C.E.100.06.24
雨。
オーブ・アカツキ島は、朝から一日中、雨の予報だった。
極東基地の食堂。
朝食のパンを手にしたセフィリアは、一人、窓の外を眺めながら静かに呟く。
セフィリア
「本物の雨を見るのも、久しぶりですね」
生まれてから現在に至るまで、そのほとんどをプラントで過ごしてきたセフィリア。
宇宙コロニーであるプラントでも定期的に人工の雨は降る。
だが、自然がもたらす雨とは、どこか違っていた。
シュダ
「少佐様には、そんなに雨が珍しいですか」
嫌味混じりの声とともに、朝食を取りに来たシュダが姿を現す。
その後ろにはアリシアの姿もあった。
セフィリア
「……おはようございます」
「今日は部隊での行動予定はありますか?」
シュダ
「特にねえよ。基地内待機だ」
セフィリア
「そうですか……」
少し間を置き、遠慮がちに続ける。
セフィリア
「……食事は、いつもアリシアと?」
昨日の出来事以来、セフィリアはシュダとアリシアの関係が気になって仕方なかった。
シュダ
「あ? ああ、そうだな」
「そういえば最近は一緒が多いな」
アリシア
「………」
セフィリア
「ちょうど、こちらに席も空いています」
「私もご一緒させて戴いても?」
シュダは周囲を見渡した。
自分とアリシアが並んで座れそうな席は見当たらない。
……いや、違う。
空いているのは、セフィリアの周囲だけだった。
地上部隊とは毛色の違う宇宙部隊。
しかも、そのエースパイロットであり、階級は少佐。
近寄りがたい雰囲気を放つ彼女の周囲だけ、ぽっかりと人が避けるように席が空いていた。
シュダは横目でアリシアを見る。
アリシアは、その視線の意味に気付いたのだろう。
アリシア
「……別に」
シュダは少しだけ困ったように笑う。
だが、アリシアが気にしていない様子を見て安心すると、セフィリアの正面へ腰を下ろした。
アリシアもその隣へ静かに座る。
沈黙。
三人は言葉を交わさぬまま、それぞれ朝食へ手を伸ばした。
やがて、その静寂を破ったのはセフィリアだった。
セフィリア
「昨日、アリシアに聞きましたが」
「明日は、お二人でオーブの街へ行くとか」
その瞬間。
アリシアの眉が、わずかに動く。
シュダ
「ああ」
「お前が来るって決まったから、二人そろって休みが取れたんだ」
「それには俺も感謝してやるよ」
セフィリア
「感謝……ですか」
シュダ
「なんだよ」
その時だった。
ジャズのBGMが流れる食堂に、不意に警報音が鳴り響く。
ウーーーーーーーー!!
基地内放送
『コンディションレッド発令』
『衛星軌道より降下する正体不明機を多数確認』
『MS降下用ポッドと思われます』
『会敵予測時間、780』
『基地防衛態勢。各員、防衛マニュアルに沿って行動してください』
シュダ
「何回来るつもりだよ」
「行くぞ! アリシア! ぶっ潰してやる!」
アリシア
「うん」
二人は同時に立ち上がり、そのまま走り出そうとする。
セフィリア
「待ちなさい!」
「命令は基地防衛です!」
「発進命令は、まだ出ていません!」
シュダ
「どうせすぐ出ることになるんだから一緒だろ」
セフィリア
「モビルスーツで待機です」
その一言で、シュダの眉間に深い皺が寄る。
シュダ
「ちっ……わかったよ、少佐殿!」
アリシア
「………」
シュダは不貞腐れたまま格納庫へ向かう。
アリシアは一度だけ振り返り、セフィリアへ視線を向けると、そのままシュダの後を追った。
セフィリア
(案の定……ですね)
その直後、再び基地内放送が響く。
基地内放送
『敵機補足』
『機体の紋章からコスモ・オラクルと思われる』
『旧式MS多数……三十機までを目視で確認』
『パイロットは部隊ごとにモビルスーツにて直ちに発進してください』
シュダ
(だから言ったんだよ)
シュダとアリシアは、ほぼ同時に自機のコックピットへ飛び乗った。
クリムゾンフェイスのOSを起動すると、すぐにアリシアから個人通信が入る。
アリシア
『シュダ……』
シュダ
『ん? どうした、アリシア』
アリシア
『早く行かないと』
シュダ
『ヤバイのか?』
アリシア
『多分……特攻だと思う』
シュダ
「!?」
その瞬間。
シュダの瞳孔が大きく開き、全身の感覚が一気に研ぎ澄まされる。
――SEED発動。
セフィリアは、ちょうどアブソリュートへ乗り込み、OSを起動しようとしていた。
シュダ
『セフィリア!!』
まだOSが立ち上がっていないアブソリュートには、音声だけが届く。
シュダ
『奴らは特攻だ! 絶対に基地へ近付けさせるな!!』
セフィリア
『特攻!? 根拠は何ですか!』
シュダ
『アリシアがそう言ってる。俺はアリシアを信じる』
セフィリア
『アリシアが……?』
一瞬だけ考え込む。
セフィリア
『……わかりました。一旦、アスカ指揮官へ報告します』
シュダ
『そんな時間はねぇ!』
『俺達で先行する! お前もさっさとOSを立ち上げろ!』
セフィリアは慌ててOSの電源を投入しながら答える。
セフィリア
『アブソリュートは核エンジン二基のハイブリッド機です』
『他のモビルスーツより起動に時間が掛かるのです』
『……いえ、それよりも』
『迎撃するとしても、まだ作戦も立案出来ていません』
シュダ
『そんなもん要るか!』
『全部堕とす! それだけだ!』
アブソリュートのメインモニターに起動画面が表示される。
『Global Unified Networked Dragoon Assault Matrix-system』
システムが起動を開始。
それに合わせるように通信ウィンドウが開き、シュダの顔が映し出された。
セフィリア
(シュダの瞳孔が開いている……)
(SEEDが発動しているの?)
その眼差しを見た瞬間、セフィリアは覚悟を決める。
セフィリア
(……先程の判断の速さと言い)
(さすがは実戦経験豊富、と言ったところでしょうか)
ザラ隊への指示を考えた、その一瞬。
もう一つ通信ウィンドウが開いた。
アリシア
『アリシア・クライン、ラグナロクデスティニー、殲滅します』
アリシアはカタパルトへの移動を待たず、ラグナロクデスティニーを徒歩で格納庫から出そうとしていた。
セフィリア
『アリシア!?』
驚きながらも、すぐに表情を引き締める。
セフィリア
『……わかりました』
『ザラ隊は直ちに発進』
『特攻と思われる敵機を、可能な限り基地から遠ざけて迎撃してください』
『なお、本作戦の責任は私が負います』
シュダ
『へっ! やりゃあ出来るじゃねぇか』