C.E.100.06.23/10:36
おそらく、明日は雨になるのだろう。
季節特有の湿気に包まれた極東基地では、蒸し暑い空気が路面を揺らし、陽炎がゆらゆらと立ち昇っていた。
その上空に、しなやかで美しい翼を持つシルエットが現れる。
細やかなスラスター制御で姿勢を整えながら、アブソリュートが格納庫近くへ静かに降り立った。
バシュッ
コックピットが開き、ウインチを使って白い軍服姿の女性が地上へ降り立つ。
整備士
「おはようございます」
救護班兵士
「クライン少佐、おはようございます」
セフィリア
「おはようございます」
「申し訳ありません。ザラ大尉とクライン中尉がどこにいるか、ご存じありませんか?」
整備士
「今日はまだこちらには来ていないようですね。自室か食堂じゃないですかね」
少しだけ考えた末、セフィリアは先にシンへ挨拶を済ませることにした。
セフィリア
「わかりました。ありがとうございます」
「では、アスカ指揮官は執務室でしょうか」
整備士
「指揮官なら執務室だと思います」
セフィリア
「わかりました。アブソリュートの格納をお任せしてもよろしいでしょうか」
整備士
「お任せください」
軽く会釈をすると、セフィリアはシンの執務室へ向かった。
ビーーーッ
セフィリア
「アスカ指揮官。セフィリア・クライン、ただ今到着いたしました」
シン
「ああ、入ってくれ」
セフィリア
「失礼します」
昨日のシュダとアリシアとは違い、セフィリアは丁寧に一礼し、敬礼を済ませてから執務室へ入った。
シン
「アイツらには? もう会ったか?」
セフィリア
「いえ。格納庫にはいないようでしたので、先にこちらへ伺いました」
シン
「まったく……アイツらは……」
上級士官が部隊へ同行配属される以上、本来であればシュダもアリシアも格納庫で到着を迎えるのが自然だった。
シン
「まあいい。地上配属は初めてか?」
セフィリア
「はい」
「ザフト時代にも作戦や演習で地上へ降りたことはありますが」
「長期滞在は今回が初めてです」
シン
「ディアッカさんから聞いてるとは思うが」
「今回、書類上は上級士官の同行だ」
「現場ではシュダに隊長として動いてもらう」
「悪いな。面倒な役割分担になっちまって」
階級ではシュダより上となるセフィリアへの、シンなりの配慮だった。
セフィリア
「いえ」
「ザラ隊との演習経験はありますが」
「実戦での共同作戦は今回が初めてです」
「その方が効率的だと思っています」
「それに……」
シン
「シュダは、お前の指示なんか聞きそうにないしな……」
セフィリア
「……はい。アリシアも聞いてくれるかどうか……」
シン
「……まあ、アイツもバカじゃない」
「戦闘になれば、ちゃんとやるだろう」
「悪いが、フォローしてやってくれ」
セフィリア
「了解しました」
シン
「昨日で前回の襲撃で受けた、機体の整備は終わったと聞いてる」
「たぶん、アイツらは食堂あたりにいるだろう」
セフィリア
「わかりました。ありがとうございます」
「では、失礼します」
シン
「ああ……あー、そうだ」
「リュウタもどこかにいるだろうから、挨拶はしておけよ」
セフィリア
「アフロディーテ艦長ですね。わかりました」
深く一礼すると、セフィリアは執務室を後にした。
シン
(少しはアイツらも、セフィリアを見習ってくれればいいんだがな)
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極東基地内・食堂。
昼前となり、少しずつ人が集まり始めていた。
その時、食堂の空気がふっと揺れる。
いつもの極東基地では感じることのない、張り詰めた存在感。
人々の話し声に紛れて聞こえなくなるはずの足音だけが、不思議なほど澄んで響いた。
コツ、コツ、コツ
セフィリア
「ここにいましたか」
午前中の事務作業を終えたシュダとアリシアは、並んで昼食を取っていた。
シュダ
「……来たのか」
アリシア
「………」
セフィリア
「そういう人事ですので」
シュダ
「そういう意味じゃねえよ」
セフィリア
「アリシアも……久しぶりですね」
アリシア
「……うん」
セフィリア
「……現場ではシュダ、あなたに指揮を委ねます」
「作戦指示と責任は私が負いますので」
シュダ
「そうらしいな」
セフィリア
「早速ですが、午後から連携演習など行いますか?」
シュダは立ち上がりながら、空になった食器を乗せたトレーを手に取り。
シュダ
「必要ねえよ」
「俺とアリシアで十分だ」
アリシアも食事を終え、静かに立ち上がった。
アリシア
「……」
セフィリア
「……わかりました」
その時、偶然リュウタが通りかかる。
リュウタ
「あっ! シュダ大尉、ちょうど良かった」
「いずれ搭乗されると思うのですが」
「クリムゾンフェイスの装備についてですね」
「どうも搬入が難しいようでして、ご相談を」
シュダ
「もしかして刀っすか?」
そのままリュウタとシュダは立ち止まり、アフロディーテへの装備の搬入について話し始める。
セフィリア
「……アリシア」
アリシア
「なに?」
セフィリア
「あの……今度のお休みは、いつになりますか?」
アリシア
「……明後日」
セフィリア
「もし良かったらなんですが……」
「久しぶりに私と食事でもいかがでしょうか」
アリシア
「………」
「シュダとオーブの街に行くから無理」
セフィリア
「え? ……シュダと? ……オーブに?」
アリシア
「私が行きたいって言ったから」
セフィリア
(アリシアが……自分からシュダと……プライベートで……!?)
(あのアリシアが……!?)
セフィリア
「わ……わかりました」
「また後日にしましょう」
そのままセフィリアは食堂を後にする。
リュウタへ挨拶をすることも忘れたまま――
入ってきた時とは違い、
靴音は、もう響かなかった。
リュウタ
「では、シュダ大尉。装備の件はそのように配慮します」
シュダ
「わかりました……ん?」
「アリシア。アイツは?」
アリシア
「どっか行った」
リュウタ
「そういえば、今の方はセフィリア少佐でしたね」
「もうこちらへ到着されていたんですね」
シュダ
「まあ、どっか行ったみたいですけどwww」
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考え込みながら、廊下を歩くセフィリア。
セフィリア
(あの子、まさか……シュダのことを!?)
(…………)
ターナー症候群でいて、ノンバイナリー。
無口で、自分から他者と関わることをしない。
それがセフィリアが妹であるアリシアに持つ印象だった。
だが、本質はどうあれ、少なくともアリシアは、シュダに好意を抱いている。
セフィリア、アリシア、シュダ。
それぞれの想いは、人事異動をきっかけに静かに交錯していく。
そして――
世界もまた、動き始める。