雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
放課後の教室。机の上に山と積まれていたのは、きらびやかな包装紙に包まれた高級マカロンや、有名店の焼き菓子の箱だった。
これらはすべて、雄英祭のミスコンで光己が優勝した結果、男性ヒーローたちの間で巻き起こった年上女性ブームのおかげで、未婚の先輩女性ヒーローたちから「よくぞブームを作ってくれた!」と、聖母への感謝状と共に連日届く貢ぎ物である。
「んー! このマカロン、マジで超絶うまいんだけど!」
「本当だねぇ。普段は並んでも買えないようなお店のばっかりだよ」
光己が
「こんなの気にしないで適当に処理しといて」
と教室に残していったのをいいことに、ギャル子と普通女子は、机の上に広げた贅沢な甘味を遠慮なく口へと放り込んでいた。
そんな中、隣の席で一心不乱にハサミと画用紙を動かしていた控えめ女子が、不敵な笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「ふっふっふ……。二人はママに対する尊敬の念が決定的に足りないね! 私は、ママがあの圧倒的な母性の塊のせいで、さぞや深刻な肩こりに苦労していると思って……これ! 特製『肩たたき券』を作っているのです!」
得意げに掲げられた画用紙には、クレヨンで幼い子供が描くようなタッチの光己の似顔絵と、歪んだ文字で『ママせんよう』と書き殴られていた。
それを見たギャル子は、手に持ったマカロンを咀嚼する手を止め、引きつった顔で呆れたようにツッコミを入れる。
「アンタ、ホントに光己に怒られるよ……。いくら何でも重すぎるっての。……あー、でもさ」
ギャル子は空になったマカロンの箱を見つめ、少し気まずそうに頬を掻いた。
「なんかさー、アタシら勝手に貰い物をバクバク食べてるけど、さすがに光己に悪いよなー。これ、全部光己の功績だし」
その言葉に、お茶を飲んでいた普通女子も深く頷いて同意する。
「そうだね、さすがにね……。みっちゃん本人は全然気にしてないみたいだけど、さすがに私たちはこれだけ恩恵に預かっておいて何もしないのは違う気がする」
普通女子はカップを置くと、名案を思いついたように二人の顔を見回した。
「うん、みっちゃんに何かお返しがしたいよね。なら、放課後にみんなで何かちょっとしたプレゼントでも買いに行かない?」
「それ、賛成!」
とギャル子が即座に乗り出し、控えめ女子も
「ママへの献上品ですね!」
と『肩たたき券』を大事にカバンにしまいながら目を輝かせた。こうして三人は、放課後の街へと繰り出すことに決めたのだった。
数時間後。夕暮れ時の駅前商業ビルを出た三人は、中身の全く見えない怪しげな黒いショップの紙袋を大切そうに抱えて歩いていた。
先日のクリスマス会で光己が語った「理想のタイプ」の話題を思い出し、ギャル子が
「せっかくのお礼だし、普段のあいつなら絶対買わないような、最高にエッジの効いた悪ふざけアイテムで盛大に弄ってやろうじゃん!」
と最悪な企みを提案。それに普通女子がクスクスと大笑いして悪ノリし、控えめ女子も
「これを手にした時のママの反応……想像するだけで尊すぎます……!」
と店内で怪しく狂喜乱舞したばかりだが、現時点ではその中身がどのような代物であるかは、袋を覗き込まない限り誰にも分からなかった。
そんな正体不明の悪ふざけプレゼントを抱え、住宅街へと続く少し薄暗い一本道に入った、その時だった。
「……ッあ、が……っ!?」
肉体が壁に激突するような鈍い物音と、押し殺された短い悲鳴が、静かな路地に響き渡る。
「今……なんか悲鳴みたいなのと、物音しなかった?」
ギャル子がピタリと足を止め、眉をひそめて隣の細い路地裏を見つめる。
彼女たちは難関を突破して雄英高校ヒーロー科に身を置くヒーローの卵だ。普通女子が素早い手つきでスマートフォンを取り出すが、片手に大きめの紙袋を抱えているせいでうまくバランスが取れず、焦りもあってなかなか画面のロック解除ができない。
「ちょっと、二人とも気をつけて。まだ警察に通報が繋がってないから……」
普通女子がもどかしさに唇を噛みながら、とりあえず位置情報だけでも共有しようと「光己も含めたチャットグループ」に現在地を大急ぎで送信した、その直後だった。三人は意を決して、息を殺し路地の奥へと足を踏み入れた。
ゴミ箱が散乱する空間の奥。そこに立っていたのは、特徴的な仮面と、異様なまでに肥大化した異形の腕を持つ、テレビの指名手配ニュースで連日報道されている凶悪なヴィランだった。足元には、襲撃されたと思われる一般市民が頭から血を流してピクリとも動かず倒れている。
侵入者の気配を察知したヴィランは、血に濡れた巨腕をぶら下げたまま、ギチギチと首を鳴らして三人へと振り返った。その仮面の奥の目が、獲物を値踏みするようにギラリと歪む。
「ハハハハハ! なんて日だ! おかわりが向こうから歩いてきてくれたァ! その制服……雄英の生徒か……。運が悪いのはオレか?お前らか……?」
ヴィランは残虐な歓喜に肩を震わせ、その巨大な腕を誇示するように地面を激しく叩きつけた。コンクリートが激しく爆ぜ、凄まじい衝撃波が三人を襲う。
「キャッ!?」
まだ通信中だった普通女子の手元を、飛び散った破片が容赦なく弾き飛ばした。端末がアスファルトに叩きつけられ、画面が粉々に粉砕される。これで彼女の連絡手段は完全に断たれてしまった。
「この野郎っ! アタシの友達に手ぇ出してんじゃねえよ!」
ギャル子が鋭い怒声を上げ、自身の個性を発動させて攻撃を仕掛ける。しかし、実戦経験の豊富な指名手配ヴィランは、彼女の突撃をあざ笑うかのように最低限の動きで回避した。
「甘いんだよ、ガキが!」
次の瞬間、暴風のような裏拳がギャル子の腹部を捉える。
「がはっ……!?」
と息を詰まらせ、ギャル子の身体が壁まで激しく吹っ飛んだ。
「ギャル子ちゃん!? いやああああっ!」
「うぐっ……あ……っ!」
救助と援護に入ろうとした普通女子と控えめ女子も、ヴィランの圧倒的な身体能力の前に、ろくな抵抗すらできず次々と地面へ叩きのめされていく。ヒーロー科の訓練とは全く違う、明確な「殺意」を孕んだ暴力の前に、三人は身体を打ち付けられ、息を荒くして倒れ伏すしかなかった。
「ははは! さすが雄英生、なるほど骨がある。……だが、久しぶりの若いメスの肉だ……。神よ、今日の糧に感謝します……!」
ヴィランは歓喜に身体を震わせ、昏い欲望の塊のような目をギラギラと輝かせた。その狂気に満ちたセリフに、恐怖で三人の身体がすくみ上がる。
「さて、どいつからいこうか……。まずはお前だ……!」
ヴィランの巨大な手のひらが、地面に倒れるギャル子の髪を掴もうと迫る。ギャル子は必死に個性を指先に集め、最期の抵抗を試みようと歯を食いしばった。
「今日の肉は、活きが良いなぁ……!」
その凶悪な手がギャル子に触れる、寸前。
――一切の予備動作がない、完全なる無音。
風切り音すら置き去りにする異次元のステップが、夕闇の路地裏に音もなく滑り込んできた。
足音も、衣擦れの音すらも一切存在しない。ただ、人間の知覚の盲点を突くようにして、ヴィランの視界へ突如として割り込む影があった。
「――こういうのはね、もっと詳しく書くべきでしょ。位置情報だけ一通送られてきても何が起きてるか分かんなくて、探すの遅くなっちゃったじゃない」
低く、少女の声が、凍りついた空間を震わせる。
倒れていた三人が驚愕に目を見開く中、その人物は、まるで災害現場に現れた平和の象徴のように、凛とした佇まいでヴィランの前に立ち塞がった。
「もう大丈夫。なぜって? 私が来たから!」
そこに立っていたのは、普段通りの雄英の制服を身にまとった爆豪光己だった。完全にいつもの普通の女子高生の口調、しかしその瞳の奥には、圧倒的な冷徹さと怒りが静かに燃え盛っている。
「光己……なんで……っ!」
「み、みっちゃん……!?」
「マ……ママ……!」
「あんた、私の友達に何してくれてんのよ!」
彼女は身構えながら、通学カバンから夜の保健体育を連想させる独特な光沢の紙箱――『業務用・特級薄膜仕様』を流れるような手つきで引っ張り出した。瞬時に0.01mmの使い捨て指サックを取り出すと、自身の両手の指先へと一瞬で、一切の迷いなく超高速装填を完了させる。
彼女は一歩を踏み出すと同時に、自身の個性『グリセリン』を全開で駆動させた。ウレタンの薄膜を一切阻害することなく、指先と肌から超高純度・摩擦係数ゼロの超高性能ローションを分泌し、路地裏の地面一帯へ向けて豪快に撒き散らす。
「あァ!? 何だコレは……っ!?」
足元の摩擦が完全にゼロになったヴィランは、個性を発動するバランスすら保てず、その巨体を大きく泳がせた。
その一瞬の視線の揺らぎ、知覚の盲点を、光己は見逃さない。
(暗殺歩法――ステルス・ステップ)
予備動作は皆無。一切の風切り音も足音も立てず、人間の意識の隙間をすり抜けるようにして、光己の身体は音もなく滑るように移動した。
次の瞬間には、彼女はヴィランの真後ろ――完全な死角へと音もなく回り込んでいた。
「てめえには特濃をくれてやる!!」
光己は無駄のない動きで、特級薄膜仕様の指サックをはめた指先を鋭く突き出す。
摩擦係数ゼロの保護サックが、ヴィランのお尻の直腸へと一切の抵抗なく滑り込み、完璧な角度で急所を捉えた。
「(社会的に)死ねやぁっ!!!」
光己の叫びと共に、自身の体内で脂質と糖分を消費して生み出された超高純度グリセリンが、ヴィランの直腸最深部へと強制注入される。
「んぎゅぅぅぅぅぅっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
直後、指名手配ヴィランの全身が、物理法則を完全に無視したシャチホコのようなエビ反りポーズで硬直した。
注入された超高純度成分は、腸壁の神経細胞を一瞬でジャック。脳内の警報システムが「今すぐ全てを放出せよ。」と, 最大音量のサイレンを鳴らし始める。
「あ、が……あ…腹がァァァァッ!? なんだこれ、宇宙が見え……っ、んほおおおおっ!? おおお我が神よォォォ! なぜこのような凄惨な試練をオレにお与えになるのですかぁぁぁぁ!!」
先ほどまでの「神よ感謝します」というイカれた威厳は四散し、ヴィランは突如として訪れた未曾有の超強烈な便意に、絶望の祈りを叫び始めた。
「んほおぉぉぉぉぉぉっっっ!! 神よ、オレの祈りを聞き届けたまえ……! この門、このオレの最後の門を潜られたら、全ての望み、全ての尊厳が消えてしまうーーーっっっ!!! 神よぉぉぉぉっっっっっっっっっっ!!!」
ヴィランは己の全括約筋にこれまでの人生で最高の出力を注ぎ込み、涙と鼻水と脂汗を同時に噴出させながら、ケツをラグビーボールでも抱えるかのように必死でプレスする。だが、摩擦係数ゼロの超高性能ローションの浸透圧を前に、凶悪ヴィランの『地獄の門』の死守もむなしく、括約筋はなすすべもなく大決壊寸前。
今この瞬間に個性を発動すれば、その衝撃で完全に社会的死を迎える。ヴィランは目を見開き、生まれたての小鹿のように両膝をガタガタと震わせながら、地面にズルズルと這いつくばった。肉体的な殴り合いなど一秒も発生しないまま、指名手配犯は一人の「漏らしそうな不審者」へと完全に無力化された。
路地裏には、大巨体を縮めてゼェゼェと喉を鳴らすヴィランの荒い呼吸音と、脂汗がアスファルトに滴る音、そして
「神よ……許したまえ……」
という哀れすぎる絶望の呻き声だけが不気味に響き渡っていた。
そんな一人の男の尊厳の終焉という凄惨な光景を前に、助けられたギャル子、普通女子、控えめ女子の三人は、完全に声を失い、魂が天に召されたかのような顔で硬直したままだ。
「……光己、あんた……今、何したの……?」
「みっちゃん……今の、何……?」
「……マ……ママ……。それは、一体……何の儀式ですか……?」
あまりにも凶悪すぎる戦闘技術の「友バレ」に、三人の思考は完全に停止していた。光己が指サックをすっと外してゴミ箱へ捨てながら、
「え、あー、いや、これはただの護身術よ、護身術!」
と必死で目を泳がせながら弁明し始めた、その時だった。
ウゥゥゥゥーーーーン!!!
夕闇を切り裂くようにして、路地裏の入り口に、凄まじい音量で警察のパトカーのサイレンが鳴り響いた。どうやら普通女子がスマホを壊される寸前に送った位置情報を光己が送っていたようで、巡回中の警察官たちが異常を察知して急行してくれたらしい。
「おい! 大丈夫か! ……あ、あれは指名手配犯の……!」
「動くな! 身柄を確保する!」
数人の警察官たちが一斉に路地裏へ突入し、地面に這いつくばるヴィランを取り押さえにかかる。そして、一人の警察官がヴィランの手首を掴み、カチャリ、と冷たい手錠をかけた。
――その、わずかな金属の振動が、最後のトリガーだった。
「ひゃ……っ!?」
ヴィランの口から、およそ指名手配犯とは思えない短い悲鳴が漏れる。
極限まで耐えていた『門』の防衛システムが、手錠の刺激によって完全に完全崩壊。夕闇の路地裏に、
ジュブッ……
という、この世の何よりも哀愁を帯びた、傷ましき絶望の音が静かに響き渡った。
「あ……」
ヴィランの顔から、すべての感情が消え去った。
警察官たちに両脇を抱えられ、パトカーへとズルズルと連行されていく中、彼はすべてを解放しきった虚無の顔で、宇宙の真理でも悟ったかのような掠れた声で、静かに呟いた。
「神は、 死んだ……」
狂信者の哲学的敗北。一人の男の尊厳が完全に終わりを迎えた。パトカーのドアが、バタンと非情な音を立てて閉められた。
赤色灯の光が遠ざかり、ヴィランの呻きと残していった特級呪物の臭いだけが染み付いた路地裏に残されたのは、脂汗を流しながら必死の笑顔を作る光己と、女子高生が見るべきではない衝撃映像を特等席で見せつけられた三人のクラスメイトだけ。
ガタガタと震えるギャル子の手には、なぜか事件の荒波を無傷で生き残った、例の黒いショップの紙袋が固く握り締められている。
――この後、病院での治療と、警察での死ぬほど気まずい事情聴取という名の『第二の地獄』が待ち受けていることを、そしてその手元にある正体不明の袋が、これから始まる長い夜の爆弾であることを、まだ誰も口にできないでいた。
続きます。