雄英高校の闇、伝説の性癖・尊厳破壊ヒーロー『ミッキー』 作:青梅子
スクールバッグの奥底に隠した業務用ゴム製品の時限爆弾を、クラスの女子たちの包囲網から命がけの隠密体術で隠し通した、あの過酷な心理戦から少しだけ時は流れ―。
季節は移り変わり、雄英高校の全生徒がその血を沸き立たせる1学期最大のイベント――『雄英体育祭』の当日が、ついに大歓声の中で幕を開けていた。
戦闘個性が皆無で、毎日クラスメイトの強力な個性を浴びては保健室に担ぎ込まれている■■ 光己(みつき)であったが、この時の彼女は、ある意味で完全に手足を縛られた「自縛」の状態に陥っていた。
それもそのはず、雄英体育祭のルールにおいて、ヒーロー科の生徒はサポートアイテムの使用が一切禁止(生身での勝負)と定められている。すでにサポート科と設計を進めていたあの不骨な籠手タンク『ディープ・グライド・カスタム』も、オカモト工業から支給されていた業務用ゴム製品も、この大舞台では全て持ち込みを禁じられていたのだ。
そもそも、仮に装備の持ち込みが許されていたとしても、毎日教室で顔を合わせる同級生たちを相手に、あんな非人道的で最悪な尊厳破壊技(カンチョー)など使えるわけがなかった。
女子高生としての常識と友人への配慮が、そんな身内への使用を全力で拒絶していたのである。
何より、全国に地上波生中継されるテレビ画面にあんなシロモノ(放送事故)を映せるはずもないという、大人の事情による厳重なリミッターもかかっていた。
個性の核となる補助装備をルールと人道によって完全封印され、雄英ジャージに身を包んで挑む体育祭のステージにおいて彼女が目立った戦績を残せるはずもなかった。
みっちゃんの個性は、ただ肌からグリセリンが分泌されるだけ。
それをもぎ取られた生身の彼女は、文字通り「ただの常人の身体能力しか持たない無力な女子高生」としてステージに立つしかなかったのだ。
しかし、そんな絶望的な丸腰の状態でありながら、みっちゃんはここで、持ち前の天性のアサシンセンス(才能)と、隠密特化のプロから叩き込まれた技術を死ぬ気で血肉に変えた「涙ぐましい努力」の結晶によって、とんでもない大狂わせを引き起こしていた。
第1種目の障害物競走でも、第2種目の騎馬戦でも、彼女は強力な戦闘個性持ちの化け物どもと正面から戦う愚は冒さず、純粋な体術と頭脳、そして『暗殺歩法(ステルス・ステップ)』の隠蔽率を限界まで高める泥臭い立ち回りだけで勝負したのだ。
誰の視界にも入らないまま、影のようにするするとすり抜けていく執念の予選突破。
「おい、あの地味なジャージの小娘、なんで毎回気づいたら実力で上位に残ってんだ?」と周囲が驚愕する中、みっちゃんは生身の才能と努力だけで、最終種目である上位16名のタイマントーナメント戦(ステージバトル)へとするりと勝ち上がってしまっていたのである。
だが、逃げ隠れできる遮蔽物も影もない、スタジアム中央の四角いリングの上で正面衝突を強いられる最終種目の1回戦。
強力な戦闘個性を持つ対戦相手を前に、生身で常人パワーのみっちゃんは、圧倒的な肉体負けを喫してなす術もなくボロボロにされ、開始早々にステージから派手な放物線を描いて場外へと吹っ飛ばされてあっさりと1回戦敗退となった。
一瞬で終わってしまったその惨めなトーナメントの敗北は、みっちゃんにとっては今すぐ忘却したい過去の黒歴史でしかなかった。
だが、スタジアムの観客や大半のプロヒーローたちが「なんだ、ただの弱いガキか」とスルーする中で、テレビ画面越しにその1回戦の模様を自宅の古いテレビでじっと見つめている、一人の引退状態に近いプロヒーローがいた。
かつて盟友との約束を果たすためだけに雄英の教壇に立ち、移動や足運びの技術に関しては作中最高峰の神の目を持つ、現在はすでに半引退状態となってひっそりと暮らす達人――グラントリノである。
彼は、みっちゃんが派手に吹っ飛ばされる直前の、わずかコンマ数秒の出来事に異常な戦慄を覚えていた。
ジャージの布越しにミリ単位でコントロールされ、一切の予備動作なく、対戦相手の真後ろの死角へと完璧に滑り込んでみせた、あの才能と努力の結晶たる暗殺歩法の片鱗。
常人並みの筋力ゆえに、その後の一撃を耐えきれずに負けはしたものの、予選からステージ戦に至るまで機械の補助を一切借りず、己の肉体だけで磨き抜いたステップのキレの天才性だけは、半引退状態の達人の目を釘付けにするのに十分すぎた。
「おいおい……あのジャージの小娘、肉体は常人並みだが、人の死角に滑り込む足運びのセンスだけならとんでもねぇ天才だぞ……」
グラントリノは手元のリモコンで動画を一時停止し、驚愕しながらみっちゃんのデータを調べようと画面を覗き込んだ。
普通の隠密系ヒーローなら、この掘り出し物の才能に喜んでスカウト指名を送るところだ。
しかし、数々の修羅場を潜り抜けてきた伝説の男の勘が、みっちゃんのデータをチェックしようとした瞬間に、突如として激しい危険信号を鳴らし始めた。
まだ実戦で一度も使われていない装備であり、具体的なデータは何もない。
だが、その天才的な隠密ステップの奥底から、プロとしての長年の経験が
「関わったら俺の残りの人生(老後)が、人道的かつ衛生的に取り返しのつかない形で終わりを迎える」
という、とんでもなく不吉で嫌なにおいを察知したのだ。
グラントリノは背筋に冷たい汗を流し、おそるおそるリモコンを持つ手を引いた。
「……イカン。理由は分からんが、あいつは本能的にやべえにおいしかせん……。関わらんとこ……」
達人は自身の社会的尊厳を本能的に守るため、スカウトの指名リストからみっちゃんの名前を全力でスルー(除外)するのだった。
しかし、そんな直感を持つ達人には拒絶されたものの、このジャージ姿で見せた生身の足運びの天才性が、この後にサポート科や共有サーバーへと正式に登録されることになる。
『あの最低な図面データ』と最悪な化学反応を起こし、アングラ系の搦め手特化のプロたちから「実態を調査してやる」と恐怖の指名(逆指名)がドバッと殺到する決定打になるのだが――。 ジャージをボロボロにして悔し涙を流すみっちゃんは、自分の天性のセンスが最悪な未来を引き寄せているなど、この時はまだ知る由もなかった。