雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
リカバリーガールに「医療テロの才能」を見出された翌日。
うぶな女子高生であった■■ 光己(みつき)は、紹介された武道場の重い扉を叩いていた。
そこにいたのは、リカバリーガールが手配した隠密・隠蔽特化のプロヒーロー。そして用意されていたのは、人間の形をした、背面に大きく「×マーク」が描かれた、ただの木製のダミー人形だった。
「いいかい、みっちゃん。君の個性『グリセリン』は素晴らしいが、君自身の身体能力はただの一般女子高生だ。正面から構え合ったら、ヒーロー科のクラスメイトには1秒で肉体(パワー)負けする」
「……うん。それは毎日、嫌ってほど思い知らされてる」
ジャージ姿のみっちゃんは、悔しそうに拳を握りしめる。プロヒーローはダミー人形の前に立つと、静かに構えを解いた。
「だから君がやるべきは格闘戦じゃない。『知覚の暗殺』だ。人間にはね、どれだけ注意を払っていても、脳が勝手に『見落とす』意識の隙……つまり知覚の盲点がある。予備動作(ノーモーション)を徹底的にゼロにし、相手が『そこに誰もいない』と錯覚した瞬間に、その死角へ音もなく滑り込む。それが君の修めるべき『暗殺歩法(ステルス・ステップ)』の基礎だよ」
プロヒーローがそう言った瞬間、彼の体がブレた。
否、ブレたのではない。みっちゃんが「瞬き」をしたわけでもないのに、彼の姿が視界から完全に消え、気づいたときにはみっちゃんの真後ろに立っていたのだ。気配も、足音も、空気の振動すらも一切なかった。
「な、なにこれ……全然見えなかった……!」
「これが歩法の極致さ。さあ、まずはダミー人形の死角を奪う練習からだ。ステップを踏み、人形の『意識の隙』を想像して、背後の×マークに指先を叩き込みなさい」
みっちゃんはゴクリと唾を飲み込み、木製の人形に向き合った。
(やるしかない。ロボを1体も壊せなかった私が、ここで生き残るためには……!)
だが、いざ人形の背後に回り込もうとした瞬間、昨日の保健室でのリカバリーガールの言葉が脳裏をよぎる。
『摩擦がゼロになったあんたの指先で、背後から音もなく忍び寄り、一気に内部に流し込むんだよ』
「……って、やっぱり狙うのケツじゃん!! 技の練習ステップが完全にカンチョーのフォームなんだよ!!」
「何を照れているんだい? 狙いを定めなさい, 狙いを!」
「照れるわ!! なんで私、花の女子高生なのに放課後におじさんヒーローの前で木の人間のケツを狙ってステップ踏まなきゃいけないのさ! 恥ずかし死ぬ!!」
顔を真っ赤にして道場でギャーギャーとわめくみっちゃん。しかし、どれだけ恥ずかしくても、訓練の手を緩めるわけにはいかなかった。
「クソ……クソババアめ、絶対にいつかお茶にローション混ぜてやる……!」
と最悪な愚痴をブツブツと呟きながら、みっちゃんは何度も、何度もステップを繰り返した。
最初は足音が鳴り、人形の正面でバランスを崩していた。だが、ここで彼女の「もう一つの才能」が目覚め始める。
個性が戦闘に使えない分、みっちゃんは常に
「どうすれば相手の裏をかけるか」
「どう動けば最小の労力で最大の効果を出せるか」
を、脳内で冷徹なまでに計算し尽くす、極めて繊細で隙のない思考力を持っていたのだ。
無駄な予備動作を削ぎ落とす。肩の力を抜き、重心の移動を極限まで滑らかにし、呼吸を周囲の環境と同調させる。
汗だくになり、ジャージが肌に張り付くほどの猛特訓が始まって数時間が経った頃。
道場に、ふっと奇妙な「静寂」が訪れた。
「……あ、あれ? みっちゃん、どこに――」
プロヒーローが視線を外した、わずかコンマ数秒の『知覚の隙』。
みっちゃんの体が、まるで路地裏の影そのものが滑り込んだかのように、一切の風切り音すら立てずにダミー人形の真後ろへと移動していた。
――パシィン!!
みっちゃんの、高純度グリセリンでツルツルに潤った指先が、ダミー人形の背面(お尻の×マーク)を正確に、予備動作なしで深く突き刺した。
「な……見事だ! 完璧なノーモーション……知覚の死角を完全に奪った!」
プロヒーローは大絶賛して拍手を送る。みっちゃんはゼェゼェと荒い息を吐きながら、人形に突き刺したままの自分の指先を見つめ、顔を紅潮させた。
恥ずかしさはまだ、消えていない。
だが、確かな手応えがあった。常人である自分が、あらゆる強者を背後からハメ殺すための「悪夢の体術」が、今ここに産声をあげたのだ。
のちに、雄英高校の教師陣から「粗暴に見えて実は極めて繊細、隙のない完璧な立ち回りをする才能」と絶賛され、「あーやだやだ、才能マンは……」と上鳴電気に言わしめる爆豪勝己。
その勝己が持つ「一切の無駄がない、最適解を瞬時に叩き出す圧倒的な戦闘センスおよびスペックの高さ」は、正真正銘、この母親の血筋によるものであった。実家で日常的に喰らっている「頭スパーン!」の回避訓練によって、彼のセンスは知らず知らずのうちに極限まで磨かれていたのである。
そんな息子が天才と呼ばれる未来などまだ知らないみっちゃんは、恥じらいの涙を袖で拭いながら、次なるステップへと踏み出すのだった。