C.E.100.06.25 晴天
オーブ。
ヤラファス島。
シュダとアリシアは、極東基地のあるアカツキ島から一般フェリーに乗り、首都オロファトのあるヤラファス島へ渡っていた。
平日ではあったが、港周辺は多くの人で賑わっている。
オロファト市街へ入る頃には、時刻は昼前になっていた。
シュダ
「そうだ、アリシア」
「お前、ソルさんの実家のカフェ行ったことあるか?」
アリシア
「ソル中佐の?」
「知らない」
シュダ
「だったら行こうぜ」
「あそこ飯、美味いんだよ」
「ちょうど昼時だし」
アリシア
「うん」
オーブ連合代表首長直轄特務隊中佐――ソル・デ・フラガ。
かつてシュダとアリシアが、オーブ軍に所属していた頃、サクラと共に3人の直属の隊長として面倒を見てくれた人物だった。
先日のオロファトでの任務でも久しぶりに再会したが、その時は軽く挨拶を交わした程度。
今頃ソル本人は仕事中だろう。
だが、シュダは彼の両親とも昔から親交があった。
ソルの実家であるカフェは、シュダの実家とは反対方向――オロファト西部の郊外にある。
港から歩いて行ける距離だったため、二人は街並みを眺めながら向かった。
カフェ『セレーネ』
シュダ
「こんちわーー」
???
「あら、シュダくん。久しぶりね」
店へ入ると、すぐにソルの母・マリューが笑顔で迎えてくれた。
???
「ん? シュダか! 久しぶりだな」
「今日は休みか?」
「女連れとは、相変わらずスミに置けないねえ」
マリュー
「アリシアちゃん?」
「もしかしてアリシアちゃんかしら」
ソルによく似た父・ムウは、現役時代と変わらぬ軽い調子で笑う。
マリュー・ラミアス。
ムウ・ラ・フラガ。
三度の戦争を生き抜き、『不沈艦』と呼ばれたアークエンジェルで艦長とエースパイロットを務めた伝説的なナチュラル。
結婚後、マリューはフラガ姓となり、夫婦でこの店を営んでいた。
アリシア
「…………」
マリュー
「覚えてないかー」
「小さかったものね」
「昔、お父さんとお母さんと、お姉さんのセフィリアちゃんと」
「一緒に来たことがあるのよ」
ムウ
「あん時は二歳くらいか?」
「そりゃ覚えてないわな」
シュダ
「そうだったのか」
「ってか、『セフィリアちゃん』ってwww」
ムウ
「変か?」
シュダ
「だってアイツ、もう少佐っすよwww」
「それを『ちゃん』ってwww」
マリュー
「親にとっては、子供はいつになっても子供なのよ」
ムウ
「そうだぞー」
「お前だってアスランの……」
マリュー
「ちょっと!」
シュダ
「………………」
ムウ
「悪い」
「失言だった」
二人とも知っている。
シュダと父・アスランとの関係が、決して良好ではないことを。
店内に一瞬だけ静かな空気が流れた。
ムウ
「そっ、そういや」
「セフィリアは宇宙(ソラ)だろ?」
「たまには降りてくるのか?」
アリシア
「姉さんは今、地上」
シュダの表情を気にしていたアリシアだったが、少しだけ肩の力を抜いたように答えた。
マリュー
「そうなの?」
シュダ
「最近コスモ・オラクルが騒いでるでしょ」
「だからオーブ近郊の戦力強化ですよ」
「しかも俺の部隊に上級士官同行って扱い」
「現場じゃ俺が隊長なんすけど、責任はセフィリアって話です」
ムウ
「へーーー」
「喧嘩すんなよーー」
シュダ
「アイツが勝手するんすよ」
マリュー
「そうかしら?」
アリシア
「姉さんは邪魔」
ムウ
「おうおう」
「仲悪そうだねえ」
マリュー
「あっ」
「食べに来たんでしょ?」
「奥が空いてるから座りなさい」
二人は窓際の席へ案内された。
店内には、他に一組だけ客がいるだけで、穏やかな時間が流れている。
シュダ
「ここのさ」
「オムライスが美味えんだよ」
アリシア
「シュダもそれにするの?」
シュダ
「ああ」
アリシア
「じゃあ、私も」
注文を終えると、ほどなくセットのサラダが運ばれてきた。
シュダ
「食うか? アリシア」
アリシア
「野菜も食べて」
マリュー
「あらあらwww」
シュダ
「なんすか」
マリュー
「なんでもないわよwww」
意味ありげに笑いながら、マリューはバックヤードへ戻っていく。
サラダを食べ終えた頃。
湯気の立つオムライスが運ばれてきた。
ムウ手作りのオムライス。
現在はムウが料理を担当し、マリューが接客を担当している。
かつて『不可能を可能にする男』と呼ばれた伝説のパイロットが、退役後に料理人として腕を振るっている。
それもまた、彼らしい『不可能を可能にした』人生だった。
マリュー
「シュダくんは、いつも通り大盛ね」
「アリシアちゃんは小盛が良かったかしら」
アリシア
「普通で大丈夫……です」
マリュー
「そう?」
シュダ
「肉だけ多めに入れといてください」
「コイツ、肉食べろって言わないと食べないんすよ」
アリシアはじっとシュダを横目で睨む。
もちろん、その視線にマリューも気付いていた。
マリュー
「ほんと」
「仲良さそうで羨ましいわね」
すると、キッチンからムウが顔を出す。
ムウ
「それじゃあ」
「まるで俺達が夫婦仲良くないみたいじゃないか」
マリュー
「あら?」
「凄く良いってわけではないでしょ?www」
ムウ
「おいおい」
「そりゃないぜ」
いつもの夫婦漫才。
だからこそ、お互いが自然体でいられる。
そんな空気が店全体を包んでいた。
アリシア
「美味しい……」
シュダ
「だろ!」
「サクラともさ、よく来んだよ」
アリシア
「…………」
その一言に、ムウとマリューは同時に額へ手を当て、大きくため息をついた。
シュダ
「ん?」
アリシア
「最近も?」
シュダ
「へ? 最近?」
アリシア
「最近もサクラと来た?」
シュダ
「そういや、コンパス入ってからは初めて来たかもな」
アリシア
「………だったら、いい」
シュダ
「ん?」
バックヤードでは、ムウとマリューが小声で話していた。
マリュー
「あれは重症ね。困ったもんだわ」
「女性を引き付けるところなんて、アスランそっくり」
ムウ
「いや、アスランより酷いんじゃないか?」
「妹のクレアはクレアで」
「アスランのクソ真面目なところを継いでるみたいだし」
「少しはメイリンの可愛いところを継げば良かったのにな」
マリュー
「あら?」
「メイリンがそんなにお好みなのかしら?」
そう言うと、マリューはムウの頬をつねった。
ムウ
「痛たたた!」
「そういう感性もあるだろって話だよ」
キッチンの方から聞こえる賑やかなやり取りに、シュダは不思議そうに首を傾げる。
シュダ
「?」
食事を終え、コーヒーを飲みながら一息ついていると。
マリューがサービスのデザートを運んできた。
マリュー
「アリシアちゃんは、プリン。好き?」
アリシア
「あまり食べないけど……好き、です」
マリュー
「シュダくんは、どうせいつものように八つ橋よね?」
シュダ
「さすがマリューさん」
「わかってますね」
「ありがとうございます」
アリシア
「ありがとうございます」
マリューがキッチンへ戻ると、アリシアはシュダへ視線を向けた。
アリシア
「八つ橋?」
「知らない」
「シュダ……好きなの?」
シュダ
「ああ」
「日本って国のデザートらしいんだけど」
「子供の頃、ここで食べさせてもらったことがあってさ」
「それからずっと好きで、ここに来たら毎回出してくれんだ」
ムウ
「お前のために、わざわざ取り寄せてるんじゃないぞ」
「お前がきっかけでメニュー化したんだ」
シュダ
「なんにせよ」
「ありがとうございます」
アリシア
「……私も」
「私も食べてみたい」
シュダ
「いいけど」
「プリンとは全然違うぞ」
アリシア
「大丈夫」
「食べてみる」
シュダから八つ橋を一つ受け取り、小さくかじる。
アリシア
「!……ちょっと辛い……でも、甘い」
初めて味わう八つ橋。
ニッキの独特な香りと、ほのかな甘さ。
刺激と優しさが同時に広がるその味は――
どこか、今のアリシア自身の胸の内を映しているかのようだった。