雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
実戦訓練の授業前、女子更衣室の中で、■■ 光己(みつき)は一人、猛烈な虚無感に襲われながら戦闘服への着替えを行っていた。
さっきまで普通の授業を受けるために着ていた、学校の制服である灰色のジャケットと濃緑のスカートを更衣室のロッカーに仕舞う。そして、これから始まる過酷な実戦訓練のために彼女が身に纏うのは――見た目がただの、どこにでもある地味な一般人の『セーラー服』。
鏡の前に立ち、両腕にようやく完成したばかりの物々しい黒い籠手タンク『ディープ・グライド・カスタム』をガチリと構えながら、みっちゃんは鏡に映る己の姿をじっと見つめ、真顔でポツリと呟いた。
「……私、実戦訓練のためにわざわざ制服から別の制服に着替えて、一体何をしてるんだろう……」
あまりにも矛盾しすぎている自分の行動に、我に返って虚空を見つめる。
そもそも、なぜ女子高生である自分が、放課後の戦闘訓練のためにわざわざこんな芋くさい一般人のセーラー服をコスチュームとして着る羽目になったのか。
理由は単純だった。入学直後の最初の実戦訓練においてやらかした、あの涙なしには語れない、最悪の大失敗と絶望の歴史があったからだ。
話は数週間前に遡る。入学前に提出した「コスチューム要望希望書」の通りに支給された最初の戦闘服を前に、みっちゃんは目をキラキラと輝かせていた。
自宅のベッドの上で顔を真っ赤にしながら一生懸命に描き上げたそのデザインは、ピンク色のフリルがこれでもかとふんだんにあしらわれ、胸元には大きなリボンを配した、どこからどう見ても王道の「美少女魔法少女風コスチューム」であった。
戦闘個性が皆無で、毎日クラスメイトの強力な個性を浴びてはボコボコにされていた彼女だったが、その最初の訓練の時ばかりは、そのフリフリの魔法少女仕様に嬉々として袖を通し、鏡の前でターンを決めて
「えへへ、すっごく可愛いじゃん……!」
と女の子らしい衣装に胸を高鳴らせていたのである。
――だが、その夢は、屋内訓練場にそのヒラヒラな衣装で足を踏み入れた直後、残酷なまでの現実によって一瞬で打ち砕かれることになる。
「■■、そこにいたのか! もらったァ!」
「ひゃあッ!? なんで、なんで一発で見つかるのさ!?」
訓練が始まった直後、みっちゃんは隠れる間もなく、クラスの強力な戦闘個性を持つ連中にあっさりと位置を特定されてしまった。
彼女の現在の戦術思想は、隠密特化のプロから学んだ「知覚の暗殺歩法」だ。音もなく気配を消して相手の死角に潜り込むのが大前提の戦い方。
そうなることを想定せずに製作したコスチュームは、薄暗い屋内訓練場の中で、フリルいっぱいの鮮やかな蛍光ピンクの衣装は、文字通り『私はここにいます』と大声で主張しているようなものだった。
路地裏の影に滑り込もうが、ピンク色のせいで目立ちすぎて視覚的に丸見えなのである。
「ピンクだから遠くからでもめちゃくちゃ見えやすいな!」
「フリルが引っかかって足が遅くなってんぞ!」
クラスメイトたちから情け容赦のない洗礼を浴び、なす術もなくボコボコにされて傷だらけになったみっちゃんは、結局いつも通り保健室のベッドへと担ぎ込まれるのだった。
ベッドの上で破れたフリルを見つめ、涙目で不貞腐れるみっちゃんを前に、パイプ椅子に腰掛けるリカバリーガールと、ステルス歩行術の師である隠密プロヒーローの二人の表情は、驚くほど冷徹であった。
「だから言ったさね」
「うん、その衣装じゃ目立ちすぎて、隠密歩法をやる前にヴィランの格好の的だよ。最悪の自殺志願コスだね。すぐにコスチュームの改修申請(コス変え)を出しなさい」
大人のプロフェッショナルたちによる、無慈悲なまでの即答。
「な、なんでさ……。女の子らしいカッコいいヒーローになりたかったのに……」
「アンタねぇ、この先プロになって成人した後も、二十代や三十代になってもそんなフリフリの魔法少女みたいなコスチュームでやってく気かい!」
リカバリーガールが呆れたようにため息をつく。すると、隠密ヒーローが哀れみの目を向けながら、ホワイトボードに新たな改修案のデータを画面に表示させた。
そこに映し出されたのは、膝下まである大人しいロングスカートの、至ってシンプルな『セーラー服』の図面であった。それを見た瞬間、みっちゃんは涙目で叫び返した。
「それ言うなら、三十過ぎてもずっとセーラー服着て戦う方が、同じくらいかそれ以上にヤバいでしょ!! どんなおぞましい公開処刑さ!!」
「バカ言っちゃいけないよ。見た目こそただのセーラー服だけどねぇ、これはサポート科が作った最高峰の防護服さ。特殊繊維を織り込んだ完全な防刃防弾仕様で、大口径の銃弾すら弾く。さらに、裏地にはヴィランの強力な打撃による衝撃をコンマ数秒で無効化する衝撃吸収システムまで組み込まれているんだよ」
リカバリーガールはみっちゃんの正論を華麗にスルーしながら、医療テロのプロとして恐ろしい制圧理論を淡々と語った。
「戦闘区域の路地裏に、怯えた顔をしたセーラー服の一般人の少女がぽつんと立っていたら、ヴィランはどう思うかね? ヒーローの増援などと警戒するはずがない。ただの無害な獲物だとナメてかかり、完全に警戒を解いて君に背中や死角を晒す。そこに、あの個性をねじ込むのさ。確実にかかりやすくなる」
「血も涙もないハメ殺し戦略じゃんーーー!!! 汚い! 大人の考える作戦が汚すぎるよ!!」
みっちゃんの絶叫は虚しく却下され、生き残るためにはその衣装を受け入れるしかなかった。
涙目で自分の可愛い魔法少女のデザイン画をゴミ箱に捨て、その地味な一般人偽装セーラー服への改修が行われたのである。(その後に、生身の指を保護するためのゴツい籠手タンクの開発と、衛生面を両立するためのゴム会社への突撃という、さらなる地獄のステップを踏むことになるのだが、それは前回までの話である)
――そして現在、更衣室の鏡の前。
完成したすべての超高機能装備を身に纏い、いざこれから実戦訓練へと向かおうとするみっちゃんだが、やはり相手のケツを突くという行為の圧倒的な破廉恥さに、脳のメーターが限界を超えて振り切れようとしていた。普通にやったら、恥ずかしさで精神が死ぬ。
だが、サポート科が計算した通り、黒を基調としたこのセーラー服のロングスカートは、夜闇や建物の影と同化するだけでなく、布の広がりによって歩行時の足の運びを周囲から完全に隠蔽(ブラインド)し、隠密ヒーロー直伝の『暗殺歩法(ステルス・ステップ)』の隠蔽率を跳ね上げるという絶大な機能性を持っていた。
お世辞にも発育がよろしくない、鏡の前に立つただの華奢な少女。だからこそ一般人の迷子としての偽装度は100%なのだが、これだけの条件が揃っても、やはり素のままで敵のケツを突くのは精神的に無理がある。
ならばいっそ、この子供っぽい体型を最大級の武器(デコイ)にして、大人のヴィランを正面から徹底的に煽り散らかす『最悪にナメ腐ったクソガキ』になりきって、死角を晒させるための精神ハッキングを仕掛けるしかない。
(ダメだ……普通にやったら恥ずかしさで精神が死ぬ。やるなら……完全に別人になりきるしかない……!)
その極限の羞恥心が、彼女の脳内に奇妙な「防衛スイッチ」を作り出した。
鏡の前に立った瞬間、みっちゃんの目から生真面目な女子高生としての生気がふっと消え、代わりに『ガラスの仮面』の天才役者が憑依したかのような、狂気的なまでのドSなメスガキオーラが身体から溢れ出たのである。
みっちゃんは腰に手を当て、正面の敵を最悪に小馬鹿にしたような笑みを浮かべるシミュレーションを始めた。
「え〜? こんな女の子一人捕まえられないなんて、ヴィランさんってば、ざ〜こ❤よわよわ〜❤」
完璧な演技力。完璧なキャラクターの構築。
か細い声とナメ腐った態度でヴィランの血管をブチ切れさせ、怒りで大振りの攻撃を誘って死角(ケツ)をガラ空きにさせた瞬間に、音もなく背後へと回り込んで即殺する。
彼女は、戦場において偽りの仮面を被り、完璧になりきることで、己のうぶな羞恥心を完全に無視する技術を身につけたのだ。
だからこそ それを……『防衛本能』と言うのだろう
のちに裏社会を未曾有の恐怖に陥れた、中学校を卒業したばかりの彼女が作り出した仮面(ペルソナ)は精神が崩壊するのを防ぐための、生物としての涙ぐましい防護システムの産物だったのである。
しかし、この「超高機能一般人偽装セーラー服」と「ディープ・グライド」が合体したことで、雄英高校の男子生徒たちの脳を焼き尽くす、第二の悲劇が幕を開けることになるのを、まだみっちゃんは知らなかった。