかに店員を呼んだ。
「はーい、お伺いします」
「えっと、さっきのファミリーセット、おかわりで5個。あと、特上カルビとトモサンカクあるだけ全部持ってきてください。あ、牛タンは塩で30人前。それと、口直しにチョコレートパフェ5個で」
店内の空気が、一瞬で凍りついた。
店員のペンが止まる。サイドキックの青年は、すっと椅子を引いて光己から距離を置いた。
「う、うん、功労者だからな……。たくさん、食べるのは、いいことだ……」
アングラヒーローの顔から笑みが消えていた。額にじわりと冷や汗が浮かぶ。
さらに十分後。
「すいませーん、追加で! 今度はホルモン系全部と、クッパを洗面器サイズでお願いします!」
「さ、最近の高校生って、こんな感じなんだ……。ギャルって、燃費悪いのかな……」
アングラヒーローの口調から覇気が消え、声が震え始める。財布に入った特厚の封筒が、みるみるうちに薄くなっていく幻覚が彼の脳裏をよぎっていた。
さらに、十五分後。
「すいませーん!」
「…………」
もはやアングラヒーローは何も言葉を発しなかった。ただ、虚空を見つめ、青い顔をしている。
サイドキックの青年は、すでに財布から自分の分の数千円を出して机の端に置き、いつでも逃げ出せる姿勢をとっていた。
アングラヒーローは、震える手でメニューの裏に書かれた「当店ではクレジットカードはご利用いただけません(現金のみ)」の文字を、血走った眼で見つめていた。
彼はそっと、近くを通りかかった店員の袖を引いた。
「……あの、ここってカード……使えます? あ、無理? 近くのコンビニのATMって、どこにありますかね……?」
その時、光己がふぅと小さく息を吐き、ブレザーのボタンを一つ外した。その瞬間、パツン、と衣服の繊維が悲鳴を上げる音が店内に響く。
見れば、さっきまでスレンダーだった光己の胸元と腰回りが、栄養の超高速再配置によって、元の「あの爆乳爆尻の爆豪光己モード」へと目に見えて進化を始めていた。
「あー、食った食った。とりあえず腹八分目ってところですね。社長、ごちそうさまでした!」
満面の笑みで放たれた「腹八分目」という無慈悲な宣言。
それが、アングラヒーローであるアングラヒーローの、財布と精神へのトドメの一撃となった。
夜風が吹く街の道。
店の外に出たアングラヒーローは、完全に魂が抜けたような顔で、街灯の柱に寄りかかっていた。公安からの金一封は、跡形もなく消え去り、なんなら私費からもかなりの額が消し飛んでいた。
哀愁を全身から漂わせながら、アングラヒーローは、すっかりグラマラスな体型に戻った光己の肩に、ぽんと震える手を置いた。
「……頑張って、一流のヒーローになれよ……」
(じゃないとお前は、将来、食費で確実に破産するぞ……。結婚する男の顔が見てみたいわ……)
後半の切実な本音を心の中で血を吐くように呟きながら、アングラヒーローは夜の街へと消えていった。
ーー頑張れ勝氏!(未来の夫)
色々な意味で、この怪物を満足させるために!