雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
――プロヒーロー事務所、そのパトロールエリア。
雄英高校を卒業した光己のプロとしての初仕事は、朝の通学路の旗振り見守りという地味な下積みだった。
魔改造ギャル仕様の超ミニスカヘソ出しセーラー服風ヒーローコスチュームに身を包んで旗を振る光己の前を、小学生たちが元気よく通り過ぎていく。
「ママー! バイバーイ!」
無邪気に手を振る子供たちに、光己は苦笑いを浮かべながらひらひらと手を振り返した。
「お姉さんなんだけどなー……バイバーイ」
そんな朝の業務を終え、昼過ぎのパトロールへと移行した矢先、商店街の裏口から
「待て! 万引きだ!」
という店員の怒号が路地裏に響き渡った。
両手に盗んだ商品を抱えた若い男が、息を切らせて猛スピードで逃げてくる。
「ミッキー❤いっきま〜す❤」
逃走経路を瞬時に予測した光己は、男の進路へと音もなく回り込んだ。 突然目の前に現れたセーラー服姿の美女に、万引き犯の男がギョッとして足を止めようとする。だが、光己の腕に装着されたサポートアイテムは、すでに男を捉えていた。
高圧ピストンが駆動し、シュッ、と軽やかな音が路地裏に響く。
光己が男の足元の床へ向けて腕のアイテムから一吹きしたのは、超高純度で摩擦係数ゼロの特製ローション。それが極薄の膜となって地面を覆った瞬間、男が踏み込んだ床の摩擦抵抗が完全にゼロへと消失した。
「ぶ、ふぇっ!?」
次の瞬間、男の足元が信じられないスピードで綺麗に真横へとスライドした。まるでギャグ漫画の一コマのように、男の身体は空中へとスパーン! と綺麗に真上に跳ね上がり、そのまま背中から床へと豪快にひっくり返った。
抵抗する間もない完璧な摩擦ゼロの制圧。両手に抱えていた商品がバラバラと宙に舞うなか、光己は音もなく男のすぐ傍らへと滑り込み、しゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。
「だめだよー♥」
光己は優しく、しかし諭すように男に語りかけた。
「万引きったって窃盗なんだから、ここで踏ん張れないとキミ、ヴィランになっちゃうよ? ……初めてなんでしょ?」
神秘の三角地帯から目を離せないまま腰を抜かしている男の手を、光己はそっと優しく握って微笑む。
「いっしょに謝ってあげるから」
その言葉に、万引き犯の男はボタボタと大粒の涙を流して激しく号泣し始めた。
無事に男をお店の人に引き渡した光己は、パトロールの終了後、すぐ隣のブロックから当然のように付いてきていた控えめ女子を連れて事務所のビルへと戻った。
ドアを開けると、そこにはこの事務所の主であり、光己を雇い入れたプロヒーロー――社長の姿があった。光己は普通のトーンに戻り、腕のアイテムを外しながら一日の報告を始めた。
「社長、戻りました。本日の業務の報告です。朝の通学路の旗振り見守りのあと、パトロールの途中で万引き犯を捕まえたので、そのままお店の人に引き渡してきました」
「ああ、ご苦労さん」
社長の口から出たのは、至って事務的な言葉だった。
そこへ、背後から控えめ女子がトテトテと駆け寄ってきて、光己の腰のあたりにウットリと抱きついた。
「ママぁ……!ママの慈母の微笑みで浄化されたねぇ……」
「ちょっと! アンタのせいで子供たちまでみんな、私のことを『ママ』って呼ぶようになったじゃないの!」
光己が急に振り返って激怒すると、デスクの椅子に深く腰掛けた社長は、手元の書類からそっと視線を逸らして内心で激しく頭を抱えた。
(……いや、今回の件には全く関係ねえんだけどさ。コイツのそのギャル仕様の超ミニスカヘソ出しセーラー服っていう格好が、この街で一番風紀を乱してねぇか? 朝の通学路の見守りにその格好で行ったのか? まぁ……学校から苦情が来なきゃいいか……)
そんな大人の事情など一切気に留めない控えめ女子は、光己のセーラー服の裾をきゅっと掴みながら、ウットリと見上げて微笑んだ。
「えへへ、いいじゃん! 街の子供たちもみんな、ママのことが大好きなんだよ」
「アンタが普段から呼ぶから伝染したんでしょ! っていうか、アンタの事務所はここじゃないでしょ! なんで我が物顔で他所に入り込んでるのよ、今すぐ自分の職場に帰りなさい!!」
事務所に、光己のツッコミが木霊する。
こうして、のちにアングラファンから『伝説の十八禁ヒーロー』として本気で恐れられることになるミッキーのプロ生活は、ヴィランになるかもしれなかった男を救い、妄想の材料を提供しつつも、地味な下積みの日常から静かに幕を開けた。