雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
指名手配ヴィランがパトカーへと連行されてから数時間後。
路地裏から病院へと搬送されたギャル子、普通女子、控えめ女子の三人は、幸いにも打撲や擦り傷程度の軽傷で済み、病室のベッドの上で一安心の溜息を吐いていた。
だが、安堵も束の間。病室の扉がガラリと開いて入ってきた光己の姿を見た瞬間、三人の身体は怪我の痛みとは全く別の意味でピシリと硬直した。彼女の背後には、メモ帳と警察用の通信端末を手にした私服の警察官が真面目な顔で控えている。
「みんな、身体は大丈夫!? ……あ、ごめんね、治療が終わった早々なんだけど、警察の人があの件で事情聴取したいって……」
申し訳なさそうに眉を下げてベッドへ駆け寄る光己。背後の警察官は帽子を取り、ベッドの上の三人へと視線を向けた。
「皆さん、お怪我は大丈夫ですか。襲撃当時の状況や、あなた方が路地裏でヴィランに追い詰められるまでの経緯は、他の捜査員から大体聞いています。調書もこれで問題ありません。……そこで最後の一点なのですが」
警察官は向き直り、メモ帳に視線を落としながら光己の正面へと歩み出た。
「驚きましたよ。あの指名手配犯を、雄英の生徒さんが一人で捕まえたというのだから。……■■さん、でしたね? まず、あなたが路地裏に到着した時の状況から教えていただけますか?」
「えっ!? あ、はい。友達から位置情報だけ送られてきて…何かに巻き込まれたんじゃないかって駆けつけたら、彼女たちが倒れていて、今にもヴィランに襲われそうになっていたんです。だから、助けなきゃって必死に飛び込んで……」
光己の真面目な回答に、警察官は深く頷きながら手元のメモにペンを走らせる。
「なるほど、緊急の救助行為ですね。では、その後の制圧方法と、あなた自身の個性について具体的に聞かせてください。現場には打撃痕や斬撃の痕跡が一切なく、ヴィランには外傷は見られませんでした。……ですが、あの、現場の路地裏には、非常に不可解な、その……アレ…の痕跡が残されておりましてね。一体どうやって彼をあそこまでの状態に無力化したのですか?」
「え、あ、いや……それはその……ただの護身術ですよ、護身術! ちょっと相手の意識の隙を突いて、斜め後方の死角から、指先でツンツンって、こう、強くツボを刺激しただけというか……あはは! 殴り合いも一切発生してないですし!」
光己は泳ぎまくる目を必死に動かし、額から滝のような冷汗を流しながら、必死にツボ押し説を主張した。クラスメイトたちの目の前で、あの戦闘の一部始終を自供することを全力で拒絶していた。
しかし、警察官は騙されなかった。彼は怪訝そうに眉をひそめると、手元の端末を操作し始めた。
「……ツボ、ですか。念のため提出されているあなたの『個性届』のデータを確認させてもらいますよ。ええと、爆豪光己、個性は『グリセリン』。……肌から、超高純度の保湿成分を分泌する……実質、摩擦係数ゼロの超高性能ローション、ですか」
警察官は端末に表示された個性届の記述をじっと見つめ、それから、自身が現場で直接目撃した「あの目を覆いたくなるような惨状」を思い返した。
超高純度グリセリンの性質。そして、現場に残された悲劇の痕跡。
それらが、警察官の脳内で静かに結びついた。
「……あー……。なるほど……。そういう……方法で、あの決壊を……。あー……」
警察官の顔がみるみるうちに引きつり、気まずそうに視線を斜め下へと泳がせた。その場にいた大人として、それ以上具体的に深く追及することはこの目の前の女子高生には酷なことだと悟ったらしい。
警察官は生唾を飲み込み、いたたまれなさそうに大急ぎで端末をポケットにしまい込んだ。
「……理解しました。現場の緊急性が極めて高かったこと、そしてあなた方がすでに二年生であり、ヒーロー免許の仮免を取得していることから、個性の使用における違法性は特にありません。非常に、その、無駄のない……人道的な、いや、人道的にはアレですが、適法な制圧だったということで、処理しておきます。……あ、お邪魔しました」
大人の階段を一つ上ってしまったかのような虚無の顔で、警察官は逃げるように病室を後にした。事情聴取は、完璧に有耶無耶のまま終了したのだった。
警察官が去り、静まり返る病室。
光己がホッと大きな溜息を吐いてパイプ椅子に腰掛けた瞬間、ベッドの上のギャル子と普通女子が、驚愕と戦慄に満ちたものすごい眼力でじりじりと身を乗り出してきた。
「待って、じゃあアンタ……あのヴィランの……男のケツを……」
「こっちが言わないようにしてるんだから言葉にしないでっ!!!」
ギャル子の生々しすぎる突っ込みを、光己は顔を真っ赤にして必死に叫んで遮った。隠蔽が完全崩壊した光己は、パイプ椅子のうえでがっくりと頭を抱えて声を漏らす。
「う、うう……! 分かったわよ、白状すればいいんでしょ! あれはリカバリーガールから正面突破を諦めろって諭されて、提案された戦術なの! 私にはみんなみたいな強い個性がないから、女の子としてのプライドも羞恥心も全部捨てて、人体の急所を狙う技術を必死に磨くしかなかったのっ……!」
涙目で俯く光己の手を、ギャル子はベッドから身を乗り出してぎゅっと握り締めた。
「恥ずかしいわけないじゃん! あんたがプライドを捨ててまで、アタシたちの命を救うために全力で駆けつけてくれたこと、アタシは一生忘れないから。みつきは最高のヒーローだよ」
「うん……。みっちゃんはそうやって必死に戦ってきたんだね。何も知らずに今まで変な勘違いばっかりしててごめんね、みっちゃん」
二人の心からの感謝と温かい言葉に、光己は堪らず
「もう、あんたたちが無事で本当によかった……」
と、嬉しさと気恥ずかしさで顔を覆った。すると、隣のベッドから控えめ女子が這いずるようにして光己の腰に抱きつく。
「やっぱりママは世界一優しい、私たちの救世主です! 例え世界中の誰もママの戦い方を理解できなくても、私は一生ママの子どもだから!」
「だから私はママじゃないって言ってるでしょ! もー、重いから離れなさいってば!」
光己が照れ隠しで突っ込むと、控えめ女子はカバンから、先ほど教室で一生懸命ハサミで切って作っていた例の画用紙を取り出し、両手で光己へと差し出した。
「はい、ママ! これ、アタシら勝手に貢ぎ物のマカロン食べちゃったお返しと……ママを癒すための、特製『肩たたき券』です!」
歪んだ文字で『ママせんよう』と書かれたクレヨン画の似顔絵を見て、光己は一瞬目を丸くし、それから本当に嬉しそうに目元を和ませてそれを優しく受け取った。
「もー、本当にあんたって子は……。ママじゃないし、そんな歳でもないんだけど……でも、ありがとね。大切に使うわ」
「ママぁ……!いつでも使ってね!」
光己と控えめ女子がベッドの傍らで「キャッキャ♥」と手を繋ぎ合い、病室がこの上なくピュアで感動的な友情の空気に包まれた、その瞬間だった。
ギャル子がニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら、ベッドの脇から『あの黒いショップの紙袋』をスッと光己の目の前へと差し出した。
「いやいや。本命はこっちだから。すっかり忘れるところだったわ」
「え? 本命?」
「そうそう。光己がこの前、年上のお兄さんが好みって言ってたじゃん? だから、普段のあんたなら絶対買わないような、最高にエッジの効いたアイテムをみんなで選んだやつ。ほら、開けてみてよ」
「えー? 何よそれ、気になるじゃない」
先ほどまでの微笑ましい空気のまま、光己は鼻歌交じりに紙袋を受け取り、中に入っていた薄い布地を引っ張り出した。
そして白い病室の蛍光灯の下に堂々と掲げられたのは――どう見ても布面積が絶対的に足りていない、あちこちが黒い紐と透けるレースだけで構成された、過激極まりないセクシーランジェリーだった。
しんと、静寂が病室を支配する。
光己の手の中で、不名誉なほど破廉恥な下着がひらひらと揺れていた。
つい一秒前までのキャッキャとした笑顔が完全に消失し、光己の美しい額に、ドス黒い青筋が何本も、ものすごい勢いで浮かび上がっていく。
「誰がこんなの着るかァァァァァッ!!! こんなの十五歳への嫌がらせでしょ! 悪ふざけの限度を超えすぎなんだってば!!!」
「大丈夫だって! 似合う似合う! ほら、一回あててみなよ!」
「ちょ、ギャル子、あんた何言って……っ!」
光己が顔を真っ赤にして叫び散らす横で、普通女子がいたたまれなさそうに冷や汗を流しながら手を振った。
「あ、あの、みっちゃん……。ほら、あの黒セーラー服のヒーローコスのときさ。激しい動きで見えちゃったら大変だからって、私は止めたんだけどね……?」
「あんたは止める方向性がおかしいわよ!! 戦闘中にチラ見えする前提で下着を選ぶなァァァッ!!!」
光己の絶叫が病室を震わせる中、腰に抱きついていた控えめ女子が、ランジェリーを見つめながら恍惚とした表情で不穏な呟きを漏らした。
「ママっ最高っ……! 男どもには絶対見せたくはないけど、これでまた新たなる同志がザクザク増えちゃう予感……!」
「あんたはまだあの変態たちの首領やってんの!? いい加減にしなさいよォォォッ!!!」
病室に、ヴィランを奈落の底へ突き落としたあの衝撃をも遥かに凌駕する、光己の最大音量のツッコミと女子たちの笑い声が、けたたましく木霊した。
しかし、この時、顔を真っ赤にして激怒する光己も、ベッドの上で大爆笑するギャル子たちも、まだ知る由はなかった。
このあまりにも破廉恥なプレゼントが、数年後のとある夜を最高の形で彩る特効アイテムになってしまうということを。
『実戦』の日を迎えるまで、この勝負下着となるセクシーランジェリーは――タンスの奥で静かに爪を研ぐことになるのである。
そこそこネタはあるんですけど…時系列とか構成考えるとって感じですね。投稿ペースを落とさないように頑張ります。