雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
リカバリーガールに手渡された紹介状を手に、うぶな女子高生であった■■ 光己(みつき)は、雄英高校の制服姿のまま、とある近代的なオフィスビルの前に立っていた。
ガラス張りのエントランス。行き交うのは、仕立ての良いスーツをピシッと着こなした一流 of 一流のビジネスマンたちだ。その洗練された空間の片隅で、みっちゃんは紹介状を両手で固く握りしめ、生まれたての小鹿のように足元をガタガタと震わせていた。
ビルの壁面に掲げられた社名は、世界に誇る日本の老舗総合ゴム製品メーカー『オカモト工業』――の、技術開発を専門に行う関連子会社であった。
(なんで……なんで女子高生が、放課後に一人でこんな『大人のゴム製品』の会社に来なきゃいけないのさ……!!)
顔面が沸騰しそうなほどの羞恥心に襲われながらも、みっちゃんは意を決して自動ドアをくぐり、受付の綺麗なお姉さんの前へと進み出た。
「あの……本日、製品共同開発の件で、研究開発部の方とお約束をいただいております……雄英高校ヒーロー科の、■■です……」
「――ッ! 雄英高校の■■様ですね! お待ちしておりました!」
消え入るような声だったにもかかわらず、受付のお姉さんはプロの笑顔を一切崩さず、流れるような手つきで内線を取り次いだ。
「開発部長、雄英の■■様がご到着されました。はい、最優先で第1応接室へご案内いたします」
通された応接室は、高級感のある革張りのソファが並ぶ、重々しい部屋だった。
まもなくして扉が開き、入ってきたのは、白髪交じりのロマンスグレーの髪をした、見るからに仕事のデキそうな渋い開発部長と、白衣を着て目をギョロリと輝かせた、いかにも「技術オタク」といった風貌の若き熱血研究員の二人だった。
「初めまして、■■さん。私が研究開発部を統括している, 佐藤です。リカバリーガール先生からの紹介状は拝見しました。我が社の技術が、未来のトップヒーローの力になれるかもしれないと聞き、チーム一同、胸を熱くしております!」
佐藤部長は、大真面目な、非の打ち所がないビジネスマンの顔で、熱く握手を求めてきた。
みっちゃんは恐縮しながらその手を取り、ソファへと腰を下ろす。ここまではいい。大人の社会の、至って真面目な商談の空気だ。だが、ここからが「本当の地獄」だった。
「……ええと。早速ですが、■■さんの個性と、今回必要とされている『サポートアイテム』の具体的な仕様について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
若き研究員が、真鍵な眼差しでノートパソコンを開き、タイピングの構えをとる。
みっちゃんはゴクリと唾を読み込んだ。部屋の冷房は効いているはずなのに、嫌な汗が吹き出してくる。
「あ、あの……私の個性は『グリセリン』といって……その、肌から超高純度の、摩擦係数がほぼゼロになる保湿ローションを分泌できるんです」
「ほう! 摩擦係数ゼロ! それは素晴らしい、まさに究極の天然潤滑剤だ!!」
研究員がキーボードを叩きながら目を輝かせる。だが、みっちゃんの地獄はここからだった。
「それで……その個性を、その、戦闘で使うんですけど……身体能力が低くて格闘戦ができないので……。相手の知覚の死角に回り込んで、その……お、お尻……直腸の内部に、指先から個性を一気に……強制注入して、戦意を削ぐっていう制圧術で……」
言いながら、みっちゃんは顔をトマトを通り越して、自身の爆破の火花でも散りそうなほど真っ赤に染まっていった。恥ずかしさのあまり、制服のスカートの裾をちぎれんばかりにギュッと握りしめる。
「……だけど、サポート科で作ってもらったチタンのグローブだと、装備しっぱなしになって……。1人目を倒したあとの、その、汚れた指先のままで別のヴィランを突撃するなんて、不潔だし、何より私が精神的に耐えられなくて……! だから、低コストで、1回使うごとに使い捨て(ディスポーサブル)ができる……指専用の、その、ゴムの……『サック』みたいなものが、欲しくて……」
部屋を沈黙が支配した。
みっちゃんは恥ずかしさのあまり頭がどうにかなりそうで、そのままソファに顔を埋めて消えてしまいたかった。15歳の少女が、大人の男性二人の前で「お尻」だの「使い捨てのゴム」だのを発言したのだ。もう末代までの恥である。
引かれる。確実に、変態の見る目で蔑まれる。そう思って涙目で身を縮めた、次の瞬間だった。
「――なるほど。素晴らしい。実に見事なアプローチだ!!」
佐藤部長が、ダンッ!と応接室のガラステーブルを叩いて立ち上がった。その目には、引くどころか、職人としての狂気的なまでの情熱の炎がメラメラと燃え盛っていた。
「部長、これは我が社の長年の研究テーマである『極限の薄さ』と『完全なる防護』、誠に『極上の滑らかさ』のすべてを最高の形で証明する、最高のフィールドテストになりますよ!」
若き研究員も狂ったようにキーボードを連打し、目を血走らせている。
「その通りだ! ヴィランの直腸粘膜に直接触れる以上、100%の衛生と安全が担保されなければならない。それを低コストで大量生産し、かつ戦闘中の『リロード』に対応させる……。まさに我が社の独壇場ではないか! ■■さん、よくぞ我が社の門を叩いてくれた!」
「ちょっと二人とも食いつく方向がおかしいでしょ!! なんでそんな目がマジなのさ!?」
怯えるみっちゃんを置き去りにし、大人のプロフェッショナルたちによる、大真面目ゆえに狂っている開発会議が、怒涛の勢いで幕を開けた。
「いいかい■■さん。我が社の誇る『0.01ミリ』の薄膜成形技術なら、サポートグローブのチタンフレームに全く干渉せず、君の指先から分泌される高純度グリセリンを100%阻害しない!」
「さらに、ただの指サックでは高圧ピストンの噴射圧に耐えきれず、内部で破裂を起こしてしまう。だから根元を特殊なウレタン素材で二重補強し、射出された瞬間に前方へパージされる『ワンタッチ・ディスチャージ構造』にするべきだ!」
「素材のラインは、あの『業務用100個パック』の製造ホットラインを流用しましょう。これなら1発あたりの製造コストは、うまい棒1本分以下に抑えられます。国の『被服控除』の申請枠にも余裕で収まる低コストさだ!」
「素晴らしい! 決定だ! すぐに試作品(プロトタイプ)の鋳型を起こせ!」
ホワイトボードに次々と描き込まれていく、どう見ても「指専用のコンドーム」にしか見えない精密な設計図。みっちゃんは、大真面目に日本の平和を守るためにゴムの技術を語り合う大人たちを見つめながら、静かに涙を流した。
(私の青春……本当に終わった……。世界一カッコいいヒーローになるはずだったのに、なんでコンドームの会社で熱い握手交わそうとしてるんだろ……)
こうして、サポート科の「機能性(籠手タンク)」と、ゴム会社の「衛生面(使い捨てキャップ)」が奇跡の融合を果たし、のちに裏社会の悪夢となる18禁ヒーロー・ミッキーの完全なる武装『ディープ・グライド・カスタム』が完成したのである。
だが、みっちゃんにとって本当の試練は、武装が完成したこの「商談の終わり」から始まった。
「さあ■■さん、こちらが完成したプロトタイプのファーストロット、栄光の『業務用100個入り箱』です! ぜひ次の実戦訓練でフィッティングを試してください!」
佐藤部長が、満面の笑みで机の上にドサリと置いたのは、縦横20センチほどの、いかいも「夜の保健体育」を連想させる、あの独特な光沢を放つデザインの紙箱だった。しかもデカデカと『業務用・特級薄膜仕様』と印字されている。
「ひっ……!!」
みっちゃんは悲鳴を上げて飛び退いた。
同年代の女の子たちが、恋バナに花を咲かせ、いつか訪れるであろう素敵な「初めて」に胸を躍らせる15歳。そんな花の女子高生である自分が、人生で初めて手にし、初めて戦闘で装着するゴム製品が、まさか「両腕のゴツい籠手からヴィランのケツにローションを高圧噴射するための使い捨て指サック」という、あまりにも非人道的で哀しすぎる現実。
「わたしの……わたしの初めてのゴム、これかぁ……!!」
ヒーローの卵としてこんなことで涙を流すわけにはいかない。でも鼻の奥がツーンとして視界がぼやけそうだった。
しかし、佐藤部長たちの熱意に押され、その最悪の時限爆弾(業務用100個入り箱)を断りきれず、みっちゃんは涙目でそれをスクールバッグの奥底へと無理やり押し込むのだった。
バッグのファスナーを閉めた瞬間、みっちゃんは気づいてしまった。
(待って……これ、もし学校で誰かにカバンの中身を見られたら、私の社会的尊厳、一発で爆死しない……!?)