オロファトの街に、一つ、また一つと街灯が灯り始める。
夕暮れはゆっくりと夜へ移り変わり、人々の賑わいも少しずつ落ち着きを見せていた。
アリシア
「シュダ……ごめん」
シュダ
「ん?」
「どうした?」
アリシア
「ちょっと買いたい物あるから待ってて」
シュダ
「ん?」
「俺も行くぞ?」
アリシア
「いい」
「すぐ買ってくるから」
シュダ
「?……ああ、わかった」
「俺はこの辺に居てるからな」
そう言うと、アリシアは目の前のアクセサリーショップへ入っていった。
一人になったシュダは何気なく周囲を見回す。
その時――。
すぐ近くの細い路地から、妙な気配を感じた。
気になって近付くと、その気配は鈍い衝撃音へと変わる。
ドカッ!
バキッ!
シュダ
(なんだ?喧嘩か?)
???
「なんだ?おめえら」
「喧嘩ふっかけといて、もう終わりか?」
物陰からそっと様子を窺う。
そこでは、一人の女性が男の胸ぐらを掴み上げていた。
男の顔は何度も殴られたのか大きく腫れ上がり、その足元にはすでに伸びた男が二人転がっている。
シュダは小さく溜め息をつき、気配を殺して近付いた。
女性
「起きろよ。コラッ!」
なおも拳を振り上げた、その瞬間。
ガシッ――。
シュダ
「もう辞めろ」
「戦意はねえ」
女性
「なんだ?」
「お前、コイツらの仲間か?」
シュダ
「違う……俺は……コンパスだ」
ポケットからIDを取り出し、女性へ見せる。
本来なら、こうして立場を使うのは好きではない。
だが、この場を収めるには、それが一番早かった。
女性
「……」
「テロだなんだと世間じゃ騒がしいのに」
「コンパス様も随分暇なんだな」
ダメージジーンズに赤いライダースジャケット。
鋭い目つきと整った顔立ち。
どこか棘のある空気を纏っていた。
シュダ
「今日は休暇で街に来ていただけだ」
女性
「……わかったから離せよ」
シュダ
「あっ……悪い」
慌てて掴んでいた手首を離す。
女性は乱れた袖を軽く払うと、小さく吐き捨てた。
女性
「……くだらねえ」
その時には、殴られていた男も、倒れていた二人も姿を消していた。
二人が話している隙に逃げ出したのだろう。
その時――。
アリシア
「シュダ!?」
背後から焦った声が響き、シュダは振り返る。
女性
「ハッ」
「休みに女連れのコンパス様か」
その言葉に少しだけ眉をひそめ、シュダが視線を戻す。
シュダ
「あっ!おい!」
しかし女性は振り返ることなく、表通りへは出ず、そのまま路地の奥へ姿を消していった。
アリシア
「誰?」
駆け寄ってきたアリシアが尋ねる。
シュダ
「さあ?」
「喧嘩してたから止めたんだけど……」
アリシア
「コスモ・オラクルの攻撃で、街の治安も悪化してる?」
シュダ
「それはあるかもな」
「……買い物は終わりか?」
アリシア
「うん」
シュダ
「そろそろ帰るか」
二人はオロファト港行きのリニアへ乗り込み、そのままヤラファス島からアカツキ島へ向かう最終フェリーへ乗船した。
夜風が吹き抜ける甲板。
穏やかな波音を聞きながら、二人は並んで海を眺める。
シュダ
「そういえば、さっき何を買ったんだ?」
アリシア
「これ」
そう言って差し出したのは、真紅の石があしらわれたピアスだった。
シュダ
「へーー」
「似合うんじゃないか?」
アリシア
「んーん」
「シュダにあげる」
シュダ
「俺に?」
アリシア
「うん」
「前にピアス無くしてたから」
そういえば、冬の終わり頃だった。
気に入っていたピアスを失くし、アリシアやコウタまで探してくれた。
結局、最後まで見つからなかったが。
シュダ
「いいのか?」
アリシア
「要らないなら、捨てる」
そう言うと、本当に海へ投げようと腕を振り上げる。
シュダ
「お、おい!」
「貰うよ、貰う!」
慌ててアリシアの腕を掴み、ピアスを受け取る。
そのまま耳へ付けてみせた。
シュダ
「どうだ?」
アリシア
「いいと思う」
夜の海はすでに暗い。
それでも。
アリシアの表情は、どこか少しだけ柔らかく見えた。
シュダ
「ありがとな。アリシア」
アリシアは静かに俯く。
シュダの顔が見られないのか。
それとも、自分の赤くなった顔を見られたくないのか。
自分でも分からない。
そもそも――。
なぜ自分の顔が熱いのかさえ、アリシア自身まだ理解できていなかった。
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アカツキ島。
コンパス地上部隊極東基地。
シュダとアリシアは門兵へIDを提示し、基地へ戻る。
久しぶりの街だったからか。
久しぶりの休日だったからか。
平和な街の空気から一転し、基地特有の緊張感が二人を包んだ。
入口近くの格納庫には、セフィリアとコウタの姿があった。
コウタ
「おう、シュダ」
「おかえり」
声を掛けられた二人は、そのまま格納庫へ向かう。
セフィリア
「おかえりなさい」
シュダ
「ああ」
アリシア
「……」
格納庫中央に立つアブソリュートを見上げながら、シュダが尋ねる。
シュダ
「コウタがアブソリュートの整備してんのか?」
コウタ
「ああ」
「クリムゾンフェイスほどじゃねえが」
「なかなか厄介な機体だからな」
セフィリア
「私がコウタ軍曹にお願いしました」
コウタ
「ん?」
シュダの耳元を見て目を丸くする。
コウタ
「お前、そのピアス」
「見つかったのか?」
シュダ
「違うよ」
「これは今日、アリシアが買ってくれたんだ」
セフィリア
「!?!?」
コウタ
「…………」
アリシア
「シュダ」
「疲れたから部屋に戻ってる」
シュダ
「ん?」
「ああ、わかった」
アリシアは静かにその場を離れていく。
その背中を、セフィリアは複雑な表情で見送っていた。
セフィリア
(アリシアが……シュダにプレゼントを!?)
(あの子……本当に……)
その時。
コウタがシュダの肩へ勢いよく腕を回す。
コウタ
「お前さ」
「アリシア少尉か、サクラちゃんか」
「ちゃんとハッキリしろよ」
シュダ
「はあ?」
「何の話だよ」
コウタ
「サクラちゃんも今日来てたけど、落ち込んでたぞ」
シュダ
「なんでサクラが落ち込むんだよ」
その会話を聞きながら、セフィリアの思考はさらに揺れる。
セフィリア
(サクラが……?)
(……え!?)
(サクラもシュダを?)
(そんな……私、知らなくて……)
(サクラに相談してしまった……)
コウタ
「まあいい」
「俺は忠告したからな」
そう言うと、再びアブソリュートの整備へ戻っていく。
セフィリア
(………………)
黙り込むセフィリアを横目で見ながら、コウタは心の中で苦笑した。
コウタ
(……おいおい)
(まさか少佐もか?)
(まったく……)
(どういう遺伝子してんだよ、シュダのやつ)
オーブの街には、平和な日常が流れていた。
退役してカフェを営む者がいる。
趣味だったコーヒーの農園を経営する者がいる。
休日に姉妹で買い物へ出掛ける母親たちがいる。
誰もが、それぞれの生活を送っている。
路地では喧嘩もあった。
それでも――。
喧嘩で人は死なない。
軍人であるシュダとアリシアにとって、それすらも平和な日常の一場面だった。
決して、世界が本当に平和になったわけではない。
その日常を守るために戦う者たちもまた――。
それぞれの想いを胸に、生きていた。